【IWJブログ】「『国益』とは誰のための利益なのか」 TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会・醍醐聰東大名誉教授インタビュー 2013.5.11

記事公開日:2013.5.11 テキスト動画
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( 構成:IWJテキストスタッフ富田充、IWJ佐々木隼也、文責:岩上安身)

 「屈辱的な合意内容を、政府は隠蔽しようとしている」――。米国に日本のTPP参加を認めてもらうために行われていた、日米の事前協議は4月12日、自動車、保険、牛肉分野で、米国側の要求をほぼ丸呑みするという結果で幕を閉じた。こともあろうに日本政府は、事前協議の合意内容を、日本側の都合の良いように文書にまとめ、米国への「完全屈服」という事実を、国民に公表しようとしていない。

 こうした安倍政権の姿勢に、異を唱える有識者が次々立ち上がっている。全国の大学教員875人が賛同人に名を連ねる、「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」(以下、大学教員の会)もその一つだ。

 大学教員の会は、4月26日に記者会見を開き、政府が事前協議の合意内容を意図的に国民に隠蔽していることを批判。反TPPを掲げる政党の国会議員に対し、国会質問や質問主意書など議員が持ちうる「質問権」を駆使し、政府に情報公開を促すよう要請したことを発表した。

 同会の呼びかけ人であり、事務局を務める醍醐聰氏(東京大学名誉教授)は、4月30日、岩上安身のインタビューに応え、国民に知れ渡っていない、TPPの数々の問題を解説。企業益を偏重するグローバリゼーションを厳しく断罪し、アベノミクス効果による国民心理の好転を背景にした、TPP楽観ムードに鋭くクギを刺した。

 なぜ経団連を筆頭とする「財界」や、多国籍企業が、日本政府の背中をこれほどまでに押して、TPPを前のめりに推進するのか。この疑問について、インタビューで醍醐氏は、財界の中で企業による農地・耕作放棄地の取得の動きがあることを紹介し、「TPP推進は土地の取得を見据えたものではないか」と分析した。

■イントロ

※フル動画を含む記事本編はこちら⇒「TPPは国益ではなく、多国籍企業益である」~岩上安身によるインタビュー 第302回 ゲスト TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会・醍醐聰東大名誉教授 2013.4.30

以下、インタビュー実況ツイートのまとめに加筆・訂正したものを掲載します。

岩上安身「『TPP交渉参加から即時撤退を求める大学教員の会』の、呼びかけ人である醍醐聰東京大学名誉教授にお話を聞きます。まず、この会が提出した要望書には875人(※)が署名したと聞いています」

(※)875人とは、全国の大学教員有志が、4月9日に安倍首相に提出した「TPP参加交渉からの即時脱退を求める要望書」の賛同者名簿に載っているアカデミシャンの数。醍醐氏は、要望書への賛同を呼びかけている。(大学教員の会HP

岩上「このところ、大手メディアはTPPに関する出来事を、まったくといっていいほど報じていない。先日も、醍醐先生らによる重要な会見があったのに、取材に訪れたのは日本農業新聞、しんぶん赤旗、そしてIWJぐらいでした」

醍醐聰氏(以下、敬称略)「私は5年ほど前から関わっている、NHKをウォッチする市民団体の活動を通じて、大手メディアが世間の空気を操っている、つまりは世論をミスリードしている部分を、大いに実感してきました」

岩上「以前、中塚明先生(奈良女子大名誉教授)にインタビューしたことがあります。醍醐先生は、中塚先生と共同でNHKに申し入れをしていますね」

醍醐「はい。『坂の上の雲』の認識で(※)、NHKをウォッチする市民の立場として申し入れました」

(※)NHKが2009年11月から放送した、司馬遼太郎氏原作のスペシャルドラマ『坂の上の雲』で、原作に「歴史認識の誤り」があるとして、醍醐氏と中塚氏らが慎重に対応するよう、同局に申し入れた。当時、醍醐氏は記者会見で「NHKは深刻な問題を扱っているという認識がない」と批判した。

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醍醐「メディアについて、もう一言だけ述べると、ジャーナリストという職業に従事している人は、たとえNHKのような巨大組織に属していても、フリージャーナリストの気構えでがんばってほしい。しかし、そういった気構えで働いている人は、まだまだ少ないと思います」

JA全中は自民党にだまされた?

