安倍政権が進める「生活扶助引き下げ」と「冬季加算引き下げ」に専門家らが警鐘 「命の最終ラインを崩壊させる」 2014.9.15

記事公開日:2014.9.15取材地: テキスト動画
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(IWJ・薊一郎)

 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」――。

 安倍政権は憲法25条に定められた「必要最低限度の生活」さえ見直そうとしているのだろうか。生活保護受給者やその家族が住むための住居にかかる費用の一部を国が補助する「住宅扶助」について、現在、厚労省は基準を引き下げる方向で議論を進めている。さらに、寒冷地における扶助としての冬季加算も削減する動きがある。

 生活保護をめぐっては、すでに昨年から食費や光熱費などを補助する「生活扶助」が、「物価下落」を理由に減額が進められている。

 住宅扶助基準の引き下げについて厚労省は「一般低所得者世帯の家賃実態と比べて、住宅扶助基準が高すぎる」という財務省試算データを根拠としている。「生活保護を受けていない低所得世帯の家賃に比べて割高だ」という声も後押しし、まさに「低きに合わせる」政策が進行中だ。

 「割高」と言われる住宅扶助だが、例えば重度障害者の場合、手すりやスロープなどの設置費用、改装費が別途かかる。また業者や不動産業者による「ぼったくり」が横行するなど、その実態は、現行下でも苦しい生活を強いられているケースが少なくない。しかし、そうした問題点については、国は積極的な議論を進める気配はない。

 こうした国の姿勢に対し、9月15日、「STOP!生活保護基準引き下げ」アクションが、「“低きに合わせる”のが、この国の生存権保障なのか? ~次に狙われる住宅扶助基準と冬季加算の削減~」と題するシンポジウムを主催。拙速に進む住宅扶助基準の引き下げに異を唱えた。

 住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人で、本シンポジウムの司会を務めた稲葉剛氏は、厚労省の社会保障審議会・生活保護基準部会(基準部会)における議論を警戒する。

 稲葉氏は基準部会の中身について、「一般低所得者世帯の家賃実態に合わせて住宅扶助基準を引き下げるよう議論が誘導されている。来年度にも引き下げが実施されてしまう」と危惧を示した。

 稲葉氏はこうした国の進め方について、「まさに『低きに合わせる』考えであり、憲法25条の生存権保障が絵に描いた餅となってしまう」と批判した。

■ハイライト

  • 基調報告 「住宅扶助基準と冬季加算削減に向けた国の策略と問題点」 吉永純氏(花園大学教授)
  • 基調講演 「住宅扶助基準引き下げに見る住宅政策の貧困」 平山洋介氏(神戸大学教授)
  • ビデオレター 「家賃高騰に悩む被災地からの声」 太田伸二氏(弁護士・仙台弁護士会)、山脇武治氏(宮城県生活と健康を守る会連合会事務局長)
  • 特別報告 「車イス利用者の住宅事情」 川西浩之氏
    「寒冷地における冬季加算の役割」沼田崇子氏(岩手県二戸保健福祉環境センター福祉課長・全国公的扶助研究会 副会長)
  • 生活保護基準引き下げにNO!訴訟の最新情報 徳武聡子氏(生活保護基準引き下げにNO! 全国争訟ネット事務局)
  • 年金切り下げに12万件超の不服申立て 全日本年金者組合の方
  • まとめ 尾藤廣喜氏(弁護士、生活保護問題対策全国会議代表幹事)
  • 〈司会進行〉 稲葉剛氏(住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人)

引き下げは「命の最終ラインの崩壊」

 花園大学の吉永純教授は、生活保護の専門家としての観点から、この国の方針の問題点を指摘した。

 「生活保護は既に2回引き下げられ、来年にも引き下げが決まっている。住宅扶助基準・冬季加算の他、母子加算や医療扶助の引き下げの検討に登っている事態だ。ここで何とか食い止めたい。止められなければ命の最終ラインの崩壊を招く」。

 住宅扶助として支給される対象は、家賃・間代・地代のほか、敷金・権利金・礼金・不動産手数料・火災保険料・保証人不在の際の保証料・契約更新料、引越代等である。金額は、単身者で大分県では27,500円、東京都では53,700円、2~6人世帯の場合は大分県で35,700円、東京都で69,800円など、地域別・世帯規模別に規定されている。

 現状の住宅扶助制度の問題点として、吉永教授は、住宅扶助基準内への意図的な誘導が行われていることを挙げた。

 基準内の誘導とは、家賃の引き下げ圧力だ。

 例えば、住宅扶助基準は上限に過ぎないにも拘らず、福祉事務所によっては、「基準内に収まる住宅に移ってから申請するように」と指導するところがあるという。

 また、基準内への「閉じ込め圧力」の実態についても報告した。劣悪な住宅から引っ越したくても、基準内でなければ福祉事務所が敷金支給を認めないため、とどまらざるを得ないケースがあるという。

