(再掲)【IWJ追跡検証レポート・前編】兵士の性犯罪が相次ぐ南スーダンで自衛隊が「駆けつけ警護」!国連平和維持軍は助けないどころか自らレイプ…これが戦地の現実!稲田朋美防衛相には見えていない? 2016.9.16

記事公開日:2016.9.16 テキスト 独自
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(本田望、城石エマ、記事構成・文責:岩上安身)

 アフリカ大陸の東内陸に位置する、「世界でもっとも新しい国」南スーダン。2011年にスーダンから独立を果たしたものの、2年後の2013年以来、内戦が続いている。この国の深刻な性暴力の実態が今、衝撃をもって世界に伝わっている。

 日本では、2016年3月29日に施行された安全保障関連法によって、南スーダンに派遣されている自衛隊に、「駆けつけ警護(※本文参照)」の新任務を付与することが可能になった。8月24日、稲田朋美防衛大臣は、11月に南スーダンへ交代部隊を派遣すること、新たな部隊は東北方面隊の第9師団(青森市)から編成され、「駆けつけ警護」を含む新任務の訓練を9月中旬から施すことを明らかにした。

▲稲田朋美防衛大臣(ウィキメディア・コモンズより転載)
▲稲田朋美防衛大臣(ウィキメディア・コモンズより転載)

 「駆けつけ警護」は、これまでも南スーダンでPKOに従事してきた自衛隊が実戦の戦闘に巻き込まれる可能性を飛躍的に高める。

 日本から遠く離れた南スーダンと聞いて、クリアなイメージを抱ける人は多くはないだろう。いったいどんな場所で、そこでは何が起こっているのだろうか? 自衛隊はそこへ「平和を維持するために」行くという。そう聞けば、現地の非武装の一般市民の安全を守るための任務なのだと誰しもが思う。

 しかし、それは実情に即しているのだろうか?

 伝えられる国連平和維持軍の実態はショッキングという他はない。詳しくは本稿をぜひお読みいただきたい。果たして日本の自衛隊は、南スーダンにおいてこうした現実に直面した時、どういう判断を下し、どう行動するのか。

 一部(毎日、時事など)をのぞき、日本の既存記者クラブメディアがろくろく報じようとしない平和維持軍の実態を以下、検証する。また、南スーダンのジュバで起きた襲撃を報じたAP通信のレポートの仮訳を一挙掲載した。ぜひ、南スーダンの現状を知るためにも、ご一読いただきたい。

殺戮、レイプ、強奪…南スーダン政府軍による残虐な暴行現場からのメールでの「SOS」に対し、市民の救出に動かなかった国連平和維持軍

 「その兵士は、AK-47の銃口を支援活動家の女性に向けつつ、選択をせまった。『オレとセックスするか、ここにいる男全員にレイプされてから頭を撃ちぬかれるか』と、女性は振り返る」

 2016年8月16日付の米紙『シカゴ・トリビューン』が、AP通信の長文のレポートを掲載した。上記はその一節である。

 銃口を突きつけられた女性は非武装。一般市民である。その女性はその後、夜になるまで15人の南スーダン政府軍の兵士にレイプされ続けたという。その女性を含む援助団体の外国人職員が多く滞在していた宿泊施設には、7月11日、首都ジュバで反政府軍に対し勝利をおさめた政府軍がなだれこみ、4時間にわたって殺戮、レイプ、暴行、強奪、処刑の真似事などの暴虐の限りを尽くした。

▲薄黄色に塗られたのが南スーダン(拡大図)
▲薄黄色に塗られたのが南スーダン(拡大図)

 何よりも衝撃的なことは、襲撃されていた4時間もの間、助けを求められた国連平和維持軍が、一切応じようとしなかった、と伝えられていることである。国連平和維持軍の駐屯地は、襲撃された現場からわずか1.6km程度しか離れていなかった。すぐに応じていれば、多くの市民を守ることができていたかもしれない。にもかかわらず、国連平和維持軍は、拱手傍観して、必死で助けを求める市民を見殺しにした。結局、事件の鎮圧にあたったのは、南スーダン軍の治安部隊や民間警備会社だったのだ。

ジュバの襲撃を伝えたAP通信のレポートの仮訳を一挙掲載!

