現職大統領が初めて広島を訪問、言葉交わすも被爆者の願い遠く〜「原爆投下は人道にも国際法にも反すると認めて、核兵器廃絶を」──日本原水爆被害者団体協議会からオバマ大統領へのメッセージ 「核なき世界」という理念とは何だったのか―― 2016.5.19

記事公開日:2016.5.18取材地: テキスト 動画
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(取材:ぎぎまき、文:テキストスタッフ・関根かんじ、記事構成:岩上安身)

※5月29日テキストを追加しました!

 2016年5月27日、戦後初めて、米国の現職大統領が広島を訪問した。「歴史的」と形容されるその瞬間が、何をどう意味するものなのか、今なおはかりかねている。

 セレモニー自体は感動的に演出された。広島市の平和記念公園を訪れたオバマ大統領は、原爆死没者慰霊碑に献花し、黙祷を捧げた。高齢の被爆者と握手し、泣き出した被爆者を抱きしめたシーンなど、多くの方の涙腺をゆるめたことだろう。

 広島訪問の所感を述べた18分間のスピーチでは、死者たちを追悼し「核兵器のない世界を追求する勇気を持たねばならない」と高らかに訴えた。しかし、理念が高らかであればあるほど、現実との乖離がはなはだしくなり、聞く者に大きな混乱をもたらす。核兵器廃絶はいまだ理念にすぎないという現実を突きつけたものでもあった。

 2009年4月、オバマ大統領はプラハで、「(アメリカは)核兵器を持つ国の中で、唯一使用した道義的責任がある」と演説し、核兵器廃絶を主張。大統領に就任したばかりで、まだ何の外交実績も示していないというのに、同年11月、ノーベル平和賞が授与されている。期待の大きさのあらわれではあるのだろうが、この授与には、賛否が分かれた。

 しかし、それから7年経過した現在も、オバマのリーダーシップのもとにあるはずのアメリカは「核なき世界」を目指す方向とは、正反対の方向を向いて進み続けている。アメリカは包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准しておらず、核兵器禁止に向けたオープンエンド作業部会にも不参加だ。

 それどころか、1兆ドル(約100兆円)かけて、アメリカのもつ核兵器の近代化を行うことがオバマのもとで承認された。より小型化し、「使える兵器」に近づけようとしているのだ。

 オバマは詩人ではない。現実の政治に責任をもつ地上最大の権力者である。美しい言葉と、現実の政治との、この気の遠くなるような隔たりを、どう考えたらいいのだろう?

 現職の米国大統領の広島訪問が初めて実現することをうけて、5月19日、 東京都千代田区の日本外国特派員協会で、「オバマ大統領へのメッセージ」と題した記者会見が開かれた。日本原水爆被害者団体協議会・事務局長の田中煕巳(たなか・てるみ)氏)と、同協議会・事務局次長の藤森俊希氏が参加し、被爆者としての思いを語るとともに、オバマ大統領の広島訪問に際して、同協議会としての要求を掲げた。

▲日本原水爆被害者団体協議会・田中煕巳事務局長(右)と藤森俊希事務局次長(左)
▲日本原水爆被害者団体協議会・田中煕巳事務局長(右)と藤森俊希事務局次長(左)

 その内容は、オバマ大統領が、原爆投下は人道にも国際法にも反すると認めて、「核兵器なき世界」を作るリーダーとなってほしい、というもの。さらに、プラハ演説で言及したCTBT(包括的核実験禁止条約)の批准と、広島での被爆者との面会を希望し、「核兵器のない世界を作ると約束してほしい」と求めている。

 田中氏と藤森氏は、これらの要求の拠りどころは、オバマ大統領のプラハ演説(2009年4月5日)での、「20世紀は、人々は自由になるために立ち上がった。21世紀は、核兵器廃絶のために立ち上がろう」、「核兵器を持つ国の中で、(アメリカには)唯一使用した道義的責任がある」という言葉だと語った。

 記者会見に出席していた日本人から、「核のない世界は、現実的ではないのでは?」と問われると、田中氏は、「もし、私たちが体験した惨状が再び繰り返されるとしたら、それは人類の破滅だ。どんなに理想的だと言われても、人類は考え方を変えながら、理想に向かっていくべきだ」と強調した。

 また、「被爆者にとって、オバマ大統領の広島訪問は、どういう意味があるのか」と質問されると、藤森氏は、「アメリカ大統領が訪問した、という記録が残るだけだろう」と淡々と応じた。過大な期待は抱いていない様子がうかがえた。田中氏は、オバマ大統領の広島訪問が、日米同盟の強化のために利用されることを懸念しつつも、「(広島を見ることで)オバマ大統領個人の気持ちに影響があれば、それは意味がある」とした。