岩上「では、話題を本丸のTPPに移しますが、先日合意された日米事前協議。安倍総理は交渉参加会見で『守るべき国益は守る』と言い切りました。でも実際は、米国に押し切られてしまっている」

醍醐「甘利明TPP担当相は『聖域、特定せず』と発言しており、すでに聖域(=自民党が関税をかけて死守すると国民に公約した、米、麦、豚肉、牛肉、乳製品の5品目)の存在をぼかし始めている。聖域の死守はもはや無理と、逃げに入っているように映ります。

 日本政府は、TPP交渉参加に向け、事態は順調に進んでいるかのようにアピールしていますが、窮地に立たされているのが実情です。この現実を、自民党の慎重派や5品目を除外すべしと提言している農水委員会は、どのように受け止め、政府側にどう声を上げていくのでしょうか。われわれ国民は、この点を十分注視していかねばなりません。それが、自民党にプレッシャーかけることにつながりますから」

岩上「この3月に行われた、JA全中(全国農業協同組合中央会)など、農林漁業中心の8団体によるTPP参加交渉への反対集会で、自民党の石破茂幹事長は、野田・民主党政権の末路に照らし、『公約が守れなかったらどうなるか、われわれはわかっている』と発言しています」

醍醐「あの時、石破さんが、先の5項目を上げている。日比谷野外音楽堂で、あれだけの大人数(約4000人)を前にしての発言です。簡単には撤回できませんよ」

岩上「JA全中は、昨年の選挙で自民党を応援した以上、今の自民党に対し、問い詰めるべきところは、しつこく問い詰める義務があります」

保険分野は、すでに「白旗」を挙げた状態

岩上「醍醐さんらが政府に出された質問書について、説明をお願いします」

醍醐「日米事前協議合意に関し、米国通商代表部(USTR)と日本政府が、それぞれ発表した文書に食い違いがあるのです(※)。この件に関しては、朝日新聞や東京新聞も指摘していますが、悩むのはその指摘に対する政府の対応です。『(発表の前に)すり合わせをしていない』とか『(発表の内容に食い違いが生じても)われわれは関知しない』と回答している」

岩上「ものすごいことを言っていますね」

(※)4月12日、日米両政府がそれぞれ発表した、TPP交渉参加の事前協議に関する合意文書で、日本政府が公表している合意公開資料では、米国が日本に要求する非課税措置の項目の中の「知的財産権」「政府調達」「急送便」「競争政策」が記されていないなど、USTR発表文書との間にかなり隔たりがある。

岩上「発表文書の食い違いに関しては、IWJも独自取材を行いましたが、内閣府の担当者は『両方の国の政府が、自分たちの都合で国内向けにどう書こうが、それは勝手だ』とか『USTR発表文の仮訳(※)を作る気はない』などと、半ば開き直っていた。『正確な情報を広く国民に伝える気など、さらさらない』と表明しているのと一緒です」

(※)このUSTR発表文の仮訳は、別件(今年3月にシンガポールで開かれた「TPP第16回交渉会合」)で、会合後のUSTR声明の和訳の請求を、国会で政府に対して行った森ゆうこ氏(生活の党・参議院議員)にのみ届けられており、国民が手軽にアクセスできる、外務省のサイトなどには掲載されていない。

岩上「文書の食い違いについて、さらに言えば、たとえば自動車では、米国は『関税については段階的に下げていく』と表明しているものの、仮に撤廃されたとしても、自分たちの都合でいつでも課税を復活できるスナップバック条項の存在が、穴を埋めるように記載されている。

さらには、日本への台数の割り当てを意味する記述(米国車を2倍以上にする)もあります。しかし、日本側の文書には、そういった記述は一切見当たらない。保険分野もしかりだ。実情を国民に知らせることに対し、日本の政府が不都合を感じている証拠です」

醍醐「保険分野については、かんぽ生命(日本郵政グループの生保会社)の、がん保険などの新商品を事実上凍結する考えを、日本側が一方的に通告してきた、との趣旨の記述が、USTR文書に書かれています。ようするに日本政府は、最初から米国勢に配慮して白旗を挙げているのです」

