政府はコロナ禍で海洋放出を決めるのか
放射性物質が含まれる福島第一原発処理済み汚染水について、政府が「海洋放出ありき」で進めようとしていると、反対の声が全国で上がっている。
福島第一原発では、溶け落ちた燃料を冷やし続けなければならず、また事故でできた建屋の損傷部から雨水や地下水などが流れ込むため、180トン(昨年度)の処理済み汚染水が発生している。処理済み汚染水は福島第一原発敷地内のタンクで貯蔵しているが、東電は2022年夏には置き場がなくなるとして、政府が処理方法を検討し、政府の小委員会は今年2月、「海洋放出が現実的」との報告書を出した。
しかし今、全国や現地の漁業団体のほか、福島県内の21市町村議会(7月17日現在)で3月、6月の定例会で処分方針に関する意見書や決議を可決し、海洋放出反対や、丁寧な意見聴取を求めている。
問題はコロナ禍の中で進めようとしているところにもある。
国連のトゥンジャク特別報告者らは、6月、海洋放出に関する決定は、新型コロナ感染拡大が一段落するまで控えるよう求める声明を発表。「有意義な協議の時間や機会がないまま、日本政府が放出のスケジュールを早めようとしているとの情報を深く懸念している」と訴えた。
超党派議員連盟「原発ゼロの会」が緊急事態宣言下の政府の「御意見を伺う場」中止を要請するなかでも、政府は福島などで自治体や農林水産業関係者を招いた会合をテレビ会議(4月13日)やウエブ会議(5月11日)などで実施し、ネットなどでの意見募集を7月末で締め切ろうとしている。
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地元海産物が減少! 観光物産センターに「地元産」見当たらず
現場を歩いた。
海からの風が激しい7月12日、福島県いわき市の小名浜港を訪れた。海から塩分を含んだ強い風が吹いていた。船は10数隻。漁場に出ていたのか、ふだんよりは少なめだった。「小名浜港で水揚げした新鮮な魚介類市場」がうたい文句のいわき市観光物産センターでは、地元産海産物がめっきり減ったといい、「貝柱大きめ!! ほたて(岩手)、「天然!! 特大岩がき」などが並んでいたが、地元産という表記が見当たらなかった。本来ならカツオやイワシが並ぶ時期だが、センター職員は「試験操業のため、水揚げは限られている」という。
福島県漁業協同組合連合会(県漁連)によると、福島県沿岸の漁獲量は原発事故前の14%(昨年度)。毎月、各漁協と各買受人協同組合とが協議し、どれぐらいの量なら買受人が取り扱えるかを話し合って漁獲量を決める。事故後に魚が売れなくなり、多く獲れても買受人がさばききれないからだ。
事故後、国の基準のキロ当たり100ベクレルよりも厳しい50ベクレルの自主基準を県漁連で作り、努力してきた。出荷制限は徐々に解除になり、唯一制限されていたコモンカスベもようやく政府が2月に解除。徐々に漁獲量が増えようとしている矢先に、海洋放出問題がせまった。県漁連のみならず、全国漁業協同組合連合会も反対している。
県漁連理事・柳井孝之氏「政府から納得いく答えは得られていない」
小名浜港の小名浜魚市場に、県漁連理事の柳内(やない)孝之さん(53)を尋ねた。
「汚染された海を浄化していくという話ならわかりますが、海洋放出すれば、福島の海は震災前より悪化しているとみられてしまいます。商売が立ちゆかなくなる可能性がある。私の周囲の観光業の人たちも反対しています」と柳井さんは言う。「タンクにためつづければ、放射性物質の放射能が下がっていく。長期間貯蔵して十分に放射能を低くした中でどう処理するのか、考えていくべきです。これまでも漁業者らは公聴会や政府の意見を聴く場で反対意見を主張してきた、政府から納得いく答えは得られていない」という。
「我々漁業者は食品を扱っています。消費者の放射能に対する拒否反応は強い。福島の海は汚染されましたが、これからは浄化するよう、きれいな海にするようにしていきたい」
小名浜港に風が吹く中、切実に訴えていた。
漁業関係者らによると、原発事故後、小名浜港に水揚げしても売れないため、魚が小名浜港にあがらなくなった。この影響もあって、老舗の水産関連会社が倒産、社長が40代で自ら命を絶ったことがあった。
再び魚がより売れなくなった場合、深刻な影響が出ることが懸念されている。
福島大学教授・小山良太氏「国民に内容が理解されておらず、風評が広がる懸念がある」
福島市に向かい、福島大学に車を走らせた。国の小委員会の委員を務めた小山良太教授を訪ねた。
小委員会は海洋放出は大気放出とともに「現実的な選択肢」でさらに、「海洋放出の方が確実に実施できる利点がある」という報告書をまとめたが、小山教授は、海洋放出は慎重にあるべきだと発言を続けている。
