「いつの間にか戦争?」――池内了氏、望月衣塑子氏、西谷修氏の3氏が新刊をもとに科学、武器輸出、戦争の正体について多角的に語る 2016.8.17

記事公開日:2016.8.17取材地: テキスト動画
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(取材:城石裕幸、文:小川晶子、記事構成:城石エマ)

※9月7日、テキストを追加しました!

 昨年2015年9月19日未明、安保法制の可決・成立が強行されてしまった。日本が「戦争ができる国」へと突き進もうとする中、この夏、戦争、武器、科学をテーマにした本が相次いで刊行され、その関連イベントが2016年8月17日19時より東京堂ホールで開催された。

 登壇者は『科学者と戦争』(岩波書店)の著者で天文学者の池内了(さとる)氏、東京新聞記者で『武器輸出と日本企業』(KADOKAWA)の著者の望月衣塑子(いそこ)氏、『戦争とは何だろうか』(筑摩書房)の著者の哲学者の西谷修氏の3名。司会は、精神科医で「『戦争と医の倫理』の検証を進める会」に所属し、過去に医師の行った戦争犯罪の検証を続けてきた、香山リカ氏が務めた。

 日本は1950年と1967年の2回に渡り「軍事予算を使っての軍事研究はしない」という誓いを立てたが、日本学術会議の代表者から「いわゆる個別的自衛権の範囲であれば許容できる」という発言が出た。研究者の間で、日本学術会議の代表者の発言に対する異論の声が出たことが、この企画が実現したきっかけとなった。

 その流れの中で、「安全保障と学術に関する検討委員会」が設置され、今年中になんらかの見解は出すが予断は許さないという状況だという。このような時期に「今、日本で何が起きているのか」、「戦争とは何なのか」を3つの異なる出版社から本を刊行した3名が、出版社の枠を超え、一同に会して議論を行った。

記事目次

■ハイライト

  • 登壇者 池内了氏(天文学者、『科学者と戦争』(岩波書店)著者)、望月衣塑子氏(東京新聞記者、『武器輸出と日本企業』(KADOKAWA)著者)、西谷修氏(哲学者、『戦争とは何だろうか』(筑摩書房)著者)
  • 司会・企画協力 香山リカ氏

「最も科学研究の自由があったのはいつ?」1950年日本学術会議のアンケートに最多の回答は「第2次世界大戦期」

 「ギリシア時代のアルキメデスの時から、軍と学の関係は続いてきた。そこでは、権力者による科学者の利用、戦争のために科学を利用するということが行われてきた。20世紀の第一次、第二次世界大戦は、まさしく『科学戦争』だった」――。

▲「安全保障技術研究推進制度」の問題点を語る池内了氏

 『科学者と戦争』の著者である池内了氏はこのように語り、「科学」と「戦争」が、ギリシア時代から第二次世界大戦に至るまで、密接なつながりを持ち続けてきたと語った。

 また池内氏によれば、1950年に日本学術会議が「過去10数年で最も科学研究の自由があったのはいつか?」というアンケート調査を実施したところ、最も多く寄せられたのが、「第二次世界大戦中」という回答であったという。

「軍学共同」に反対の意が増えてきた? 激減する防衛省の研究費制度への応募

 「安全保障技術研究推進制度」とは、防衛省が競争的資金として研究者に費用を出す制度のことである。池内氏によると、2010年度の応募は109件だったが2016年度は44件に激減しているという。池内氏は、「軍学共同」に反対の意が表されるようになってきた、と述べた。

なぜ、応募は激減したのか? 理由として池内氏は、池内氏らが2年間続けてきた「軍学共同」への反対運動が功を奏したことや、一部のメディアが制度に対する批判的な記事を出したことなどをあげた。

 さらに、池内氏は、「安全保障技術研究推進制度」の公募要領の「手直し」が、研究者の不信感を招いた可能性も指摘した。「防衛装備品」という言葉が要領から減らされ、「研究」の内容は武器に関係のない「基礎研究」であるかのように見えるものの、研究者が研究テーマを見れば、それが「防衛装備品」であることは一目瞭然だという。

 研究成果を発表する前に、防衛省の「確認」が必要とされる点も、研究者らの不信を招いた。「『検閲』ですか? ということです。研究者からすれば、『検閲』などなしに、自由に研究したいと思う」と池内氏は述べる。

「審査の(不)透明性」という問題も挙げられた。審査員と採択者が同じ所属機関に属していたり、優先される技術が水中ドローン、ステルス、毒ガスなど、軍事目的に関わるものだという問題もある。

軍事目的か? 民生目的か? 区別がつかない「デュアルユース問題」~「軍学共同」を止めるには市民の反対の声が重要!

