【IWJブログ】大雪害に便乗しての改憲版「ショック・ドクトリン」~東日本を襲った大雪害を口実に議論される「人権の制限」 2014.3.3

記事公開日:2014.3.3 テキスト
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(取材・原佑介 文責・岩上安身)

特集 憲法改正

 「緊急時に財産権などの主権を停止する」――。

 これが安倍総理や一部野党の改憲勢力が、東日本を襲った大雪害から学んだ「大切な課題」らしい。

 2月24日の衆院予算委員会で、今回の大雪害を切り口にして行われた、安倍総理と日本維新の会・小沢鋭仁議員の質疑応答は、驚きの展開だった。大雪害の話から、「大災害時には国民主権を停止する必要がある」との議論に発展したのだ。

 わかっているだけでも20数名の死者を出した、今回の大雪害。東日本各地がもっとも深刻な被害に見舞われた2月15日土曜日、16日日曜日の週末、安倍総理は関係省庁災害警戒会議に出席せず、官邸にも行かず、官邸発の独自の情報発信も行わなかった。にも関わらず安倍総理らは、危機感の足りない自らの対応の遅れについて反省や検証は行わず、大災害時に「国民主権」を制限できるよう検討するというのだ。この雪害を奇貨として、非常時における国家権力の強化に利用しようという意図があからさまに見てとれる。

 さらに驚くべきはマスメディアの報道姿勢である。国会での質疑応答に関しても、「しんぶん赤旗」を除いたすべてのメディアが沈黙を続けている。

 山梨第1区選出の小沢氏は質疑冒頭、総務相や農水相に対し、予算面に関する山梨県の復興支援を要請。その後、大雪害に絡め、自衛隊と警察・消防の活動がバラバラではなく、一元化して災害対策にあたれるよう工夫すべきではないか、と提案した。

 以下、安倍総理との質疑の文字起こしを紹介する。

「緊急時は財産権とか、そういった部分の主権の制限もある意味では必要」

小沢「問題はですね、例えばこれ首都直下型地震とかですね、東海大地震とかですね、そういう話が起こった時に、そういった、いわゆる二元体制でいいんだろうかと。こういう話もですね、我々深刻に考えなきゃいけないんじゃないかと思います。

 そこで、総理ご出席ですので、総理にご見解をうかがいたいんですが、我が国は、憲法にですね、いわゆる『緊急事態条項』がないですね。で、やっぱり諸外国見ますとですね、あの、憲法に『緊急事態条項』があって、そして災害基本法があって、そしてそれぞれの個々にあるようなですね、法律があると、こういう体系がですね、普通なんだろうと思います。

 そういう意味ではですね、総理、ここは我が国もですね、そういった整備を、まさに憲法から、しっかりと法体系を総合的に作っていくということは必要なんじゃないでしょうか。ご見解をお聞かせ下さい」

安倍「国家の緊急事態への対処にあたっては、国民の生命、財産を守るため、政府全体として総合力を発揮をすることが重要であると考えております。このため、様々な緊急事態を対処するための制度および体制の整備、充実に努めているところでございますが、政府としては、まずは、様々な緊急事態に迅速かつ、的確に対応するために、既存の法律を最大限活用して、できることはすべてやっていきたいと考えています。

 また、憲法改正に関する委員の提案でございますが、ちなみに、自民党案においては、一昨年、谷垣当時の総裁のもとで作られた自民党案によればですね、第9章、まぁ一章割きまして、この自民党案の98条においてですね、緊急事態宣言を行うという項目があります。

 そして99条において、緊急事態の宣言の効果について書き込まれているわけでありまして、自民党としてはですね、憲法を改正した際には、しっかりと、緊急事態について、章を割くべきだという考えをもっているわけでございますが、大規模な災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るため、国家、そして国民自らが、どのような役割を果たすべきかをですね、憲法にどのように位置づけていくかについて、自民党はそのように案を提示しておりますが、大切な課題でございます。

