政府がTPPの一般向け説明会を初めて開催 反対派の主張を「間違い」「都市伝説」と否定するも、矛盾と疑問拭えず 2015.5.15

記事公開日:2015.5.17取材地: テキスト動画
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(佐々木隼也)

特集 TPP問題
※5月17日テキストを追加しました!

 日本がTPP交渉に参加して2年、政府は初めて一般市民向けの説明会を開いた。2015年5月15日に都内のホールを貸切って行われた説明会は、1000人規模の会場にも関わらず空席が目立ち、参加したのは業界関係者を含め400人ほどだった。

 登壇した渋谷和久・内閣審議官は「交渉は最終局面だと感じている」とし、21分野の交渉状況を一つ一つ説明していった。途中、渋谷氏は「ISD条項(※)は主権侵害だ」とするTPP反対派の懸念の声を取り上げ、「間違いだ」と断言。「ISD条項は海外の投資家が他国の規制をやめろと言うものではなく、その規制によって損害を被った場合に賠償しろというものだ」と語った。しかしこの高額の損害賠償リスクそのものが相手国の政策を萎縮させるという、反対派が最も問題視している点について言及はなかった。

(※)ISD条項とは、海外の企業や投資家が、投資先の国の法律や規制によって「不利益を被った」として、その国の政府を訴えることができる条項。裁判はその国の裁判所ではなく、米国ワシントンにある世界銀行内の仲裁機関において、非公開のなか、一審制で行われる。数千億円という高額の損害賠償請求が発生するため、訴えられる前に自国内で法律や規制を変えてしまおうという「萎縮効果」が問題視されている。

 国民の関心が高い「知的財産」の分野については、著作権の「非親告罪化」によって二次創作まで取り締りの対象になるという懸念は認識しているとしつつも、「最終局面と言いつつ、大事な事が何一つ決まっていない分野」と強調した。また「医薬品の保護期間(ジェネリックにしない期間)」については、保護期間延長に反対している各国と、延長を容認する日米両国のあいだに溝が深いことを明らかにした。

 農産品5品目の関税維持(聖域)については、「守れなければ交渉脱退も辞さない」とした国会決議を認識しつつも、「最終的に国会にご承認いただけるような内容にする」と述べるにとどまり、具体的な説明はなかった。

 全体で90分予定の説明会は、渋谷氏の説明が70分以上を占め、質問時間は15分ほどだった。質疑では「東京だけでなく、全国各地で一般向けに説明会を開いて欲しい」「米国では連邦議員が交渉テキストが閲覧できるが、日本では議員にも開示されていない。そうした不公平をなくすために日本も情報開示に取り組んで欲しい」という声があがった。

 終了後、来場した一般参加の男性は「具体的な説明は何も聞けなかった。政府が国民に説明したという『アリバイ作り』にして欲しくない」と語った。

■ハイライト

  • 日時 2015年5月15日(金)14:00〜15:30
  • 場所 品川区立総合区民会館きゅりあん(東京都品川区)
  • 主催 内閣官房TPP政府対策本部詳細、PDF)

「ISD条項は主権侵害」とする反対派の主張を「間違いだ」と断ずる政府の「嘘」

 折しも5月15日同日、山田正彦・元農水相や岩月浩二弁護士らが共同代表を務める「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」が、TPP交渉の差止、同交渉の違憲確認、損害賠償を求めて、東京地方裁判所に提訴した。この提起は、国会議員を含む全国の原告800人超、弁護士約100名の弁護団からなる大規模な動きとなっている。

 弁護団はISD条項を特に問題視し、「国の裁判所の外、全然関係ないルートで、企業が国を訴えることができる。これは憲法76条(司法権)違反であり、主権侵害だ」と指摘している。

 渋谷氏は説明会で、こうした反対派の主張を「間違いだ」と否定し、その理由を語った。

 「ISD条項が適用されるのは、自国は良いが他国はダメ、というような内外差別的な規制をしたり、まともにお金を払わずに収用(※)したりした場合だ。まあ日本国政府がそんなことをするわけがないので、そもそも訴えられる心配はない。万が一訴えられたとしても、セーフガードを作っている。全く根拠の無いような訴訟については取り上げないようにする仕掛けにするとか、各国の意見を聞いて取り入れつつある。各国が公共目的で規制をするというのは留保するとテキストに明記する。これで各国はかなり安心している」

(※)「収用」とは、例えばある国に海外企業が工場を建てた時に、その国が突然工場を国有化するなどして、資産を没収する行為

 ISD条項で日本政府が訴えられる可能性はない、と豪語する渋谷氏だが、懸念は拭えない。

 NAFTA(北米自由貿易協定)では、カナダ政府が米エチル社から輸入していたガソリン燃料添加物に有害性が疑われるとして、輸入を規制した。すると1998年、米エチル社がこの規制により操業停止に追い込まれたとして、カナダ政府を提訴。最終的にカナダ政府は1300万ドルを支払って和解することとなった。この時に用いられたのが、投資家が「不利益を被った」と判断した場合、「間接的に国有化(没収)されている」とみなし、訴えることができる「間接収用」(※)という条項だ。

(※)「間接収用」とは資産接収や物理的損害がない場合でも、その国の法律・規制を理由に外資系企業のビジネスが制約された場合、国家による収用と同等の措置がとられたとみなして、損害賠償を請求できる仕組み

 渋谷氏もその後の質疑で、TPPにおけるこの「間接収用」を認めている。

 「間接収用と言いますが、事実上、まったく補償無しに収用され、操業できなくなった場合、一般的な投資のルールに違反すると投資家が思って、かつ損害(実損)を被った場合にISD条項が適用される」