米国金融勢は「郵貯・1000万円ルール」の撤廃を受け入れるか

醍醐「そもそも、日本政府は『事前協議』という言葉をあいまいに使ってきたし、情報収集をするために担当官を海外に派遣したのはいいとしても、どういう情報を得てきたか、国民に対し、まるで開示されていません」

岩上「野田政権時代、日本の政府は、米国によってカナダやメキシコが不利な条件を飲まされて交渉に入った、という情報をすでに入手していました」

醍醐「そういう重要な情報を一切開示せず、いきなり交渉参加を表明した日本政府の姿勢は、国民に対する背信行為です。両国政府が発表した文書を見比べる限り、日本は米国に完全に屈服しています。私は、日本政府の文書に書かれていない4項目(知的財産権、政府調達、急送便、競争政策)で、日本にとっての脅威が始まるとみています。

 ことに着目すべきは、競争政策です。米国企業にしてみれば『これでは競争条件が公平でない』との理由で、日本に対し何かとクレームを入れることが可能になります。おそらく、日本郵政グループの経営のあり方にまで、口を挟んでくるでしょう。

これは逆手の話になりますが、郵貯の預け入れ限度額(1000万円)の問題は、どうなると思います? 仮に、郵貯が競争ルールの公平さの理屈を味方につけて『自分らには不利なルールだから取り払ってくれ』と日本政府に迫ったら、米国の金融資本は、それを黙って見ているでしょうか」

岩上「郵貯の1000万円ルールが取り払われたとして、それで日本の個人のお金がどんと郵貯に流れ込み、それに対し米国の金融会社が文句を言ったとしたら、彼らは『結果の平等』を求めたことになりますね」

醍醐「ハイエク型の新自由主義に心酔する人たちは、機会の平等が命です。従って、そういう人たちは、機会が平等な環境のもとで競争したとして、それでいい結果が生まれず、しかも一切の文句は言えない、あるいは言わないということになれば、さっさと撤退するでしょう。

彼らはそれを、合理的な選択と説明するでしょうが、それは結果を放り出すことにほかなりません。そういう無責任な人たちに機会の平等を与えていいものか。その点について、もっと議論を深める必要があります」

「間接収用」で日本の文化が破壊される

醍醐「TPPでは、進出企業や投資家が、競争条件の不公平さを理由に何か訴える場合は、当該する地方自治体ではなく、国を訴えることになる。そうなると、国が地方にどこまで介入すべきか、という問題が浮上してくる。なぜなら、介入の度合いにとっては、地方分権の流れに反するからです」

岩上「TPPの場合、間接収用(※)の問題もあります。ようするに米国企業は、自国内と同じビジネス環境を日本に要求しているのであり、それを阻害するものなら、たとえ日本の文化であっても例外としない。

(※)間接収用とは、相手国の法制度、慣習、文化、法律、言語といった「非関税障壁」により、米国企業が「不利益を被った」と判断した場合、間接的に国有化されているとみなし、訴えることができる、という条項。

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米国勢が、日本語でのコミュニケーションに対しても、通訳や翻訳がコスト要因との理由で、間接収容の理屈を当てはめて、ISD条項(※)を使って訴えれば、日本の公用語が英語になっても不思議ではない。それは、日本が米国の植民地になることを意味します」

(※)ISD条項とは、進出先国の収容により損失を被った外資系企業が、相手国政府への損害賠償請求を、国際機関を介して訴えることができる、というもの。先進国が途上国から強引に利益を得るためのツールとして使われやすい。TPPでは、その「収容」の範囲の広さが問題になっている。

岩上「ISD条項は、ずばり、先進国の優位性を確保するもので、その歪みは間違いなく途上国に表れます」

米国型知財権が、ジェネリック薬の普及を阻む

醍醐「医薬品の場合、TPPの知的財産権拡張で、特許の保護規定が強化されると、安価なジェネリック薬(後発医薬品)が市場に出回るまでに時間がかかってしまい、途上国での感染症の拡大・蔓延が防げなくなります。

 米国では、その薬の効能は変わらなくても、成分を変えれば特許申請できますが、インドではそれが模倣薬とみなされて認められず(※)、自社の薬が高く売れないということで、スイスに本社がある製薬資本のノバルティス社(※)が、2006年に、ISD条項を使って訴訟を起こしました」

