【特別寄稿】イスラム国による日本人の人質・殺害事件と2億ドルの支援 ―人道支援と難民の本質とは? 政治的活動と軍事化の可能性―(米川正子 元UNHCR職員・立教大学特任准教授) 2015.2.2

記事公開日:2015.2.2 テキスト
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★本寄稿は2月1日時点での情勢を反映しています。

 「イスラム国」が1月20日、日本人2人を人質に取り身代金の支払いを要求する動画を公開し、その後24日に湯川遥菜さんを殺害したとする画像を、それに続いて2月1日には後藤健二さんを殺害したとされる映像をインターネット上に公開しました。

 そのきっかけは、安倍首相が1月17日、訪問先のエジプトでイスラム国対策として2億ドル(約240億円)を拠出すると発表したことです(※)。動画では、イスラム国の覆面の男が、2億ドルについて「われわれの女性や子供を殺し、イスラム教徒の家を破壊するため、またイスラム国の拡大を防ぐためのもの」と述べ、2人の解放のために同額を要求しました。

(※)2015年1月17日:日エジプト経済合同委員会合における安倍内閣総理大臣政策スピーチ(首相官邸HP)より抜粋
「イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」

 その後、安倍首相やメディアは、2億ドルは人道支援や難民支援という非軍事分野であることを繰り返し強調し、その拠出金の正当性を説いてきました。その上、安倍首相は、2月1日に「食糧支援、医療支援といった人道支援をさらに拡充していく」と発言されました。しかし、覆面の男の発言、そして安倍首相の声明の妥当性については深い議論がされていません。

 政府が将来同様の事件を起こさないためにも、誤解されがちな人道支援と難民の本質について、この機会に理解度を深める必要があると思われます。

人道支援は政治的活動

 人道支援というと、「かわいそうな人々を助けるための良心的で道徳的な正しい活動」という美化されたイメージが強いのですが、本当にそうなのでしょうか。

 人道支援は軍事的・外交的介入の代替品とも言われますが、実際に政治的活動そのものであり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員、マーク・カッツ(Mark Cutts)は、政治行動の便利な手段として捉えるべきだと主張しています。国連安全保障理事会といった「政治的な」機関が政治的な無活動を避け、世間からの批判から逃れるために、時おり「人道支援」を都合よく利用しているのです。

 例えば、1994年に起きたルワンダ・ジェノサイドにおける国連の不介入は有名な話ですが、その後発生したルワンダ難民への人道支援は、まるでジェノサイド時の政治的無活動を隠すように、大規模に行われました。そのため、研究者のダニエル・ワーナー(Daniel Warner)によると、「人道」は「権力者が政治的な行動をとる責任を放棄すること」を意味しています。

 また人道支援を使って地方レベルで国家権力が拡大できるため、国際的な認知と政治的目標の強化に役立つこともあるのです。その事例として、アンゴラ政府は内戦中、国際機関からの援助物資をまるで自分たちが市民に寄贈したかのように振る舞いました。それによって市民は当然政府を支持し、選挙では不利になるなど反政府勢力に大きなダメージを与えたのです。

 その他、スーダンとエチオピア政府は、駐屯地に武器を輸送するのに、援助物資の貨物を利用しました。それは、救急車、消防車とパトカーが信号無視していいと認識されているように、援助物資や人道支援の目的が人命救助でかつ緊急であるため、誰も物資の中身を疑うことなく検査されないのです。

 その上、援助物資は権力を意味し、人々を強制的に移動させる影響力もあります。例えばルワンダ難民キャンプでは、過激派が難民を支配する手段として、援助物資の配布を利用(悪用)しました。またウガンダ政府やブルンジ政府はそれぞれ、ルワンダ難民に食糧配給をすると見せかけて、集まった難民を強制的にトラックに押し込んで母国に帰還させたことがあります。

 そしてたとえ援助物資が難民の手に届けられたとしても、その物資は簡単に政府軍や反政府勢力によって略奪されることがあります。私も、UNHCR職員として勤務していたコンゴ民主共和国で、新品のビニールシーツを避難民に配布した翌日に、それらがすべてコンゴ政府軍に略奪された光景を目撃しました。その物資を売却して軍人は新たに武器を手に入れるという悪循環を繰り返すことで、軍事化が促進し戦争経済を支えることになるのです。

 このように人道支援を批判する議論は、アレックス・デ・ウォール(Alex de Waal)、マーク・デゥフィールド(Mark Duffield)やディビッド・キーン(David Keen)等の研究者や元実務家を中心にイギリスでは活発ですが、日本ではほとんどされていません。

「難民戦士」の存在

 難民条約によると、難民とは、人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、あるいは政治的意見を理由に、迫害を受けるという十分に根拠のある恐れのため、国籍国の外にいる者を指します。難民とは、戦闘員ではない一般市民であり、兵士や普通犯罪人、戦争犯罪人は難民とは認定されません。ですので、多くの難民が住む難民キャンプは、軍事的色彩のない、かつ人道的性格を確保することが重要ですが、難民キャンプは紛争地の周辺に設置されることが多いため、場所によってそれは大変難しい条件であります。

 武装化した難民、つまり「難民戦士」(refugee warrior)という呼び方は、1980年後半から使用されるようになりましたが、その歴史は半世紀以上前に遡ります。

