四国電力伊方原子力発電所が再稼動しそうだ。
福島第一原発の事故後、2011年4月に伊方原発の運転を停止していた四国電力は、3号機を再稼動させるため、着々と準備を進めてきた。
四国電力は2013年7月、新規性基準が施行された当日に審査を申請。原子力規制委員会は2015年7月15日、伊方原発3号機に安全審査の合格証となる「審査書」を与えた。
2015年10月22日、山下和彦・伊方町長が、同26日には中村時広・愛媛県知事が再稼動に同意を示した。2016年3月23日、原子力規制委員会は安全対策の詳しい設計などを記した四国電力の工事計画を認可し、4月5日には使用前検査を始めた。
6月24日には核燃料157体の装着作業を始め、27日に作業が完了。使用前検査が順調に進めば7月26日に再稼動、8月に営業運転再開を見込んでいた。しかし、7月17日に一次冷却水ポンプから内部洗浄用の水漏れ事故があり、部品交換や復旧確認などのため、再稼動は8月中旬以降にずれ込んだ。
▲四国電力伊方原子力発電所 左が廃炉になった1号機、右奥が再稼動する3号機
3号機は使用済み核燃料から再処理によってプルトニウムを取り出し、二酸化ウランと混ぜて作られるMOX燃料を使う、危険なプルサーマル方式だ。MOX燃料はウラン燃料に比べて放射能が強いため、作業員の被曝の危険性が高い。また、燃料温度が上がりやすいため、炉心溶融の危険性が高い。さらには管理が困難だという問題点もある。
なお、来年運転開始から40年を迎える1号機は2016年3月25日に廃炉が決定され、5月10日付で廃炉となっている。
日本一細長い半島の付け根付近にある、内海に面した原発
2016年4月に発生した熊本・大分大地震は、その後の余震の震源が北東へ、南西へと広がっている。つまり日本最大の断層帯・中央構造線沿いに川内原発へ、伊方原発へと近づいている。
▲九州の断層と原発の位置
2016年4月17日から熊本・大分大地震の取材で九州に入っていたIWJ九州緊急特派チームは、この取材の後半、鹿児島県川内原発、佐賀県玄海原発と取材を重ね、最後は大分県から豊後水道をフェリーで渡り、愛媛県伊方町にある四国電力伊方原発の周辺を取材してから、帰京することになった。
▲大分県佐賀関港と愛媛県三崎港を結ぶ国道九四フェリー
伊方原発の問題点は数多いが、特徴的なのはその立地だ。国内原発で唯一、内海に面している。ひとたび事故が起きれば、流れ出した汚染水は早い潮流のない、たまり水のような瀬戸内海を2度と回復できない死の海にするだろう。浅い水深の海底には汚染物質が堆積してしまうとも言われている。
そして、愛媛県、高知県、大分県、山口県、広島県、風向きがどうであろうと360度、近隣の数十万都市が汚染されることになる。
また、原発はリアス式海岸の背後に急峻な山地が迫る、「日本一細長い半島」とも呼ばれる佐田岬半島の付け根付近に存在するため、住民避難に関して原発以東・以西で大きな格差が生まれることになる。
▲「日本一細長い」佐田岬半島
天候が荒れるとフェリーは使えない
万が一、伊方原発で過酷事故が起きた場合、半島住民の避難ルートは原発の東側と西側で全く異なる。東側住民はそのまま松山方面へ避難することになるが、西側住民は逃げ場がない。この半島の原発以西の住民は約5000人。愛媛県の避難計画では、大分県佐賀関港とのあいだに定期航路のある、半島の先端に近い三崎港から、フェリーや自衛隊の船を使って、大分県へ避難することになっている。愛媛県側の佐田岬半島と大分県側の佐賀関半島は、最も近い部分で16km。「船で大分へ避難」と考えるのは一見、自然なことのようにも思える。
▲愛媛県佐田岬半島と大分県佐賀関半島
2016年5月3日、私たち九州緊急特派チームは、実際にその避難ルートを見てみたいと思い、避難ルートとは逆行するかたちになるが、四国行きのフェリーの出る大分市佐賀関港へと向かった。
朝からしとしとと雨が降ってはいたが、大分駅前にいるときは「天候が荒れている」というほどではなかった。それだけにバスを降りてフェリー乗り場入り口の「欠航中」という案内板を目にしたときは、正直少し驚いてしまった。
▲フェリーは悪天候で簡単に欠航してしまう。災害時が必ずしも穏やかな好天とは限らない
乗船券売り場の窓口でたずねると、四国側がかなり荒れていて波が高く、船が運行できないのだという。運行再開の予定をたずねても、全くわからないと言われる。そうこうしているうちに風が強くなり、嵐のような状態になってきた。これでは早くても再開は夜になってしまうだろうということで、この日は予定を中止して大分市内に引き返した。
フェリー会社の話では、欠航は特に珍しいことではないそうだ。「穏やかな瀬戸内海」をイメージしていても、そこが海である以上、天候が荒れれば船が欠航するのは当然で、万が一の原発事故の際の主要な避難ルートが、天候で簡単に左右されるという問題に、いきなり突き当ってしまった。
付け加えるなら、船が欠航するほどの悪天候ならば当然、自衛隊の輸送ヘリも救援には来られないだろう。当然、住民は強い放射能にさらされながら、天候の回復を待つしかない。これが現実である。
この小さな港の埠頭が、大地震の際に無事に使えるのか
翌日は快晴だった。大分県佐賀関港と愛媛県三崎港を結ぶ国道九四フェリーは1日16便ずつ、1時間おきに出ている。所要時間は70分。航路は31kmだが、三崎港は半島の突端より少し奥まったところにあるため、大分側を出港してすぐに佐田岬半島が見えてくる。 遮るもののない海の上で、16kmという距離が本当に近いと実感できる。