 シカゴ・トリビューンが掲載した、2016年7月11日に南スーダンの首都・ジュバで起きた襲撃を伝えるAP通信のレポートは、南スーダンでの女性のレイプ被害を非常にリアルに伝えている。以下に記事の仮訳の一部を掲載する。わが自衛隊がこれからどのような場所へ派遣されようとしているのかを知るためにも、ぜひ、ご一読いただきたい。

 (ジュバの)テレインホテルが入った複合施設への襲撃によって、(南スーダンの)サルバ・キール大統領指揮下の勢力が、外国人や支援活動家らに対し、むき出しの敵意を抱いていることが明らかになった。キール大統領指揮下の政府軍は、リヤク・マシャール(Riek Machar)第1副大統領が指揮する反政府軍に対して、2013年12月から戦闘を続けている。政府側だけではなく、両勢力とも戦争犯罪を犯していると非難されている。国連は先ごろ、米国が推進していた市民警護のための平和維持軍の増援の決議を可決させた。

▲サルバ・キール南スーダン大統領(ウィキメディア・コモンズより転載)
▲サルバ・キール南スーダン大統領(ウィキメディア・コモンズより転載)
▲リヤク・マシャール(Riek Machar)第1副大統領(ウィキメディア・コモンズより転載)
▲リヤク・マシャール(Riek Machar)第1副大統領(ウィキメディア・コモンズより転載)

 南スーダン陸軍広報官のルル・ルアイ(Lul Ruai)氏は、テレインホテル襲撃の事実を否定しなかった。しかし、軍の犯行と断定するのは早急すぎると力説して、次のようにいった。 「皆が武装している、そして皆が軍服をせしめることができる状況で、さらに他の組織からの人員もいます。確かなのはジュバで武装した南スーダン人が実行犯だということです」。

 ルアイ氏の要請で、テレイン複合施設のオーナーは報告書を作成した。AP記者が同書類に目を通してみると、5人以上の女性のレイプ、拷問、処刑の真似事、暴行、強奪についての申し立てが記されていた。また、南スーダン人の女性も暴行を受けたが、その数は不明である。

 襲撃は、ジュバの住民が「最悪の事態は免れた」と思って安堵していた矢先に起こった。

 事件の3日前、大統領と副大統領が大統領府で、長く実現が待ち望まれた内戦終結の会談が行われている最中に、同府周辺で銃撃戦が発生。戦闘は急激にエスカレートしてジュバ中に拡大した。

 週末を通して、プール、スカッシュコート、バーが立ち並び、外国人居住者や南スーダンのエリート層を常連に抱えるテレイン構内にも銃弾が飛びかった。そこはジュバ最大の国連キャンプのすぐそばでもある。

 7月11日には政府勢力は、反乱勢力のマチャル派に攻勢をかけ、同勢力のほとんどをジュバから撤退させていた。両勢力が停戦を呼びかけようとするなかでテレインの一部の人々はくつろぎ始めていた。

 「月曜(7月11日)は比較的落ち着いていました」と生存者の1人は語った。

 祝砲と思われる銃声が聞こえる。すると、兵士たちがやって来た。

 「銃とタイヤレバーで門をこじあけてから80~100人ほどが構内になだれ込んできました」。

 ウガンダ人のテレイン職員はそう述べる。テレインの警備員の装備はショットガンのみ。数でもはるかに侵入者たちに圧倒された。

 兵士たちはすべての部屋を調べ、金銭と、携帯、ノートパソコン、車のキーを略奪した。

 「彼らはかなり興奮気味で、酔っぱらい、ドラッグを使用しているようで、ほとんど狂乱状態でした。歩き回って室内で発砲していました。1人の男は警官の青い制服でしたが、その他は迷彩服でした」と、ある米国人は話した。

 その多くが肩に虎の顔の記章をつけていた。大統領警護隊がつける記章である。

 兵士たちは反乱兵を隠していると非難して、米国人を1時間ほど、ベルトや銃床で殴り、反乱兵を出せと迫り、その米国人の足と、頭のすぐ側を撃った。

 最終的に、リーダー格と思われる男が、「構外に出ろ」と同米国人に命じた。

 門のそばの兵士が彼のパスポートを調べ、「大使館で、我々がお前をどんな目にあわせたかを伝えろ」と命じてそれを返した。

 彼は直近の国連の施設にたどり着いて助けを求めた。

 その間、兵士たちは重い鉄製扉が階段への通路を守るため安全とみなされていたテレイン構内の2階建てのアパートに侵入した。

 ケニア人の職員からの知らせを受けて、20人以上(そのほとんどが外国人)が隠れようとし、10人ほどが1つのバスルームに入り込んだ。

 兵士たちが鉄の扉に発砲し、金属部分を窓から外そうとして、建物全体が1時間以上揺れた。ようやく中に侵入した兵士たちは内部を荒らし、人々に暴行し始めた。

 凶暴な一部の兵士たちは、女性に性的暴行を加えた。その女性は15人にレイプされたと証言している。他の15、16歳と見受けられる女性も性行為を強要された。

 「1人の男は『ねえ、ここから一緒に逃げて結婚しようよ』と言うのです。まるで最初のデートであるかのごとくです。その男は自分が犯罪を犯していることに気づいていませんでした」とその女性は語った。

