岩上安身による辻恵衆議院議員インタビュー  2010.11.11

記事公開日:2010.11.11取材地: テキスト動画独自
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(IWJテキストスタッフ・関根かんじ)

 2010年11月11日(木)、東京都千代田区にある衆議院第二議員会館で、岩上安身が、衆議院議員 辻恵(つじ・めぐむ)氏(可視化議連事務局長)のインタビューを行った。

 インタビューでは、青年時代の思い出から、可視化の問題、検察の捜査体制、検察官適格審査会、検察審査会、また日本の法制度など、多岐にわたり理念や、問題点を聞いた。

 いまでも、学生運動の頃の思いを忘れず、現実の行政・司法との間で、ときに悩みながらも、対話・議論によって、打開策を見出していこうとする辻恵議員の姿が、にじみ出るインタビューです。

■ハイライト

 岩上が、可視化議連の事務局長 辻議員を紹介した。辻議員は「東大に入学したころ、当時の日本は、平和憲法を掲げていながら、ベトナム戦争をするアメリカに、いろいろ荷担をしていた。そして、世界中で、学生や労働者たちが中心になって、異議を申し立てていた時期だった。それで後、弁護士になるということは、異議申し立てをしていた権力側から、資格をもらうということで、内心、忸怩たる思いの方が強かった」などと、まず、青年時代の思いを語った。

 辻議員は「弁護士になった当初は、学生時代からの反権的な意識から、理不尽な労働、公安問題などを多く扱った。その根底には、世間は儲けることが大前提にあって、市民も行政も企業も、それに追随している。その論理が、矛盾を生み出し、それら利害の対立を調整するのが、政治の役割だと。そして、拡大生産され続ける、利潤追求の理不尽さ中で、社会が混乱しないように制度、法律があり、その後ろ盾に、検察、警察、裁判所がある。それが社会ではないだろうか、という立ち位置で、弁護士を務めた」と所見を述べた。

 岩上が、取り調べ可視化の問題について訊ねると、辻議員は「1958年、再審決定が決まって、無罪を勝ち取るまで、28年間かかった免田栄さんの話を聞いたのが、可視化を考えるキッカケになった」と答えた。

 そして、岩上は「民主党は、野党時代から、可視化法案は進展し、議決もした。ところが、与党になっても実現できない。なぜか」と、その実状を訊ねた。

 辻議員はそれについて「たしかに政権交代後、可視化法案は一向に進展しない。むしろ、重大犯罪についての時効を廃止する、という前自民党時代の案件そのままが、法制審議会に、上程されてきた。それに危機感を感じた有志議員で、可視化議連を立ち上げ、6月には、民主党330名の議員から、287名の署名を集め、法務相、国家公安委員長に、可視化の要望書を提出するなど、努力はしているつもりだが」と説明した。

 さらに、「裁判員裁判制度についても、拙速に決まった印象だ。司法制度改革には、反対の立場。なぜかというと、司法制度改革というのは、国民の常識を裁判に反映させる、という主旨なのだが、国民の常識とは、そのときどきの支配的意見が、常識になるし、マスコミにより拡大解釈され、とても危険な状態におちいる可能性もある。人権のない魔女狩り裁判は、あってはならない。

 しかし、裁判員裁判は、その入り口になりはしまいか。罪刑法定主義という、ルールは予め明確に決めておき、それに基づいて人は、裁かれる。という主義だが、それが、国民の常識を尊重するあまり、罪状を決めるルールが、裁判ごとに変わってしまう危険がある」と語った。

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