【IWJブログ・TPP特別寄稿vol.5】「議会制民主主義を根底から破壊する行為」安倍首相のTPP交渉参加表明に対する岩手農民大学 学長声明〜横山英信 岩手大学教授 2013.7.12

記事公開日:2013.7.12 テキスト
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特集 TPP問題

 IWJは、2010年に菅政権がTPPを突然持ち出した当初から、TPPにはらむ問題を追及し続けています。「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」に賛同されている大学教員の方々は、800名を超えます。しかし、「大学教員の会」の2度にわたる記者会見を、IWJが中継した以外は、日本農業新聞が報じたのみで、同会の活動および賛同者の主張について、他のメディアではほとんど取り上げられていないのが現状です。IWJは、こうした知識人の方々の声を、少しでも多くの人に伝えたいと考え、寄稿をお寄せいただけるようお願いしております。

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◆◇安倍首相のTPP交渉参加表明に対する岩手農民大学 学長声明◆◇
~横山英信 岩手大学人文社会科学部教授(農業経済論担当)
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※本ご寄稿は、3月15日の安倍総理によるTPP参加表明を受けて発出された声明を転載したものです

 本日,安倍首相は日本のTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加を表明しました。

 多くの団体がTPP交渉参加反対の声を挙げ,各地の多くの地方議会が政府に対して交渉参加反対ないし慎重審議を要請するなど,国民の中でTPPへの懸念が高まる中、これらの声を黙殺して交渉参加表明を強行したことを許すことはできません。

 また、今回の表明は,先の総選挙において自民党が「国益を損ない,農林漁業を崩壊に導いてまでも,TPP交渉に参加する必要は絶対にありません」と大々的に宣伝した公約スローガンを真っ向から踏みにじるものであり,議会制民主主義を根底から破壊する行為として糾弾されなければなりません。

 TPPは単なる自由貿易協定ではなく,企業の利潤追求に障害となる各国の制度を改廃し,経済に関わるあらゆる分野を市場原理に委ねるという「例外なき市場開放」がその本質です。実際,日本のTPP参加をめぐって政府に強い圧力をかけているのは,アメリカ政府と日本の財界です。

 日本がTPPに加盟することにでもなれば,関税の撤廃のみならず,食品の安全を確保するための諸措置,国民の生命・健康を守るための公的医療保険制度,労働者の解雇規制措置,地域経済を守るための地場産業への支援措置などが「非関税障壁」として改廃を迫られることになるでしょう。これを拒めば「ISD条項」(企業による対政府訴訟条項)によって政府や地方自治体が多額の損害賠償を請求され,結果的に「非関税障壁」撤廃に追い込まれることになってしまいます。

 また,TPPは海外直接投資に係る規制も緩和するため,日本企業は従来以上にTPP加盟の途上国に工場を移転しやすくなりますが,これは日本国内の雇用縮小に繋がります。

 TPPで恩恵を受けるのはほんの一握りの大企業・富裕層に過ぎず,多くの国民はTPPで生活を脅かされることになります。だからこそ,農林漁業団体のみならず,医療関係団体,生活協同組合,地方建設業界,労働団体,地方財界,そして地方議会など,幅広い分野での反対の声が挙がっているのです。

 安倍首相の交渉参加表明に合わせて,政府は日本がTPPに参加する場合の国内への経済効果の試算を発表しました。そこではGDPが3.2兆円拡大する一方で,試算対象の農林水産物の生産額は現在の7.1兆円から4.1兆円まで3兆円も減るとされています。この試算を前提にしても,規制緩和・市場原理を徹底するTPPの下ではGDPの3.2兆円拡大分の恩恵のほとんどは一握りの大企業・富裕層に流れてしまうでしょう。しかし,農林水産業の3兆円もの落ち込みは農林漁業者と地域経済を直撃することになるのです。

 岩手県では沿岸部を中心に東日本大震災からの復旧・復興に必死に取り組んでいますが,日本のTPP参加は被災地の地域経済に決定的な打撃を与え,今までの努力を水泡に帰させることになります。被災県に住む者として,これを絶対に認めるわけにはいきません。

 安倍首相は,先の2月22日の日米首脳会談後の日米共同声明によって「TPPでは『聖域なき関税撤廃が前提ではない』ことが明確になった」と吹聴し,これを今回のTPP交渉参加表明決断の最大理由としています。

 しかし,共同声明の当該箇所が意味するのは「交渉に入る段階では農産物の関税撤廃が前提とされない」ということに過ぎません。共同声明は一方で「全ての物品が交渉の対象にされること」「2011年11月12日にTPP首脳によって表明された『TPPの輪郭(アウトライン)』において示された包括的で高い水準の協定を達成すること」として,「例外なき市場開放」というTPPの原則を確認しています。「聖域」=「関税撤廃の例外となる農産物」が確保される保証はどこにもありません。

