「国会の場はまさに国民の貴重な時間と費用の極みだと認識しております。その国民の中には私たち障害者も存在しています。国会の、それも福祉に関する理解を最もしてくださるはずの厚生労働委員会において、障害があることで排除されたことは、深刻なこの国の在り様を示しているのではないでしょうか」
これは、5月11日の障害者総合支援法改正案を審議する厚生労働委員会で、参考人として質疑に立つ予定だったALS協会の副会長、岡部宏生氏の言葉である。参加がかなわなかった岡部氏の代理として意見陳述した、ALS協会常務理事の金澤公明氏が委員らに向けてメッセージを読み上げた。
岡部氏を参考人として推薦してきた民進党は、11日、会見を開き、与党が「障害者差別」をしたと批判、猛省を求めた。一方、自民党の渡辺博道厚労委員長は12日、これに呼応する形で記者会見し、「岡部さんの希望をかなえられず申し訳ない」と陳謝しつつ、一方で「民進党が取り下げなければ質疑できた」と、責任を野党に転嫁した。
▲3年前の2013年11月1日、難病対策見直しに関する記者会見(厚労省)で岡部宏生氏(右)の口文字を読取る介助者のようす(左)
自民・渡辺厚労委員長が出してきた条件「児童福祉法改正案のお経読みをセットで」
与野党間の主張合戦は、さらに続いた。
渡辺委員長の会見をうけて、同日12日、厚労委の野党理事であり、民進党の西村智奈美・初鹿明博両議員らが記者会見を行い、これまでの経緯を説明。その中で、「児童福祉法改正案」の趣旨説明をセットでやってほしいと、渡辺委員長が岡部氏の出席に条件をつけてきたと説明した。
「公平・公正・中立な委員会運営をすべき委員長が、与党の国対の意向を野党理事に伝えることは、さすがにいかがなものか。障害をお持ちの方を参考人に呼ぶときに限って取り引きを持ち出してくるのはおかしい。
取り引きに岡部さんを巻き込むのは申し訳ない話だし、今後、障害をお持ちの方を呼ぶときに、その都度、野党が条件を飲まされるというのは、国会全体の問題だと思い、断念せざるを得ない状況に追い込まれた」
両者の釈明会見をよそに、岡部氏の代理で出席した金澤公明・ALS協会常務理事は、IWJの電話取材に応じ、与野党間の応酬を一蹴した。
「言った言わない、そんなのは良く分からない。参考人が出られなかった、それが私たちにとっての事実です。政争の具にはしてほしくない」と苦言を呈した。
▲民進党・山井国対委員長代理記者会見 2016年5月12日
障害者差別解消法が施行された矢先に起きた「障害者差別」
▲岡部宏生氏(左)と金澤公明氏(右)(2013年11月1日、厚労省で)
4月28日の厚労委の理事懇で、岡部氏の参考人招致をめぐり長時間に及ぶ議論が行われた。野党理事である初鹿議員によれば、自民・公明の理事全員が「時間がかかるから」、「健康状態が急に悪くなったりしたら大変だ」という理由で、岡部氏の出席に否定的な意見を述べたという。結局、その日のうちに結論は出ず、渡辺委員長に判断が一任された。
「最初の段階で『時間がかかるから』と言っている事自体、不見識だと思います。それに対し『合理的配慮』をすることが、障害者差別解消法で求められていること。まず、それをやるべきだった」
初鹿議員はIWJの取材に対し、報道が過熱してからの「言った言わない」の論争は、問題の本質からずれていると主張する。初鹿議員の言う、「合理的配慮」とは何か。
今年4月1日、障害者差別解消法が施行された。同法では、障害のある人が障害のない人と平等に人権を享受し行使できるよう、一人ひとりの特徴や場面に応じて発生する障害・困難さを取り除くため、個別の調整や変更をする「合理的配慮」が求められている。この法の目的、理念に照らせば、まさに、岡部氏の招致拒否は、法が施行された矢先に起きた、国会における与党による「障害者差別」にほかならない。
健常者とくらべるとALS患者はコミュニケーションに2倍〜3倍の時間を要する。与党議員はそれを理由に議論が深まらないと懸念したが、初鹿議員はこうも指摘した。
「事前に質問項目を共有したり、(岡部さんの口文字を)読み取っている間は委員会の審議時間を止めるなど、特別な配慮さえすれば、十分対応は可能だったはずです」
「私が100回言ったところで、健常者には伝わらない」と代理人が悔しさをにじませる
ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは、筋肉の萎縮と筋力の低下が重篤なレベルで進行していく原因不明の難病の一つ。次第に手足が動かせなくなり、喉や舌の筋肉の自由まで奪われると、自分で食べたり、呼吸することが難しくなる。さらにまぶたの動きまで奪われてしまえば、外とのコミュニケーションが完全に絶たれ、意識だけは発病前と変わらない”Totally Locked-in State”(完全に閉じこめられる)状態におちいってしまう。
こうした恐怖と日々闘いながら生きている難病患者の一人として、岡部氏は意見陳述人を承諾した。しかし、国会は時間的な都合でこれを拒否。代理人として意見を述べた金澤氏は「悔しかった」と振り返る。
「ALS患者はコミュニケーションに、2倍〜3倍の時間がかかります。それでも、彼らは全国で講演を行い、質問にも答えてきました。国会ではない場所で実現できていることが、なぜ国会ではできないのか」
金澤氏は続けて、「自分では伝えられないことがある」と強調した。
「私が100回言ったところで、健常者には伝わらないんですよ。本人を直接目で見て、聞いて、感じるかどうかでは全然違います。意見書の中で求めた『コミュニケーション支援』では、ヘルパーの入院中の付き添いを認めてほしいと提案しています。病院でも良くあるんですよ、患者本人の話を聞かないことが。
だから、岡部は国会で、こうやってヘルパーさんを介せば、患者は自分の意思を伝えられるんだということを、配慮さえすれば直接伝えられるんだということを知って欲しかったと思います。それができなかったのが一番、悔しかったですね」
当日、岡部氏は参考人として出席しなかったものの、傍聴人として参加した。
「約2時間半、岡部は後ろの席に座って傍聴してましたよ。本人も悔しかったと思いますね」
岡部氏「改めて国会で陳述することを望んでいます」
「障害者総合支援法改正案」の審議は今後、参院へとうつる。その際、岡部氏を改めて参考人として推薦する可能性はあるのかという問いに、初鹿議員は「ある」と回答した。
岡部氏自身も、5月12日、朝日新聞のインタビューで国会での陳述を引き続き希望すると述べている。他方、ALS協会は今回の件をうけて、衆議院議長宛ての要望書を提出。障害者、難病患者への合理的配慮の整備を求めた。
参院で行われる参考人質疑では、岡部氏を拒否することはもう許されない。これを機に、せめて厚労委に所属する国会議員たちには、「障害者総合支援法」「障害者差別解消法」を深く理解し、当事者たちの声に真摯に耳を傾けてほしい。