【特別寄稿】邦人人質事件と安倍首相の「人道支援」発言の裏にひそむもの ~情報・諜報収集が目的か?(米川正子 元UNHCR職員・立教大学特任准教授) 2015.2.18

記事公開日:2015.2.18 テキスト
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★本寄稿は2月15日時点での情勢を反映しています。

ダーイッシュ(ISIS)による邦人人質事件以降、安倍首相が何度も「人道支援(の拡充)」発言を繰り返していることに気付いた人も多くいることでしょう。

1月20日に人質の動画がインターネットで公開されたきっかけは、エジプトにおける安倍首相の演説だったと言われます。その演説には、「難民・避難民支援…地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度の支援」という文言が含まれ、「人道支援」は、実は明言されていませんでした。

ところが、安倍首相は人質の動画の公開後に、「難民支援を始め、非軍事的な分野で…貢献を行う。2億ドルの支援は、地域で家を無くしたり、避難民を救うため、食料や医療サービスを提供するための人道支援。正に、避難民にとって、最も必要とされている支援」と初めて人道支援を口にしたのです。

その後、後藤健二さんの殺害映像が2月1日に公開された際に、安倍首相は、「テロリストたちを決して許さない。その罪を償わさせるために国際社会と連携する」と発言した後に、「食糧支援、医療支援といった人道支援をさらに拡充していく」と続けました。まるで、「人道支援を使って罪を償わせる」と解釈できるような言い方ですが(※1)、 それに関して深く問われていません。

そして2月6日に、参院本会議において対テロ非難決議が採決され、その全文には、「中東・アフリカ諸国に対する人道支援を拡充」という文章が盛り込まれました(と同時に、アメリカでも11日に、 オバマ米大統領がダーイッシュに対する武力行使や人道支援の承認を求める決議案を議会に提出しました)。

なぜ、安倍政権がこれほど人道支援を繰り返しているのでしょうか。純粋に犠牲者を支援したい、有志連合のメンバーと協力するには人道支援しかないという気持ちもあるでしょうが、その他にも、人道援助団体を通して情報・諜報収集をし、「軍事介入」をしたいという動機もあるかと思われます。

本稿では情報収集のみに焦点を当てますが、その考察のために、まず人道支援の基礎的なことをふまえておきましょう。本来、純粋な人道支援は、「罪を償わせる」ための手段、さながら「復讐」の手段にはなりえないからです。

人道支援の活動とアクターの多様性

人道支援の目的は、生命を維持し、苦しみを和らげ、個人の尊厳を守ることにありますが、自然災害や人災発生直後の緊急事態への対応だけでなく、その後の救援や復興支援等も含まれることもあります。

現場の人道支援の活動内容というと、住居、食糧、医療、水等の緊急生活支援のイメージが強いのですが、その他、難民や国内避難民の登録、難民キャンプの設営・運営(学校、市場、教会、モスクや孤児院なども時おり含まれる)と安全対策、援助物資の輸送、物資が収納された倉庫の管理、そしてメカニック、洋服仕立業、コンピューター・スキルといった職業訓練なども含まれます。

また難民らが家から安全な場所に逃れる途中で政府(軍)や反政府勢力に(性)暴力、略奪、拉致にあったり、家族がバラバラになることもあるため、援助団体は聞き取り調査をした上で、サバイバーのカウンセリング、家族の居場所の追跡、政府などとの交渉などを行います。

その他、難民や国内避難民全員が難民キャンプで生活するわけではなく、親戚の家や教会などで居候したり、キャンプ外で不法に逮捕されたり、軍人に人質にされて身動きがとれない人もいますので、そういう人々の情報収集のために、地方にモニタリグをする時もあります。

終戦直後の日本で、米軍が子供たちにチョコレートを支給したという行為を人道支援だと解釈する人もいますが、とにかく人道支援の活動内容は多様性に富んでいます。

もともと冷戦中、赤十字国際委員会以外の人道援助団体は国連も含めて、紛争地で活動ができませんでしたが、冷戦終結後、ソ連やアフリカの国家の崩壊で内戦が勃発するとともに、人道支援のニーズが増えたこともあり、その団体の規模、数と役割は急激に拡大しました。