 まず、国際機関やNGOが最初の難民戦士に直面したのは、1948年から1949年にかけてのアラブ―イスラエル戦争の後に発生したパレスチナ難民でした。1982年に、イスラエルがレバノンのパレスチナ難民キャンプに突入し殺戮を開始したことは有名な事件です。

 1950年代は、西サハラからアルジェリアの難民キャンプに逃れてきた難民がスペイン植民地政府、そしてその後はモロッコ政府と戦い、またフランス植民地に抵抗するアルジェリア人難民がチュニジアとモロッコに逃亡しました。1960年代は、ウガンダやブルンジにいたルワンダ難民が武力行使でルワンダに帰還しようと試しましたが失敗し、30年後の1990年にルワンダに侵入しました。

 南部アフリカで解放運動が盛んな1970年代は、その地域にあった難民キャンプは作戦基地として使用され、南アフリカ軍やローデシア(現在のジンバブエ)政府軍によって攻撃されました。

 1980年代のカンボジア、アフガニスタン、エチオピア、ホンデュラス、ニカラグアにあった難民キャンプは武装各派の支配下にあったり、戦車や重火器などの隠し場所や反政府勢力の後方基地として使われていました。国連の推定では、カンボジアのクメール・ルージュは提供されたすべての食糧と医薬品のうち、50-80%を手に入れたようです。

 1990年代にも、ルワンダ、シエラレオネ、アルバニア、西ティモール、ブルンジの難民居住地が、民兵の徴用場や物資調達場、解放軍の中継地、武装民兵の訓練所や隠れ家として使用されていました。国連の報告書によると、現在でも、ウガンダ、タンザニアやルワンダの難民キャンプでは同様の動きが続いています。

 ではなぜ「難民戦士」にとって、難民キャンプは魅力的なのでしょう?

 それは、国連や国際NGOが大金を費やして、難民に食糧、飲み水、医療ケア、住居、教育や福祉を無償で提供してくれるからです。難民と武装戦闘員の仕分けは受け入れ国政府の担当なのですが、その見分けが困難などさまざまな理由から、「難民戦士」とその家族はキャンプに居ついています。キャンプの住民(難民)らの徴税で、「難民戦士」は自分たちの軍事資金を補充できる上に、難民を使用して一種の「ニセ国家」を築くことができる。

 さらに、戦闘地で疲れ果てた戦士は、キャンプで休息し体力を取り戻すことができる。一石二鳥どころか、三鳥です。難民キャンプでは、国連やNGOが活動していますが、それは日中のみで、日没後は「難民戦士」は軍事活動を自由に展開できるという、まさに、難民キャンプは軍事拠点であります。

 このような「難民戦士」以外にも、正真正銘の難民の中にはスパイといった「ニセ難民」が存在することもあります。

***
 大規模な難民危機の15%が軍事化する傾向があるといわれ、「難民戦士」は全ての難民キャンプに適用しませんが、この数はあくまでも報告に基づいているもので、実際にはもっと高い可能性があります。人道支援が間接的に軍事化や「難民戦士」の誕生に貢献する場合があるため、安倍首相の「非軍事的な」支援説は100%正確ではなく、イスラム国の発言「女性や子供を殺し、イスラム教徒の家を破壊するため、またイスラム国の拡大を防ぐ」は現実を十分に反映しているのです。ですから、安倍首相の演説がイスラム国を掻き立てたのも当然でしょう。

 我々は、人道支援や難民問題を政治や安全保障問題として認識し、人道支援の拡充という形で対応するのではなく、人道支援の効果や難民の背景を冷静に分析した上で、議論を活性化しなければなりません。(了)

■米川正子氏特別寄稿 過去記事

参考文献
・国連難民高等弁務官事務所『世界難民白書-人道行動の50年史』(時事通信社、2000年)
・リンダ・ポルマン(著)、大平剛(翻訳)『クライシス・キャラバン―紛争地における人道援助の真実』 (東洋経済新報社、2012年)
・米川正子『世界最悪の紛争「コンゴ」-平和以外に何でもある国』(創成社、2010年)
・B.S. Chimni, ‘Globalization, Humanitarianism and the Erosion of Refugee Protection’, Journal of Refugee Studies, Vol. 3, No.3, 2000.
・Cutts, Mark. ‘Politics and Humanitarianism’, Refugee Survey Quarterly, Vol. 17, No. 1, 1998. 
・Duffield, Mark. Global Governance and the New Wars: The Merging of Development and Security (London: Zed Books, 2014).
・Keen, David. Complex Emergencies (Cambridge: Polity Press, 2008).
・Kenyon Lischer, Sarah. ‘Collateral Damage: Humanitarian Assistance as a Cause of Conflict’, International Security, Vol. 28, No.1, Summer 2003.
・Shearer, David. ‘Aiding or Abetting? Humanitarian Aid and Its Economic Role in Civil War’, Mats Berdal and David M. Malone eds. Greed and Grievance: Economic Agendas in Civil Wars (Colorado: Lynne Rienner, 2000).
・Terry, Fiona. The Paradox of Humanitarian Action: Condemned to Repeat? (Itacha: Cornel University Press, 2002).
・de Waal, Alex. Famine Crimes: Politics & The Disaster Relief Industry in Africa (Oxford: James Currey, 1997).
・Warner, Daniel. ‘The Politics of the Political/Humanitarian Divide’, International Review of the Red Cross, No. 833, 1999.
・Zolbert, Aristide.R. et al, Escape from Violence: Conflict and the Refugee Crisis in the Developing World (Oxford: Oxford University Press, 1989).

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