「環境との関わりを取り戻して、自覚的にやっていくことが、私たちが時代の転換期にやるべきことではないか」──。
2014年3月2日、大阪府豊中市の大阪大学会館で、自然循環型農法カルチャースクール開講記念セミナー「里山資本主義 ~里山が宝の山に変わる瞬間~」が開かれた。NHK広島でチーフ・プロデューサーとして「里山資本主義シリーズ」を手掛け、ベストセラー『里山資本主義~日本経済は「安心の原理」で動く』(角川書店・2013年刊)を生み出した井上恭介氏が、世界的なマネー資本主義の対極として芽生えつつある、里山・里海の価値について語った。
- 講演 井上恭介氏(NHK広島 報道番組チーフ・プロデューサー)
- 報告
深尾葉子氏(CREC理事、大阪大学大学院経済学研究科准教授)NPO法人CREC活動報告
数珠美穂氏(大阪河崎リハビリテーション大学非常勤講師、みどり生活研究所代表)「農のもつセラピー効果について」
稲岡京子氏(薬剤師)「薬剤師の視点からの農業~農法と健康について」
- パネルディスカッション
宇山浩氏(大阪大学大学院工学研究科教授)/深尾葉子氏/井上恭介氏/安冨歩氏(東京大学東洋文化研究所教授)/神前進一氏(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)
瀬戸内海は自然の宝庫に「復活」している
井上恭介氏は、瀬戸内海の変化について、「1970年代は赤潮ばかり。年に300回くらい発生していた。周辺から、生活雑排水を含めて富栄養化物質が瀬戸内海に流れ込んで、プランクトンを増殖させ、赤潮を発生させた。それが、排水規制と共に、アマモ場の再生やカキいかだ養殖など、いろいろな自然の営みを行った結果、50年経験のある漁師さんが『見たことない』と言うぐらいに回復した」と述べ、日本人が高度経済成長時代に忘れていた、「里海の精神」を取り戻した結果である、と語った
続けて、「リーマンショックでは、アメリカの証券会社が倒れることで、世の中から一瞬にして、ものすごい量のマネーが消えることを体験した。そして、3年前の東日本大震災で、東京の町中は本当に真っ暗になった。私たちは、この2つの大システム障害を経験して、豊かさの完璧なシステムと言われたものが、必ずしもそうではないことを理解した」と振り返った。
「では、その時に何をするのかというと、『自然や生き物と共存する形で、そこから何かを得る。また、それらを循環させてできることが、次の時代を開いていく』ということであり、これが、里山資本主義の精神である。そして、イコール、里海資本主義でもある」。
人間が手をかけることで、活性化する自然もある
井上氏は、瀬戸内海が世界で注目されていることについて、「瀬戸内海の、何を学んでいるのか。『自然は放ったらかしておいた方が、回復するわけではない』ということだ。今までだと、乱獲や資源枯渇があると、漁をしばらく休み、休んでいる間に回復させてきた。それで資源が回復した例もあるが、特に瀬戸内海のような内海では、元々、いろいろな生物の循環に、人間が関わってきたのだ」と語った。
「たとえば、アマモは適度に間引いた方がいい。間引いたものは、畑の肥料にすると、ものすごく良い栄養になる。カリという成分が、化学肥料よりも質的にいい。土が柔らかくなる。このように、人が手を加えることで、自然のままよりもむしろ循環が活性化したり、最終的に収穫量が増えたりする。カキも自然のまま放っておくより、その循環を人間が手助けすることで、より大きな循環になって帰ってきている。環境との関わりを取り戻して、自覚的にやっていくことが、私たちが時代の転換期にやるべきことではないか」と主張した。
できることから始めるのが里山資本主義
井上氏は、里山資本主義を語るときに使うキーワードについて、「脱『大きいことは、いいことだ』、脱『均質こそ価値』、脱『マネー資本主義』の3つである」と述べた上で、「今は多様性の時代といわれるが、多様であることは小さくて、少しずつ違うものがいっぱいある、ということである。大量に均質のもので競争する人は、そちらの世界で競争すればいい。しかし、ちょっとずつのことで勝負することが、実は価値になる時代になっているのではないか」と時代の変化を指摘した。