近年、人道支援は「競争率が過度に高い産業」(※2) に発展し、それに直接的、間接的に関わるアクターも、国連機関、現地や国際NGO(「一人NGO」も含めて)から、地元政府、ヨーロッパ連合といった地域機関、国連平和維持軍活動(PKO)、宗教団体、メディア、そして民間企業まで多様化しました。

人道支援家の態度や団体の評判によりますが、一般的に、文民組織の援助関係者は「善良な人々」であるとして現地のコミュニティーに受け入れられています。また、「善行」なイメージが強い人道支援を通して、同団体は難民や市民から信頼を得られ、場合によっては一般の人がなかなか行けない紛争地の最前線まで踏み入れることができます。つまり、例外もありますが、「人道的(人命救出)」という看板を使えば、あらゆる所にアクセスできる可能性が高くなるのです。それによって、現地の市民は外国人の援助関係者に、現地の治安、人権侵害や人間関係に関する生の情報を共有してくれることもあります。なので、個人・団体差はありますが、現場に短期間しかいない外国人ジャーナリスト以上に、人道援助団体は膨大な情報とネットワークを有していることになります。

その人道援助団体の強みや、NGOという呼称が悪用されるケースがあります。例えば筆者が勤務していたコンゴ民主共和国東部では、元知事で反政府勢力の元リーダーが創設したNGO「すべてに平和と開発を」(TPD)は、創設当初はUNHCRの事業実施パートナーとして、難民の帰還に関わっていました。しかし数年後に、自衛部隊の設立や武器輸送に関わるなど、「人道的」とほど遠い、政治的軍事的アジェンダを有するようになったのです。(※3) 同NGOは、国連安保理の決議に基づく経済制裁リスト(資産凍結と渡航禁止)の団体にも掲載されました。(※4)

同様なことは、アフガニスタンとイラクでの「テロ戦争」以降見られ、アメリカをはじめ欧米の軍事組織による人道支援の軍事利用が露骨になりました。

民軍協力と人道支援の軍事利用

アフガニスタンへの介入直後の2001年10月に、アメリカのパウエル国務長官(当時)は、NGOを「我々の戦闘チームの重要な一翼を担い、我々にとって戦力多重増強要員(a force multiplier)である」と認識し、在外アメリカ大使にも、政府とNGO間の最高の関係を築くように呼びかける意思を表明しました。(※5) その他、ラスムセン北大西洋条約機構(NATO)事務総長(当時)は2010年に、アフガニスタンにおけるNGOは軍事戦略の「ソフトパワー」の役割を有するという考えを表明しました。(※6)

そもそもUNHCRやNGOといった文民組織と軍事組織が協力する「民軍協力」の発端は、1991年の湾岸戦争後にイラクに発生したクルド難民危機でした。この協力の目的は、相互の長所、つまり文民組織による弱者へのきめ細かいサービスと、軍事組織の防護と組織的な兵站・工兵能力を補充しあいながら効率的に支援することであり、その後も、ボスニア、コソボ、東ティモール、アフガニスタン、ハイチなどで協力が続いています。

しかし「対テロ戦争」が始まってから、民軍協力の意図は、「NGOを使って情報収集をする」(2009年、オバマ大統領のアフガニスタン特使のホルブルーク氏の発言)ことが明らかになりました。(※7)それを証明した代表的な出来事が、2011年CIAに雇用されたパキスタン人医師がポリオ(小児マヒ)の予防接種を装って、ビンラディンの家族らからDNAサンプル採取したことです。その翌年、同国で予防接種を担当していたガーナ人の医師が射撃されましたが、それは予防接種がアメリカのスパイ活動と疑われたからと言われています。(※8) それと関係しているのか、ソマリアにおいても、2011年の飢餓の際に、アル・シャバブは人道援助団体が「人口調査、予防注射の報告、地雷除去調査、栄養分析、国勢調査と称して、データ収集をして、不正な政策やプログラムに使用している」とし、予防接種を禁止し、数団体を追放しました。(※9)

