【IWJブログ・特別寄稿】「改憲問題は憲法審査会で」との首相発言は緊急事態条項改憲を隠すものだ!(弁護士・梓澤和幸) 2016.7.4

記事公開日:2016.7.4 テキスト
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(弁護士・梓澤和幸)

改憲―緊急事態宣言条項創設― は参議院選挙後すぐに登場する

 2016年6月27日のNHK政見放送で小泉進次郎氏とともに登場した安倍晋三首相は、改憲について一言も触れなかった。

 首相が改憲について語った6月12日の日曜討論のこと。改憲発議は国会でやるものであり、発議の内容は憲法審査会で討論をやってほしいと述べた。改憲の論点にふれない。

 筆者は一瞬その意図をはかりかねた。何らかの改憲論点について触れて逃げるはずなのに、と思った。何かを隠している。

 筆者は改憲問題の第一に自民改憲案98条99条に謳われている緊急事態宣言条項の創設があげられると見る。

 「週刊朝日」2016年6月24日号は、そのトップで「日本会議と安倍首相」とのタイトルの記事を掲げた。政権と日本会議の濃厚な関係について取材によって明らかにした。

 ベストセラーとなった菅野完著『日本会議の研究』(扶桑社新書)も日本会議の政権への影響を実証的に述べる。本書によると日本会議の人々は緊急事態宣言条項の創設を改憲の第一テーマにあげている。

 美しい日本の憲法をつくる国民の会が主催する改憲を目指す日本会議1万人大集会は2015年11月10日日本武道館で開かれた。共同代表の櫻井よしこ氏があいさつした。緊急事態宣言条項と家族を改憲の2つのテーマとして提示した。この大会には首相のビデオメッセージが寄せられた(菅野完氏 前掲書129ページ)。

 当日午前の衆院予算委員会、翌日の参院予算委員会で安倍首相は緊急事態条項は重い課題と述べた。(朝日新聞デジタル2015年11月11日)

 日本会議と安倍政権をめぐる重要人物とされる日本政策研究センターの伊藤哲夫氏は、改憲の3つの目標を強調している。

  1. 緊急事態宣言条項の創設
  2. 家族問題
  3. 9条の改正と国防軍の創設(菅野完氏 前掲書182ページ)

 である。

 2016年4月15日菅官房長官は官邸記者会見で熊本の地震災害に対し、わざわざ緊急事態宣言条項が必要であると述べた(朝日新聞デジタル2016年4月16日)。

 加えて、今年1月の神社の初詣に際し、日本会議の重要構成団体である神社本庁傘下の神社がこの条項の創設を求める署名運動を行なったことも報道されている(朝日新聞デジタル2016年3月24日)。

 このように改憲勢力が3分の2をうかがうと報道される参議院選挙直後に、緊急事態宣言問題が政治の前面に登場することは、ほぼ確実である。9条改正が世論調査で評判が悪いことを見ると9条より先に出てくることも読み込んでおかねばならない。

緊急事態宣言は憲法破壊力をもつ

 緊急事態宣言条項は、日本国憲法を破壊する威力を持つ。ここで自民改憲案98条99条を引用しておこう。

・自民党憲法改正草案 第98条(緊急事態の宣言)

1項 
内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2項ないし4項略


・自民党憲法改正草案 第99条(緊急事態の宣言の効果)

1項
緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2項
前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3項
緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4項
緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 特に99条3項を問題としたい。

 この条項は、1933年3月ヒトラー政権下のドイツ国会で成立した全権委任法と法律的、憲法学的コンテクストでは双子の兄弟のように似ている。

 筆者は単に政治状況が1930年代のナチスや日本に似ているという意味でこれを引用するのではない。ここでは法的な効力の相似性が問題だと言いたいのである。なぜか。

 ナチス全権委任法の2条をここで引用する。

 「ドイツ政府によって制定された法律は、国会および第二院の制度そのものにかかわるものでない限り、憲法に違反することができる。ただし、大統領の権限はなんら変わることはない」(1933年ヒトラー政権下のドイツ国会で成立した全権委任法2項)

 すなわち、内閣の定めた政令は国会で定めた法律と同じ効力を持つだけでなく、憲法を否定する内容を定めることができるというのである。

 自民改憲案はどうなのか。憲法を否定できるとは明言していない。しかし、自民改憲案99条3項の前段では、99条1項で法律と同じ効力を持つ政令を緊急事態宣言下の内閣は制定できるとする。国民に政府の指示に従わなければならないと法的義務を負わせ、かつその一方で、但し政府は表現の自由など憲法の人権条項を尊重しなければならないとしている。この法律的憲法的意味はこうである。

 「国民は法的に義務を負う。政府は憲法で保障された人権を尊重するがそのことに縛られない。緊急事態宣言下の政令は人身の自由その他の人権保障条文を改正するのと同様の効力を持つ。ナチス全権委任法と同様に」

 実際の裁判例で検討してみよう。

 逮捕された被疑者の接見交通権(面会の権利)が問題となったケースである。
憲法34条では身柄拘束された人は直ちに弁護人を選任できるとある。

 これを具体化した刑事訴訟法39条1項は逮捕された被疑者は直ちに弁護人と立会人なくして面会できると定めた。しかし3項では検察官、警察官はその日時を指定できるとあり面会の日付指定があると、弁護士は被疑者と面会できない。弁護士と捜査関係者でこの対立する条文の解釈をめぐって紛争が絶えなかった。

