わずか5時間の審議で、50年以上運用されてきた食の根幹にまつわる法律の廃止が決定された――。
1952年、戦後の日本が主権を回復して間もない時期に成立した種子法(正式名称:主要農作物種子法)は、2017年2月10日に廃止法案が閣議決定され、同年4月14日に参院本会議で可決、成立した。これにより、来年2018年の4月1日に廃止される予定である。
日本では都道府県の財源を元に、主要農作物である米、麦、大豆などの優良種子の保存や供給が行われてきた。その根拠法となるのが種子法であった。こうした国の取り組みに対し、「民間企業の農業への参入を阻害している」という批判が強くなったため種子法の廃止に至った、と農林水産省は説明している。
しかし、種子の供給システムに国や自治体が関与しないことへの懸念の声も大きい。外資系企業の参入による農業環境の変化、種子の安定供給への不安、競争原理による品種の淘汰や減少、遺伝子組み換え作物(以下、GM作物)の問題などが山積している。
そもそも、種子法が廃止に至った背景には、GM作物の種苗メーカーとして有名なモンサント社など、ひと握りの多国籍企業の思惑も絡んでいるのでは、と言われている。また、これらの動きは報道で大きく取り上げられていない。日本の農業、あるいは私たちの食生活に本当に影響はないのだろうか。これから懸念すべきことは、何なのだろうか。
こうした疑問に応じるべく、2017年7月3日、東京都千代田区の参議院議員会館にて、日本の種子(たね)を守る会・準備会の主催による「日本の種子(たね)を守る会設立総会」が開催された。総会の冒頭には、農業・資源経済学に詳しい龍谷大学教授の西川芳昭氏による「種子の多様性を守る――人間と植物の共生の視点から」と題した記念講演が行われたほか、総会の後には設立記者会見も開かれた。
今回の種子法廃止に関して、IWJでは総会の全体を取材し、動画とテキストにて懸念される影響をお伝えする。
- 第1部 記念講演「種子の多様性を守る——人間と植物の共生の視点から」 西川芳昭氏(龍谷大学教授)
- 第2部 総会
- 発起人代表 挨拶
- 設立について 設立趣意書の採択
- 会則について
- 事業計画・執行体制について
- 新会長挨拶
人は種子あってこそ、生きることができる。作物の種子を保護し、次世代に継承するのは人間の責任
「種が消えれば、食べ物も消える。そして君も……」
国際的な種子の保存活動を主導したデンマークのベント・スコウマン(Bent Skovmand)氏のこの言葉を、西川教授は記念講演の冒頭で紹介した。
▲西川芳昭・龍谷大学教授
私たちは、誰もが日々の生活において食べ物を必要としている。そして、種子なくして食べ物の生産はできない。皆、そこまでは容易に理解できるが、種子や農業が私たちの食生活に大きな影響を与えているという認識は十分に広まっているわけではない。
「種子あってこそ、私たちは生きることができるのだ、とスコウマンは伝えている」と西川教授は言う。
国際連合食糧農業機関(FAO)が1996年に発行した『食料・農業のための世界植物遺伝資源白書』の中にも、農業に不可欠な「土、水、種子(遺伝資源)」の三要素のうち、種子については「もっとも理解されておらず、もっとも低く評価されている。(中略)そして、おそらくもっとも危機にさらされている」というコメントがある。
西川教授は、「野生の植物と違って、農作物は自らの生き残りを人間に委ねる。私たちの配慮と保護に依存している資源なのだ。歴史的に人間と種子は互いに影響を及ぼし合ってきた。人間は作物を保護する責任がある」と述べ、その営みを後世に継承することの重要性を強調した。
種子を「たね」と呼ぶことの大切さ――「種子は公共の資産。国が管理、保護する必要がある」
自らも種屋の息子に生まれ、また、政府奨学金で米国と英国にそれぞれ留学した経験もある西川教授は、「種子についての、自身の知見を共有する義務がある」という考えに則って、今回の講演に臨んだという。そして、まず伝えたいメッセージとして、「種子は公共の資産であり、種子と人間は世界的に相互依存している」と語った。
種子の「世界的な相互依存」とは、どのようなことを意味するのか。
