改憲と「緊急事態条項」の創設が最大の争点となる参議院議員選挙の投開票日まで、いよいよ1ヶ月を切った――。
安倍総理は全国各地の遊説で、改憲という真の争点を隠し、「アベノミクスの継続」をアピールしている。しかし、今回の参院選で、自民、公明、おおさか維新の「改憲勢力」が78議席を獲得すれば、衆参ともに「改憲勢力」が全体で3分の2議席を占めることになり、憲法改正の発議が可能となる。現行の日本国憲法は、ギリギリのところまで追い詰められている、と言える。
改憲は、安倍総理の宿願であると言われる。しかし、安倍総理をここまで改憲へと突き動かす熱情の源泉とは何か。その思想的バックボーンとは、一体何なのか。
2012年末に発足した第2次安倍政権の特徴のひとつとしてあげられるのが、「神道政治連盟議員懇談会」や「日本会議議員懇談会」といった、「宗教右派」と呼ばれる団体に所属している閣僚が大勢を占めていることである。
神道政治連盟や日本会議は、その政策目標の筆頭に、「憲法改正」を掲げている。2015年11月10日には、日本会議が実質的に事務を取り仕切る「美しい日本の憲法をつくる国民の会」主催により、日本武道館で大規模な改憲集会が行われた。この集会では安倍総理もビデオメッセージを寄せ、「憲法改正に向けて、ともに着実に歩を進めて参りましょう」と語っている。
▲日本会議の「武道館一万人大会」でビデオメッセージを寄せた安倍総理
それでは、安倍総理が改憲によって作りあげようとしている日本の姿とは、いったいどのようなものなのか。その謎を解くヒントは、5月26日、27日に行われたG7サミットが、伊勢志摩の地で行われたということに隠されている。5月26日、安倍総理はG7サミットの歓迎行事として、米国のオバマ大統領やドイツのメルケル首相ら各国の首脳を、伊勢神宮へと誘った。
伊勢神宮は、皇室の祖神である天照大神(アマテラスオオミカミ)を祀る、日本最大規模の神社である。戦前は大日本帝国政府によって、全国の神社の頂点として位置づけられた。戦後は、民間の宗教法人「神社本庁」(いかにも官庁のひとつであるかのような名前だが、官庁ではなく、民間団体)が、伊勢神宮について全国の神社の「本宗」であるとしている。現代でも、毎年、年頭には内閣総理大臣が参拝することが慣例となっている。
なぜ、安倍政権は、サミットを伊勢志摩の地で行ったのか。そして現代において、伊勢神宮が再び政治の表舞台に姿を表した意味とは何か。その背景に、神道政治連盟や日本会議の思惑があるのか。以下、宗教学の第一人者で、上智大学教授・東京大学名誉教授の島薗進氏へのインタビューを軸に、取材と検証成果をレポートする。
- 日時 2016年6月13日(月) 16:30~
- 場所 上智大学(東京都千代田区)
英紙ガーディアンが指摘、「安倍総理は、自身の保守的な政治課題を推し進めるために、伊勢神宮を利用している」
安倍総理の導きにより、各国の首脳が伊勢神宮を訪れたことの政治的意味について、日本の既存の大手メディアはまったくと言っていいほど取り上げていないし、論評もしていない。この件を詳しくレポートしたのは、英紙ガーディアンである。
ガーディアンは5月25日付けで、「G7 in Japan:concern over world leaders` tour of nationalistic shrine(日本でのG7:ナショナリズムにつながる神社への首脳らの訪問に懸念)」という見出しで、以下のような記事を掲載した。
▲5月25日付けの英紙ガーディアンの紙面
この記事では、「安倍総理は伊勢神宮の最も熱心な信奉者であるため、自身の保守的な政治課題を推し進めるために、伊勢神宮を利用している」と、今回の伊勢神宮への「訪問」が「政治利用」であると指摘。そのうえで、安倍政権の最大の支持母体であるとされる神道政治連盟と日本会議の存在に言及している。
・Abe and most members of his cabinet are members of the Shinto Seiji Renmei (Shinto Association of Spiritual Leadership), an influential lobbying group that counts more than 300 MPs among its members. The association has called for the removal of pacifist elements from Japan’s US-authored constitution – a key Abe policy goal – increased reverence for the emperor, and a state-sponsored ceremony to honour Japan’s war dead at Yasukuni, a controversial war shrine in Tokyo.
・(仮訳)安倍首相と閣僚の多くは、影響力の大きなロビー団体「神道政治連盟」のメンバーであり、会員には300名以上の国会議員も名を連ねている。同連盟は、米国が書いた日本の憲法から平和主義条項を削除し(これは安倍首相の中心的政治目標のひとつである)、天皇に対する崇敬の念を高め、物議のある戦争神社(war shrine)「靖国神社」で戦没者を称える国家儀礼を行うことを求めている。
・Many of the Shinto association’s aims overlap with those of another increasingly influential group, Nippon Kaigi (Japan Conference), whose 38,000 members, including Abe and most of his cabinet, believe that Japan “liberated” Asia from Western colonial powers, and that the postwar constitution has emasculated the country’s “true, original characteristics”.