 戦後日本の学術界が、常に軍事研究に従ってきたわけではない。日本学術会議は1950年と1967年の2度にわたって、「軍事研究には従わない」と決意表明をしてきた。

 それにもかかわらず、状況は変わってきた。日本学術会議の大西隆会長は、「日本は専守防衛のための自衛権があるため、自衛のための研究は許される」という「軍学共同許容論」を展開(※)。この一方的な主張が、メディアで報じられると、学術会議の会員たちから異論が噴出し、結果、2016年5月20日に「安全保障と技術に関する検討委員会」が設置された。

(※)科学者の代表機関である日本学術会議は、軍事研究に関して検討する「安全保障と学術に関する検討委員会」の設置を2016年5月20日の幹事会で決定。大西会長は 4月の総会で、軍事研究を否定したこれまでの学術会議の声明を堅持すべきだとしつつも、“個別的自衛権の目的にかなう基礎的な研究開発は許容されるべきではないか”との「私見」を述べた。

 検討委では審査項目として5項目を挙げている。そのうちの一つ、「デュアルユース問題」である。「デュアルユース」とは「1つの技術を軍事目的にも民生目的にも使用できる」ことだ。

 そのため、研究開発の段階では、軍事目的での利用と民生目的での利用の間に区別がつかないことが問題である、と池内氏は指摘した。

 「今、日本学術会議は良識派が優勢ではあるものの、安心はできない。『軍事研究をしている大学にはうちの子どもを入学させられない』という声を、市民のみなさんと広めていきたい」

 池内氏は強く訴えた。

三菱重工や川崎重工、NEC、IHI、富士通、三井造船――武器輸出産業に乗り出すそうそうたる日本企業

 東京新聞記者で『武器輸出と日本企業』を著した望月衣塑子氏は、「軍学共同」、武器輸出に関して2年にわたり取材を続けてきた。望月氏はこの著作に書かれた森達也映画監督の推薦文の紹介から話を始めた。

▲武器輸出新三原則について語る望月衣塑子氏

▲武器輸出新三原則について語る望月衣塑子氏

 「読み終えて言葉を失う。人類はなぜ戦争をやめられないのか。その大きな理由の1つがここにある。そして、その理由は、今日本はどの方向に進もうとしているのかを明確に示している。勇気ある一冊だ」

 2015年5月、国内初の武器展示会「マストアジア2015」が開催された。世界39カ国、防衛企業125社、3795人が参加。そのうち日本企業は13社だった。海上自衛隊も初参加した。望月氏によると、海上自衛隊はバスツアーを組み、参加者に横浜港に接岸された防衛艦を見学させ、説明するほどの熱の入れようだったという。

▲国内初の武器展示会「マストアジア2015」の様子(2015年5月、望月氏の使用したパワーポイントスライドより)

▲国内初の武器展示会「マストアジア2015」の様子(2015年5月、望月氏の使用したパワーポイントスライドより)

 展覧会に参加した日本企業は、三菱重工や川崎重工、NEC、IHI、富士通、三井造船など、一般にもよく知られるそうそうたる企業ばかりだった。

 展覧会に参加したNECの幹部は、「防衛技術の流行をつかむには武器展示会への参加は必須。日本は長らく武器輸出3原則が足かせとなり、武器展示会に参加できなかった。ヨーロッパなんかは『日本の防衛装備はすべてアメリカから買っているので、日本には防衛技術がない』と見る人も多い。新3原則ができてようやく日本の防衛技術を世界にアピールできる機会ができた。この機会を積極的にとらえていきたい」と話した。

 また、この展示会を企画した元防衛相の森元敏氏は「日本の防衛政策変更が2014年に行われた直後は、『日本は武器商人になっていくのか?』、『リスクは負いたくない!』などの慎重な会社が多かったが、わずかとはいえいくつかのサクセスストーリーが報道されて、この分野にビジネスチャンスがあると多くの企業が気づき始めている」と語ったという。

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