米国では国民のほとんどがTPPに反対し、米大統領候補のトランプ氏とヒラリー氏がともに慎重・反対姿勢を打ち出しているTPP。しかし、日本はそんな米国を尻目に、一足先に、この世紀の「売国条約」の泥沼に身体ごと突っ込んでいこうとしている。
2016年11月4日、衆議院特別委員会で政府・与党と日本維新の会は、民進党と共産党の猛抗議のなか、TPP承認案を可決させた。週明けに本会議で「予定通り」可決させたあとは参議院に送られる。参議院でどのような議論が繰り広げられようとも、TPP承認案は自然成立する公算が高い(※)。
(※)TPPの承認案は「国際条約」であるため、憲法に規定されている「衆議院の優越」により、衆議院で可決後、参議院で30日経っても採決が行われない場合、自然成立してしまう(「30日ルール」)。
驚くべきは、米国民でさえほとんどが気づき始めているTPPの危険性について、日本国民はもとより、賛成多数で可決させた国会議員ですら、ほとんどが知らない、もしくは知っていても意図的に国民には知らせていないことである。それは政府の官僚や、大手メディアも同様だ。
10月31日の参考人質疑に、野党側参考人として招かれた岩月浩二弁護士は、この実態を端的に明らかにした。
▲参考人質疑で陳述する岩月浩二弁護士
参考人質疑の前日10月30日放送のNHK「日曜討論」で、TPP推進の立場で出演した田村憲久・元厚労相は、ISD条項を「ISDN条項」と言い間違えていたのだ。岩月氏も思わず「え、電話回線の話!?」とツッコむほど、呆れた言い間違い。つまり、推進側の元大臣ですら、TPPの中身についてろくろく理解していない、ということだ。
ISD条項とは、国が公共目的(その国の環境や文化、産業、資源、国民の生活や富を守るため)の様々な規制に対し、外国企業が「規制によって不当に損害を受けた」として、その国を訴え、超高額の賠償金を請求することができる制度である。その決定は、日本においては法律や憲法よりも上位にくることから、民主主義を根底から覆す条項として、多くの専門家が警鐘を鳴らしている。
このTPPでもっとも危険な「毒素条項」と言われるISD条項をきちんと理解できていない、ということが、何より恐ろしい。
そして岩月氏は参考人質疑で、政府の「ISD条項隠し」の例として、ある「重大な『意図的』誤訳」を指摘した。
TPPでは、企業や投資家がその国をISD条項で訴える根拠として、「間接収用」という概念が規定されている。「収用」とは、その国の政府が民間企業を国有化したり、資産を強制的に没収することを指す。
しかしTPPでは、実際に資産が没収されたり国有化されていなくても、その国の規制や法律によって、外国企業の活動が規制によって制約され、期待した利益が上がらなかったと見なした場合でも、「収用」と同等とみなし、損害賠償を請求できるようにしたのが、「間接収用」だ。
どこまでが「間接収用」とみなされるかは、国が法律や規制を進めていくうえで、非常に重大な問題だ。
しかし岩月氏によれば、政府は、まさにこの点で、重大かつ意図的な誤訳を行っているという。それは、TPP協定文の政府仮訳「投資章(第9章)付属文書9-Bの3(b)」にある、以下の部分だ。
「公衆衛生や環境保護等の公共目的の無差別な規制措置は『極めて限られた場合を除いては』間接収用に該当しない」
「よほどのことでない限り、間接収用には該当しないので、安心してください」という、政府の国民を納得させる説明によく使われるテキストだ。しかしこの「極めて限られた場合を除いては」という文言は、英語正文をあたってみると「except in rare circumstances」である。直訳すると「まれな場合を除き」だ。
岩月氏は、政府は「まれな場合」を「極めて限られた場合」と意図的に誤訳し、より限定的な印象を国民に与えようとしている、と厳しく断じた。
議論の前提である「政府仮訳」が、そもそもTPPの実態とは異なっている―—もはや議論を始める以前の問題だ。このまま議論を進めれば、国民は、異なる意味の条約を承認することになる。この岩月氏の指摘一点をとってみても、TPPの承認手続きに、重大な瑕疵があることは明白だろう。
以下、岩月氏の参考人質疑での指摘を、岩月氏の陳述と議員からの質疑の抜粋というかたちで、全文掲載したい。
TPPに関心がある人でもほとんどがISD条項を知らない!危険な状況に岩月弁護士が警鐘!
