「ノーベル平和賞はマジックではない」ノーベル研究所所長 ゲア・ルンデスタッド氏インタビュー/ノルウェー現地取材レポート(鈴木樹里記者) 2014.10.10

記事公開日:2014.10.22取材地: | | テキスト動画
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(取材・文:鈴木樹里、記事構成:安斎さや香)

 雨の降りしきる中、ノルウェーの首都オスロにある、ノルウェー・ノーベル研究所で2014年10月10日、ノーベル平和賞の発表記者会見が行われた。

 今年のノーベル平和賞は、女性の教育を受ける権利の為に運動を行っている、パキスタンの出身で17歳の少女、マララ・ユスフザイ(Malala Yousafzay)さんと、子どもの権利を訴える活動をしているインド出身のカイラシュ・サティヤルティ(Kailash Satyarthi)氏の2人に授与された。

 ノーベル選考委員会は、今回の2人の受賞について、次のようにコメントしている。

 「子どもの教育を受ける権利と子どもたちと若い人々に対する抑圧と闘う2人に受賞が決まった。子どもたちは学校へ行かなければならない。世界の貧しい国々では、25歳以下の人口は60%である。子どもや若い人々の権利が尊重されることは、国際的平和の発展の為の前提条件である。紛争地帯では特に、子どもへの暴力が世代を超えて、暴力行為が続いていくのである。

 カイラシュ氏はガンディの伝統を受け継ぎ、さまざまな抗議やデモ活動のリーダーとして活動している。彼は子どもの権利の国際的に重要な発展へ貢献している。

 マララ氏は、彼女の若さにも関わらず、すでに何年もの間、女性の教育の権利や、子どもや若い人々の為に闘い、彼らの状況の向上に貢献している。彼女は最も危険な境遇にいた。彼女は勇敢な闘いを通して、女性の教育の権利をリードする代弁者となった。

 ノーベル選考委員会は、二人の活動が、ヒンドゥー教、イスラム教、インド、パキスタンが共通して教育と過激派へ抵抗する闘いとして、とても重要なポイントだと考えている。各国の国際的な、多くの他の個人や研究所も貢献している。今日、世界では1億6800万人の子どもたちが労働させられている。2000年はこれより7800万人多かった。世界は、児童労働を消滅させるゴールへと近づいてきている。

 アルフレッド・ノーベルがノーベル平和賞の基準の中の一つに挙げた、『国家間の連帯』への実現へ、子どもと若者の権利、抑圧に抵抗する為の闘いが貢献した」

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  • ノーベル平和賞発表記者会見
    トールビョルン・ヤーグラン (Thorbjørn Jagland) 氏(ノルウェー・ノーベル委員会委員長、欧州評議会事務総長、元ノルウェー首相)
  • インタビュー ゲイル・ルンデスタッド (Geir Lundestad) 氏(ノルウェー・ノーベル・インスティチュート所長、歴史学者)
  • 日時 2014年10月10日(金)日本時間 18:00~(現地時間 11:00~)
  • 場所 ノルウェー・ノーベル・インスティチュート (Norwegian Nobel Institute)(ノルウェー・オスロ)
  • 主催 ノルウェー・ノーベル委員会(英語)

ノーベル研究所所長、ゲア・ルンデスタッド氏インタビュー

 記者会見終了後、IWJはノルウェーの歴史学者で、オスロ大学歴史学部教授、ノーベル研究所所長のゲア・ルンデスタッド氏にインタビューした。

Q. 日本の憲法9条で日本国民が受賞を逃したことについて ゲア氏「ノーベル平和賞には多くの候補者がいました。今年は278の候補がありました。

 日本の憲法第9条についての心配や不安の声は、日本の人々から多くありました。現在の日本政府に対して、正式なコメントは私達からは特にありませんが、私達はこの憲法第9条についての議論が、日本で大きな問題と不安の種であることに気づきました。私達は多くの日本の方々からたくさんの手紙を受け取りました」

Q. マララ氏とカイラシュ氏の受賞は、イスラム過激派やイスラム国(IS)に対して圧力になり得るか? ゲア氏「今回のノーベル平和賞は根本的には教育問題に関するものです。子どもたちは働いてはならないし、学校にいなければなりません。この賞が今後の教育問題の改善に貢献することを望んでいます。

 私達はヒンズー教、イスラム教、インド、パキスタンが親密な関係になっていくことを望みます。この賞は過激派に対する強いステートメントになることでしょう。私は完全に明確に過激派に反対していることを表明しています。

