今年のアカデミー賞で、エドワード・スノーデン氏を扱ったドキュメンタリー「Citizenfour」が長編ドキュメンタリー賞を受賞しました。そこで、同作品で監督を務めたローラ・ポイトラス氏と親交のある映画作家の想田和弘氏に、ご寄稿をお願いしました。
(IWJ編集部)
(想田和弘)
今年のアカデミー賞で、エドワード・スノーデン氏を扱ったドキュメンタリー「Citizenfour」が長編ドキュメンタリー賞を受賞しました。そこで、同作品で監督を務めたローラ・ポイトラス氏と親交のある映画作家の想田和弘氏に、ご寄稿をお願いしました。
(IWJ編集部)
ローラ・ポイトラス監督の「Citizenfour」(2014年、アメリカ/ドイツ)がアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞しました。アメリカの国家安全保障局(NSA)による大規模な市民監視プログラムの存在を暴露し、世界中を震撼させたあのエドワード・スノーデン氏(※1)についてのドキュメンタリー映画です。「SCREENDAILY」の報道によれば、「ギャガ」が日本の配給権を取得したようなので、日本でもそのうち劇場公開されるでしょう。
(※1)編集部注:米国のCIAとNSAで情報局員として働いていたエドワード・スノーデン氏は、2013年6月、NSAの極秘ファイルを持って香港に渡航。英紙ガーディアンなどの取材を受け、NSAが盗聴によって全世界において個人情報の収集を行っていることを告発しました。スノーデン氏に対しては、米司法局から逮捕命令が出されましたが、現在はロシアに滞在しています。
実は監督のローラ(※2)は、僕にとっては個人的な知り合いです。というか、僕が2007年に処女作『選挙』をベルリン国際映画祭でプレミア公開する際、いろいろとアドバイスをしてくれた“先輩”です(アメリカには先輩・後輩という概念がないので彼女をこう呼ぶのも奇妙な感じがしますが)。ただ、その後何度かお会いしてはいたものの、ここ2、3年は疎遠になっていました。
(※2)ローラ・ポイトラス氏は、イラク戦争をテーマにした「My Country, My Country」(2006年)でアカデミー賞候補になった、米国のドキュメンタリー作家です。「ペンタゴン・ペーパーズ」の告発者、ダニエル・エルズバーグ氏らが昨年12月に設立した「報道の自由財団」の理事も務めています。
そのローラの新作がニューヨークの映画館で公開される。題材はあのスノーデンだ。そう知ったのは、この映画に僕を誘ってくれた友人のお陰です。
「おおっ、ローラの新作か。観なくちゃ。でもスノーデンにどうやって連絡を取ったのだろう。連絡したら最後、アメリカ政府のウォッチリストに入れられちゃうな」
などと呑気にも思った僕は、本当に間抜けでした。映画を見て遅ればせながら知ったことですが、ローラは「ウォッチリストに入れられちゃう」どころか、ウォッチリストに入っていたからこそ、この映画を撮れたのです。というより、ローラはあの大事件の「共犯者」ともいえる存在だったのです!
ことの顛末はこうです。
2013年、スノーデン氏は、NSAによる市民監視プログラムを内部告発するため、信頼できるジャーナリストに情報と証拠を提供したいと考えていました。
そこでまずは英「ガーディアン」紙のジャーナリスト、グレン・グリーンウォルド氏に匿名のメールを出します。「重要な情報を渡したいが、このままでは検閲されてしまうので、まずはメール用の暗号プログラムをインストールしてくれ」という内容です。しかしグリーンウォルド氏は取り合いませんでした。
そこでスノーデン氏が次にコンタクトしたのが、ローラです。
ローラの出世作は、アメリカ占領下のイラクの生活を描き、アカデミー賞にもノミネートされた『My Country, My Country』(2006年)という作品です。彼女は本作を撮って以来、アメリカの国土安全保障省のウォッチリストに入れられ、アメリカに入国するたびに尋問を受けたりパソコンや携帯電話などを押収されたりしていました。