 刑事弁護の体験からいうとすぐに会えるか、取り調べが終わってからかで事件の勝負がつく。おどしとすかしと甘言で自白をとられて潔白なのに何十年の獄苦を味わった事例は袴田事件、菅谷事件など枚挙にいとまがない。やってないというのなら我々弁護人が毎日面会に行って「ウソの自白はしないでください」と励ますのである。

 そこで面会制限、すなわち捜査側の日時指定の是非に決着をつけてもらおうとなった大事件があり、日弁連は力を入れてこの事件に取り組んだ。

 この事件で最高裁は、接見交通権を制約できるとした。最高裁判例昭和55年(平成11年)4月28日大法廷判決は次のように述べたのである。

 接見交通権(面会の権利)は憲法34条の趣旨を具体化したもので十分尊重に値する。しかし、弁護人の接見交通権は国家刑罰権の実現の過程にあるもので、刑罰権実現のために面会を制限する警察官、検察官の権限に優先するとは言えない、と。

 人権の尊重とは、人権の遵守とは違う、ということである。なるべく大切に考えよう、しかし、権力はその人権には縛られない、自分の裁量によって、政策を定め、権力を行使する、ということなのである。
 
 自民改憲案99条三項に戻って考えてみよう。同項前段では国民には、政令に基づく指示命令に従うことを義務として強制する。そして同項後段では、その際公権力は国民の人権を大切にはするもののその事に縛られないということである。かくして人権に関する日本国憲法の規定は政令によって書き換えられることになる。

 大切なところなのでくどくなるがくりかえす。緊急事態宣言のもとでの政令に基づく政府の命令によれば、令状なくして逮捕できないという人身の自由保障規定や表現の自由(憲法21条)財産権(憲法29条)などを公権力は尊重する。しかし 公権力は憲法の人権条項に縛られなくてよいというわけである。

どういうことが起こるか

 フランスの緊急事態宣言後に起こった事態を参照できる。フランスでは、2015年11月13日のテロ直後の緊急事態宣言から今までの間に3000件以上の裁判所の令状なき警察による捜索、またそれより数は少ないが人身の自由を拘束する自宅軟禁が延べ約400人という数で行われている。

 また、2016年4月下旬までに750点の武器が押収され、10カ所前後のモスクが閉鎖の対象となった(出典:毎日新聞2016年2月17日、2016年5月13日)。

 日本でも大規模災害やテロの発生をきっかけとして、緊急事態宣言の下で発せられた政令に基づき、捜索や逮捕に裁判所の令状要求している憲法35条や憲法33条の規定に反して裁判官の発する令状なくして逮捕や捜索差押えがなされる蓋然性が高い。

裁判所には期待できない

 そんなことは憲法違反で違憲立法審査権を持つ裁判所がこれを許さないだろうとする疑問を持つ向きもあるかもしれない。しかし、この点に関して参照すべき2つの最高裁判例を筆者は発見した。それは連合軍占領下であるが日本国憲法が施行されたのちに発布された政令が憲法の人権条項に違反するとの主張に対してなされた判決である。

 政令201号事件、公務員の労働基本権の否認、政令325号事件、アカハタ後継紙の発行差止めと発行人の逮捕の事件である。

 被告人らを処罰した国の措置は、施行後の日本国憲法の人権保障規定に反すると、上告した被告人らの弁護人たちは主張した。これに対し、最高裁の判決は次のような判断を示した。

 「連合国の管理下にあった当時にあっては、日本国の統治の権限は一般には憲法によって行われているが、連合国最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる関係においては(日本国の統治の権限は筆者注)その権力によって制限を受ける法律状態に置かれているものと言わねばならぬ。

 すなわち、連合国最高司令官は降伏条項を実施するためには、日本国憲法にかかわりなく、法律上、まったく自由に自ら適当と認める措置を取り日本官庁の職員に対し指令を発してこれを遵守実施せしめることを得るのである。(中略)この勅令(筆者注 のちの政令に引き継がれた)は前記基本関係にもとづき、連合国最高司令官の為す要求にかかわる事項を実施する必要上制定されたものであるから、日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有するものと認めなければならない」。

 最高裁はこのように述べて政令が日本国憲法に反するという上告人らの主張を排斥した(最高裁昭和28年4月8日、政令201号違反被告事件 労働基本権を否認した政令に反したことにより刑事罰を受けた被告らの上告事件の大法廷判決)。

 同様にアカハタおよびその後継紙の発行停止に関する占領目的阻害行為処罰例 昭和25年政令325号違反被告事件についても憲法違反の主張をしりぞけ325号政令は憲法外において効力を有するとの判断を示した(昭和28年7月22日最高裁大法廷判決)。

 これを緊急事態宣言条項に平行移動して考えるとどうなるか。

 憲法に矛盾する一見乱暴な権力行使もやむを得ないという判断を裁判所が採用する蓋然性を否定できないのである。

 緊急事態宣言は国家緊急権の問題である。国家緊急権とはなにか。戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限を国家緊急権という(憲法第6版 芦部信喜 岩波書店376ページ)。憲法の中にあって憲法を超越する権力。緊急事態宣言は内閣にそのような権力を与える。

 筆者はここに自民改憲案98条99条がナチス全権委任法と双子の兄弟とされる根拠を見る。

 このような憲法を超越する権力を、日本会議が絶大な影響力の下に置く安倍政権に与えてよいのか。それが主権者一人ひとりの良心に向けられた問いである。

<参考文献>
文中に述べた他、
「憲法Ⅰ 第5版」野中俊彦ほか3名(有斐閣)72ないし76ページの占領と憲法という項目参照

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