 マララ氏は過激派に殺されかけました。この受賞は一つの事実となり、過激派に対する抵抗となり、過激派からの圧力が減少することに繋がれば、すばらしいことだと思います。ですが、私達は控えめな予測をしています。ノーベル平和賞はマジックでもなんでもありませんから。平和的な結果を望んでいます」

Q. 今回の受賞は、西側諸国からイスラム圏の国に対する態度と受け止めていいのか?

ゲア氏「イスラムは平和的な宗教です。私達は多くのムスリムにノーベル平和賞を授与してきました。西側諸国は新しいバランスでイスラム諸国とその状況を見ていかなければなりません。私達は適度な力を使い、忍耐強く私達ができることをやっていくしかありません。

 もしこの受賞が、ヒンズー教、イスラム教、インド、パキスタンが協力していくことに繋がれば、それは素晴らしい効果だと思います。しかし、一番の目的は、児童労働と子どもたちの教育問題です」

 多くの報道陣が詰めかける中、少しでも多くのインタビューを受けようとし、IWJの取材にも快く答えてくれたゲア氏に、この場を借りて感謝したい。

ノーベル平和賞とオスロ滞在

 今回、ノーベル平和賞の記者会見の取材の為に、ノルウェーのオスロを訪れた。北欧へ足を踏み入れるのは初めてだった。物価の高さで有名な北欧。私が暮らすオランダや日本とは、どれほどの物価の違いがあるのか――、少し怖かった。

 ノルウェーでは、ユーロはまだ使われていない。EU非加盟国で、1994年に国民投票でEU加盟を否決して以来、EU加盟に関する具体的な議論は行われていない。EEA(欧州経済領域)には加盟しているため、EU加盟国からノルウェーに入国する際、スタンプを押す必要はない。

 オスロ中央駅に到着すると、町中は暗く、首都の中心駅とは思えないくらい静かだと感じた。人も多くはない。1ノルウェー・クローネ(NOK)が16.5円。レストランでの食事は、安くても168NOK程度、2800円程度の値段だった。飲み物も注文すれば、3500円ほどになってしまうだろう。

 外食が高いので、スーパーで食べ物を購入することにしたのだが、スーパーでもかなりの物価の高さを感じた。パスタサラダや、サンドイッチが50NOKから60NOK、800円以上するのだ。日本のコンビニで800円といえば、かなりの量を買うことができるのではないか。加えて、ノルウェーではお酒の税が高く、さらに夜8時以降と日曜日はお酒の購入ができない。タバコの販売も少なかった。

 オランダの大学に留学していたノルウェー人やスカンジナビアの人たちは、オランダでお酒を浴びるように飲んでいた印象がある。今振り返ると、それは自分たちの国でお酒が高く、あまり飲めないことからの反動ではないか、と感じた。

 さらに驚いたのは、公共交通機関料金の高さだ。それは、イギリスより高いと感じた。スイスのジュネーブに取材に行った際も、物価の高さに涙した覚えがあるのだが、ジュネーブでは、観光客は公共交通機関の路面電車などの料金がタダなのである。それにはとても助けられた。しかし、ノルウェーでは1ゾーン1時間のチケットが、路面電車(トラム)の中で買うと50NOK(約800円)もする。事前にチケットを購入すると、30NOK(約500円)だったのだが、日本では考えられない値段だ。

 各国の物価や税率、社会福祉について、以前、オランダの法律や政治について研究している日本人の研究者の方と話したことがある。私は、その頃、ヨーロッパ各国の考え方や立ち位置の違いについて、よく知らなかったため、ノルウェーや北欧は「福祉がしっかりしていて、税率が高い、成熟国家の成功した最終形」だとばかり思っていた。当時は日本もノルウェーのようになれないものか、と単純に考えていて、そう彼女に伝えたところ、こんな返事が返ってきた。

 「日本は福祉も老後もしっかりしていないし、税率も低いけど、少し高いお金を払えば、例えばクイーンズ伊勢丹や、成城石井などのスーパーで美味しいものを買える。何を幸せと感じるかじゃないか?」  私は彼女のこの言葉に驚きを覚えた記憶がある。それまで、日本のように好きなものをいつでも買えて、ビールをいつでも低価格で飲めて、少しお金を払えば美味しいお寿司を食べることができることを当たり前に思ってきたが、そういう「自由」が日本にあるということに、気がついたのである。