 さらに渋谷氏は、セーフガードの内容についても、「こういう基準、こういう規制ならいいよと投資のチャプターに書かれているわけではない」と断言した。つまり、投資家がその国の規制によって不利益を被ったと判断し、実際に損害を被れば、投資家はISD条項でその国を訴えることができる。そして、仲裁期間がその規制が「一般的な投資ルール」に反していると判断すれば、規制をかけた国は莫大な賠償金を支払わされることになる。

 渋谷氏が言うように「セーフガード」が具体的な基準や規制について明記していないのであれば、結局は米ワシントンにある世界銀行内の仲裁機関の判断に左右されることになる。

 ドイツが2011年に脱原発を決めた時、国内企業とスウェーデン企業が、ドイツ政府をISD条項で訴えた。また、米国のタバコ会社フィリップ・モリスは、タバコの箱の会社ロゴや広告文句を禁止する法律を制定したオーストラリア政府に対し、ISD条項で数十億ドルの賠償金を求め訴えている。

 また過去には、1989年にEUが成長ホルモンを投与した牛の飼育と輸入を禁止にした際に、WTOが成長ホルモン使用を多数決で安全だと決め、米国、カナダがWTOを通してEUを訴えたこともある。EUは敗訴したが抵抗し、その後も成長ホルモン牛の輸入はしていない。

 タバコによる健康被害や脱原発、食の安全について国民サイドに立った規制を敷いた時、それが「一般的な投資ルール」に反するとして訴えを起こされるケースは、この過去の事例を見れば明らかだ。「日本政府はそんな規制はしない」とする渋谷氏だが、国内の規制をあらかじめ「一般的な投資ルール」にあわせて変えてしまう懸念もある。

TPPに「萎縮」した先取り法改正も「都市伝説」!? しかし韓国では70以上の法が書き換え

 渋谷氏は説明会で、NAFTAにおいてカナダ政府が、米国企業から訴えられるのを恐れて、本来環境に必要な規制をするのをためらったという反対派の指摘を紹介し、「カナダ政府は否定している。都市伝説に近い」と切り捨てた。

 しかし、前述の「TPP違憲訴訟の会」共同代表の岩月弁護士によれば、米韓FTA締結時に韓国法務省は、検討資料で「ISD条項では、非関税障壁とされる租税、安保、保険、秩序、制度、慣行など、すべてが訴えの対象となる。『超憲法的状況発生の危険』だ」と指摘していたという。岩月弁護士は、「要するに法律を作る時は、常にISD条項に触れないように検討しなければいけない、ということだ」と解説する。

 韓国では米韓FTA発効後に、米国投資ファンドの「ローンスター」に「46億7900万ドル(約5577億円)の損害を被った」として、ISD条項で訴えられている。この紛争の審理は、ちょうど5月15日に米ワシントンの仲裁機関ではじまった。

 ローンスターは2003年に1兆3800億ウォンで外換銀行を買収し、2012年に3兆9000億ウォンで売却。莫大な利益を得た。しかしローンスターは、本来であれば2007年に5兆9000億ウォンでの売却が進んでいたにも関わらず、韓国政府が売却承認を遅延させたことによって、より大きな売却差益を上げることができなかったとしている。さらに、この売却に対する韓国政府の課税についても、ローンスターは「不合理だ」としている。

 2015年3月に「TPPを慎重に考える会」で講演した韓国の全国女性農民会連盟事務局長を務めるキム・ジョンヨル氏によれば、ローンスターは元々、韓国がアジア通貨危機に陥っていた1997年、土地や建物、銀行などを安価で一斉に買収していった。それを高値で売却することで莫大な利益をあげてきたのだが、韓国政府がこの利益に税金を課そうとしたところ、ローンスターに訴えられたというのが経緯だ。

 そしてキム氏は、ISD条項の問題点について、企業が政府を訴えるということ自体に問題があるが、「これによって相手国の政策、そのものが萎縮する。これが大変問題だ」と指摘した。相手国の政策を萎縮させることを、いわゆる「チリング・エフェクト」というが、こうした萎縮効果によって、これまでに75の法が制定、改定させられているという。

 日本においても、農協改革や、国家戦略特区における教育、医療、労働、インフラ分野の規制撤廃など、TPPの内容を先取りした政策、法改正が進められている。

著作権の「非親告罪化」の問題はどうなる?

 説明会で渋谷氏が、「最終局面と言いつつ、大事な事が何一つ決まっていない分野」と強調するのが「知的財産」だ。

 報道では「著作権の保護期間は70年に統一する方向で調整に入った」などとされているが、渋谷氏はこれに対し「まだ決まっていない」と否定した。また、著作権の非親告罪化(※)についても、「論点は出尽くしているがまだ決めようという段階にない」と強調した。非親告罪化については、日本のコミケ文化などが大打撃を受けるなどとして、国内では反対の声が大きい。渋谷氏は「我々もこの懸念は認識しつつ交渉にあたっている」と語った。

(※)現在日本では著作権侵害は「親告罪」であるため、権利者(作者など)が訴えない限りは黙認されている。しかし「非親告罪」にすることで、警察など第三者が著作権侵害として二次創作や記事・文章の引用を取り締まる事が可能になる。

米国と共に新興国のジェネリック医薬品潰しを仕掛ける日本政府

(…会員ページにつづく)

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「政府がTPPの一般向け説明会を初めて開催 反対派の主張を「間違い」「都市伝説」と否定するも、矛盾と疑問拭えず」への1件のフィードバック

  1. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    政府がTPPの一般向け説明会を初めて開催 反対派の主張を「間違い」「都市伝説」と否定するも、拭えない矛盾と疑問 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/245604 … @iwakamiyasumi
    この説明会聞いてたけど、納得出来るものは何もなかった。国民に説明したという『アリバイ作り』?
    https://twitter.com/55kurosuke/status/600042493137199104

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