 それから約1時間半後に、兵士たちはバスルームに入り込んできた。

 「彼らはドア越しに撃ってきました」と足を打たれたと援助事業の請負業者の米国人ジェシー・バンチ氏はいう。

 バスルームにいた欧米人の女性によると、兵士たちは「殺すぞ!」「殺してやる!」と叫んでいた。「彼らは天井に発砲して『死にたいのか?』と聞くので『ノー!』と答えるしかありません」とその女性はいう。

 兵士たちはバスルームに隠れていた人々を1人ずつ引きはがし始める。

 ある女性は複数の男に犯されたと語った。また別の欧米の女性を兵士たちは拳で殴り、抵抗すると殺すと脅した。5人に犯されたと彼女は述べた。

 テレイン構内襲撃で数人の生存者がAPの取材に、兵士たちは「米国人かどうか」と聞いてきたと証言している。ある女性は「1人の男は、米国人だと男性が答えると、銃床で彼を殴りました」と訴えた。

 兵士たちがジョン・ガトルイック氏に遭遇したとき、彼らは地元の人間だと気づいた。同氏は米国際開発局(USAID)から出資を受けたメディア設立支援会社インターニュースのジャーナリストである。

 彼は数日前にしばらく拘束された後、テレインに身を寄せていたのだ。額に一族の成人の証としての瘢痕があるため、リエック・マチャル元副大統領と同様、ヌエル民族であることが明らかであった。

 彼を見た兵士たちは、床に彼を押し倒して殴打した。このことを証言したのは、先述の米国人男性が殴打されたことを目撃した女性だ。

 その襲撃の起きているさ中の午後6時、政府側勢力、反政府側キール派側は停戦宣言する。そのころ、外国人は半円形に立たされていたと、フィリピン人のジョーン・リボット氏は述べる。同氏は襲撃の最中にベッドの下に隠れていたところを兵士たちに見つけられて捕まった。

 1人の兵士が外国人たちに怒鳴った。「彼は明確に米国に対する敵対心を公言しました」とリボット氏は振り返る。「お前たちはこの国を台なしにした。国連のやつらと同様、反乱勢力の支援者なのだ!」とののしっていたという。

 兵士たちがテレインの外国人客を長々と非難する最中、ある兵士は、彼が米国人と疑う男性を銃床で殴りつける。ある時点で、その兵士はその場に集められた外国人全員を殺すと脅しかけた。「世界に我々の模範を示してやる」と言ったとリボット氏は語った。

 ガトルイック氏が一同の前に引き出される。1人の兵士が「ヌエルめ」とわめき、もう1人が同氏の頭に2回発砲し、さらに4発、床に寝そべるガトルイック氏の死体に撃ち込んだ。

 「彼は他と違うと断定された。ただそれだけで情け容赦なく殺害したのです」とリボット氏は嘆いた。

 その射殺が、室外に集められた人々にとっての一つの転換点となったとリボット氏は言う。略奪と脅しは続いたが、殴打は終わり始める。他の兵士はアパート内の男女を暴行していた。

 襲撃の始まった時からテレイン複合施設構内の人々はテキストメッセージや、フェイスブックメッセージ、メールで助けを求めていた。

 「みんながあらゆる人に連絡を取ろうとしていました。国連や、その大隊、米国大使館、大使館内の特定部署に連絡していました」と15人にレイプされた女性は訴えた。

 APが国連統合作戦本部内部資料の時間経過表を確認したところによると、ジュバの国連統合作戦本部の職員が最初に襲撃の連絡を受けたのが午後3時37分、兵士たちが複合施設の門を破って侵入してから数分後だ。

 その8分後に、テレイン構内に隠れていると述べる人物から、もう一通のメッセージが他の職員に届いた。

 午後4時22分、同職員に助けを強く求めるメッセージがさらに届く。

 その5分後、国連ミッション安全保安局とその軍事部門に警報が出た。

 午後4時33分、緊急対応のために組織された緊急対応部隊に連絡が入る。

 その1分後、時間経過表にはテレイン構内にとらわれた人々から7月11日最後の連絡が来た。

 その後1時間半、時間経過表は空白となる。

 日没直前の午後6時52分、時間経過表には「安全保安局は部隊を派遣しない」と記されている。

 その約20分後、緊急対応部隊のエチオピア人部隊に介入任務が課せられた。

 同部隊は同じく部隊を送り出すポール・マロング南スーダン陸軍参謀総長と連携を取ることとなった。だが、時間経過表によれば、エチオピア大隊は任務を辞退した。緊急対応部隊の出発が遅れすぎたのでマロング陸軍参謀総長の部隊も、結局任務を取りやめることとなる。