また、ローラは2012年、別のNSAの内部告発者にインタビューした短編ドキュメンタリー『The Program』を発表していました。そのような経歴の彼女を、スノーデン氏は情報の提供先として最適だと考えたのです(※3)。
(※3)編集部注:グレン・グリーンウォールド著『暴露~スノーデンが私に託したファイル』(新潮社、2014.05)には、ローラ・ポイトラス監督について、次のように記されています。
「ジョン・F・ケネディ空港に降り立つと、ドキュメンタリー映画作家のローラ・ポイトラスからメールが届いていた。『来週、アメリカに来る用事はない? ちょっと話したいことがあるの。できたら、顔をあわせて』
ローラ・ポイトラスからのメールはどんなものも大切に考えることにしている。彼女は抜きん出た集中力を持ち、独り立ちしている恐れ知らずの女性だ。これまで次々とすばらしい映画をつくってきた。危険きわまりない状況をものともせず、クルーも従えず、報道機関の援助も受けずに。彼女にあるものは、ささやかな予算とカメラ一台、そして決意だけだ。
(中略)
ローラはバックパックから書類をいくつか取り出した。その匿名の情報提供者から送られてきたメールのうちの二通だった。私はテーブルについたまま、そのメールを最初から最後まで読んだ。
衝撃的な内容だった」(23頁~26頁)
映画の題名にもなった「Citizenfour」という名を語るスノーデン氏から連絡を受けたローラは、氏の要求通りに暗号プログラムをインストールし、コミュニケーションを開始します。同時に、グリーンウォルド氏にも事の重大性を伝え、暗号プログラムを用い、コミュニケーションに参加してもらいます。
そして、2013年、ローラとグリーンウォルド氏はついに香港でスノーデン氏に面会するのです。
つまり映画『Citizenfour』は、香港でのスノーデン氏との最初の出会いから9日間に渡る取材の過程を、リアルタイムで密着して撮ったドキュメンタリーです。
それだけで、めちゃくちゃ凄くないですか?
僕はてっきり、スノーデン氏の告発の過程を事後的なインタビューを通じて描くような作品だと勝手に思っていたので、映画を観ながら口をあんぐり開けっぱなしでした。あの歴史に残る重大事件の真ん中にローラのカメラがあり、その顛末を「第三者」としてというよりも、当事者として記録している。ものすごい快挙です。
覚えてらっしゃる方も多いと思いますが、あのときスノーデン氏は一気に情報を開示するのではなく、毎日少しずつ、グリーンウォルド氏の記事を通じて重大な告発をしていきましたよね(※4)。
その記事が出るたびに、世界中のメディアが大騒ぎで後追い報道をする。映画には、その過程が全部映っていて、スノーデン氏とグリーンウォルド氏は世間の反応をテレビで眺めながら、「次はどういう記事を出そうか」なんてことを相談したりするのです!
(※4)グリーンウォルド氏は、スノーデン氏へのインタビューとして、以下のような記事を配信しています。
Q: なぜ国家機密の暴露をしようと思ったのか?
A: NSAは、日常でやり取りされる通信情報のほとんどを傍受できるシステムを築いている。あなたのメールの中身や、あなたの奥さんの通話記録、パスワードクレジットカードの情報まで簡単に手に入る。私がしたことや言ったことのすべてが記録され、それらが盗み取られている。こんな社会で生きていたくはないと思ったからだ。
Q: 情報収集がボストンマラソン事件のようなテロを防ぐという考えもあるが。
A: ボストンの事件はテロではなく「犯罪」であり、テロの脅威を防ぐ手立てはもっと他にある。
Q: あなたがしたことは犯罪だと思うか?
A: 私たちは国家の犯罪行為を嫌というほど見てきたはず。その政府が「犯罪として捜査する」と言うことは、私にとっては「偽善」そのものだ。
Q: これからあなたに何が起こると思うか?
