元内閣広報室審議官・下村健一氏が福島原発事故当時の官邸の緊迫した状況を振り返る~第5回チバレイ・ウガヤの言論ギグ! 2014.10.29

記事公開日:2014.11.3取材地: テキスト動画
このエントリーをはてなブックマークに追加

(IWJ・薊一郎)

※テキストを加筆しました。

 ヨーガインストラクターの千葉麗子氏とジャーナリストの烏賀陽弘道氏によるトークイベント「言論ギグ」の第5回が、10月29日(水)、東京・六本木のイベントスペース「バニラムード」で行われた。この日のゲストは、東日本大震災発生当時、内閣広報室審議官を務めていた慶応義塾大学特別招聘教授の下村健一氏で、首相官邸の内部から見た福島原発事故当時の緊迫した状況を語った。

■ハイライト

  • 出演 千葉麗子氏(実業家、ヨガ・インストラクター)、烏賀陽弘道(うがや・ひろみち)氏(フリージャーナリスト、元朝日新聞記者)
  • ゲスト 下村健一氏(元内閣官房内閣広報室内閣審議官)

日本の最も権威ある原発専門家3人が「ただ地蔵のように並んで座っていた」

 「ちょうど4年前、菅さんに情報発信のスタッフをおいた方がいいとアドバイスしたら、『じゃあ、あんたやってよ』と言われた」

 対談の冒頭、元TBS記者だった下村氏は、菅直人内閣の広報室審議官に就任したいきさつを語った。

 そして、下村氏が審議官に在職していた時に、福島第一原子力発電所で事故が起きた。

 事故発生の直後、当時の菅首相は、原子力安全・保安院の寺坂信昭委員長、原子力安全委員会の班目春樹委員長、東京電力の竹黒一郎フェローという、日本の原発における最高権威3名を総理執務室に呼び、事故についての説明を求めた。

 菅首相とともに3人の説明に同席した下村氏は、彼ら3人が何一つ確かなことを答えられなかったと語り、その様子を「壊れた人間のように、ただ地蔵のように並んで座っていた」と表現した。彼らが日本のベスト&ブライテストと思っていたいう下村氏は、「ベストだからではなく、ポストで選ばれて来た」と述べ、知識ではなく、単に地位によって官邸に来たのだと悟ったことを振り返った。

 下村氏は、こうしたポストには「タフな人が必要だ」と語り、就任に際して「人間へのストレステスト」の実施を提案した。

原発事故に関する情報を「隠せるほど知っていたら、どんなにいいだろう」

 事故発生直後、当時の枝野幸男官房長官が「直ちに健康被害はない」と記者会見で発言したことは批判を浴びたが、下村氏は「誠実な発言だ」という感想を持ったという。

 下村氏は、原発事故発生当時の首相官邸は、発生した現象についてわかっていただけで、「これからどうなるのか、誰もわからない」状況だったと語る。

 「今起きている現象と(放出されたと)分かっている放射線量では、影響がないことだけが、官邸に分かっていたが、先は分からないという状況だった」

 下村氏は、「直ちに」と枝野氏が発言したのは、先は分からないことを表現したものだと説明した。

 また、「福島原発事故のような深刻かつ緊迫した状況は、今後も発生するだろう。その時、もし『直ちに』という言葉が不適当なら、どのような表現を使えば国民を安心させられるか、あらかじめ用意する必要がある」と述べ、緊急事態における政府広報の課題を語った。

 下村氏が持った印象に対して、烏賀陽氏は「『直ちに』発言が国民に不信感を与えたのは、その言葉によって、政府が責任逃れをしようとしている、あるいは情報を隠蔽している印象を与えた」ためだと指摘すると、下村氏は、「当時官邸では、『情報を隠せるほど知っていたら、どんなにいいだろう』とよく語っていた」と応じ、官邸に届く情報量の少なさを語った。

 メディア等で情報連携体制の不備を指摘される点に関して、「どんなに立派に体制を作っても、それだけではダメだ。(情報連携体制が機能しなくなるような非常事態時に)官邸に情報が来なくなったらどうするか、考えておかなければならない」

 下村氏はこう述べ、非常事態での政府・首相官邸による情報収集手段を確保する重要性を訴えた。

「誤算だったのは、こんな状況でもみんな(原発事故)を忘れていく」

(…会員ページにつづく)

アーカイブの全編は、下記会員ページまたは単品購入よりご覧になれます。

一般・サポート 新規会員登録単品購入 330円 (会員以外)

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です