 襲撃中に構外に解放された米国人も国連基地にたどり着き、国連職員に通報した。夕暮れごろ、同米国人と知りあいの国連勤務者が別々の3大隊に出撃要請を出した。ところが・・・。

 「誰もが出撃を拒否しました。エチオピア、中国、ネパール、全部隊が出撃を拒否したのです」

 最終的に南スーダン政府の治安部隊がテレインに突撃し、3人の欧米の女性と約16人のテレイン職員をのぞき、救出する。

 他に現地に送られた部隊はなかった。国連の時間経過表には翌朝には現地を巡回する予定だったが、「優先事項があるため中止となった」と書かれている。

 翌朝、民間警備会社が欧米の女性3人を救出した。

 「平和維持軍は差し迫る脅威に直面した市民を救おうとはしなかった」と国際人権組織ヒューマン・ライツ・ウォッチは、7月11日にジュバ中で起きた戦争犯罪についての報告書で述べている。

 なぜ国連平和維持軍は切実な救出要請に応じなかったのかと尋ねると、国連は調査中だと答えた。

 「もちろん、ホテルテレインにいた人々が経験した人命の損失と暴虐を耐え忍ばなければなかったのは遺憾なことです。我々は本件を重く受け止めております。ご存じのとおり、犯人の処罰を求めるため、各国当局に徹底した調査を依頼しています」と、ファルハン・ハク(Farhan Haq)国連事務総長副報道官は7月11日、報道陣に話した。

 襲撃中、米国大使館も助けを求められたが、「介入する立場にない」と、7月11日、エリザベス・トルード米国務省報道官は報道陣に答えている。同国務省報道官は、米国大使館が連絡を取ったのは、(国務省ではなく)現地の政府高官であり、当時は南スーダン政府勢力がテレイン地域を支配下に治めていたと説明した。

 一方、サマンサ・パワー米国連大使は、「ジュバ市中で戦闘が繰り広げられていた当時、南スーダンの米大使館は、窮迫を訴える呼びかけを受けて、即座に南スーダン政府高官に連絡しました。米政府からの連絡で対応部隊が現場に向かい、襲撃を終わらせたのです」と弁明。

 「我々は、国連平和維持軍があからさまに、力不足あるいは意思の欠如で救出要請に応じなかったことについて危惧しています。国連に調査を依頼し、その報告を待ち望んでいます。疑惑が立証された際の速やかな是正処置を要求します」とサマンサ・パワー国連大使はコメントした。

 テレインへの襲撃は、各国政府やすぐそばの何百人もの国連平和維持軍に守られているという外国人の安心感を打ち砕いた。

 集団レイプされた女性の1人によると、同施設に住む援助団体のセキュリティ・アドバイザーは何度も外国人客に、外国人は標的にならないのでここは安全だと言っていたのだという。

 「『我々は狙われることはない』という、このフレーズは、彼らが襲撃する30分ほど前にも聞きましたよ」と彼女は述べた。

▲サマンサ・パワー米国連大使(ウィキメディア・コモンズより転載)
▲サマンサ・パワー米国連大使(ウィキメディア・コモンズより転載)

(引用終わり)

「反乱勢力の支援者だ!」――もはや政府軍にすら「中立」として見られていないPKOの現実

 自衛隊は国連南スーダン派遣団(UNMISS)の管理下で、現在も現地で活動しているが、停戦崩壊した状況でのPKOは、現地では「中立」と受けとめられていない。2016年9月2日付の毎日新聞の取材に対し、東京外語大の伊勢崎賢治教授は次のように述べている。

 「南スーダン政府側は国連やPKO部隊、援助団体職員の活動を『干渉』と敵視し始めています」

 ジュバでの外国人レイプの実態を報じた2016年8月16日付のシカゴ・トリビューンは、南スーダン政府側の兵士が外国人に対して「お前たちはこの国を台なしにした。国連のやつらと同様、反乱勢力の支援者なのだ!」と叫んだことを伝えている。伊勢崎教授が述べたように、確かに南スーダンの政府軍は平和維持軍の活動を敵視し始めているようである。

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