1月24日から始まった第186回通常国会では、予算の審議に加えて、労働法制の規制緩和についての議論が行われると言われている。解雇に関する規制の緩和や派遣法の見直しなど、労働者の今後のあり方を決める重要なテーマが討議される予定である。
その中でも目玉となるのが、「国家戦略特区」である。安倍総理は、先日1月22日に行われたダボス会議の基調講演で、「外国の企業・人が、最も仕事をしやすい国に、日本は変わっていく」とアピールし、「春先には、国家戦略特区が動き出します」と、特区の実現を国際社会に約束した。
※世界経済フォーラム年次会議冒頭演説~新しい日本から、新しいビジョン~
国家戦略特区の創設は、昨年6月5日の安倍総理 「成長戦略第3弾スピーチ」で発表され、11月に閣議決定、12月の臨時国会で法案がスピード採決された。年が明け、「国家戦略特区諮問会議」の第1回会合が1月7日に開かれるなど、構想の実現に向けて着々と準備が進んでいる。
※安倍総理 「成長戦略第3弾スピーチ」(内外情勢調査会)
国家戦略特区の中身については、安部芳裕・プロジェクト99%代表による特別寄稿で詳しく説明いただいているので、ぜひそちらも合わせてご覧いただきたい。
国家戦略特区構想には、いくつかの論点があるが、ここでは特に「雇用」に関する側面に光を当ててみたい。
国家戦略特区は「ブラック特区」を生み出す
エコノミストで、昨年IWJのインタビューにもご登場いただいた浜矩子・同志社大学院教授は、今回の特区構想が雇用に及ぼす影響について、興味深い分析をされているので、ここでご紹介する。
浜教授は、1月16日に行われた「非正規雇用フォーラム」で、特区構想は「人のふんどしで相撲を取ろう、という発想」と述べ、税金ゼロで人をクビにしやすい土俵を作るようなものだと論じた。
国家戦略特区とは「生産力の高い」「競争力の強い」「技術革新をもたらす」人やモノを、世界中から呼び寄せて、税金などの待遇を優遇しましょうということであり、そのためには人を取り替えても構わないという意味で、「労働環境のことを考えていない」政策だと語る。
自由競争が進み、市場は隆盛を続ける一方で、地元の者が競争に敗れて退くことを、イギリスの有名なテニス選手権になぞらえて「ウィンブルドン現象」と言われるが、国家戦略特区はこのウィンブルドン現象を意図的に創り出そうという試み、というわけだ。
浜教授は、このような特区戦略は、これから経済的に離陸しようとする新興国には正当性があるとした上で、なぜ日本のような先進国でこのような政策を進める必要があるのか、疑問を呈している。
特区戦略が進めば、特区の内側と外側で経済格差が生じ、「特区に呼び込むに値するような貢献度の期待できない者は外にほったらかしておけばいいという格好になる」と、浜教授は懸念する。そうなれば、この政策によって非正規雇用などの問題が改善されるどころか、確実に格差が拡大していくことになるだろう。まさに「ブラック特区」である。
「人間不在」のアベノミクス
過去を振り返ると、これまでも「構造改革特区」や「国際戦略総合特区」「地域活性化総合特区」など、数々の特区政策が行われてきた。今回の「国家戦略特区」の、根本的な問題とは何だろうか。
浜教授は、国家戦略特区を含めたアベノミクスの最大の問題は、「人間不在」の政策であることだと指摘している。
昨年6月、安倍総理は今後の成長戦略を発表し、政策に関するスピーチを行った。浜氏によると、安倍総理のスピーチ内で「人間」という言葉がたった1回しか用いられず、その1回も大阪万博で展示されていた「人間洗濯機」についてだった、と呆れた口調で語った。
安倍総理の成長戦略スピーチには、「非正規雇用」や「貧困」、「地域社会」や「地域共同体」といった言葉が一切出てこない。このことだけでも、成長戦略を通じて、労働者の雇用環境や、地域の活性化といった問題の解決に取り組むつもりがないことがわかる。頭にあるのは、大企業の業績回復と株価の底上げだけである。
「経済活動は本来、人間の営みである」と、浜教授は強く主張する。経済とは、そこで働き、消費する人々がいて、はじめて成り立つものだ。「人権を踏みにじるものは経済活動でも、企業経営でもない」という浜氏の主張には説得力がある。
安倍総理も、「雇用や所得の拡大を目指す」と言っている。しかし問題は、安倍総理の言う「雇用」が、一体何を意味しているのかということだ。
「人間」という言葉が1回しか使われなかった安倍総理の同スピーチでは、「世界」、「成長」の2つの言葉が多用されていた。
安倍総理は、「日本が世界の中心に立つとき」、「日本が世界をリードする」、「世界で勝つ日本」などの表現を連発したことについて浜氏は、「安倍政権は世界制覇戦略でもしているのか」と批判した。
浜氏は「世界一を目指す、この発想はグローバル時代と非常に相性が悪い」と述べ、グローバル環境は「共生の生態系」の中にあるべきだと主張。グローバル社会を「ジャングル」に例え、強いものと弱いものが共存し、食物連鎖が成り立つ環境であるべきだと語った。
もしアベノミクスが「人間不在」の政策であるとしたら、雇用とは、働くことを通じて暮らしを良くする、人として豊かになることを目指すことではないだろう。「世界の中心に立つ日本」「世界をリードする企業」になるための『駒』でしかないということだ。それは日本人であろうが、外国人であろうが、関係ない。
また浜氏は、アベノミクスの本質は「富国強兵」にあると分析。「政府はデフレ脱却についても考えておらず、特区構想もデフレ脱却の何の役にも立たない」と指摘したうえで、安倍政権は、世界一強い日本を作ることで、日本人を強兵に役立たせようとしていると主張した。
一昔前、国内の「勝ち組」「負け組」という言葉が流行したが、国家戦略特区は、その勝ち負けを世界規模に押し進めるものになりかねない。浜教授が指摘するように、「グローバル時代という今の我々を取り囲む時代環境と、アベノミクスなるものは、著しく親和性が低い」のである。
【IWJブログ】「人間」という言葉が一度しか出てこない安倍総理の「特区」構想 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/122634 … @iwakamiyasumi
その上、安倍晋三の成長戦略スピーチには、「非正規雇用」や「貧困」、「地域社会」や「地域共同体」といった言葉が一切出てこない。
https://twitter.com/55kurosuke/status/585739148520202240