小学館の週刊誌「ビッグコミックスピリッツ」に掲載された漫画「美味しんぼ」で、福島第一原発を取材した登場人物が鼻血を出すシーンを描写したことについて、その評価の行方が注目されている。
IWJの岩上安身は、5月12日、同誌で鼻血や体調不良について言及する発言が描かれた、井戸川克隆前福島県双葉町長に単独インタビューを実施。井戸川氏は、石原伸晃環境大臣が、鼻血と福島原発事故による被曝の因果関係を事実上否定したことに対して、強い口調で反論し、「私の人権を否定している」と厳しく批判した。
この件について、石原伸晃環境大臣は5月13日の閣議後会見で、「個別の漫画について、大臣としての論評は控えたい」と明言を避けた。石原大臣は、9日の会見で、「風評被害はあってはならない」と述べていたが、この日の会見では、被曝と鼻血の因果関係について「私個人の意見ではなく、放射線に関する有識者や医学界の知見を紹介させていただいただけだ」と語った。
井戸川氏から「個人の人権の侵害だ」と石原大臣を批判する声があがっていることについても、「論評は控える」との回答に終始した。
さらにこの「鼻血」描写をめぐっては、他の安倍内閣の閣僚も相次いで批判している。菅義偉官房長官は12日午前の記者会見で、「福島の原発事故に伴う住民の被ばくと鼻血に関係があるとは考えられないと、専門家の評価がなされている」と発言。13日には、福島選出の根本匠復興相が「地元住民の感情を鑑みると、非常に残念で遺憾」と述べ、下村博文文部科学相も「風評被害が広がらないようにしたい」と強調した。
また、森雅子消費者相も「根拠のない差別や偏見を助長する」と批判した。しかし森大臣は、自民党が野党時代の2012年6月14日の参議院・東日本大震災復興特別委員会で、「子どもが鼻血を出した、これは被ばくによる影響じゃないか」という心配の声が寄せられていることを紹介し、診察や検査にかかる費用をどうするのか、と与党・民主党に詰め寄っている。
そんななか、チェルノブイリ原発事故後から、幾多にわたり現地で取材、救援活動を続けてきた「DAYS JAPAN」編集長の広河隆一氏らは、5月13日、1993年~96年にかけて、チェルノブイリ原発の避難者2万5564人に対して行った健康状況に関する独自のアンケートの結果を公表。この結果によれば、「5人に1人が鼻血を訴えている」という。
- チェルノブイリでは避難民の5人に1人が鼻血を訴えた 2万5564人のアンケート調査で判明(DAYSから視る日々 2014年05月14日)
今回の「美味しんぼ」の鼻血のシーンについて、広河氏は、自身が2011年3月13日朝から原発周辺で取材をした際に、「持っていた測定器が振り切れるという経験をして、その後4月に突然非常な疲労感と下痢が襲ってきた」というエピソードに触れ、「鼻の粘膜の異常を感じることはよくあった」と、被曝と鼻血との因果関係を示唆した。
さらに、広河氏は2012年7月から、沖縄県久米島で福島の子どもたちの保養施設「沖縄・球美の里」を運営しており、「これまで訪れた保護者たちから、鼻血の話題はよく聞いた。福島でも聞いている」と語っている。その上で、広河氏は今回の騒動に関して、次のような見解を述べた。
「『ありえない』とか『事実無根』とか聞くと、そんなに完全に打ち消そうとするということは、どのような意図が働いているせいかと疑ってしまう。これほど大きく問題にすると、かえって『住民の不安をあおる』ことになってしまうではないかと思う。鼻血は出ると訴えている人がいることを認めた上で、それが大きな病気に結びつくのを防ぐためにはどうすればいいのかを話す方が建設的ではないかと思う」
福島原発事故後の被曝の問題をはじめ、チェルノブイリ原発事故後の実態にも精通している広河氏に、5月17日、岩上安身が単独インタビューする。いまなお続いている被曝の問題について、現地へ何度も足を運んで取材した広河氏の見解に、ぜひ注目いただきたい。
以下、広河氏らが公表した調査内容と見解を転載する。
【チェルノブイリでは避難民の5人に1人が鼻血を訴えた】
2万5564人のアンケート調査で判明『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に掲載中の漫画「美味しんぼ」の「福島の真実」篇に多方面からの抗議が寄せられているという。問題になったのは次の2点である。
