集団的自衛権行使の事例として日本政府が示す、「米国本土が攻撃された際の、日本周辺海域での米艦保護」。米国本土が大量破壊兵器を搭載したミサイルで攻撃されることが前提だが、「ロシア、中国、北朝鮮のうち、どこがそんな攻撃をするのか。そういう攻撃をさせないのが、米国の核による抑止力。米国が核の抑止力を失っていることが前提ならば、『日米安全保障条約を続ける意味があるのか』という議論が成り立ってくる」と柳澤協二氏は断じた。
元内閣官房副長官補、国際地政学研究所理事長の柳澤協二氏が代表を務める「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」の第3回シンポジウム「防衛のプロが語る15事例のリアリティ」が2014年10月5日、東京都千代田区にある日比谷図書文化館で開催された。
政府与党が集団的自衛権の閣議決定にあたって検討し、安倍晋三首相が5月と7月の記者会見で、パネルを示してその意義を力説した「避難する日本人を乗せた米艦船防護」をはじめとする15事例。このシンポジウムは、来年2015年に提出される関連法案にも盛り込むといわれている、この15事例を検証するもので、柳澤氏は自身の見解を逐条的に示していった。
- 発言者 渡邊隆氏(元陸将・東北方面総監)/林吉永氏(元空将補・第7航空団指令)/柳澤協二氏(元内閣官房副長官補)/伊勢崎賢治氏(東京外国語大学教授)/加藤朗氏(桜美林大学教授)
離島の不法行為は「治安出動」で対処すればいい
15事例は、自衛隊の海外での武力行為を禁じる憲法解釈の変更に、正当性を持たせるために掲げられたものだ。しかし、柳澤氏は、1. そのような事例の想定に無理はないのか、2. そのような事例が起こり得る場合、政府としての軍事・外交面での対応の方針はどうあるべきなのか、3. 起こり得る事例に対応する場合、今の法律に不足があるのか、4. その不足を補うには、憲法解釈の変更が必要なのか、憲法解釈の変更のレベルで補えるものなのか、といった協議が、与党内で圧倒的に足りないと指摘した。
その後、柳澤氏は、15の事例を順番に見ていった。事例は「他国からの武力攻撃に至らないグレーゾーン事態」「国連の平和維持活動(PKO)や国際活動」「武力行使(集団的自衛権の行使)にあたり得る活動」の3分野に大別される。
まず、グレーゾーンの「離島などへの武力勢力の上陸」から。「政府は、ここで言う『離島』は尖閣諸島ではないと説明している。下甑島や北海道が例に挙げられた。警察力が弱い所で、いきなりこういう事態に陥ったらどうするか、という想定だ」と説明した柳澤氏は、その蓋然性はかなり低いと指摘する。「海上で訓練中の自衛艦が、こうした事態に遭遇することは考えにくい」。
また、仮にそういった事態が起きたとしても、「この事例は、相手は国(軍隊)ではないという前提に立っている。であれば、日本への武力攻撃と認定できず、自衛隊は、自衛隊法90条3項で危害射撃が認められる『治安出動』で制圧が可能となる」と柳澤氏は語った。
さらにまた、「相手の武装の程度がわかる情報が得られない段階で、自衛隊がやみくもに出動することはあり得ない」とも指摘。「情報分析に基づいた出動準備を行い、現場に到着するまでにかかる時間の間で、閣議決定することは可能だと思う」との認識を示し、与党の「その時、いちいち閣議決定していたら間に合わないから、前もって法律を用意する必要がある」との主張を否定した。
誤って落ちたミサイルが米艦に的中する?
