「安倍政権の労働改革は、大リストラの被害者に『どこでもいいから再就職しろ』と迫るものだ」 ~限定正社員をどう論じるのか? ~日本型正社員からの転換と労働運動の選択 2013.8.25

記事公開日:2013.8.25取材地: テキスト動画
このエントリーをはてなブックマークに追加

(IWJテキストスタッフ・富田/奥松)

 「今の人材流動化に向けた動きでは、余剰人員が企業から排出されるだけで終わってしまう」──。

 2013年8月25日(日)14時から、キャンパスプラザ京都で開かれたシンポジウム「限定正社員をどう論じるのか? ~日本型正社員からの転換と労働運動の選択」で、こう発言した木下武男氏は、労働組合側に対し、「限定正社員に限ることなく『安倍政権の労働改革全体に、どう向き合うか』という立場で、組合の連携を急がねばならない」と助言した。

■全編動画 講演

0分~ 主催あいさつ/3分~ 木下氏講演/40分~ 脇田氏講演/1時間13分~ 熊沢氏講演

■全編動画 パネルディスカッション・質疑応答

■全編動画

  • 主催あいさつ・趣旨説明
  • 講演 木下武男氏(昭和女子大学特任教授)「安倍労働改革の政策分析」
  • 講演 脇田滋氏(龍谷大学教授)「限定正社員と改正労働契約法」
  • 講演 熊沢誠氏(甲南大学名誉教授)「限定正社員をめぐる労使関係」
  • パネルディスカッション 進行 今野晴貴氏(NPO法人POSSE代表)
  • 質疑応答
  • 日時 2013年8月25日(日)14:00~
  • 場所 キャンパスプラザ京都(京都府京都市)
  • 主催 NPO法人POSSE詳細

 「今回の参院選で政策与党が圧勝したことで、安倍政権の労働改革が本格化しつつある。中でも気になるのは(職種や勤務地などを制限する)『限定正社員』だが、これに関してはマスコミの間でも見方が混乱気味だ」と、このシンポジウムを主催したNPO法人POSSEのスタッフは語る。「限定正社員」という旬のテーマに、労働組合がどう対峙していくべきなのかについて、「建設的な議論が始まるきっかけにしたい」というのが、このシンポジウムの開催趣旨だという。

 前半の講演は、木下氏のスピーチで始まった。題目は「安倍労働改革の政策分析」。木下氏は「安倍政権の労働改革がらみの諸会議では、メンバーから事実誤認の発言があった」と、次のように指摘した。「『日本は解雇規制が厳しい国だ』『限定正社員は解雇しやすい』という2つの虚偽に基づいたもので、マスコミは、それに飛びついて扇動的な報道をした」。そして、労働組合側がその報道にまともに反応し、ついには、限定正社員が先の参院選の争点の1つになったことを、木下氏は「不幸な事態」と呼んだ。

 限定正社員は「解雇ルール」を変えるものではない。労使協議でまともな手続きが踏まれていなければ、裁判所がその解雇を無効とする──。木下氏は、「限定正社員」が誤解されたたまま、企業社会に普及することを危惧した。

 ただ、木下氏は「安倍政権が掲げる人材の流動化を柱とした労働改革は、日本の産業構造の転換に照らせば妥当なこと」との見方を示しつつ、そこに手段の目的化のフシがあるとも強調。「終身雇用が柱の日本型雇用を完全に破壊し、『とにかく余剰人員を企業から排出すればいい』という動きになっている。安倍政権の労働改革は、建前は素晴らしいが、実施すれば大リストラに帰結するだろう」と警告を発した。今の労働市場では、理想的な人材流動化を支える、離職者の職能開発などは担えないというのである。「安倍政権の労働改革は(弱者に手厳しい)新自由主義型。大リストラの犠牲者には『どこでもいいから再就職しろ』と言わんばかりに、(従前の社会的立場よりも)下方への移動を迫るだろう」。

 「限定正社員に限ることなく、『安倍政権の労働改革全体に、どう向き合うか』との立場で、連携を急がねばならない」。労働組合側に対し助言した木下氏は、さらにまた、「広島電鉄労組による、契約社員の雇用を無期限化する運動の中で生まれた、職務という要素で賃金を決める『ジョブ型正社員』の概念を、組合側は重視してほしい」とも語った。

 熊沢誠氏は「限定正社員をめぐる労使関係」との題目で、「そもそも雇用形態ごとの処遇原則を、法律で規制することには限界がある」と力説。限定正社員が関心をさらっている背景を、「限定正社員の正否も、個々の労使自治で解決されるべき問題。だが、それに委ねたら大変なことになる、との思いから、多くの労働者が政策に過剰な期待を寄せている」と分析した。そして、「日本の純正正社員は、男性総合職と見なしてほしい」と前置きして、次のように述べた。「就労先企業の要求を中心にする、ライフスタイルを受容できなければ、純正正社員にはなれない。ただ、日本の企業が、すべての人材を純正正社員として抱えられたのは、1980年頃までの話。その後は、コストの面や(多様なライフスタイルを求める)日本人の意識の変化を理由に、正社員の非純正化が進んでいる」。

 その上で熊沢氏は「限定正社員の導入に『絶対反対』を叫ぶのは現実的ではない。ある種の開き直りで、『すべての非正規労働者を無期限雇用の限定正社員にしろ』と、組合側が企業に要求するのが得策だ」と呼びかけた。

 シンポジウムの後半は、POSSE代表の今野晴貴氏を進行役にしたパネルディスカッション。ここでも、限定正社員導入と解雇の乱用の関係が議論された。脇田滋氏は「そもそも無限定正社員という考え方は、労働法的におかしい。職務や勤務の場所、時間が決められなければ、人間らしく働けないからだ。よって、『限定正社員だから解雇しやすくなる』という論理は、労働法的にはとても違和感がある」としながらも、「ただ、規制改革会議や企業側には、『限定正社員は会社への貢献度が低いから、解雇しやすくしていい』との思惑があると思う」と話した。そして、この3月に開かれた産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)で、解雇ルール(労働契約法16条)の改正が俎上に上ったことに言及。「16条が邪魔者扱いされており、『賃金が高いシニア層をクビにして、若手に置き換えたい』という趣旨の発言もあった」と伝えた。

 これに対し、木下氏は「3月の段階では、そのようなレベルの低い発言も聞かれたが、6月になると、規制改革会議(議長・岡素之住友商事相談役)は『限定正社員にも、無限定正社員と同様の解雇・雇用要件が適用される』との見方で落着いた」と補足を入れ、「とはいえ、限定正社員は、余剰人員を排出したい会社が運用する以上、『あなたの職務がなくなったので、要りません』という展開になることは十分考えられる」と同意を示した。その上で、労働組合側には海外の事例が参考になることを訴え、「欧州には、ジョブ型正社員がどんどん解雇されている事実はない。スウェーデンでは、企業内に職務がなくなっても、労働者が『ほかの職務もできる』と言えば、企業は検討しなければならい」と力を込めた。

IWJの取材活動は、皆さまのご支援により直接支えられています。ぜひ会員にご登録ください。

新規会員登録 カンパでご支援

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です