西川教授は、銘柄米の「あきたこまち」の品種改良を例に取り上げて、「この銘柄を生み出すために、アメリカ、中国、フィリピンの米の一部を配合させてきた。日本の米を守るということは、他国の品種を排除するということではない。国際的な連帯が必要だ」と説明した。
一方、種子が「公共の資産」であるということは、今回、種子法が廃止されるに至って、初めて多くの人の共通認識となったという。この問題に関して、3月27日に衆議院の院内集会で講師を務めた京都大学の久野秀二教授のコメントを引用しつつ、西川教授は以下のように述べた。
「種子を守る役割が国や自治体にはある、という認識を共有できた点で、種子法の廃止はひとつのチャンスではないか」
▲久野秀二・京都大学教授(2017年5月18日、岩上安身のインタビューで)
西川教授によれば、種子の供給において中心課題となるのは「優良種子の持続可能な供給」である。その実現には4つの異なるアプローチがあるという。
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1. フォーマルセクターの改善(国が種子の品質管理の基準を定める)
2. インフォーマルの活用(農家の自家採種、地域内交換など)
3. 種子の需要量・使用量の削減(栽培に工夫するなど無駄に使わない)
4. 採取方法の改善(自家採種種子の利用期間の延長など)
今回は、種子法にもとづく政府や自治体の関与がなくなること、つまり、1. のフォーマルセクターの改善が問題となる。種子保護に国が関与する必要性を強調しつつ、西川教授はそれ以外のアプローチがあることも確認した。
また、講演の中では、西川教授は種子(しゅし)という政策用語を、「たね」と呼ぶことの大切さを繰り返し強調した。
「たとえば、信州大学の根本和洋教授が指摘するように、豆は台所では食べ物であるが、畑では種子(たね)として考えられる。法律において、種子(しゅし)という用語は厳密な定義が求められるが、逆に『たね』という呼び方には、農家や消費者の誰もが、自分に身近な存在として種子をとらえることができる意義がある」
戦後の食糧難の中で「国民を飢えさせない」視点で作られた種子法。なぜ、廃止されたのか?
西川教授は、種子法の歴史を振り返る。1952年4月にサンフランシスコ条約によって日本が主権を回復したその翌月、富山県選出の国会議員によって、議員立法で種子法が制定された。敗戦後の食糧不足の中、当時の政治家が「食糧の生産は国の責務だ」と動いた結果である。そして、2017年4月。「民間企業の農業への参入が阻害される」という理由で、同法の廃止が決まった。
しかし、西川教授は農林水産省が発行する種子法の概要にもとづいて、改めて種子法の目的と内容を解説し、「政府が説明するような事実はない」と主張する。
政府は「種子法の規制が民間企業の農業参入を阻害」としているが、実際には種子法があっても、すでに複数の企業が農業に参入している。日本モンサント社は、自社が品種開発した「とねのめぐみ」という米の生産を始めているが、この銘柄はJAを経由して一部農家へ供給もされている。
西川教授によれば、種子法廃止により、種子の供給に政府や地方公共団体が関与しなくなることの懸念の方が大きいという。種子法は、優良種子の生産・普及の促進を目的に制定されており、これまでにも愛知県豊田市の「ミネアサヒ」や宮城県鳴子温泉郷周辺で採れる「ゆきむすび」など、自治体との連携によって小規模ながら優良品種が開発されてきた経緯がある。
また、種子法とは別の「種苗法」という法律があるが、種苗法は品種開発後の知的財産権の保護が法律の趣旨となっており、種子法に定められた「優良品種の生産・普及の促進についての国の義務」には触れていない。「種苗法は、種子法の代わりはできない」と西川教授は指摘する。
さらに、「国際条約との整合性も問題だ。種子に関する国際条約の中には、2004年に発効した食料・農業植物遺伝資源条約において、種子への自由なアクセスや種子の取り引きを巡る国際的な相互依存が謳われている。他にも、生物多様性条約、植物の新品種の保護に関する条約などもある」と語る。
これまで種子法の果たしてきた役割を、今後どのように担っていくのかは不透明なままである。
種子と農薬をセット販売する多国籍企業。遺伝子組み換え食品の懸念。「食料主権」を失ってはならない!