岩月浩二弁護士「弁護士の岩月です。このような場で意見を述べさせていただく機会与えていただいたことに、まずお礼を申し上げます。時間もありませんので、早速入らせていただきます。
一応簡単な資料をつくっております。最初に挙げてあるのが、農林水産委員会での委員会決議、この中の五項がISDに関係しております。ただ、私が今の段階で一番心配しているのは、七項にむしろ心配があります。七項「交渉により収集した情報については、国会に速やかに報告するとともに、国民への十分な情報提供を行い、幅広い国民的議論を行うよう措置すること」。このことを政府に求めたわけであります。
ISD、この条項の問題点については、世界的にも大きな議論になってきています。伊勢志摩サミットに先立って、経済政策について意見を聞きたいということで政府にジョセフ・スティグリッツというノーベル経済学者が招かれて、総理じきじきに意見をお聞きになったことがございます。
このスティグリッツ教授、基本的にTPPには反対です。TPPは自由貿易ではない、グローバル企業のための管理貿易だというふうに言っております。その中で、スティグリッツは、TPPで最悪なのはISDだということも言っております。
さらに、2012年にさかのぼりますと、全米の州立法者協議会、要するに全米の州の議会の代表者が集まった協議会、ここでも、TPPからISDを除くべきだという公開書簡が米国政府に送られています。
そのように、基本的にどの貿易協定をとっても重大な問題として扱われているのがISDです。しかし、私の実感からいうと、ISDについて知らない国民が大半ではないか、国民的議論どころではないのではないかというふうに思います。
食の安全について関心をお持ちになる消費者の方に呼ばれて、学習会でお話しすることがあります。その冒頭で私は、ISDを知っていますか、聞いたことはありますかということを尋ねます。多くて、多くてとは言いません、大抵2、3割です。
ISDに関心を持って学習会に来よう、そういう熱意のある方で、せいぜい2、3割ですね。国民全体をとったらどれぐらい知っているでしょう。1%いくかいかないかではないかと、私は非常にその点について懸念しています。
「ISD」を「ISDN」と言い間違えた田村憲久・元厚労相!推進派議員ですら「電話回線」と間違えるほど無理解の恐ろしさ!
岩月弁護士「昨日、NHKの「日曜討論」で、田村憲久元厚生労働大臣が自民党を代表して出演されていました。そこで、田村議員は、『ISDN条項はどの貿易協定にも入っている』と。(議場内で失笑が漏れる)
えっ、電話回線の話……。私も、ISDSと言うところで間違えることはないですね。だから、元大臣ですら十分な認識がない、十分な認識がないのに、国民がそれを知るはずがないということを私は改めて確信しました。
このISD条項、非常に問題があるというふうに思うのは、国家の政策がたった3人の民間人によって事実上覆される、国会で苦労しておつくりになった法律がたった3人の民間人によって否定される、事実上変えていかなければならなくなる、そういう重大な効果がある。
そういう重大な効果に鑑みた場合に、全く周知がされていない。国民的な議論が全くされていない。これは、先ほどの「国民への十分な情報提供を行い、幅広い国民的議論を行うよう措置すること」とする委員会決議に反するのではありませんか、というふうに強く思います。十分に国民に知らせて、それで十分に国民が議論した上でこれを選ぶということをぜひ実行していただきたいというふうに思います」
TPPで公共の福祉を守るための規制がどれくらい制限されてしまうのか―—ISD条項の「肝の肝」を政府が「意図的に誤訳」!?
