【特別寄稿】ルワンダの「ジェノサイド・イデオロギー」法と日本の秘密保護法 ~共通する隠れた動機とは?(米川正子 元UNHCR職員・立教大学特任准教授) 2013.12.20

記事公開日:2013.12.20 テキスト
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※本寄稿はIWJ会員無料メルマガ「IWJウィークリー31号」からの転載です。

 12月6日に、とうとう秘密保護法が成立されてしまいました。

 国会での審議を聞きながら、ルワンダの「ジェノサイド・イデオロギー」法(以下、イデオロギー法)を思い出し、両法の間に3点の共通点があることに気づきました。

 1点目は、成立された背景は違うものの、どちらも不明瞭で国際人権法に適しないために、国際人権団体等から非難を浴びていること。

 2点目は両法の目的が「ジェノサイドの予防」や「国の安全保障」として掲げられているものの、「不都合な真実」を隠し、それぞれの政権を保護するといったアジェンダを有していること。

 そして3点目に両法にアメリカが関係していることです。本稿では、ルワンダのイデオロギー法を紹介しましょう。

ルワンダ・ジェノサイドの「不都合な真実」

 ルワンダには、民族とも社会的グループとも言われる多数派フツと少数派ツチ(残りはトゥワ)がおり、植民地時代の負の遺産の影響で対立が続きました。1959年に起きた社会革命で、ツチが難民として国外に逃亡し、その難民の中にカガメ現大統領も含まれます。

▲6月2日に安倍総理と会談したポール・カガメ・ルワンダ共和国大統領(外務省HPより)

▲6月2日に安倍総理と会談したポール・カガメ・ルワンダ共和国大統領(外務省HPより)

 彼ら少数派ツチは祖国へ帰還するためにルワンダ愛国戦線(RPF)を設立し、1990年にウガンダからルワンダに侵攻しましたが、失敗に終わりました。そして1994年に、ルワンダでジェノサイドが3か月間続き、ジェノサイドを止めたといわれるRPFが新政権の座を奪いました。

 ジェノサイドの通説として知られているのは、多数派フツの過激派が大統領専用機を撃墜し、その翌日以降、50万人以上の少数派ツチと穏健派のフツを殺戮したことです。つまり、少数派のツチは被害者であると認識されています。

 しかし、国連、人権団体や判事の調査団やRPFの証言によると、ツチが主導するRPFが、カガメ将軍(当時)の指導のもとで大統領専用機を撃墜し、ジェノサイド中とその前後に、大量のフツを殺戮しました。しかも、少数派ツチより、多数派のフツの犠牲者のほうが圧倒的に多かったという報告もあります。

 ジェノサイドは「国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつ」(ジェノサイド条約第二条)ため、1994年に起きた事件は、フツもツチも犠牲者であったことから、ダブル・ジェノサイド、内戦、あるいは殺戮(massacre)ではないかという意見があります。しかしRPFは常に被害者意識を強調しながら、防衛の必要性を認識させ、自らが加担した「不都合な真実」を否定、あるいはあやふやにしています。

ジェノサイド・イデオロギー法

 カガメが大統領に就任した2003年の前年にイデオロギーが罪となり、2008年にイデオロギー法が可決されました。ジェノサイドが起きた理由として、植民地による亀裂、旧政権の悪いリーダーシップ、反ツチのイデオロギー、過激派の政党が挙げられるため、「ジェノサイドの予防」という名目上、多党制、表現や報道の自由などを厳しく抑制する必要があるというのがRPFの言い分です。事実、ジェノサイド前に、少数派のツチを「ゴキブリ」に例えたヘイトスピーチがラジオなどで流布され、それが民衆の扇動に一役買ったことがありました。その点だけをとれば、納得できる理由といえるでしょう。

 しかし本法は、「(ジェノサイドの前に起きた)内戦やジェノサイド中、ツチだけでなく、フツの自分も被害者であった」ことを示唆する、あるいはRPFを戦争犯罪人として裁判を求めるなどを犯罪とすることによって、RPF批判の封じ込めを合法化したものです。つまり、フツはジェノサイドに加担した加害者で、ツチは被害者という一面の真実しか存在しないことになります。それまで1994年の出来事は「ジェノサイド」と呼ばれていましたが、2008年以降、「ツチに対するジェノサイド」と狭窄した表現になりました。