・(仮訳)神道政治連盟の目標の多くは、影響力を拡大しつつあるもう一つの団体「日本会議」のそれと重なる。安倍首相とその閣僚のほとんどを含む38000人の日本会議の会員は、日本がアジアを西洋の植民地支配から「解放し」、戦後憲法は日本の「元来の真の特性」を骨抜きにしたもの、と信じている。
神道政治連盟と日本会議は、「影響力の大きなロビー団体」として、安倍政権に対して大きな影響力を行使し、日本国憲法に代表される戦後秩序を否認し、大日本帝国への回帰を志向している、というわけである。そして、今回のG7サミットにおける各国首脳の伊勢神宮への「訪問」は、こうした「宗教右派」のロビー団体による明確な意図が結実したものである、というのである。
見え隠れする「国家と伊勢神宮の関係を密接にする」という意図
神道政治連盟や日本会議といった「宗教右派」が、改憲を通して作りあげようとしている日本の姿とは、どのようなものなのか。最近、東京工業大学教授の中島岳志氏との共著『愛国と信仰の構造~全体主義はよみがえるのか』(集英社新書)を発表し、『国家神道と日本人』(岩波新書)などの著書がある宗教学者で上智大学教授・東京大学名誉教授の島薗進氏に話を聞いた。
――5月26日、27日に行われたG7伊勢志摩サミットでは、各国首脳による伊勢神宮への「訪問」が行われました。英紙ガーディアンなどによると、これは安倍政権による伊勢神宮の政治利用であり、宗教右派の台頭のあらわれだということですが、島薗先生はこの件について、どのように見ていらっしゃいますか。
島薗進氏(以下、島薗・敬称略)「政府は報道陣に対し、これは『参拝』ではない、『訪問』である、ということを強く強調したようですね。実際のところは、日本人の感覚からいうと、『訪問』というよりは『参拝』に近いととらえることができます。しかし、そうなると憲法に違反するので、口先では『訪問』であることを強調した、と。そういう印象を持ちます」
――日本国憲法が規定する「政教分離の原則」に抵触しないよう、日本政府が工夫をした、ということでしょうか。
島薗「そうですね。そのうえで、国家と伊勢神宮の関係を密接にするという意図があるということだと思います。例えば、靖国問題では、憲法20条に反するということで、最高裁判決が出ています。今回は、そういうことを十分に意識しながらも、あえて伊勢神宮への『訪問』を推し進めたのだと思います。かなり強引さを感じますよね」
――今、先生は「国家と伊勢神宮の関係を密接にする」とおっしゃられました。こうした背景には、自民党の支持母体であるとされる、神道政治連盟や神社本庁、日本会議といった右派組織の影響があるのでしょうか。
島薗「神道政治連盟や日本会議と安倍総理は深い関係にあり、その考え方を共有しています。そういったことが背景となり、今回、サミットが伊勢志摩の地で行われ、伊勢神宮を国家的な行事の場に近づけるということが意図されたのだと思います」
▲上智大学教授・島薗進氏
「国体」の復活を企図する伊勢神宮の「真姿顕現運動」とは何か
――伊勢神宮に関しては、靖国神社と比べると、これまでほとんど政治問題となることがありませんでした。しかし、総理と閣僚は毎年年頭に伊勢神宮を参拝していますし、2013年10月2日の伊勢神宮の式年遷宮「遷御の儀」には、安倍総理以下8名の閣僚が出席しました(※1)。これらは、政教分離の原則に抵触しないのでしょうか。
島薗「年頭の参拝は、『私的参拝』であるということが常々言われています。ですから、(政府は)政教分離に抵触しないと強調しています。公費なども使われないよう配慮されています。
しかし、2013年の式年の遷宮の時の『遷御の儀』の時の参列は、私人とは言えないようなかたちで、閣僚とともに参列したものです。ですからこれは、伊勢神宮の行事のかなり重要な場に総理が大きな役割を担って登場したと言えるので、政教分離の原則上、かなり危ういと言えます。
神社本庁が、戦後の神社本庁の歴史をまとめている本があります。それを見ますと、GHQによる占領後、早くから力を入れた運動のうちのひとつとして、伊勢神宮の『真姿顕現運動(しんしけんげんうんどう)』というものがあげられます。
『真姿』とは何かというと、これは『国体』のことなんですね。つまり、伊勢神宮は、皇室の祖神であり、天照大神から直接指示を受けた天孫が地上に下り、この日本の国を歴史のはじまりからずっと一貫して支援している、と。そしてこれが世界に例のない優れた日本の伝統である、と。こういう考え方が神宮の『真姿』という言葉に表れているわけですね。