- 原発を訪れた主人公が鼻血を出すシーン
- そして疲労感を訴えるシーン
特に鼻血が「ありえない」「不安をあおる」といった抗議を受けた。
疲労感については、福島原発事故の後に私自身が経験している。2011年3月13日朝から原発周辺での取材を繰り返した後、持っていた測定器が振り切れるという経験をして、その後4月に突然非常な疲労感と下痢が襲ってきた。被曝と疲労感が関係あるのかどうか、あとで数字を見てもらう。
鼻血はどうか。私自身は鼻の粘膜の異常を感じることはよくあった。しかしはっきり流れるほどの鼻血は経験していない。
私は2012年7月に沖縄県久米島で福島の子どもたちの保養施設「沖縄・球美の里」を設立し、運営している。ここにこれまで訪れた保護者たちから、鼻血の話題はよく聞いた。福島でも聞いている。だから誰でも知っていることかと思っていた。だがこれほど大騒ぎになって、「ありえない」とか「事実無根」とか聞くと、そんなに完全に打ち消そうとするということは、どのような意図が働いているせいかと疑ってしまう。これほど大きく問題にすると、かえって「住民の不安をあおる」ことになってしまうではないかと思う。鼻血は出ると訴えている人がいることを認めた上で、それが大きな病気に結びつくのを防ぐためにはどうすればいいのかを話す方が建設的ではないかと思う。
私は1986年のチェルノブイリ原発事故以降、50回を超えて現地での取材と救援活動を続けている。そしてこの3月、映画取材班とともに、チェルノブイリを5年ぶりに取材した。ウクライナの高濃度汚染地域であるナロジチ地区のナロヂチ市中央病院の副院長に、日本では福島原発事故の後、鼻血がでた子どもが増えたという声を聞くが、チェルノブイリではどうだったのか、と聞いた。すると副院長は「チェルノブイリでも事故の後、鼻血が増えた」と答えた。被曝によって血液系統の病気が増えた。鼻血もそうだが、貧血も増えたということだった。白血病の前段階の症状も増えたという。
1990年、IAEAはチェルノブイリの調査団を派遣し、翌年、健康被害の不安を打ち消す報告書を発表している。その報告に疑問を持った私たちは、広河事務所とチェルノブイリ子ども基金(当時は私が代表だった)共同で、現地NGOの協力を得て、1993年8月から1996年4月まで、避難民の追跡調査を行ったのだ。
調査項目は数百にのぼり、アンケート形式で本人あるいは家族に書いてもらった。回収できたアンケートは2万5564人分である。チェルノブイリ避難民のこれほど大掛かりなアンケート調査は、ほかにはないと思われる。私たちにそれができたのは、これが救援目的におこなった調査だからである。人々の健康状況を把握できなければ、どのような救援を行っていいのかわからないからだ。
アンケート調査は困難だったが、私たちにはIAEAにはない強みがあった。それはそれまでの救援活動の実績と現地の人々との信頼関係、チェルノブイリ支援の現地NGOとのつながり、である。ほかならぬ被災者に会うことが、私たちの仕事だったということもある。
この報告書は日露版の冊子の形で発行され、この3・11後にその一部を『暴走する原発』(小学館)に収録した。その結果から、鼻血と疲労に関する数字を中心に見ていきたい。ただ人々を襲ったのはもっと多様な症状だったので、それらも記載しておきたい。
●プリピャチ市(原発から約3キロ)の避難民アンケート回答者9,501人
「事故後1週間に体に感じた変化」という質問に、人々は次のように答えた。
頭痛がした 5,754人 60.6%
吐き気を覚えた 4,165人 43.8%
のどが痛んだ 3,871人 40.7%
肌が焼けたように痛んだ 591人 6.2%
鼻血が出た 1,838人 19.3%
気を失った 880人 9.3%
異常な疲労感を覚えた 5,346人 56.3%
酔っぱらったような状態になった 1,826人 19.2%
その他 1,566人 16.5%「その人々の事故から約10年後の健康状態」
健康 161人 1.7%
頭痛 7,055人 74.3%
のどが痛む 3,606人 38.0%
貧血 1,716人 18.1%
めまい 4,852人 51.1%
鼻血が出る 1,835人 19.3%