岩月弁護士「それから、七項の前段、「交渉により収集した情報については、国会に速やかに報告するとともに…」とあるところですね。もう交渉は終わりました、正文ができました。その正文を正確に国会に伝えているのかという問題がこのISD条項についてもございます。
というか、調べていって、昨日気がついたんですけれども、「間接収用」という概念があります。
『経済活動に対する規制措置が収用と同等程度に及ぶ場合、それに対しては正当な補償をしなければならない』。この『補償』の中には、『逸失利益』と言って、将来に向かって失われた利益も含まれるんですが、この『間接収用』という概念について、今回のTPPでは、公共目的の規制は十分に守られるようになったというのが政府の立場です。
この間接収用の定義の中に、『公共目的、公衆衛生とか環境を守る公共目的のための無差別な規制措置は間接収用には該当しません』と一応書いてあます。
ただし、政府の訳では、公共目的の無差別な規制措置は、『極めて限られた場合を除いては間接収用に該当しない』と書いてあります。『極めて限られた場合』というのは一体何なのかなと思って、原文を当たってみました。日本文にも解説がありません。原文にも当たってみましたが、原文にも解説がないんです。
解説がないから、やはり相変わらずこの極めて限られた場合はわからないなと思いながら、原文を見たところ、『exept』(除いては)、『in rare circumstances』(まれな環境)、つまり、『まれな状況を除いては』というのが、私の語学力の程度だとスムーズにいくんですね。
これを、政府の仮訳、正文ではない仮訳では、『極めて限られた場合』と、すごく狭いように翻訳しているんですよ。
でも、『in rare circumstances』、普通に言えば、『まれな環境では』、『まれな状況では』という程度が普通じゃないですか。
『極めて限られた場合』というなら、私の語学力は大したことないけれども、『hardly ever case』、『極めて=hardly』とあるべきではないかというふうに思います。
これは意図的ではないか。意図的な誤訳ではないか。議論を起こさせないための意図的な誤訳ではないか。公共の福祉を守るための規制措置がどれぐらい限定されているのか、それは非常に重要な問題であるのに、そうした誤訳で議論を誤った方向に導こうとしているというふうに私は思います」
NAFTAではISD係争69件のうち50件が米国企業によるもの!さらに米国企業が負けた事例は1件もなし!本当に日本政府は太刀打ちできるのか!?
岩月弁護士「論点を変えます。それから、ISDは(日本側が)使う立場だということをよく言われます。これは、途上国を頭に入れている。私自身はISD条項を全面的に否定する立場ですが、戦略的に考えた場合、途上国を頭に入れていると思います。これは、もともと途上国の司法制度が不備だということで、相手国の司法を飛び越えて海外の仲裁に出す、そういう制度です。
日本のような法制度が整備された国でこれを受け入れることは、私は屈辱的です。だけれども、TPPで新たにISD条項が活用できるという議論もされます。
さて、では、これまでの投資協定を踏まえて、11カ国でISD条項がない国はどこか。シンガポールもあります、ISD条項は既にあります。ベトナム、社会主義国だったけれども、ISD条項、日本との間であります。マレーシア、ブルネイ、あります。チリ、ペルー、メキシコ、これについてもISD条項は既にあります。
ないのは、ニュージーランド、オーストラリア、カナダそしてアメリカ。
ご存じのとおり、アメリカは非常な訴訟社会です。NAFTAで、政府の統計ですが、ISDの係争件数、10月現在で69件というふうに外務省はまとめています。
この69件のうち、アメリカ企業が起こしたのが50件です。そして、勝訴した結果が出ているのはアメリカ企業だけです、8件。
4件は、アメリカ企業は和解しています。アメリカ政府が負けた例はありません。
3カ国、アメリカ、カナダ、メキシコの中でも、圧倒的にアメリカ企業が使っている。
これを、カナダ以上に大きな市場である日本に対してアメリカ企業が使わないわけがない。そういう観点からこの問題を戦略的に考えるべきではないか。