福島大学の先生の部屋で、話を聞いた。本棚には専門書や原発事故関連の書籍が並ぶ。先生にはこれまでオンラインや電話で話を聞いてきたがお逢いするのは始めてだった。柔らかな印象の男性だった。私と同じ北海道大学出身だ。
小山先生は冒頭に、最も問題視しているのは「知られていないことです」と話した。
福島大と東京大が昨年12月に行ったインターネット調査によると、トリチウム水について詳細まで理解していると答えた人は、約1割だったという。
「日本人も知らないなかで、諸外国はなおのこと知らない。丁寧に説明し、国民的な議論をし、国民的合意をとり、周辺諸外国に説明することがどうしても必要になると思う」
放出する「水」についての問題点も指摘した。「トリチウム水は事故前も放出していた」と主張する人は多いが、大きく違う。一つは量が10倍になるということだ。
「事故前は2.2兆ベクレル。今回は最低でも年22兆ベクレル。10倍の量を20年から30年間、流さないと、廃炉期間までにタンクをカラにできない」
そして、成分の問題もある。今回の水は、トリチウムだけを含んだ水ではない。
「現在貯蔵タンクの中は、汚染水の処理が完了していない状態で、トリチウム水のみになっていない。ストロンチウムなどの核種が残っている。今後の処分時期や方法、中身で多くの国民に内容が理解されていない。ここが一番大きなポイントだと思います。国民や諸外国が理解しないまま処分してしまうと、その後で『トリチウムって何だ』『汚染水って何だ』『ほかの核種は』と疑問が出てくる。政治決着で決めたときに風評が広がって対策費や補償など莫大なコストがかかる可能性がある。現状のまま決めるのは、ぼくはかなり懸念を持っています」
海洋放出は低コストである、というメリットもない可能性がある。原発は安いという議論とどことなく似ている。地元議会や民間団体からは「大型タンクで保存してほしい」「モルタルで固めて陸上保管を」と別の処理を求める声が上がっている。
ほかの選択肢はないのか、尋ねた。
「ほかの処理方法は可能ですか?」
「トリチウム水をいれておく新たな技術の大型タンクや新たな敷地へのモルタル固化について小委員会では困難だという結論でした。地元や国民の声が大きいのであれば検討せざるを得ないでしょう」
海洋放出を主張する人たちからは「国の小委員会が報告書で方向性をつけたのだから」という言葉をよく聞くが、政府の思惑通りになりがちな小委員会でも、複数の先生が異論を指摘していた。
海洋放出反対を訴えるヒアリング集会開催「100年間保管すれば放射能が減衰する」
7月22日、衆議院第一議員会館で海洋放出反対を訴えるヒアリング集会が行われた。首都圏のほか福島県、青森県など約70人が参加。主催した市民団体「再稼働阻止全国ネットワーク」が海洋放出をしないことを求める申入書を経産省職員に手渡した。
集会では、「公聴会を開催するべきだ」「これだけの反対の声があがっている。どうするのか」と要望や質問があがったが、経産省職員は「引き続き関係者の意見を踏まえて結論をだしていく」とした。
団体の共同代表柳田真さん(80)=千葉県=は「タンクに100年、保管すれば放射能が十分に減衰するので、保管しておいてほしい」と話し、福島県郡山市から駆けつけたパート、黒田節子さん(69)は「これから生きる人たちのために今、動ける人が動かないと」と話していた。
集会後に経産省職員に私が今後どうするのかを尋ねると、「スケジュールありきで行っているわけではないから」と従来通りの回答を繰り返した。
政府は夏には方針を決める、と報じられている。
長い時間をかけた議論が必要だという多くの声が上がっているが、政府は7月末で意見募集を締め切ろうとしている。
次回予告:いまだ4万人以上いる原発避難者の苦しみ
次回はコロナ禍で、原発避難者が苦しんでいる現状をお伝えします。
避難者がいまだ4万人以上いるなかで、政府は原発避難者の住宅提供を打ち切りました。生活が困窮しているなかで、さらにコロナが追い打ちをかけています。
「夫の仕事が休業になり、ボーナスがゼロだった。娘の学費が払えなくなる」
「収入がなくなった」
私のもとにも、多くの声が寄せられました。
福島県南相馬市では、コロナで訪問事業がなくなった中で、浪江町から避難した60代の男性が孤独死していました。亡くなってから2か月でした。
当事者の窮状を受けて、原発事故被害者団体らが、避難者への緊急アンケートを実施しています。希望者には弁護士などを紹介します。7月末までです。→
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