「ISILの幹部は、『ゴトウは殺したくない』と言った」──。ジャーナリストの西谷文和氏は、「イスラム国」による邦人人質事件の際、直接、ISIL(ダーイッシュ)の幹部と接触し、このような言葉を聞いたと語った。
後藤氏を救出できると信じていたという西谷氏は、人質事件の流れを時間軸に沿って説明し、5つの疑問を挙げた。
「日本政府はミスを繰り返している。(最初の要求の)20億円の提案について、なぜ、水面下で交渉しなかったのか。安倍首相は『イスラム国』に人質がいるのに、なぜ、挑発するような演説を何度もしたのか。なぜ、イスラエルで会見した時、イスラエル国旗を外さなかったのか。どうして、交渉期限までの72時間内に、イギリスと2プラス2会議をしたのか。対策本部を、なぜ、ヨルダンに置いたのか」
安倍首相はマスコミに圧力をかけ、この失策をもみ消そうと躍起だ、と指摘する西谷氏は、「その裏には『身代金を払うな、トルコに対策本部を置くな』と強制した勢力がある」と推察。それらは、日米安保で稼ぐ者たちや、集団的自衛権を押し進める力かも知れないと言い、「2人が殺された結果、日本は積極的平和主義で集団的自衛権行使に弾みをつけ、憲法改正へ持っていこうとしている」と危惧した。
2015年2月20日、神戸市中央区のこうべまちづくり会館で、市民社会フォーラム第138回学習会「ISIL問題を考える 安倍首相に任せて大丈夫か?」が開かれ、中東の取材を長らく続けている戦場ジャーナリストの西谷文和氏と、『安倍首相から「日本」を取り戻せ!!』(2014年11月、かもがわ出版)を著した元陸上自衛官の泥憲和氏が講演した。
泥氏は、「9.11同時多発テロ以前、すでにアメリカ軍は、1996年から対テロ戦争を想定していた。対テロ戦争は、アメリカの国益追求の形。武器を売るだけではなく、市場を解放し、アメリカナイズする目的がある」と述べ、今回の邦人人質事件の背景にも、武器を売り、復興景気で儲けようとする、アメリカや軍産複合体の思惑があることを、公文書などを引用しながら説明した。
- 講演 西谷文和氏(戦場ジャーナリスト)/泥憲和(どろ・のりかず)氏(元自衛官・防空ミサイル部隊所属)
- 質疑応答
- 日時 2015年2月20日(金)18:30~20:30
- 場所 こうべまちづくり会館(神戸市中央区)
- 主催 市民社会フォーラム(詳細、Facebook)
少なくとも後藤健二さんは救出できた
冒頭、「イスラム国」による邦人人質事件で犠牲になった湯川遥菜氏、後藤健二氏に黙祷が捧げられた。主催者はあいさつの中で、日本の現状について、「安倍首相の、国益を考えたインテリジェンスがなっていない。マスコミの自主規制が酷すぎる。そして、自衛隊の海外派遣の恒久法や集団的自衛権への法整備が進む」と憂慮を示し、西谷氏にマイクを引き継いだ。
西谷氏は、今回の邦人人質事件を知り、すぐに自由シリア軍の知人から情報収集した、と口火を切った。そして、人質救助の可能性を問うと、その知人はラッカ市長の部下のISIL幹部とチャットでつなげてくれたという。
「その幹部は、『ゴトウは殺したくない』と言った」――。
西谷氏は、「今、戦争は民営化されている。カブールで防弾車両を1日借りたら100万円する」と、戦争の現実を語り、民間軍事会社(PMC)の社長である湯川氏は、「イスラム国」側から見れば「戦争犯罪人」なので、救出が難しいことも知ったと述べた。
「湯川氏は渡航前、ツイッターで『これは大きなビジネスチャンスになる』と書いていた。将来、集団的自衛権で自衛隊の海外派遣が可能になった時、政府関係者や関連企業関係者の護衛が必要になる。それに目を付けたのが自民党で、PMC顧問には、元自民党水戸支部長の木本信男氏がいた。また、ISILは(湯川氏と一緒に写真に収まっていた)田母神俊雄氏の素性も知っている」
こう話す西谷氏は、ただし、後藤氏は(交渉次第で救出可能な)人質だった、と救えなかったことを悔やんだ。
トルコ国境近くまで、ISILは後藤さんを連れて来ていた
後藤氏は救出できると信じていた、と言う西谷氏。2014年11月、後藤氏の妻は20億円の身代金要求のメールを受け取り、外務省に相談している。「なぜ、この時点で、日本政府は水面下で解放交渉をしなかったのか。ちなみに、フランスやスペインは(人質になった自国民)1人あたり2億数千万円払って解放させている」とし、次のように続けた。
「それでも安倍首相は、中東、イスラエルを訪問し、2015年1月17日、エジプトで(ISILと闘う国々に)2億ドルの支援金を払う、と挑発した。その3日後、それに呼応するかのように、ISILから2億ドルを要求する動画が出る。ここでも安倍首相は、イスラエルの国旗の前で記者会見だ。当然、ISILは敵対視するに決まっている」
1月20日、2人の殺害予告が出る。これに対し、西谷氏ら、イスラム世界を知る有識者、ジャーナリストたちは、対策本部をトルコに設置することを懇願したと言う。それも叶わず、ISILは72時間後に湯川さんを殺害。後藤さんの解放条件を、身代金からサジタ・リシャウィ死刑囚の解放に変える。彼女は、ヨルダン・アンマンのイスラエル系ホテルで自爆テロを行ない、起爆装置の故障で助かった生き残りだ。
西谷氏は、後藤さんとリシャウィ死刑囚との1対1交換の要求に、当初、ヨルダン政府は応じるつもりだった、と明かす。ところが、それに満足しない市民が、人質のヨルダン人パイロットも解放させろと要求し、大きなデモが起こったことから、ヨルダン政府が態度を急変させてしまう。
「その日、トルコとシリアの国境近くのアクチャカレ近くまで、ISILは後藤さんを連れて来ていた。しかし、リシャウィ死刑囚が現れず、交渉決裂。2月1日、後藤さんは殺害されてしまった」
ミスを繰り返した邦人人質事件の顛末
西谷氏は、日本政府はミスを繰り返したとし、5つの疑問を挙げた。
「20億円の提案について、なぜ、水面下で交渉しなかったのか。安倍首相は『イスラム国』に人質がいるのに、なぜ、挑発するような演説を何度もしたのか。なぜ、イスラエルで会見した時、イスラエル国旗を外さなかったのか。どうして、交渉期限までの72時間内に、イギリスと2プラス2会議をしたのか。対策本部を、なぜ、ヨルダンに置いたのか」
その上で西谷氏は、「今、安倍首相はマスコミに圧力をかけ、この失策をもみ消そうと躍起だ。その裏には『身代金を払うな、トルコに対策本部を置くな』と強制した勢力がある」と推察する。それらは、日米安保で稼ぐ者たちや、集団的自衛権を押し進める力かも知れないと言い、「2人が殺された結果、日本は積極的平和主義で集団的自衛権行使に弾みをつけ、憲法改正へ持っていこうとしている」と危惧した。
武器調達を止めないから内戦も終わらない