では、英米法と言われる国、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、この英米法と言われる国の中で、ISD条項を使って日本企業が互角に戦っていけるのか、そういうことについての戦略的な観点はぜひ持って考えていただきたい。
カナダは当初、米国と同じぐらいたくさんISDを使いました。だけれども、米国に対して勝てない。勝てないから、数年間、もうほとんど起こさないという状態になりました。圧倒的に今、アメリカ企業だけが使っている。つい最近、カナダは、1兆5000億円規模の大きな賠償請求をカナダ企業が起こしていますけれども、実態としては、アメリカひとり勝ちみたいな状態が、NAFTAの中ですらあるということです。
資料の3ページを簡単に見ておきます。投資仲裁の最も基本的な義務とされるのが、『公正かつ衡平な待遇及び十分な保護及び保障を与える義務』です。これは言葉そのままです。言葉そのままで、意味がよくわからないけれども、極めて標準的な国際経済法の教科書で、これがどういう意味があるかということが書いてありました。
『外国投資家の投資財産保護に関する慎重な注意、適正手続、裁判拒否の禁止、恣意的な措置の禁止、投資家の正当な期待の保護』…これが公正衡平待遇義務、これが国際慣習法だというのが一般的な国際経済法における理解です。
TPPの条文はこれを詳しく書いたと言われていますが、眺めても、この意味がわからないです。これを民間の3人の仲裁人がその都度判断しては解散するということを繰り返すのがISDです。
厳密に考えると、条約上、国内法的にもこの条項は意味を持つわけです。意味を持つと何が起きるかというと、この最低待遇義務を実現するための立法をしなければならない。最低待遇義務を実現するための裁判をしなければ、国内でもですよ、国内法的効力があるんですから。というような問題。これは全く議論されていませんが、そういう問題が起きる。これにどうやって対処していくのか、私にはよくわかりません」
ISDで「国家の主権または司法権が侵害される」「主権の放棄も主権の行使」…韓国の最高裁判所は危険性を懸念し、そしてあきらめた
岩月弁護士「最後、主権侵害はないか。5ページですが、韓国大法院、韓国の最高裁判所ですね、これが、米韓FTAを締結するときに、主権侵害ではないかという議論をしています。内部資料が公開されているんですね。
その検討のときに、『このような紛争に関して国内の司法府が関与する余地がなくなり、国家の主権または司法権が侵害される法理がある』という指摘がある。しかし、『条約の批准の手続を経て、国家が自発的に同意することに従うもので、国家はそのような選択をする主権を行使するものだと言える』という見解もある。
両論併記です。両論併記ですが、後を見ていただくと、『主権の放棄も主権の行使である』と言っているわけです。人ごとだからそう言っているわけで、自分のことになると、最後、どうなっているか。アンダーラインを引いてあります。
『最高裁としては、司法府の裁判が無差別に仲裁請求の対象になる場合には、いろいろな副作用を招くことがあるので、裁判を仲裁請求の対象から除外する方案や対象を制限して明確に規定する方案を検討する必要がある』と。
『ほかはいいよ、せめて裁判所は除いてくれよ』と。虫がいいと私は思いますけれども、自分のことになるとこんなことを言っている。
最後、(配布資料には)労働契約法なんかが書いてありますが、これは、労働者の保護を図るために、長年の判例を積み重ねてつくられてきた法律です。苦労しておつくりいただいたわけです。だけれども、こういう労働者保護法制が、仮に『外国企業に対する公正衡平待遇義務に反する』と判断されると、賠償の対象になる。
賠償の対象になるということを繰り返されないためには、これを改正しなければならない。国内の事情で議論して改正するならいいんです。だけれども、国際仲裁で三人の民間人に賠償させられるから変えなければならない、こんなことがあってはならないというふうに私は考えています。以上で私の方の意見を終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)」
カナダ企業がISDで米国政府に対し1兆5000億円の損害賠償を請求!この「レアケース」で米国民の反ISD感情に火が付いた!