 そして、基準の引き上げ圧力として、保護世帯の入居リスクを家賃に上乗せする慣行や貧困ビジネスなどの事例も挙げた。

 その上で吉永教授は、「家賃準拠追随方式の限界」を指摘し、「居住水準保障型への転換」が求められているとの考えを示し、「家賃だけではなく、面積・設備両面での居住水準を満たすことに視点を移すべきだ」と主張した。

 平成23年3月に閣議決定された、国土交通省規定の「最低居住水準」は、面積水準と設備水準の2つからなり、面積水準は単身者については25㎡、2人以上世帯では 10㎡ X 世帯人数 + 10㎡であり、設備水準としては、専用の台所・水洗トイレ・浴室・洗面所を備えることとされている。

 吉永教授は、基準部会の議論において、「全国の民営借家の1/3が最低居住水準を満たしていないことを持ってして、住宅扶助基準を引き下げようという議論へ誘導しようとしている」と批判した。その上で、このままの議論では「半年未満で引き下げが実施されてしまう。事態は急を要する」と訴えた。

 次に吉永教授は、冬季加算引き下げの動きについても警鐘を鳴らした。

 厚労省による冬季加算の定義では、「冬季は他の季節と比べて暖房費などが必要となるため、11月から3月まで、生活扶助基準に加えて、地域別、世帯人数別に定められた額を支給する」としている。この引き下げについて吉永教授は、「暖房費などは、所得階層に関わらない固定的な支出であり、寒冷地の命綱であって削減はできない」と訴えた。

 吉永教授は、「そもそも現在の冬季加算は、冬季需要を満たしているのか」という疑問を提示。ストーブ掃除・照明代などの電気代・服装・11月から3月以外の期間の暖房費など、冬季加算では対応できていない冬季需要の存在に加え、猛暑対策の夏季加算の必要性も指摘した。

 吉永教授は結論として、全ての基準額、生活保護・住宅扶助・冬季加算その他の引き下げは、「命の最終ラインの縮小・崩壊を招く」として強く批判した。

「家賃というお金と、建造物としての家を統一して考えるべき」

 神戸大学の平山洋介教授は、住宅政策の専門家としての見地から、この問題について講演を行なった。

 平山教授はまず結論として、「住宅扶助基準は最低居住水準を満たす住居に住める金額とすべきである」と述べた。

 続けて日本の住宅政策の特徴と歴史的背景を説明。戦後日本の住宅政策は、持ち家中心主義を取り、中間層を助け、家族持ちを優遇してきたという。そして、「歴史的に低所得者への配慮が弱かった」とし、公的住宅の絶対数が減少していること、公的家賃扶助制度がほぼ存在しないことを挙げ、国の低所得者向け住宅政策の不備を批判した。

 その上で平山教授は、「日本の低所得者向け住宅の特徴は、家族や会社に所属することで助けられ安定していることで、所属を持たない個人を助ける制度がないことだ。少ない公的住宅・親の家・会社の寮などによるパッチワークで低所得者向け住宅をどうにか維持してきた」と指摘した。

 次に、近年の賃貸住宅事情についても問題提起した。

 平山教授は、「バブル以降可処分所得は下がる一方、低家賃住宅が少なくなることで住居費は上がる一方である」と指摘。「公的住宅着工件数は90年代中頃から、市場原理導入により急激に減少。現在はほぼ全て建替えにすぎず、絶対数は減少している」と分析した。さらに、「公的住宅からの転出者の減少により、空き家の供給量が減少している。社宅もバブル以降減少に転じている」と述べ、低所得者賃貸住宅の絶対量が軒並み減少している事実を指摘した。

 一方で、「親と同居している未婚単身者は増加し続けているにも関わらず、日本では単身者向け政策がない」とし、少子化対策として未婚単身者に家賃補助を行なっているフランスとデンマークの例を挙げ、日本の政策の不備を批判した。

 このような住宅事情を踏まえた上で、住宅扶助基準の切り下げの議論について、平山教授は「お金と物としての住居を統一して考えるべき」と訴えた。

 本来、使途特定所得保障としての住宅扶助は、支給条件である居住水準を満たすことにより住居・建物を改善していくインセンティブとなるという考え方であるはずであると指摘。このような「家賃というお金と、建造物としての家を統一して考える」ことが日本では行われておらず、「どのような条件の住居に住んでいても、家賃が同一ならば扶助は一緒である」という、国の住宅扶助制度の不備を指摘した。

 また、住宅を整備するのは時間と費用がかかるものの、一旦整備すれば長期間有益になり、「社会に還元される」として、住宅政策の社会への投資としての側面の重要さを訴えた。

 最後に平山教授は、貧困問題について「しばしば雇用問題を先に安定させようとの議論がなせれるが、住宅が安定しなければ、雇用などの対策もうまくいかないだろう」と述べ、貧困問題対策としての住宅政策、住宅扶助制度の重要さを強調した。

生活保護世帯の住宅事情の実際を見て制度設計を

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