2013/05/23 「『立憲主義』も知らないで議論に参加するな」 小林節氏、改憲狙う自民党に怒り ~「立憲フォーラム」 第3回勉強会

記事公開日:2013.5.23
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特集 憲法改正

 2013年5月23日(木)17時30分から、東京都千代田区の衆議院第一議員会館で、憲法96条改正に反対する、超党派の議員連盟「立憲フォーラム」が主催する3回勉強会が開かれた。 改憲論者でありながら、自民党が掲げる憲法96条改正に反対している小林節氏は、「権力者には魔が差す可能性があることを、経験則が教えてくれている。だから、言葉のよろいを着た憲法が必要なのだ」と訴えた。

  • 講師 小林節氏(慶応義塾大学教授)
  • 日時 2013年5月23日(木)17:30~
  • 場所 衆議院第一議員会館(東京都千代田区)
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 「私は、横浜にある自宅の周りでご近所さんと会っても、特にあいさつを交わさないのだが、最近は向こうから頭を下げる方がいる」。冒頭で小林は、やや相好を崩しながらエピソードを披露した。テレビ出演時に展開した議論の影響だという。小林氏は「妻から、近所の奥さんが『憲法って、国民を縛るものではなくて、権力者を縛るものだったんですね!』と声を弾ませていた、と伝えられた」と明かした。

 小林氏は、規律の対象を国民全般へと拡大することを狙う、自民党の改憲草案を批判している。「先週、自民党のある政治家が私を訪ねてきて、『ここ数週間の、自民党対小林節の論争は、先生が勝ちました』と言った。正直、とても嬉しかった。事実と論理のみからなる論争の有効性を、改めて確認した」。小林氏は「国民のレベルがだいぶ上がってきて、それが防波堤の役割を担おうとしている」と述べ、自民党の改憲の動きには一時期の勢いがないことを報告。「憲法」が何たるかを、国民が理解し始めたことを喜んだ。

 「自民党の憲法に関する勉強会に、何度も呼ばれたことがあるが、私が話し始めると決まって、『あんたは現実を知らない』『戦後教育の徒花だ』『ニセ改憲派だ』などと罵倒が飛んでくる。くやしい思いをさんざんしてきた」。そう語る小林氏は、「彼らは、明治憲法に郷愁を持つ人だけが正当な改憲派と言いたいのだろう」と揶揄し、「ならば、私はニセ改憲派でけっこう」と言い切った。

 そして、「借りた金を返さない人がいるから民法があり、罰則がなければ、気に入らない人を叩き殺す人が登場しかねないから、刑法がある」と説明。「残念ながら人間は不完全だ」と断言し、「その不完全な人間を管理するために、民法と刑法が必要であり、入れ札(投票)で一時的に、個人の能力を超えた権力を手中に収めた(不完全な)人たちが、お代官様状態になってしまうのを防ぐために、権力者を管理する法(憲法)が必要なのだ」と強調した。さらに、「この話は人間の本質に根ざしたもの。新しい、古い、という視点で議論することは、極めてナンセンス」とも語った。

 小林氏は、産経新聞が、この4月26日に発表した改憲案(国民の憲法)について、「『国民の憲法』を掲げているのに、なぜ『家族は仲良くしなさい』とお説教するのか」と疑問を示し、「道具の使い間違いだ」と批判した。また、「自民党には『立憲主義』という言葉すら知らない政治家がいる」と指摘。「東大を卒業している人が、私に向かって『えっ、それ、最近の学説?』と発言した。言葉を失った。『立憲主義』は日本語と同じで、知っていて当たり前のもの。知らないのなら、(改憲の)議論などに参加するな」と語気を強めた。

 小林氏は、最後に「私は改憲論者である」と改めて表明すると、次のように話した。「憲法とは、主権者である国民が、国家という道具を使って幸福に暮らすための、いわばマニュアルである。そのマニュアルをバージョンアップすることを通じて、国民の幸福を増進させるのが憲法改正。逆に、国民主権や人権尊重、さらに平和主義が後退するのなら、それは憲法改悪だ。改悪は許されないし、憲法改正は国家権力の大きな変動を意味する以上、改憲派の手続き違反は認められない」。

(IWJテキストスタッフ・富田/奥松)

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2件のコメント “2013/05/23 「『立憲主義』も知らないで議論に参加するな」 小林節氏、改憲狙う自民党に怒り ~「立憲フォーラム」 第3回勉強会

  1.  かつての日本は全体主義になり言論弾圧され、官制ではないメディアの新聞も統制されて情報が遮断された上で戦争が遂行された。新聞統制は紙の量の統制も含まれたので、経営を考えると当局に逆らうことは非常に難しかった。沢山有った新聞社も統合や廃刊させられたのでそもそも多様な意見を大勢の人に伝えることは難しかったのだ。放送局はテレビは存在せずラジオはNHKのみで、もちろん“国営”だったので官制の情報しか流さなかった。NHKが放送する大本営発表では、負けているのに勝っているとの嘘の情報を流していたので、現在でも安倍内閣が流す嘘の経済動向を大本営発表といっているくらいだ。出版も制限され、小説家の小林多喜二は警視庁の築地署で殺された。
     宗教界では、伊勢神宮の御札を拒否した創価学会が初代と二代目の会長が逮捕され、初代は刑務所で獄死した。宗教弾圧も行っていたのだ。キリスト教のプロテスタントの多くは日本基督教団に所属させられたが、これを“自主的”とするのは無理が有る。大本と自称する大本教は、教義に対して当局から弾圧されて神殿は破壊された。民間の町内会でも江戸時代の五人組のような隣組制度で当局にお互いに監視させられた。
     上記のように、天皇が定めたとされる欽定憲法を根拠とし天皇の権威をかさに来た役人が支配した全体主義の結果、秘密警察である特高(特別高等警察)の跋扈により拷問と言論弾圧により死者を出し正しい情報は遮断された。そうして行われ続けた戦争の結果、敵国である米国に都市という都市を壊滅的に焼かれた。絶対王政で流された血と比較にならないくらい大量の地を流した上で成立した日本国憲法は、戦後の殆どの民衆に大いに歓迎されたのである。これを血を流していないとは何事か、世界中のどんな国よりはるかに多くの血を流したのが日本で、それゆえに戦後の社会では日本国憲法は歓迎されたのだ。

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