同じくグレーゾーンの「武装集団の民間船への攻撃」では、柳澤氏は「これに相当するケースが、過去に日本近海で発生したのだろうか。そもそも、民間船は軍艦を目撃したら逃げるのが普通だ」と述べ、やはり蓋然性の低さを強調した。
海賊行為への対処では、海賊対処法の存在を示したのに加え、「従来は自衛艦が割って入り、相手が攻撃すれば『武器等保護』により応戦する手順だった」とし、今の法律に不足らしい不足はないと述べた。
そして、「ミサイル観測中の米艦防護(平時=相手の攻撃意図は不明)」について。これは、北朝鮮にミサイル発射の兆候があり、日本が米国からイージス艦の防護を要請される、という設定だ。柳澤氏は「攻撃意図が不明ということは、(北朝鮮の)弾道ミサイルの実験で、そのミサイルが間違って落下してくるようなことを指しているのだろう。だが、そもそも、そのミサイルが米軍の船に命中するのか」と苦笑する。この事例も、想定にかなり無理があるとし、「日本の船舶への危険な落下物の対処という観点から、ミサイル破壊措置命令(警察権)でカバーできる」と話した。
PKO・国際活動に部類する「多国籍軍への後方支援」は、多国籍軍の補給拠点への物資の輸送などを想定したもの。柳澤氏は「宅配便で言えば、集荷・配送センター間の行き来で、個人宅まで届けることは対象外。つまり、戦闘現場の近くまで行かなくてもやれる」と話す。
もし、近くまで行かねばならないケースがあるとすれば、「それは、前線部隊のための弾薬補給だ」と指摘。「そうなってくると、いったん着手したら、たとえ敵軍の攻撃の的になっても、自衛隊は『もうやらない』とは言えない」と続け、自衛隊が多国籍軍のために弾薬補給の任を担うことは、軍事的にも政策的にも問題がある、と訴えた。
安倍首相が力説した「米輸送艦防護」もリアリティなし
「他国の領域での邦人救出」は、他国で人質に取られた邦人の救出のため、特殊部隊を現地に派遣するような事態が想定される。ここで柳澤氏は、テロリストへの情報漏えいリスクを懸念する。
過去に各国が行ってきた事例は、特殊部隊が航空機やヘリコプターで急襲・制圧し、人質を奪還するというもの。ただ、作戦の実施前に必要となるのは、「現地政府の了解」。国際法上、どうしても踏まなければならない手続きだ。
ここで浮上するのが、情報漏えいリスク。「そもそも、自分のところで対応する能力のない現地政府に通報して許可を取るということは、テロリストにも情報が漏れてしまう危険が非常に大きい」。したがって、人質になっている邦人の命も危険にさらされることになる。
「他国の領域での邦人救出」と一口に言うが、情報漏えいリスクから派生するさまざまな危険を想定しなければ、救出作戦の実施は難しい。柳澤氏は続ける。
「邦人に犠牲が出る可能性をどのように排除するのか。そして、自衛隊がいくとしたら、どのような部隊規模で、途中で補給も必要になるが、どんな装備を出すか。そういう検証作業も必要だろう」
「邦人を乗せた米輸送艦の防護」「周辺有事で武力攻撃にさらされている米艦の防護」「米国に向けたミサイルが、日本上空を横切る際の迎撃」などの8つの事例については、「安倍首相が記者会見で、米輸送艦防護の必要性をパネルを使って説明したことは広く知られている。だが、1997年の日米防衛協力ガイドライン見直しで、NEO(非戦闘員の退避作戦)は、それぞれの国の責任でやることになった」と柳澤氏は指摘する。
北朝鮮の戦闘機や戦艦が襲ってくる想定だとしても、「(北朝鮮は)まず韓国の防空網をかいくぐらねばならず、そんなことが現実的に可能かと思えてしまう」と述べ、ここでも蓋然性の低さを強調した。
さらに、柳澤氏は「朝鮮半島有事の際の邦人避難は、極力、日本の民間機を使い、不足部分は自衛隊機がピストン輸送する、という対応方針が常識的にある。それと違うことを、わざわざ行う理由がわからない」とも話し、個別的自衛権での対応可能性に触れ、集団的自衛権の必要性に疑問を呈した。