 それからは、どこにでも良く見えるところはあるけれど、その反面、制限されていることもある、ということを学んだ。オランダと日本を比較しても、同じように良い面、悪い面がある。

ノルウェー・日本の所得の違い

 ノルウェーは、1969年にフィリップス社のオーシャンヴァイキング号が北海油田を発見してから、北海油田開発に力を注ぎ、現在では石油と天然ガスの輸出により、経常収支黒字国となった。ノルウェー政府年金基金と呼ばれるノルウェーの石油収入を運用する基金もある。将来、石油や天然ガスからの収入が得られなくなったノルウェー国民の年金資金などに備えたものだ。

 ノルウェーの平均月収は62万円程度。時給の平均値が169NOK(約2700円)で、レストランの外食の平均値が150NOK(2500円)なので、ノルウェー人にとっての外食は、日本で700円の外食をする感覚に近いのかもしれない。ちなみに、日本の最低時給は、東京で888円である。

 ノルウェー出身の友人が、オランダのアムステルダムの大学を卒業後、オスロに帰った。「どうして帰るのか」と尋ねたところ、オスロで働く方が、オランダで働くよりも倍のお金を稼ぐことができるからだ、と言っていた。

 オランダの23歳以上の最低時給は約10ユーロ(1360円程度)なので、ノルウェー人からすると、約半分になるのだろう。オランダでは時給は10ユーロだが、そこから税金が引かれるので、手取りでは時給8.5ユーロから9ユーロになり、差し引かれた税金は、後から役所に申請書を提出すると戻ってくるという仕組みになっている。

 他方、オランダでは労働者の権利が守られており、最低時給が定められているのだが、隣のドイツに行くとそうではない。

 ラーメン屋をアムステルダムで経営している知人が、「ドイツのラーメン屋に行ったらものすごくスタッフが居てびっくりした。10人くらい居たと思う」と話していたが、別のレストランの経営者は、「ドイツはワーキングホリデーで日本から来ている若者も多いし、時給だった4ユーロから5ユーロ程度でいいんだ。だからそんなに多く雇っても大丈夫なんだよ」と言っていた。

 ドイツは、最近まで最低賃金の法律がなかったため、その程度の時給でもよかったのだ。しかし、そんなドイツでも初の最低賃金法案を可決していて、時給で約1200円になる。今後、このドイツのラーメン屋で働くスタッフの数も減ることだろう。

ノルウェーではタバコの代わりにスヌースを使用する

 ノルウェーでは、タバコの価格が95NOK、約1550円する。屋外、公共の建物、公共に公開されている場所での喫煙は禁止されている。そして、タバコの宣伝広告、マーケティングも禁止されているため、ノルウェーの街にはタバコの広告がない。サンプリングやスポンサーも禁止されている。

 そんなノルウェーでは、スヌースと呼ばれるタバコの代わりになるものがある。ガム程の大きさで、黒い粉のようなものが紙に包まれており、口の前歯の歯茎と唇の間にはさみ、そこからニコチンを摂取する。味は、タバコをそのまま唾液と共に含んでいるようなものだ。

 私も昔、一度ノルウェー人に試してみたらどうだと言われ、試してみたのだが、とてもニコチン臭く、すぐに出してしまった。今回の取材でも、若者がスヌースを使用しているのを見かけた。

ノルウェーの酒事情

 ノルウェーでは、お酒の販売は夜の20時まで、土曜日は17時、日曜日は販売されておらず、ビールはスーパーでも購入できるが、それ以外のお酒は政府直営店でしか購入できない。ビールの価格も、外で飲むとやはり、1500円ほどする。日本のように、いつでもどこででも、お酒を購入することはできないようだ。

エネルギー自給率の高いノルウェー

 ノルウェーはエネルギーの輸出国で、国内エネルギー需要の6~7倍相当分を輸出している。2012年には、世界第2位の天然ガス輸出国、世界第7位の石油輸出国となった。水力発電も世界第6位で、水力発電所は765基、地熱発電所が28基、風力発電所が16基ある。また、国内電力生産量の約95%が水力発電で、ほぼすべて水力だけで国内の電力をまかなえている。

 加えて、原子力発電は存在しないが、原子力発電の燃料として将来的に期待されているトリウムを豊富に所有しているという。

オランダ在住のノルウェー人にインタビュー

 ノルウェーから建築の大学院で勉強するために、オランダのアムステルダムに移住してきたアネに、ノルウェーでの生活やノーベル賞がどのようにノルウェーでは思われているのかについてインタビューした。

(…会員ページにつづく)

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