現在の国際的な農業のトレンドとして、農薬を製造する多国籍化学企業が種子会社を傘下に置くという現状がある。「種子を支配する者が、世界を制する」という言葉も聞く。特にGM作物の場合は、適合する除草剤とセットで種子が販売されるケースが多く、一度使用すると元の栽培方法には戻れなくなると言われている。
西川教授は、「こうした販売方法が普及することで、生産者である農家の選択肢が狭まってしまう」と警鐘を鳴らす。農家が何を作るか、消費者が何を食べるかは食料糧主権であり、その権利が奪われてはならない、との主張だ。
「種子法にまったく問題がなかったかと言えば、そうでもない。かつて、農林水産省で高官を務めた農業経済学者の守田志郎氏が述べたように、種子法によって(奨励品種の推奨、自家採種の軽視など)農家の権利が奪われてきた可能性も考えられる。ただし、一部の民間企業が批判するような『種子法が参入障壁になっている』という事実はない。種子の保全に国が関与することは、食糧の安全性や安定的な供給と密接に関わっており、国民の食糧安全保障や食料主権を実現するためにも重要なことだ」
その上で西川教授は、廃止された種子法に変わる新法の必要性を唱え、「競争力の強化は、それ自体を否定するわけではないが、地域を支える地産地消のような取り組みを犠牲にしてはいけない」と力を込めた。
「日本では(食料主権のような)権利や概念の提唱は受け入れにくいかもしれない。それでも私たちは、日々食べる物を選ぶ権利を強く主張する必要がある。これまで種子法で保護されてきた主要農作物が、多国籍企業の展開するGM作物とは異なったモデルで今後も生産・供給されるためには、国内外の関係者が連携する必要がある」として、日本の種子(たね)を守る会の設立が、そのきっかけになることへの期待を込め、この講演を締めくくった。
10年先を見越して動く多国籍企業に対抗するには、この問題を多くの人に知らせること!
記念講演に続いて開催された総会と記者会見においても、闊達な意見交換と質疑応答が行われた。まず、同会の発起人代表を務めるJA水戸組合長の八木岡務氏が種子法廃止の影響に懸念を示し、次のように語った。
「種子法廃止から5年後10年後には、(保護されてきた)種子の置き換えが進む可能性があり、心配している。これまで農協と生協は組合員同士の連携はなかったのだが、これからは運動を共に進めていきたい」
▲JA水戸組合長・八木岡務氏
また、八木岡氏と並んで発起人代表を務める生協パルシステム連合会前理事長の山本伸司氏は、「各地域の気候・風土に合った種子の開発には、最低でも5年は要する。儲かるかどうかで、できる話ではない」とし、次のように続けた。
「かつてメキシコでは各地に自給自足の農家がおり、主食のトウモロコシには7000種類もの種子が存在していた。しかし、NAFTA(北米自由貿易協定)が結ばれ、モンサント社がメキシコに進出。遺伝子組み換えの種子が主流になり、それを購入できない多くの農民は離農し、不法移民として米国のカリフォルニア州などに流入した。移民の安い労働力は白人労働者の仕事を奪うことになり、プアホワイトの増加を招くという連鎖反応を引き起こしている。
モンサント社をはじめとする多国籍企業は10年先の戦略を立て、自分たちに有利になるように、その国の制度設計に関与している。日本では民間の委員で構成される規制改革会議という機関が、種子法の廃止に動いた。このような事実は報道もされず、国民に知らされていない。まず、この事実を多くの人に知ってほしい」
▲生協パルシステム連合会前理事長・山本伸司氏
日本の農政への干渉は朝鮮戦争以来ずっと続いている? 日本の食卓の急激な欧米化の背景にある米国の食糧戦略
同会の顧問であり、民主党政権下で農林水産大臣も務めた山田正彦氏は、「茨城県でモンサント社が関与(住友化学と提携)している銘柄米『つくばSD』の生産現場を見てきたが、種子と農薬がセットで販売されている」と述べ、特定の農薬使用を前提として企業が種子を開発、管理することを問題視した。その上で、種子法に代わる新たな法律の必要性に言及した。
「政府が公共財としての種子を守るための『公共種子保全法』が必要だ。今回の種子法廃止の決定には、懸念を抱いている国会議員も少なくない。与野党の垣根を越えて、新法制定に向けた働きかけを強めていく」
▲山田正彦氏
さらに、参加者からも種子法廃止に関連して、以下のような指摘がなされた。
