安倍内閣による集団的自衛権行使容認の閣議決定に対し、違憲訴訟と国家賠償請求を行うことを表明した三重県松阪市の山中光茂市長と、「改憲」論者でありながら、安倍政権の憲法改正には反対の立場を貫いている憲法学者・小林節氏(慶應義塾大学名誉教授)の対談が、9月11日に実現した。
対談は、山中氏が代表を務める市民団体「ピースウイング」が開催した市民集会で行われた。小林氏は対談で、集団的自衛権行使容認の閣議決定を行った安倍晋三政権を「憲法破壊者」と厳しく批判。山中氏も小林氏の発言に同意し、日本の自衛隊が好戦国・米国の都合で海外派遣されることは「国際貢献」とは全然違う、と力説した。
- あいさつ 山中光茂氏(三重県松阪市長)
- 基調講演 小林節氏(慶應義塾大学名誉教授)
- 対談 小林節氏×山中光茂市長
- 日時 2014年9月11日(木)19:00~20:30
- 場所 松阪市産業振興センター(三重県松坂市)
- 主催 ピースウイング(詳細、Facebook)
憲法は「守る」ではなく「守らせる」もの
「強面(こわもて)だけど、心根はとても優しい」。山中氏は、冒頭のあいさつで、自身の慶大生時代の恩師である小林氏の人柄に触れた。そして、「長年、改憲派の大ボスというイメージで通ってきた小林先生から『憲法9条があったからこそ、戦後70年間、日本の平和が保たれてきた』というニュアンスの言葉が聞かれるようになった。これは、私にとっては奇跡のような出来事」と述べ、それだけ小林氏の安倍政権への怒りが大きいことを示した。
紹介されて登壇した小林氏は、まず、日本国憲法の存在理由を大多数の国民が正しく理解していないと指摘し、「誤解の象徴は、憲法記念日の市民集会での『憲法を守ろう!』という声。『(今だったら)安倍政権に、憲法を守らせよう!』としなければならないのだが……」と続けた。
小林氏は憲法を、「借りたお金を返さない人などを罰する民法や、殺人者などを罰する刑法は、一般の国民が守らねばならない法律だが、憲法はそうではない」と説明。
続けて、「税務署や警察、さらには自衛隊などを自分の思い通りに動かせる権力を握る、その時々の政権が『暴走』しないように、歯止めをかけるのが憲法だ」とした上で、安倍政権について、「憲法の縛りを無視して、好き勝手なことをやった政治家たちは、次の選挙で叩き落とさねばならない」と断じた。
小林氏の挨拶のあと、山中氏との対談が始まった。山中氏が「集団的自衛権の行使容認の閣議決定を、憲法学の見地から『問題あり』と批判するのは、改憲派と護憲派の違いを超えて行われていること」と切りだすと、小林氏は「憲法を変えていいのは私たち主権者・国民だけ」とし、「そのテーマを国会で十分議論した上で、『衆参で3分の2以上の賛成』という発議要件を満たす手続きを踏まない憲法改正は、あり得ない」と口調を強めた。
9条の弱点を埋めよ
「安倍政権は、憲法を破壊した」と訴える小林氏は、昨年末の特定秘密保護法のスピード成立を引き合いに出し、「これから国会は、日本の自衛隊を海外に派遣するための法律を作ることになるが、簡単に成立してしまうだろう」と述べた。
山中氏が「日本国憲法は硬性憲法で、政権の都合で簡単には変えられないようにルールが決められている。小林先生は改憲派の憲法学者としても有名だが、(安倍政権のように)姑息な手を使って変えようとは考えていない」と言葉を継ぐと、小林氏は自身の「9条観」を披露した。
「自民党の中には『今の憲法を変える必要はない』との声がある。それは、今の9条なら(解釈で)いろいろなことができてしまうためだ」とした小林氏は、自身が唱える改憲論について、「9条を巡り『やっていいことと、いけないこと』の線引きをはっきりと行えば、政権は悪さはできない、というのが私の信条」と説明し、さらにこう続けた。
「9条には『間違っても日本は二度と侵略戦争はしない』と書くべきだ。ただし、『独立主権国家である以上、わが国が侵略の対象になったなら自衛戦争は行う』とも明記すべきで、それに伴って日本は、自衛隊ではなく自衛軍を持つことになる」。
安倍失速でも「受け皿」になる野党なし
小林氏は「日本がキリスト教文明の手先になったら、2001年9月11日のニューヨークと同じ事態が、東京に起こる恐れが生じる。損得勘定で見れば(集団的自衛権の行使は)明らかに損だ」とした上で、次のように語った。
「日本人は、先祖を敬い自然と共生する神道の上に仏教を持っている民族で、仏教には(他者との関係を重視する)先進的な面がある。つまり、(キリスト教以外は弾圧しようとする)米国が行う戦争に、日本が付き合う必要はない。国際社会で『大物』の地位をすでに築いた日本は、(キリスト教とイスラム教の争いである中東紛争を見た場合)第三者の立場で、米国に対し『いい加減にしろ』と忠告する役割を担わねばならない」。
今後について小林氏は、「野党が、安倍政権を打倒するほかない」とし、潮目の変化を強調した。
「7月の滋賀県知事選挙では、与党圧勝の事前予想を覆す結果(完全無所属で立候補した前民主党衆議院議員の三日月大造氏が当選)になった。任期満了に伴い10月に行われる福島県知事選でも、推薦候補の負けを恐れた自民党は(元日銀福島支店長の鉢村健氏の擁立を断念し)野党に抱きつく恰好になっている。続く11月の沖縄県知事選でも、自民党は間違いなく惨敗するだろう」。
一方で小林氏は、「今後は『団結した野党』と、自民党の戦いになることが望ましい。今のままでは、安倍首相が不人気になっても『受け皿』となる野党が存在しない」との問題提起も行った。「野党の結集が無理なら、今後の選挙では野党間できちんと棲み分けを図っていくことが重要だ。各選挙区に野党の候補が何人も立って票の奪い合いをもたらす戦い方は、断じて避けるべき」と主張した。
湾岸戦争とイラク戦争