「多国籍企業もあり、日本の相撲の横綱もモンゴル人。サッカーの監督はイタリア人」――。大河ドラマ「独眼竜政宗」などを手がけた人気脚本家・ジェームス三木氏は、立憲フォーラムの会期末集会で、国籍、国境などが体をなさない世界になりつつあると指摘し、「残るは国家だけ。本当に必要か、考えなければいけない」と問題提起した。
戦中、国民学校で「天皇は神」と教わっていた三木氏は、敗戦後、あっさり「天皇は人間だった」と聞かされ、物事を見る目が疑い深くなったという。そして、「人類は愚かだ」という思いを今も強めていると話す。
「核兵器や原発を作った人類は犬、猫より愚かだ。一発で国が滅びる時代、国家間の核戦争は不可能だ。しかし、軍備増強し、再び『富国強兵』に進もうとしている今、朱鷺やヤンバルクイナの心配をしている場合ではない」。
人類が滅びないためにはどうすればいいか。三木氏は人類の歴史を振り返り、持論を展開した。
- 講師 ピーター・バラカン氏(音楽評論家・ラジオDJ)、ジェームス三木氏(脚本家)、他
「原始時代、人類は食料を奪い合い、仲間内で挨拶を決め、敵・味方を判断した。そして防衛と繁殖のために集団生活をし、それが村となり、街となり、やがて国家となった。もう一歩進めば世界が一つになる。
目黒区が渋谷区と組んで、世田谷区を滅ぼそうなどど誰も考えないように、世界が争わないためには、それぞれの首相が県知事のようになり、世界が一つの憲法、一つの通貨…というようにするしかないのではないかと思う。EUがそれに近いが、人類全体が意識を変えていかなければいけない」。
三木氏は、戦争の本質に言及すると同時に、「国家」という言葉の欺瞞性を指摘する。「戦争とは、権力者が、権力を守るために国民を最前線に送り込む。『国を守れ』とはいうが、権力を守っている。現に、権力者は国民に平気で銃を向ける。
そもそも国家とは何か。『領土』『国民』『統治システム』で構成されるが、誰も『国家』を見たことがなければ、触ったこともない。国家はイメージでしかない。(小学校の学級の)『6年3組』というものと一緒で、『国家』に人格や意志はない。であれば、『国家』が戦争など起こすわけがない。
「戦争を起こしているのは時の政府だ。時の権力者が『国』のふりをする」
戦争では、攻め込まれる側は街を焼かれ、民間の老若男女が殺され、強姦されるが、攻めこむ側は軍隊だけで構成されており、民間人の犠牲者は出ない。米国は、一度も侵略されたことがないからこそ未だに戦争を展開する。日本は、米軍に上陸されるまで、他国の侵略を受けたことはなく、豊臣秀吉の時代からアジア侵略を試み続けてきたが、敗戦し、ようやく武力を放棄した。ヨーロッパ諸国は、これまで延々と侵略、被・侵略を繰り返してきたため、疲弊し、EUという連合体になることを選択した。
「もうひと息で世界は一つになれるのではないか」――。
三木氏は、過去の人類の反省を踏まえ、「国家」という欺瞞を超えたときに、ようやく戦争のない世界が拓けると主張。特に制定以降、一度も戦争に参加せず、「仲良くしよう」と世界に語りかけている日本国憲法は、「世界で一番勇気がある、勇敢な憲法だ」との見解を示した。