開戦か! 風雲急を告げるシリア情勢 ~考えておくべき6つの論点【IWJウィークリー第15号「岩上安身のニュースのトリセツ」より】 2013.8.31

記事公開日:2013.8.31 テキスト
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特集 中東

 突風のように、「戦争」の嵐が迫ってきている。

 欧米諸国によるシリアへの軍事介入の公算が高まっているのだ。攻撃に備え、シリア入りしている国連の化学兵器調査団が、今日の8月31日にも出国する予定だと、29日づけのロイター通信が伝えている(※1)。

 8月29日に召集された国連安全保障理事会では、イギリスが提案したシリアへの軍事介入の提案が、ロシアと中国の反対によって否決された(※2)。このままだと、安保理決議を経ないまま、アメリカ、イギリス、フランスを中心とした欧米諸国による武力攻撃が行われる可能性がある。

 安倍総理は8月28日、訪問先のカタール・ドーハで記者会見し、「日本政府としては、シリアで化学兵器が使用された可能性が高いと考えている」と発言。「アサド政権は道を譲るべきだ」とシリア政府を強く非難し、欧米諸国と足並みを揃えた(※3)。

(※1)8月29日 ロイター
(※2)8月29日 サーチナ
(※3)8月28日 msn産経(記事リンク切れ)

真犯人はいまだ特定されていない

 シリアはなぜここまでの緊張状態に陥ったのか。

 事の発端は、先週の水曜日8月21日にさかのぼる。シリア反政府軍が、化学兵器が使用されたとされる現場の動画を「YouTube」にアップした。子どもが青ざめ、泡を吹きながら死んでいくという悲惨な映像は、全世界に衝撃を与えた。この事件による死亡者は1300人にのぼるとCNNは伝えている(※4)。

 翌22日木曜日、フランスのファビウス外相が「武力で対応すべき」と軍事介入の必要性を明言(※5)。イギリスのヘイグ外相も「安保理による全会一致の同意は必要ない」と、国連安保理の決議がなくても軍事行動が可能だとの認識を示した(※6)。アメリカのケリー国務長官は、今週の月曜日8月26日に記者会見を開き、化学兵器がアサド政権側により使用されたと早々に断定した(※7)。現在、アメリカは4隻のミサイル駆逐艦を地中海東部に配備し、攻撃態勢に入っているとされる。

 事態は切迫している。同時に、英米仏の拙速ともいえる反応の素早さ、手回しのよさに驚く。先週事件が起きて、今週非難が行われ、今週末か来週には空爆の可能性がある、というのだ。まさに突然の嵐である。

 しかし、アサド政権の頭上に振りかざした鉄の拳をふりおろす前に、解かれなければならない謎、検証されなければならない問題が山ほどある。ここでは、問題点をひとまず6つに整理しておきたい。

 1点目は、これは最も重要なポイントだが、21日に化学兵器を使用した犯人が誰なのか、いまだに特定されていないことである。

 事件にたとえると、死体が見つかった、という段階から、次にいきなり、あいつが犯人に違いない、として射殺してしまおう、というシーンに飛んでいるのである。むちゃくちゃな話ではないか。

 捜査も、証拠の発見、押収、開示も行われていないし、決定的な証言者もまだ出てきていないのである。

 仮に、毒ガスをまいたのがシリア政府軍だとしても、それを断定する根拠は現時点では不明であり、制裁を加えるための適切な手続きも経ていないのである。

 アメリカは、化学兵器がアサド政権側により使用されたと早々に断定した。しかし、そのことを裏づける証拠は、いまだにアメリカ側から正式に開示されていない。

 今、わかっていることは、かろうじて1つだけ。米外交専門紙「フォーリン・ポリシー」が27日、アメリカの情報機関がシリア国防省と政府軍の間で交わされた通話を傍受し、その内容が化学兵器使用断定の根拠になったと報じた(※8)。手がかりは、たったこれだけなのである。もちろんこれは、報道にすぎず、政府の公式発表ではない。盗聴記録が事実かどうか、間違いや誤解はないか、検証可能な形で明らかになったわけではない。

 さらに、ロイター通信は29日木曜日、米安全保障当局者から得た情報として、アサド大統領が化学兵器の使用を命令したかどうかを示す証拠は得られていないと報じた(※9)。