▲佐賀関から三崎まで70分。出港してすぐ佐田岬半島が見えてくる
ゴールデンウィーク中だったこともあり、フェリーの利用客は多い。到着した四国・愛媛県側の三崎港でも、こぢんまりとした埠頭が、多くの車やオートバイで賑わっていた。
しかし思い出してみると、大津波に襲われた東日本大震災だけでなく、阪神淡路大震災でも港湾施設は大被害を受けた。岸壁が崩れ落ち、船が陸に打ち上げられて、ビルの屋上に鎮座し、無事だった船も接岸できるような状態ではなかった。
原発が過酷事故を起こすような大災害時、その原因として今最も危険度が高いのは、中央構造線あるいは南海トラフを震源とする巨大地震だろう。そんな時にこの小さな港を使って5000人の住民がフェリーもしくは自衛隊の船で九州大分県側へ避難するということが、果たして現実的なのだろうか。多くの人々が、山あいの細い道をふさがれて、立ち往生してしまうのではないか。
IWJでは4月14日夜と16日未明に起きた最大震度7、マグニチュード7.3の地震を受けて専門家に周辺原発への影響、中央構造線や南海トラフとの関連について、岩上安身やIWJ記者によりインタビューを重ねた。
▲三崎港 大地震に見舞われた時、この港は機能するのだろうか
1970年代までは海岸線沿いに狭く曲がりくねった道しかなく、台風が来ると地滑りが頻発していた
三崎港から伊方原発までは車で30分ほど。「メロディーライン」と名付けられた頂上線が佐田岬半島の尾根を貫き、北側に瀬戸内海、南側に宇和海が見渡せる。
1970年代にこの道が着工されるまで、半島には海岸線に沿った狭く曲がりくねった道しかなく、台風時には度々地滑りによって通行止になっていた。
1970年代。つまりこの道路は原発建設と時を同じくして作られたものだ。陸の孤島のような半島の先の集落住民にとって、その恩恵がいかに大きなものだったか、容易に想像できる。
▲三崎港と八幡浜市を結んで佐田岬半島を貫く頂上線。三崎港から伊方原発までは30分ほど
初めて目にする伊方原発は、その頂上線から曲がりくねった急な坂道をかなり下った場所にあるゲートの先、さらにずいぶんと下の方にあった。
「海抜10メートルの丈夫な岩盤の上に建っているので、津波にも地震にも強い」というのが、簡単に言ってしまえば、四国電力の言い分だ。しかし、以前は台風によって地滑りが頻発したという話を知ると、本当に岩盤が丈夫と言えるのか、不安になる立地だ。
▲幹線道路から、はるかに下ったところに立地する伊方原発
「原発関連の仕事は大きな業者だけ。地元には何もない。子供のことを考えると本当は再稼動を中止してほしい」
地域で暮らす人々は、日々何を思っているのだろうか。
最初に訪れたのは原発から西側に6kmほど離れた三机という、瀬戸内海側に大きく開けた入り江に面した、静かな漁港。
▲旧瀬戸町三机。伊方原発から直線距離で6kmほど
地元建設業者の家族の70代くらいの女性
IWJ「九州で大きな地震がありましたが、すぐそばにある原発に対する不安は?」
女性「それは、ある程度あります」
IWJ「事故が起きたら船での避難は考えていますか?」
女性「考えてません。たぶん行けないと思いますよ。距離的に船の来るところまで遠いし」
IWJ「去年・今年と大掛かりな避難訓練があったようですが、参加しましたか?」
女性「いいえ。全体に呼びかけはなかった。町内の役付きの人だけが呼ばれたらしい。テレビを見て初めて避難訓練があったことを知った」
IWJ「建設業をされているようですが、原発によってメリットがありましたか?」
女性「何もないです。原発関連の仕事は大きな業者だけ」
IWJ「再稼動には賛成?反対?」
女性「本当は中止してほしい。子供のこととか考えるとね。ただ地域としては原発がないと困るということもあるし」
IWJ「それは補助金や交付金のこと?」
女性「そう、固定資産税だけでもだいぶ違うしね」
IWJ「原発が停止している間、地域に活気がなくなった印象はありますか?」
女性「この辺はそんなことないんですけど、湊浦とか町役場の近所はだいぶ違ってたんじゃないかしら」
IWJ「このあたりに住んでいる若い人は原発に仕事に行っている人が多いと聞きましたが?」
女性「そんなことないです。そうでもないです」
IWJ「実際にもし事故が起きたらどうしますか?」
女性「どうしましょ」
IWJ「起きるとは思ってないということですか?」
女性「そういうこと、考えたくないですよね」
IWJ「行政や四国電力の言う『安全』を信用しているということ?」
女性「基本的には信用してないですよね。逃げるにしても逃げるところがないんですよね。三崎の方へ行ってもみんなが車で向かったら走れない。道が通れないかもしれない。船に乗れるかもわからない。事故がないように祈ってます」
▲瀬戸内海に面した静かな漁港、三机。伊方原発から直線距離で6kmほど
「再稼動した方がいいんじゃないか。でもそれは、事故が起きないのを願ってのこと。国や四国電力を信用しないとやっていけない」
愛媛県伊方原発編〜立地も避難計画も問題だらけ!40年の歳月をかけ地元に根を張った電力会社の影響力 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/323450 … @iwakamiyasumi
うっすらと「嫌だな」と思っても声に出さず行動にも移さない。福島原発事故が起きても洗脳は未だ覚めていない。
https://twitter.com/55kurosuke/status/877648645566234624