 国民的な議論が深まる中において、危機管理のための制度について、しっかりと考えていかなければならないと、このように思っております」

小沢「まさに総理がおっしゃっていただいたように、これは、緊急事態になれば、財産権とかですね、そういった部分の主権の制限もある意味では必要になってくることもありえると思います。我が党も近々ご提案を申し上げますので、そういった緊急事態の総合的な法体系、ぜひとも組み立てて、国民の安心のためにですね、頑張らせていただきたいと思います」

早くから鳴らした「人権停止」への警鐘

 御一読いただければおわかりの通り、小沢鋭仁議員の質問は、およそ野党の議員とは思えない。まるで与党議員の質問のように、安倍総理にすり寄って、自民党の改憲草案の宣伝を引き出すアシストをしている。維新の会は、かねがね改憲を主張してはいる。しかし、山梨選出の代議士が、地元が苦しんでいるさなかに、こともあろうに「財産権を含めた国民の主権の制限」を唱えるというのはどういうことか、理解に苦しむ。雪害を口実にして、裏口から自民党改憲案の一部である「緊急事態宣言」の導入を図ろうとするこのやり口は、まさしく「ショック・ドクトリン」そのものではないか。

 そもそも自民党改憲草案は、外部からの武力攻撃や大災害の際に、国が緊急事態を宣言し、人権を停止できる仕組みになっている。この危険性については、澤藤統一郎弁護士と、梓澤和幸弁護士とともに、自民党の改憲草案について逐条で読み解く鼎談を連続して行った中で言及してきた。

 この鼎談は、大幅に加筆した上で、「前夜 ~日本国憲法と自民党改憲案を読み解く」(現代書館)として書籍化されているので、ぜひ、ご購読いただきたい。ここでは鼎談に則して、安倍総理と小沢鋭仁議員の質疑がどのような危険性をはらんでいるのか、解説を試みたい。

自民党改憲草案第9章「緊急事態」

 自民党改憲草案の、第98条、第99条を含む「第9章『緊急事態(緊急事態の宣言) 』は、条文の文言の修正・変更ではなく、新たに「新設」されたものである。新設されたこの第9章こそが、自民党の狙う「本丸」ではないか、との見方もある。

 その中身を見ていこう。

 第98条の1項では、「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる」と、「緊急事態」を宣言することができるように定められている。

 さらに第98条の2~4項で、「緊急事態宣言」の手続きが定められており、99条で、「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」と記している。

 第99条の3項は、緊急事態宣言が発せられた場合、「何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」とされており、国民に、「国その他公の機関の指示」に従うよう強いる内容となっている。「財産権など、国民の主権の一部が制限される」とは、まさにこの条項に該当する。

 安倍総理と小沢鋭仁議員の質疑に先立って、自民党改憲草案には、国民の主権の制限が書き込まれているのだ。

「緊急事態」の制定は「天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ」の再来?

 自民党改憲草案の第98条、99条については、2013年6月10日に行った「自民党の憲法改正案についての鼎談 第12弾」で取り上げ、我々は、その内容の徹底的な吟味を行った。

 この日の鼎談で、澤藤統一郎弁護士は、日本国憲法以外の憲法は、「民主主義」、「人権の保障」といった文言はあっても、それは平時の話で、「有事の場合は別」という「二元論」をとっていると説明した。「いざ戦争や大災害が起きたときは別だ、ということを言外に含んでいた」と澤藤氏はいう。

 「しかし、日本国憲法はそうではない。なぜなら日本国憲法には、そういう意味での有事、つまり、人権を停止したり、民主主義をサスペンドしたりするような事態の想定がないんです。私は、だから日本国憲法は素晴らしいと思った。しかし、自民党改憲案の98条、99条というのは、その素晴らしさを打ち消す改正案なんです」

 澤藤氏は、戦前の大日本帝国憲法の第2章「臣民権利義務」と比較しながら、こう説明を続ける。

 「国民は『臣民』扱いですけれども、権利義務は一応保障されていたんです。大日本帝国憲法は、18条から32条まで、ほとんどは権利が書いてある。

 ただし、31条に、『本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ』とあるんです。つまり、いろいろと権利は書いてあるけれども、戦時とか国家事変になれば話は別だよということが明文で書き込んである。その明文のこの規定をどういうふうにして実施するのかというと、二つあるわけですが、一つは『戒厳(戒厳令のもとに布告される)』です。第14条『天皇ハ戒厳ヲ宣告ス』『戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム』とあります。