こうした考え方にもとづき、天皇を地上につかわせた神をお祀りしている伊勢神宮を国家的な施設に位置づけていく、というのが『真姿顕現運動』です。しかし、現行の日本国憲法は、伊勢神宮に関して、民間の宗教の一つというふうに位置づけています。右派は、憲法を改正して、これを否定したいということなのだと思います」
▲伊勢神宮のホームページより
――今、ご指摘された伊勢神宮の「真姿顕現運動」を実際に担っているのは、神社本庁や神道政治連盟といった団体なのでしょうか。
島薗「『真姿顕現運動』を唱えているのは、神社本庁が一つの中心です。しかし、それを支持している人たちは色々なところにいて、『新しい歴史教科書を作る会』などとかなり重なっているようなところもあると思います。いわゆる右翼と言われる人たちも共有していると思います」
――こういった「国体」の復権を唱える「真姿顕現運動」は、当然のことながら現行の日本国憲法とは相容れないものだと思いますが、安倍総理が改憲に前のめりの姿勢を示しているのは、こういった方面でのモチベーションがあるのでしょうか。
島薗「自民党は、2012年に自民党改憲草案を出しています。そして、その案とかなり近い案を、日本青年会議所系の団体も出しています。日本会議に近い団体、あるいは自民党の中でも右よりの人たちは、天皇の地位を高めるということに非常に強い意識を持っていると思います。
国民主権ということを形の上では認めつつも、『主権者としての天皇』という地位を様々な形で表したいと。そういう意図があるのだと思います」
▲中島岳志氏と島薗進氏の共著『愛国と信仰の構造』(集英社新書)
(※1)2013年10月2日の伊勢神宮の式年遷宮「遷御の儀」には、安倍総理以下8名の閣僚が出席しました:伊勢神宮では20年に1度、社殿を建て替えて神座を移す「式年遷宮」が行われる。「遷御の儀」とは、この式年遷宮のクライマックスにあたる祭事で、ご神体が旧正殿から新正殿に移される儀式のことをいう。2013年10月2日に行われた「遷御の儀」では、安倍総理の他、麻生太郎副総理ら8人の閣僚が出席した。
安倍総理が復活を狙う大日本帝国の「神権的国体論」
――そもそも「国体」とは、どういった概念で、どのような歴史的なルーツがある考え方なのでしょうか。
島薗「『国体』という概念は、そもそも中国の古典に登場する言葉で、『国家の体制』とか、『国家の体面』というような意味で使われてきました。ですが、日本の思想の中で、江戸時代になると『万世一系の天皇制』ということと結びつけて考えられるようになりました。
それがはっきりと出てくるのが、後期水戸学です。1825年に会沢正志斎が『新論』で『国体』という概念を強く打ち出し(※2)、これが幕末の尊王攘夷運動において、志士たちのバイブルとなりました。ですので、こうした考え方は、明治維新後の政策にも強い影響を与えたと言えます」
▲会沢正志斎
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▲『新論』
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――現在の安倍政権は右傾化していると言われますが、ご指摘の「国体」や「国家神道」が復活してきている、と見ることができるのでしょうか。
島薗「戦前は、天皇が神道行事を行い、天照大神を祀り、歴代の天皇を祀るという国家神道の体制が築かれていました。それに沿って祝祭日が決まり、学校行事も、教育勅語などを通じて皇室への崇敬が組み込まれました。このようにして、明治初期以来、祭政一致の体制が確立されていきました。憲法学者で京都大学名誉教授の佐藤幸治氏は、これを『神権的国体論』と呼んでいます。
戦前の日本では、このような『神権的国体論』と立憲政治とが併存していました。大正期は立憲政治が優位になるのですが、昭和になって、この『神権的国体論』が優位になってきます。そして戦時中は、『神権的国体論』でほぼ固まっていくことになりました」
(※2)1825年に会沢正志斎が『新論』で『国体』という概念を強く打ち出し:会沢正志斎は、幕末の水戸学藤田派の思想家。『新論』で尊王攘夷論を唱えた。長州藩の吉田松陰は『新論』の影響を強く受け、水戸を訪れて正志斎と面会している。岩上安身は、澤藤統一郎弁護士、梓澤和幸弁護士とともに自民党改憲草案を検証した『前夜~日本国憲法と自民党改憲案を読み解く』の「第十章 最高法規」の中で、会沢正志斎の『新論』に言及している。
「日本会議」と「生長の家」は、安倍政権の政策決定にどのような影響を与えているのか
――今、菅野完氏の『日本会議の研究』がよく読まれるなど、日本会議への注目が集まっています。島薗先生は、この日本会議、あるいはそのルーツにある宗教団体「生長の家」に関して、どのようにとらえていらっしゃいますか。