(※)新薬の開発は10年以上の歳月と数百億円のコストがかかるとされる。そこで欧米では、成分変更だけでも特許申請ができる「抜け道」を用意し、製薬会社の回収負担を軽減している。途上国に対し大量のジェネリック薬を供給しているインドに、こうしたやり方が適用されれば、途上国の医療が打撃を受けることは確実である。

(※)ノバルティス社
スイス・バーゼルに本拠地を置く、国際的な製薬・バイオテクノロジー企業である。チバガイギー社とサンド社という、スイスを拠点とする製薬会社2社の合併によって1996年に設立された。医薬品企業の中では売上高世界ランキング第2位である。また、フォーチュン誌の「世界で最も 称賛される企業2012」において、医薬品企業でNo.1となっている。(wikipedia)

岩上「医薬品特許の保護規定強化は、日本にとっても無視できない問題です。福島原発事故で放射能が拡散されたのを受け、数年後の日本では、白血病やがんの患者が一気に増える可能性があるからです。もしもそうなったら、安価な治療薬の有無が、死活問題に発展するでしょう。そこで、高い特効薬しか手に入らないということになれば、自ら服用を中止して命を落とす人が続出すると思います」

醍醐「外国の製薬資本は日本でも、(安価なジェネリック薬の普及を止めるために)特許権を侵害された、と訴えると思います。そうなると、日本の医療財政はさらに厳しくなり、日本の国民皆保険制度の存続が危ぶまれる。医療の効率化を名目に、風邪などの軽い病気は、保険の適用外という話にもなりかねません」

日本の財界は米国の「腕力」に期待している

醍醐「農水省の作成した『世界の穀物の需給状況』を見ると、生産量は鳥インフルエンザなどの要因で輸出制限がかかり、上下する。よって輸入食料への依存度を高めることは、安定的な食糧確保という点で明らかにノーグッドですね。

 日本は50%の食糧自給を目指している。しかしTPPに加盟すると自給率は13%に下がる。一方で、農水省は50%目標は続けていくと主張しています。矛盾しているとしか言いようがありません。

また、仮に日本の自給率が13%になり、輸入量を増やすと、それだけ発展途上国に回る穀物の量が減り、途上国の飢餓問題が拡大してしまう。『グローバル』を標榜するのなら、企業益ではなく、世界の市民が享受する利益についても考えねばなりません」

岩上「車の分野への影響を考えると、日本車の60%は海外生産なので、TPPで関税を撤廃しても、収益の向上にはほとんど寄与しないでしょう」

醍醐「まったくその通りで、日本の財界も、そういうことがわかっていると思う。ではなぜ、それでもTPPを推進するかというと、彼らの期待は別の部分、つまりは米国の規制撤廃要求による(国内への)波及効果にあるからです。日本の大手企業は、国内市場の規制緩和に商機を見出そうとしていますからね」

岩上「経団連でTPP推進の旗振り役を担っているのが、住友化学会長の米倉弘昌氏です。住友化学はモンサント社(遺伝子組み換え作物で有名な米国の化学メーカー)とパートナーシップを結んでいて、日本市場でのモンサントの利益開拓を行う、いわば先兵役です。そういう日本企業が、自社の利益のためにTPP推進を叫ぶならまだしも、財界を率いてTPP参加を叫ぶというのは、度が過ぎているとしか思えません」

醍醐「日本がTPPに加盟することで、国内に農業放棄地が増えることをにらみ、その住友化学などが土地取得を狙っている、という話も耳にします。日本の経済人が、そういうところまで見据えていることは間違いないでしょう」

岩上「米国勢が、日本の農地を取得しまくるシナリオも十分に描ける。日本の文化や伝統、言語、さらには土地まで、米国勢の好きなようにされるとなれば、日本は国として成り立たなくなります」(了)

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「【IWJブログ】「『国益』とは誰のための利益なのか」 TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会・醍醐聰東大名誉教授インタビュー」への1件のフィードバック

  1. みみずく より:

    IWJの皆様、大事な情報をありがとうございます。
    多国籍企業。腹黒いですね。同じ人類とは思えません。早く眼を覚まして欲しいんですがね。。。

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