 田中氏と藤森氏が参加する日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は、1956年に被爆者たちが集まり、核兵器の廃絶と平和、被爆者への国の支援を訴える目的で設立された。被爆者たちが目の当たりにした、原爆投下という非人道的な行為を伝えることで、世界中の人々に核兵器廃絶を訴えている。

■ハイライト

「21世紀は、核兵器廃絶のために立ち上がろう」とプラハで明言したオバマ大統領に求める核兵器廃絶

 田中氏は13歳の時、長崎に投下された原爆(1945年8月9日)で被爆したが、爆心地から家まで3.2キロの間に山があったので、生き残ることができたという。「アメリカは被爆地の惨状を戦後7年間も秘匿し、語ることを禁じた。また、日本が独立した後も、日本政府は被爆者を放置した」と戦後の苦難を振り返り、被爆者団体を設立した経緯を語った。

 1歳の時、広島で被爆(1945年8月6日)した藤森氏は、「その日は、体調を崩した自分を、母が病院に連れて行く途中だった。爆心地から2.3キロの地点で被爆した。私が72歳の現在まで生きてこられたのは、奇跡に近い」と自己紹介をすると、オバマ大統領の広島訪問にあたって、4つの要求を読み上げた。

  1. 原爆投下は人道に反し、国際法に反したものだと、オバマ大統領が認めることを求める。
  2. オバマ大統領は、核兵器のない世界を作るリーダーとなること。
  3. 演説で明確に発言したCTBT(包括的核実験禁止条約)の批准(アメリカは現在、署名のみ)を求める。
  4. 広島訪問の際には被爆者と面会すること。そこで核兵器のない世界を作ると約束してほしい。

 藤森氏は、これら要求の拠りどころにしたのは、オバマ大統領のプラハ演説(2009年4月5日)だとし、「オバマ大統領は、『20世紀は、人々は自由になるために立ち上がった。21世紀は、核兵器廃絶のために立ち上がろう』と呼びかけた。それが本意なら、国連が決定した、多国間核軍縮交渉の前進に関するオープンエンド作業部会(Open-ended Working Group=OEWG:2016年2月、5月開催。核兵器保有国は不参加)に、なぜ、アメリカは欠席するのか。積極的に参加をするべきだ」と口調を強め、こう続けた。

 「さらに、『核兵器を持つ国の中で、唯一使用した道義的責任がある』と発言して、世界の人々を勇気づけた。21世紀の世界の課題は、核兵器のない平和な世界を作ることだ。ところが、あれから7年が過ぎた現在も、(アメリカは)核兵器は必要という立場のままだ。プラハでの発言通り、核兵器廃絶に向かってほしい」。

「核のない世界は非現実的? われわれが体験した惨状が再び繰り返されるなら、それは人類の破滅だ」

▲プラハでの「核兵器廃絶」の約束を実行してほしいと願う田中氏
▲プラハでの「核兵器廃絶」の約束を実行してほしいと願う田中氏

 質疑応答に入ると、フランス人記者から、「被爆者の方々は、オバマ大統領に謝罪を求めないのか。また、日本軍が、原爆投下の事実を国民に隠したのは、日本軍の中国での残虐行為を糾弾されないためか」という質問が寄せられた。

 田中氏は、「アメリカが原爆を隠蔽した理由は、占領政策上、好ましくないことと、世界中に非人道的行為が知れ渡ることを恐れたためだ。また、残念ながら日本政府も、アジアに対して謝罪はしていない。日本国民自身が、軍部の戦犯を審判することができなかった。そのため、軍国主義の考えを持った古い人たちが(戦後も要職に)残ってしまった」と応じた。

 藤森氏は、被爆者の中には、謝罪を求めない意志があることも事実だとし、湯崎英彦(ゆざき・ひでひこ)広島県知事、松井一實(まつい・かずみ)広島市長も謝罪は求めていないとし、このように述べた。

 「今回、私は多くのメディアから取材を受けたが、記者たちは皆、私の口から『謝罪を求めない』との言質を取ろうとした。要するに、オバマ大統領の広島訪問を盛り立てる力が働いていると思う」。

 日本人記者が、「現実的には、核不拡散も厳しい。核のない世界は、現実的ではないのでは?」と問いかけると、田中氏は、「私たちが『核のない世界を作ろう』と言うと、決まって今のような質問が浴びせかけられる。しかし、私たちが体験した惨状が繰り返されるとしたら、それは人類の破滅だ。だから、どんなに理想的だと言われても、人類は考え方を変えながら、理想に向かっていくべき。それが、これからの人類の姿だ」と反論した。

「世界で唯一の戦争被爆国」を強調しつつ、アメリカの核の傘に安全保障を依存する日本

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