「朝鮮戦争の終結後、アメリカでは生産された小麦やトウモロコシの余剰が生じた。その時、日本政府は全国各地でキッチンカー(※)を使った洋食化(パンや穀物油の消費)のキャンペーンを展開した。結果、アメリカ産の穀物の需要が増大した。今回の動向についても、トランプ政権下のアメリカの思惑があるのではないか」
※キッチンカー:屋外で料理講習会ができるように改造された大型バスで、1950年代、国による「栄養改善運動」の一環として全国を回り、洋食の普及に務めた。同時期にパンと牛乳(脱脂粉乳)を中心にした学校給食も導入された。
発起人の1人で生活クラブ連合会理事長も務める加藤好一氏は、私見と断りを入れつつ、将来、GM作物が日本国内で普及することへの懸念を以下のように示した。
「大豆やトウモロコシなどのGM作物は(多国籍企業が)儲ける戦略として、これまで用いられてきた。ゲノム編集技術が他の農作物にも応用される可能性もあるが、特に利益性が高いと見込まれる飼料用の米がGM化(※)されることが一番怖い」
※飼料用の米のGM化:GM飼料を与えられた家畜の安全性は確認されておらず、人間の健康への影響が懸念されている。また、GM飼料で育てられた家畜であるという表示義務もない。
山田氏は、「TPPが背景にあるのではないか。昨年、TPPを批准した際、日米の間で『日本政府は、米国の投資家の要望を各省庁で検討させる。規制改革会議に諮って必要な対応をとる』という文書を交わしている。米国の投資家というのは、世界の種子の8割を支配する多国籍企業のこと。彼らは日本の米や穀物の市場を狙いたいのだ」と述べ、米国側から日本政府への圧力を裏付けるコメントを残した。
種子法廃止後に多国籍企業が及ぼす影響については、発起人代表の山本氏も海外の事例を挙げて、のように訴えた。
「フィリピンで、かつてプランテーションが行われた地域では、農業は多国籍企業に完全に依存しており、絶望的な状況にある。他方、インドネシアのバリ島には、貧しいながらも自給自足で多様な農業が残っており、多国籍企業の影響も少ない。
日本では今、貧困が問題になっているが、それでも他国と比べれば極端な貧困はなく、それは『岩盤』とも呼ばれる国の規制が機能してきたからである。10年先を見て戦略を練る多国籍企業に対して、私たちは100年先、1000年先を目指した活動を繰り広げていかねばならない」
今回、わずかな審議時間で種子法は廃止された。そして、それについて十分な報道もなされていない。そのため、この歴史的な決定は、ほとんどの国民に知られていないのが現状である。誰も知らないうちに、公的機関が関与しなくなった種子の製造・供給システムを、ひと握りの多国籍企業が半ば独占状態に置いてしまうのではないか――。
今回の総会を通して、そうした懸念が関係者の共通認識となったことは間違いない。しかし、種子法に代わる新法を成立させるには、より多くの人々に種子の問題に関心を持ってもらう必要がある。100年先を見通した種子を守る活動は、今まさに始まったばかりだと言える。
7月3日に個人会員になったのですが、会員サイトに入れなかったです。
今日、ビューロベリタスジャパン(外資)の重永様から当研究所に種籾の譲渡依頼が有りました。
種もみの遺伝子把握及びデータ保存が目的だそうです。ジーンバンク?からは無料で譲渡頂いているそうです。既に国家資産の種子を狙いに外資企業が動いております。
日本の種子を守る会も迅速な対応及び活動が必要だと思います。
「多国籍企業は10年先を読んで仕込んでくるが、我々は100年先を考えて集中した活動を地道に積み上げていく」~西川芳昭教授記念講演・同会設立総会・記者会見 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/387532 … @iwakamiyasumi
「食料主権」を売り飛ばす大罪。いま行われているのは政治の名を使った経済活動に他ならない。
https://twitter.com/55kurosuke/status/930916840884150272
京都在住の中学3年生の双子の母です。1人でドッグサロンを営んでおります。子供が小さな頃から時間に余裕がなく全く無知でしたが、近年になり犬のアレルギーや病気が増え、ドッグフード→食品→行政→国政!へと、ここ2か月ほどで、日本の食品の安全が恐ろしい事になってる事を知りました…
今年、双子が高校受験を終えてやっと動けます!京都にも条例を!と2人の市会議員さんに食品の危険性を訴えてる途中です!明日会議されるのですよね?
種を守る会にも入りたいですし、情報も欲しいです。
色々な情報を知る良い方法を教えてください。