 つまり、ある地域、ある時期、これはぜんぶ権力が、具体的には軍隊が掌握をするということができるという規定がある。もちろん天皇が戒厳を宣告することになる。

 もう一つ。それが第8条の『緊急勅令』と言われるものです。『天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ發ス』とあります」

 自民党案の「緊急事態の宣言の効果」は、この『緊急勅令』と同じ発想であると、澤藤弁護士は語る。

 「戦時の場合、緊急時の場合、国家事変の場合は、『天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ』つまり、民主主義や人権は平時の限りだよという思想を含んだ憲法を、(自民党改憲草案の『緊急事変の宣言』は)改めてつくろうということになるんだと思うんです」

3つのケースからみる「戒厳令」の実態

 「戒厳令」という言葉は、聞いたことのある言葉だが、旧憲法上の用語では、正確には「戒厳」という。この「戒厳」が現実に発せられたのは3回。明治に1回、大正に1回、昭和に1回ずつ、合計3回である。

 一つは明治38年(1905年)。日露戦争後、「講話の仕方が軟弱だ」と主張する集団が起こした「日比谷焼打事件」。頭山満・河野広中らが日比谷公園で開催したポーツマス講和条約反対国民大会に集まった民衆が、警察署、国民新聞社、内相官邸などを焼き打ちにし、翌日、戒厳が敷かれた。

 二つ目は大正12年(1923年)。関東大震災の後に朝鮮人に対する大虐殺を含む暴動が起こり、その騒乱状態を解決するために戒厳が宣せられた。

 そして三つ目が、昭和11年(1936年)の「二・二六事件」。陸軍皇道派青年将校が約1500名の兵を率いて「昭和維新」と称し、政府中枢を襲ったクーデター未遂事件である。翌27日、戒厳が敷かれた。

 澤藤氏は、「実はこれ、3つとも『戒厳令』に基づいているわけじゃないんです」と述べ、「これは8条の『緊急勅令』でやられているんですよ」と説明する。

 前述の大日本帝国憲法第8条を訳すと、「天皇は公共の安全を保持し、またはその災厄を避けるため緊急の必要により帝国議会閉会の場合において法律に代るべき勅令を発す」となる。

 「治安維持法の改悪も、やっぱり『緊急勅令』でやられている。こういうこともあったので、『緊急勅令』の弊害はなはだしいということで、たとえ内閣が出すものであっても、こういうものはやめようということで、戦後の法制はできたはずなんですね。だけど自民党は、これをもう一度やろうとしている。

 つまり、事変、戦争、大災害などにどう対応するかということを、こんな形で決めたら、本当に何をされるかわからない。まさに民主主義と人権の停止を、憲法が容認をするということになるんです。

 いまでも災害対策の基本法があったり、問題はあるにせよ、武力事態の国民保護法などの法律で対応している。憲法でこんなものをつくる必要はありません。

 まさに災害便乗型の改憲提案というふうに言わざるを得ません」

 まさにショック・ドクトリンの改憲版である。戦前の「緊急勅令」と同じことが繰り返される恐れは十分にある。天皇による勅令でなくても、内閣が同様の決定権を持てば同じことが可能になる。

国<東電<国民のいう構図

 梓澤和幸弁護士は、自民党改憲草案の第99条3項の「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる」という条文の後の「国その他公の機関の指示に従わなければならない」という文言のおかしさを指摘する。

 「この『公の機関』のなかに、1つは国防軍が入ります。2つ目、国民保護法に定められている指定公共機関というものがあります。この指定公共機関にが何を含むかというと、解釈を調べてゆくと、なんと、東京電力が入ります。

 東京電力、つまり電気会社というのが書いてある。それから通信会社、ガス、水道なども書いてある。いわゆる公共の秩序を守るために、国民はこういうところの公共機関の指示に従わねばならず、指定公共機関は、協力しなければならない(中略)。だから、序列としては軍があって、東京電力があって、その下に国民がいるということになります。『なにこれ?』っていう感じですよ」