 そもそもTPPでは関税撤廃の例外品目を輸入品の1%確保することさえ容易ではありません。これは米1品目だけでも例外にできるかどうかという水準です。今回の安倍首相の交渉参加表明に当たって,自民党では,米,麦,牛肉・豚肉,乳製品,甘味資源作物などの重要5品目等を「聖域」として,政府に対してTPP交渉でその確保を求めていくとしていますが,それがTPPの実態を踏まえない,農林水産業者・国民向けの弁明に過ぎない空論であることは明らかです。

 加えて,TPPが経済のあらゆる分野に関係することを受けて,先の総選挙で自民党はTPPに関して「政府が,『聖域なき関税撤廃』を前提にする限り,交渉参加に反対する」という項目以外に,「自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受け入れない」「国民皆保険制度を守る」「食の安全安心の基準を守る」「国の主権を損なうようなISD条項は合意しない」「政府調達・金融サービス等は,わが国の特性を踏まえる」の5項目も公約に掲げました。しかし,これら5項目は安倍首相の交渉参加表明でも曖昧にされたままです。

 さらに,3月7日,8日の東京新聞(中日新聞)の報道で,TPP交渉への後発参加国は2010年までに交渉に参加した9カ国ですでに合意した条文を原則として受け入れなければならず,交渉を打ち切る終結権もなく,再協議も要求できないという事実が明るみに出て,「TPP交渉で日本に有利なルールを作る」というこれまでの政府の主張が大きく揺らぎました。これは衆議院予算委員会でも取り上げられ,野党議員が政府を追及しましたが,安倍首相は明確な答弁を行いませんでした。

 このように,TPP問題を農業問題に矮小化し,その農業問題を空手形に終わる可能性が極めて高い「聖域」確保問題に矮小化し,さらにTPP交渉への後発参加国の不利な条件について事実確認を曖昧にしたまま,安倍首相がTPP交渉参加表明を行ったことは,国民を二重・三重に愚弄したものであり,政府のあり方として許されません。

 安倍首相のTPP交渉参加表明への対応として自民党が作成した「TPP対策に対する決議」では,政府に対して「仮に交渉参加を決断する場合において」「特に,自然的・地理的条件に制約される重要5品目等やこれまで営々と築き上げてきた国民皆保険制度の聖域(死活的利益)の確保を最優先し,それが確保できないと判断した場合は,脱退も辞さないものとする」とされています。

 しかし,そもそも総選挙で「国益を損ない,農林漁業を崩壊に導いてまでも,TPP交渉に参加する必要は絶対にありません」という公約スローガンを掲げながら,いとも簡単に公約を反故にして交渉参加を認めたような政党が,「死活的利益」が確保されないと判断した際にどのように交渉脱退を政府に迫るというのでしょうか。

 農業について言えば,米だけでも例外にすることが困難なTPP交渉で農産物5品目を関税撤廃の例外にすることはおよそ不可能です。それとも,自民党は,TPP交渉で5品目のうちどれか1品目でも関税撤廃までの期間が若干でも延長されたならば,「例外を勝ち取った」として「死活的利益を守った」と強弁するのでしょうか。「だから交渉から脱退する必要はない」と言うのでしょうか。これ以上のごまかしは許されません。

 日本のTPP交渉参加については,先発参加9ヶ国のうち,まだ,アメリカ,オーストラリア,ニュージーランドが了承していません。とくにアメリカは日本の交渉参加を了承する前提として,この間,様々な要求を日本に突きつけており,日本政府はそれに応じてきています。BSEの関連でアメリカからの輸入牛肉にかけられてきた「20ヶ齢以下」という月齢制限措置が本年2月から「30ヶ月齢以下」に緩和されたのはその一環です。ここには国民の安全よりも企業の利益追求を上位におくTPPの本質がはっきりと示されています。

 安倍首相の交渉参加表明だけですぐに日本が交渉に正式参加することにはなりません。これから日本が正式にTPP交渉に入るまでの間,アメリカを中心に,先発参加国から次々と新たな要求が日本に突きつけられてくるでしょう。しかし,それは国民にTPPの本質を知らしめるものであり,TPP反対の国民運動をさらに大きくしていくでしょう。

 今,私たちには,国民の生活,健康・生命を守るため,早期に政府にTPP交渉参加を断念・撤回させる闘いをしていくことが求められています。岩手農民大学も,学習活動を通してその一翼を担う決意です。

 本寄稿は「IWJウィークリー第8号」でもご覧になれます。メールマガジン発行スタンド「まぐまぐ」にて、月額525円(税込)でご購読いただけます。(http://www.mag2.com/m/0001603776.html

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