A: 良いことは何一つないと思う。
Q: 報道がされてから1週間が経つが、今の心境は。
A: 国家の違法行為を暴露したことは正しいことだったときっと思ってもらえるはずだ。私に何が起こったとしても、その結果がアメリカを良い方向に導くと信じている。でも、私が故郷・アメリカに再び戻ることはないだろう。」
こんなドキュメンタリー、いくら頑張って撮ろうと思っても、おいそれと撮れるようなものではありません。奇跡だと思います。同時に、スノーデン氏のみならず、母国アメリカの政府を完全に敵に回してでもこの作品を作り、公開したローラの勇気と鉄の意志に、感嘆せざるを得ません。
映画を観てから知ったことですが、ローラは最近、ニューヨークからベルリンへ移住しました。この作品もベルリンで編集したそうです。たしかにアメリカで編集していたら、素材を没収される可能性がありますから。
ちなみに、スノーデン氏はロシアに滞在しており亡命を申請中です。僕が子供の頃、ソビエトからアメリカへ亡命する科学者やバレリーナのニュースをしばしば耳にしたものですが、その真逆の事態が起きていることになります(※5)
(※5)編集部注:米国から知識人などが亡命していく時代になったことについては、いち早く、岩上安身が「IWJウィークリー」7号「ニュースのトリセツ」(2013年6月17日)の中で、「『米国へ亡命』するのではなく、『米国から亡命』する時代へ」と題し、以下のように論じています。
「今回の事件のように、インターネットによる情報を握って、亡命した件は、過去に例がありません。ネット情報が、最新鋭兵器のような重要性を帯びる時代になったことを意味しています。
また、歴史をふり返れば、『真実を語る者』が、その時代の権力層にしばしば弾圧を加えられてきたものでした。そして、「真実を語る者」が、自由を求めて、どこの国からどこの国へ亡命するのか、ということは、その時代の『正義』のありかを示す重要な『政治的』指標でもあったのです。
『真実を語る者』と名乗る人物が、自由を求めて『米国へ亡命』するのではなく、『米国から亡命』する時代になってしまったのだということを、今回の事件は色濃く象徴しているのではないでしょうか。
日本のメディアは、今回の事件を取り上げる際、スノーデンとは何者か、彼の行なった暴露が『犯罪』にあたるかどうかに焦点を当てて論じています。が、それは重要度から考えて、二次的なテーマであるべきです。大事なことは『何者か』ではなく、スノーデンが明らかにしたことが『真実』かどうかです。
現在のところ、米国政府からは、スノーデンが明らかにした情報が『虚偽』であるという反論はありません。『真実』であるならば、暴露された内容そのものも吟味することが最も重要なテーマとなるべきです」
スノーデン氏の「亡命」を注視してきた岩上安身と想田和弘監督の認識は、奇しくも重なりあいつつあるようです。この「トリセツ」をご覧になりたい方は、以下のURLからご一読ください。
いずれにせよ、この映画を観ると「アメリカ政府、エゲツねえ!怖ええ!」となって、しばらくはグーグルやスマホ、メールさえも使うのが怖くなること必至です(※6)。僕自身も「こんな国に住んでて大丈夫かな」などと、改めて我が身を心配してしまいました(※7)。
(※6)編集部注:上記の「トリセツ」において岩上安身は、以下のように指摘していました。
「スノーデン氏が暴露した情報は、驚くべきものでした。
スノーデン氏によると、NSAは、2007年に「PRISM(プリズム)」というプログラムを開発し、米国のインターネット企業から随時個人データを集めているといいます。ガーディアン紙とワシントンポスト紙は、同プログラムのもとで、マイクロソフト、グーグル、フェイスブック、アップル、ヤフー、スカイプ、YouTube、PalTalk、AOLといった米インターネット大手企業9社のサーバーから、動画や写真、電子メールをNSAが収集していたと報じました。
この事態に対し、グーグル、フェイスブック、アップル各社はそれぞれ声明を発表。『政府に対して、直接あるいは裏口から自社のサーバーにアクセスする権限は渡していない』として、『PRISM』への関与を否定しています。
しかし、今回、スノーデン氏によりリークされた機密資料には、『PRISM』はインターネット企業のサーバーに直接アクセスして、情報を得ることができると記載されているといいます。
(※7)編集部注:さらに、上記「トリセツ」で岩上安身は、以下のようにも指摘していました。
「さらに驚くべきことに、NSAには「Boundless Informant(無限の情報提供者)」と呼ばれる情報収集ツールが存在し、米国だけではなく世界中の通信記録を集めていたことも判明しました。
その数は2013年3月だけで970億件にものぼり、イランで140億件、続いてパキスタンが135億件、ヨルダンは127億件、エジプトは76億件、インドは63億件もの機密情報が収集されていたと、ガーディアン紙は報じています。米国が作戦行動を仕掛けたり、仕掛けようとしている中東の国々が大半ですが、歴史的には世界中の国々の国民から情報収集が可能であり、日本国民にとっても対岸の火事ではすまされません」
しかし興味深いのは、アメリカ社会は決して一枚岩ではなく、スノーデン氏やローラの勇気ある行動を強力に支持し後押しする勢力も、決して弱くはないということです。今回のアカデミー賞受賞は、まさにその証左でしょう。
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