「人権」は公益および公共の秩序の名のもとに制限されるのが自民党改憲案

 自民党改憲草案の第99条3項には、「~国その他公の機関の指示に従わなければならない」という文言のあとに、「この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」と書き添えられている。「基本的人権は最大限尊重」するとわざわざ書かれてあるのだ。

 これについて澤藤氏は、「つまり、『基本的人権を制約するぞ』という大前提があるから、わざわざそう書かなきゃならないわけです」と一蹴した。「人権侵害宣言です」と痛烈に批判した。

 梓澤氏が引き取り、こう続ける。「現行憲法の13条に、『最大限尊重』という言葉が出てきますが(『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする』)、これは、基本的人権の制約にあたっては最小でなければならないという原則として読みかえられているんですね。

 ところが、自民党案の9条によると、まず一番上に最高の価値として、『国防軍』がくるわけです。つまり、軍事国家です。そして、緊急事態宣言に従わなければいけないという大原則があるわけですから、それとの関係で利益衡量(裁判、ないしは法の解釈に、現実に対立している諸利益を探究し、比較衡量しいずれを取るかを決すること)ですよね。

 (自民党案改憲草案の)全体で繰り返し出てくるように、『公益および公共の秩序』に反する人権は、行使を許さないとなっているわけですから、その価値観でいくと、いくら最大限尊重といっても、でもその上には軍があるからねとなる」

 その「国防軍」も、実際には日本防衛を目的とした自衛軍であるというよりも、もっぱら米国の戦争に付き従うための「下請け」機関となる。そして、国内でなにかあれば、こうした『緊急事態宣言』を発令して、自分たちにとって邪魔で、統治に不都合な人たちを拘束し、黙らせることができる。「人権の停止」とは、そういう意味なのだ。

 現在でも、現行憲法下において、災害対策基本法や、武力事態対処法、国民保護法などが整備されている。新たに憲法を改正して、緊急事態宣言を書き込む必要性などまったくない。安倍総理は現行法にもとづく災害対策本部の設置すら遅れに遅れた。雪害に苦しむ人々の救済のための議論のはずが、「人権を制限しよう」という結論にたどり着くのはなぜか。日本を軍事国家に作り変えようという底意がなければ、こんな結論にたどり着くはずはない。

 雪害対策に寄せて、顔をのぞかせた自民党改憲草案の素顔。安倍政権の目指す「日本」とはどのようなものなのか、単行本「前夜 ~日本国憲法と自民党改憲案を読み解く(現代書館)」の中で、詳細な分析をしているので、ぜひご一読いただきたい。前夜 ~日本国憲法と自民党改憲案を読み解く(現代書館)

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「【IWJブログ】大雪害に便乗しての改憲版「ショック・ドクトリン」~東日本を襲った大雪害を口実に議論される「人権の制限」」への3件のフィードバック

  1. 清水康之 より:

    非常時に個人の権利を制限するというのは、小泉内閣の時に成立している国民保護法が既にやってます。
    条文を見ると至る所に「憲法の定める範囲を逸脱しないように」というフレーズがあります。
    法律が憲法を超えてはならないのは当たり前で、わざわざこういう条文を入れるというのが怪しさ満点です。
    当然、自民憲法下になれば、この法律は一気に治安維持法へ変貌します。
    ある程度の地ならしはもう行われてますね。

  2. 脳天壊了 より:

    安倍晋三はものすごく頭がいい。
    山口県人として誇りに思う。
    次は上関原発だ。瀬戸内海をムチャクチャにしてやるぞ、なんてね。
    長門市は日本海だからカンケーない。

  3. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    【IWJブログ】大雪害に便乗しての改憲版「ショック・ドクトリン」~東日本を襲った大雪害を口実に議論される「人権の制限」 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/127627 … @iwakamiyasumi
    「人権」は公益および公共の秩序の名のもとに制限されるのが自民党改憲案。
    https://twitter.com/55kurosuke/status/605962754743103488

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