その上、アメリカ主導の連合軍は人道支援の提供と引き換えに、現地の市民に情報提供を強いました。(※10) 2004年に、連合軍はアフガニスタンで、「人道支援を継続してほしければ、タリバン、アルカイダなどに関する情報を渡すように」「連合軍を攻撃したら、援助を受け取れなくなる」と明記したチラシを市民に配布したのです。(※11)

安倍首相の「人道支援」発言の意図は不明ですが、アメリカに追随している日本が、それを情報・諜報収集の手段として捉えても驚きではないでしょう。それに加えて、建設的な議論と検証を要する分野は、日本の「軍事介入」の可能性です。新たな「開発協力大綱」の閣議決定によって、日本が他国軍の活動への非軍事的な支援が可能になったことは、「テロ戦争」の現場で何を意味するのでしょうか(続)。

■米川正子氏特別寄稿 過去記事

(※1)2015年2月1日のロイターの記事 ’Islamic State says it has beheaded second Japanese hostage Goto’から、そのように理解できる。‘Islamic State militants said they had beheaded a second Japanese hostage,…, prompting Prime Minister Shinzo Abe to vow to step up humanitarian aid to the group’s opponents in the Middle East and help bring his killers to justice.’ http://www.reuters.com/article/2015/02/01/us-mideast-crisis-japan-hostage-idUSKBN0L40VA20150201
(※2)Karen Büscher and Koen Vlassenroot, ‘The humanitarian industry and urban change in Goma’, Open Security: Conflict and Peacebuilding, 21 March 2013. https://www.opendemocracy.net/opensecurity/karen-b%C3%BCscher-koen-vlassenroot/h umanitarian-industry-and-urban-change-in-goma
(※3)Denis M. Tull, The Reconfiguration of Political Order in Africa: A Case Study of North Kivu (DR Congo), Hamburg African Studies, Institute of African Affairs, 2005, 179-184; United Nations Security Ccouncil (UNSC), S/2005/30, 25 January 2005, para. 178.
(※4)UNSC, S/2006/525, 18 July 2006, 44; S/RES/1596, 3 May 2005.
(※5)http://avalon.law.yale.edu/sept11/powell_brief31.asp
(※6)NATO, ‘Speech by NATO Secretary General Anders Fogh Rasmussen at the Strategic Concept Seminar in Helsinki’, 4 March 2010, quoted in Marcos Ferreiro, ‘Blurring of Lines in Complex Emergencies: Consequences for the Humanitarian Community’, The Journal of Humanitarian Assistance, 24 December, 2012.
(※7)Robert Burns, ‘Envoy laments weak US knowledge about Taliban’, Associated Press, 7 April, 2009; Steering Committee for Humanitarian Resources, ‘SCHR Position Paper on Humanitarian-Military Relations’, 2010, 3
(※8)New York Times, ‘Gunmen Attack U.N. Vehicle in Pakistan, Wounding Polio Doctor’, 17 July, 2012
(※9)Al-Shabaab al-Mujahideen, ‘OSAFA Fact-finding Committee Conducts Organization Performance Appraisal’, Press release, November 28, 2011, quoted in Marcos Ferreiro, ‘Blurring of Lines in Complex Emergencies: Consequences for the Humanitarian Community’, The Journal of Humanitarian Assistance, 24 December, 2012.
(※10)OXFAM, ‘Whose Aid is it Anyway? Politicizing aid in conflict and crises’, 145 OXFAM Briefing Paper, 10 February 2011, 19
(※11)Medécins Sans Frontières,‘Humanitarian Assistance Unable to Reach Afghans in War-Torn Southern Regions’, 9 May, 2004. http://www.doctorswithoutborders.org/news-stories/ideaopinion/humanitarian-assistance-unable-reach-afghans-war-torn-southern-regionsイギリスとアメリカは、チラシ配布は間違いであり、援助と軍事作戦を連結する方針はなかったこと、そしてチラシ配布は地元で決定されたと言う。The Guardian, ‘Pentagon forced to withdraw leaflet linking aid to information on Taliban’, 6 May 2004. http://www.theguardian.com/world/2004/may/06/afghanistan.usa

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  1. うみぼたる より:

    スーザン・リンダウア氏のインタビューでは、人道支援を名目にした工作員の姿が見えてきます。
    人道支援の軍事利用に歯止めがかかってほしいものです。

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