 またイデオロジー法の罪の基準として、法律3条には「復讐をする、ジェノサイドの証言や証拠に手直しをする」だけでなく、「不幸にあざ笑う、誹謗する、ばかにする、自慢する、軽蔑する、体面を傷つける、ジェノサイドを否定する目的で混乱を生む、嫌悪感を生み出す」といった大変あいまいな行為が禁止されています。イデオロギー法を犯していると疑われないため、市民は当然、言論や行為を規制せざる得なく、表現や結社の自由が奪われています。本法が国際社会から批判を浴びたために、ルワンダ政府は2013年に本法の処罰を軽くするなど改正しましたが、本質は変わっていません。

強硬姿勢の背後にアメリカの支援

 国連報告書によると、上記のジェノサイド以外に、RPFが犯した重大な罪は多数あり、それにはコンゴ東部における「ジェノサイド」の可能性や天然資源の不法な略奪も含まれています。それにもかかわらず——ここが重要なのですが——ルワンダ政府が国際社会に対して強硬な態度がとることができたのは、アメリカの支援のおかげです。

 実はアメリカ政府とRPF、特にカガメ氏とは、既に1980年代後半から協力関係にありました。アフリカにおけるアメリカの影響力を強化するために、親米的なリーダーを置くことがアメリカにとって必要だったのです。アメリカ政府は、勤勉で軍人として優等生だったカガメ氏を利用して、アフリカにおける戦略を繰り広げました。だからこそ、当時の親仏なルワンダ旧政権を倒すために、アメリカの支援の下で、RPFはジェノサイドを計画したと言われています。

 国内外の裁判所では、これまでRPF高官は誰一人加害者として裁かれていません。2002年当時の国際ルワンダ刑事裁判所(ICTR)の検事は、カガメ大統領とRPFを起訴する証拠を有していましたが、同大統領・RPFと「取引」があるアメリカ政府によって解任されてしまいました。

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 実は1994年のジェノサイド以降、ジャーナリスト、野党党員や弁護士など様々なルワンダ人のオピニオン・リーダーが国外に亡命し、その数は、報道されているものだけでも、60人以上になります(扶養家族は含まれず)。

 本法によって告訴されている犠牲者の中に、映画「ホテル・ルワンダ」の主人公のポール・ルセサバギナ氏がいます。ジェノサイドの歴史の通説を修正するように異議を唱え、ダブル・ジェノサイドを主張しているからです。同様に亡命中の、カガメ大統領の元側近のRPF高官6人が、大手メデイアを通じてジェノサイドの真実を訴えています。

 亡命者の間の連帯は強く、新たに野党を築いたり、ネットで政府批判の報道を続けたり、RPFを打倒しようとする動きが見られます。しかし国外に在住しても、亡命者の安全が保障されているわけではありません。亡命先のケニア、ウガンダや南アフリカで、暗殺(未遂)にあったルワンダ人は数名おり、全ての事件にルワンダ政府が関与したと言われています。

 秘密保護法の施行後、日本人もルワンダ人と同じような道を辿るのでしょうか。議論がさらに必要となります。

【主な参考文献】

  • 国連難民高等弁務官事務所、Gersony Report, 1994
  • Christian Davenport and Allan Stam, ‘What Really Happened in Rwanda?,’ http://www.miller-mccune.com/politics/what-really-happened-in-rwanda-3432/, 6 October 2009
  • Michael Hourigan. ‘ICTR: Affidavit of Michael Andrew Hourigan,’ 27 November 2006
  • Pierre Péan. Carnages: les Guerres Secretes des Grandes Puissances en Afrique (Paris: Fayard, 2010).

【著書】

世界最悪の紛争「コンゴ」 (創成社新書)(amazon販売ページ)

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  1. 権力と人権 より:

    国際人権法に適せず,不都合な真実を隠蔽し,米国の関係がある法律として共通動機があるという展開です.ルワンダの実情とジェノサイド予防法についてのご紹介は勉強になります.ルワンダ問題でご主張したいことは理解いたします.ただし動機に共通するものがあるしても,ルワンダの歴史的経緯および国内事情と法成立目的とその内容は秘密保護法と共通点より異なる点がありはしませんか.ルワンダについて論じることが,今日の秘密保護法の問題とどのように結びつくのか説得力ある立論でしょうか.結論にあたる部分はやや牽引強会と思います.

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