疲れやすい 7,053人 74.2%
風邪をひきやすい 5,661人 59.6%
手足など骨が痛む 5,804人 61.1%
視覚障害 2,773人 29.2%
甲状腺異常 3,620人 38.1%
白血病 50人 0.5%
腫瘍 440人 4.6%
生まれつき障害がある 34人 0.4%
その他 1,715人 18.1%「現在の健康状態は事故の影響だと思っているか」
100%事故が原因である 47.3%
かなり事故が影響している 14.5%
全く事故と無関係ではない 38.2%
事故とは無関係である 0.0%
健康である 0.0%念のため、数は多くはないが、比較対象のために行ったモスクワ市民の集計(316人)は次のとおりである。
「現在の健康状態」
健康 173人 54.7%
頭痛 53人 16.8%
のどが痛む 27人 8.5%
貧血 6人 1.9%
めまい 22人 7.0%
鼻血が出る 10人 3.2%
疲れやすい 67人 21.2%
風邪をひきやすい 56人 17.7%
手足などの骨が痛む23人 7.3%
視覚障害 51人 16.1%
甲状腺異常 11人 3.5%
白血病 2人 0.6%
腫瘍 8人 2.5%
生まれつき障害がある 0人 0%
その他 22人 7.0%●チェルノブイリ市(原発から約17キロ)の避難民のアンケート回答者2,127人
(人々は事故からおよそ8~9日後に避難した)「事故後1週間に体に感じた変化」
頭痛がした 1,372人 64.5%
吐き気を覚えた 882人 41.5%
のどが痛んだ 904人 42.5%
肌が焼けたように痛んだ 151人 7.1%
鼻血が出た 459人 21.6%
気を失った 207人 9.7%
異常な疲労感を覚えた 1,312人 61.7%
酔っぱらったような状態になった 470人 22.1%
その他 287人 13.4%「現在の健康状態」
健康 58人 2.7%
頭痛 1,587人 74.6%
のどが痛む 757人 35.6%
貧血 303人 14.2%
めまい 1,068人 50.2%
鼻血が出る 417人 19.6%
疲れやすい 1,593人 74.9%
風邪をひきやすい 1,254人 59.0%
手足など骨が痛む 1,361人 64.0%
視覚障害 649人 30.5%
甲状腺異常 805人 37.8%
白血病 15人 0.7%
腫瘍 80人 3.8%
生まれつき障害がある 3人 0.1%
その他 426人 20.0%●チェルノブイリ地区の村々の避難民12,864人の回答
「事故後1週間に体に感じた変化」
頭痛がした 7,805人 60.7%
吐き気を覚えた 5,497人 42.7%
のどが痛んだ 5,160人 40.1%
肌が焼けたように痛んだ 813人 6.3%
鼻血が出た 2,491人 19.4%
気を失った 1,194人 9.3%
異常な疲労感を覚えた 7,259人 56.4%
酔っぱらったような状態になった 2,471人 19.2%
その他 1,966人 15.3%●ノヴォシュペリチ村(原発から6キロ)の避難民の回答者351人
「事故後1週間に体に感じた変化」
頭痛がした 216人 61.5%
吐き気を覚えた 158人 45.0%
のどが痛んだ 124人 35.3%
肌が焼けたように痛んだ 19人 5.4%
鼻血が出た 65人 18.5%
気を失った 35人 10.0%
異常な疲労感を覚えた 192人 54.7%
酔っぱらったような状態になった 69人 19.7%
その他 55人 15.7%「現在の健康状態」
健康 4人 1.1%
頭痛 264人 75.2%
のどが痛む 114人 32.5%
貧血 55人 15.7%
めまい 171人 48.7%
鼻血が出る 70人 19.9%
疲れやすい 268人 76.4%
風邪をひきやすい 225人 64.1%
手足など骨が痛む 211人 60.1%
視覚障害 80人 22.8%
甲状腺異常 110人 31.3%
白血病 0人 0.0%
腫瘍 19人 5.4%
生まれつき障害がある 0人 0.0%
その他 86人 24.5%●ポレスコエ地区(原発から約45キロ)避難民の回答者1,005人
「事故後1週間に体に感じた変化」
頭痛がした 623人 62.0%
吐き気を覚えた 380人 37.8%
のどが痛んだ 420人 41.8%
肌が焼けたように痛んだ 76人 7.6%
鼻血が出た 292 人 29.1%
気を失った 166人 16.5%
異常な疲労感を覚えた 595人 59.2%
酔っぱらったような状態になった 215人 21.4%
その他 92人 9.2%「現在の健康状態」
健康 29人 2.9%
頭痛 705人 70.1%
のどが痛む 361人 35.9%
貧血 133人 13.2%
めまい 435人 43.3%
鼻血が出る 216人 21.5%
疲れやすい 675人 67.2%
風邪をひきやすい 528人 52.5%
手足など骨が痛む 651人 64.8%
視覚障害 185人 18.4%
甲状腺異常 306人 30.4%
白血病 2人 0.2%
腫瘍 25人 2.5%
生まれつき障害がある 2人 0.2%
その他 162人 16.1%このほかアンケートを行ったのは、約40の市や村である。その避難民の統計を見ても、同じような数字の傾向となっている。鼻血と疲労感だけを抜き出して見ると次のようになる。
●ナロヂチ地区の場合(194人)
「事故後1週間に体に感じた変化」
鼻血が出た 47人 24.2%
異常な疲労感を覚えた 111人 57.2%「現在の健康状態」
鼻血が出る 40人 20.6%
疲れやすい 143人 73.7%●ナロブリャ地区の場合(1881人)
「事故後1週間に体に感じた変化」
鼻血が出た 323人 17.2%
異常な疲労感を覚えた 921人 49.0%「現在の健康状態」
鼻血が出る 195人 10.4%
疲れやすい 975人 51.8%●ホイニキ地区の場合(908人)
「事故後1週間に体に感じた変化」
鼻血が出た 124人 13.7%
異常な疲労感を覚えた 443人 48.8%「現在の健康状態」
鼻血が出る 72人 7.9%
疲れやすい 445人 49.0%●ブラーギン地区の場合(1,019人)
「事故後1週間に体に感じた変化」
鼻血が出た 161人 15.8%
異常な疲労感を覚えた 677人 66.4%「現在の健康状態」
鼻血が出る 119人 11.7%
疲れやすい 492人 48.3%(アンケートの翻訳には、東京外国語大学のロシア語科の学生を中心に、約60名が協力してくれた)
2014年5月13日
株式会社デイズジャパン
「チェルノブイリ子ども基金」前代表
広河隆一
閣僚が相次いで特定の漫画を非難するこのヒステリー状態は、あまりにも馬鹿らしいですね。岩上さんが井戸川町長をインタビューした動画でも冗談めいて言われてましたが、人気漫画雑誌の情報発信力の裏返しでしょうか。
「美味しんぼ」のことがあって、医学論文検索サイト(PubMed)で「Chernobyl(チェルノブイリ)」,「nosebleed(鼻出血)」という単語で検索した結果、該当する論文は出てきませんでした。チェルノブイリの事故で被災者に起こったことはあまり医学論文化されていないのかもしれません(少なくとも国際的な医学雑誌のレベルでは)。
と思っていたところに広河さんのこういう証言が出てきたことは大きいです。さて、広河さんの証言を大手メディアは取り上げて報道してくれるでしょうか。政府にとっても不都合なことですし、もみ消すのかな。
前記コメントに追加です。nosebleed以外の鼻出血を意味する複数の単語をチェルノブイリ(Chernobyl)と掛け合わせて検索してみましたが、やはり該当する文献はありませんでした。近いものとして、チェルノブイリ事故後の収束作業にあたった労働者を含む21人(全員慢性鼻炎の症状あり)の鼻粘膜の組織を採取して調べたところ、形態学的・機能的異常がみられたという報告があるようです(原文はロシア語のため、要約のみ)。
チェルノブイリの事故後のことは論文化が少ないかのようなコメントを書いてしましましたが、大間違いでした。チェルノブイリ(Chernobyl)という単語で検索すると4000を超える論文が該当しました。この中にはチェルノブイリ事故とは直接の関係がないものも含まれますが、それでもかなりの数と言っていいです。タイトルで見るとやはり悪性腫瘍関連の論文が多いようです。ちなみに「Fukushima Daiichi」というキーワードで引っかかる論文の数は249でした。