 犯人が特定されず、証拠が開示されず、かろうじて伝えられている情報も、入手したルートが不当な盗聴であるという。多国籍軍を編成して一国に武力行使を行う根拠としては、あまりに薄弱ではないか。アメリカをはじめとする欧米諸国は、これらの疑問について、国際社会に対し、説明する責任がある。説明がされぬまま拙速に行われる軍事介入を支持することはできないし、支持すべきではない。

(※4)8月21日 CNN
(※5)8月22日 ブルームバーグ
(※6)8月26日 msn産経(リンク切れ)
(※7)8月27日 msn産経(リンク切れ)
(※8)8月28日 AFP
(※9)8月29日 ロイター

国連決議を経なくてよいのか

 2点目は、欧米諸国が、国連の決議を経ぬまま軍事介入を強行しようとしていることである。

 化学兵器の使用をめぐり、安保理は事件翌日の22日に緊急会合を開いてはいる。しかし、シリアへの軍事介入を認める決議は、いまだに出されていない。イギリスのヘイグ外相が「安保理決議がなくても軍事行動は可能」と発言するなど、欧米諸国は国連の平和秩序維持の枠組みを軽んじた冒険的な行動に出ようとしている。

 一部の報道では、決議に反対している中国とロシアを非難する論調も見受けられる(※10)。両国がまるで分からず屋で、だだをこねているか、自国のエゴイズムで拒否しているかのような報じ方もある。シリアのタルトゥースという軍港に基地を保有しているロシアには、当然自国の国益についての打算もあるだろう。しかし、冷静に考えれば、両国の主張に、耳を傾けるべき点もある。

 シリアには、事件が発生する3日前の18日から、国連の化学兵器調査団が査察に入っていた。本来なら、現地入りしている国連調査団が、化学兵器の使用を裏付ける証拠のサンプルを採取し、その報告にもとづいて、安全保障理事会が決議を出す、という手続きを経ることが筋ではないか。

 シリア政府は、21日の事件について、国連の調査団の調査を受けると表明している。ところが米国のケリー国務長官は「シリアは受け入れの表明に遅れた。事件から5日も経っている。その間に砲撃も行われ、証拠は破壊されたはずだ」と非難している(※11)。

 この言い分もまた、理解しがたい。もともと国連は数ヶ月前に起きた化学兵器使用の疑惑について調査するために調査団を派遣したのである。5日間のタイムラグが生じたら、証拠は手に入らない、というなら、数カ月前の事件の調査や証拠収集などそもそも不可能である。それならばなぜ、調査団の派遣に同意したのか。論理矛盾である。

(※10) 8月22日 msn産経(リンク切れ)
(※11) 8月27日 msn産経(リンク切れ)

「You Tube」公開日時の疑惑

 3点目は、問題の動画が、「You Tube」にアップされた時間である。ダマスカス郊外へ攻撃が行われたのは、21日の午前1時から6時まで。動画を投稿したシリア反政府軍は、事件はその間に発生したと主張している。

 しかし、「You Tube」の動画公開日時は、8月20日になっているのである(※12)(You tube)。ロシアのラブロフ外相は26日、記者会見でこの問題に言及し、「8月21日より以前に動画が投稿されたのではないか」と発言した(※13)。

 欧米諸国が軍事介入の根拠としている動画に、大きな疑惑の念がかけられているのである。ロシアの外務大臣という政府要人がこのことを指摘している以上、欧米諸国の指導者は、巡航ミサイルの発射ボタンを押す前に、この疑惑の解消につとめる責任があるはずだ。

(※12)(ショッキングな映像が含まれていますので、閲覧の際はご注意ください)YouTube
(※13)ロシア外務省HP

化学兵器は本当に使われたのか

 4点目は、化学兵器を爆撃で破壊し、その威力を無化することが本当にできるのか、という問題である。

 大量破壊兵器の施設を空爆によって破壊する、と聞くと、真っ先に思い出すのは、1981年のオシラク原子炉爆破事件である。これはイスラエル空軍が、イラクのタムーズに建設されていた原子炉を空爆して破壊した「先制的自衛」と称する作戦行動である。

 しかし、「大量破壊兵器」にカテゴライズされても、核兵器と化学兵器のプラントはまったくサイズが違うので、このオシラク原子炉空爆は参考にはならない。

 サリンやVXガス、マスタードガスといった化学兵器は、核兵器関連施設などと違い、製造にも、保管にも、大規模かつ固定的な施設を必要としない。95年に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の例を見ればわかる通り、小規模な施設で製造が可能で、小分けにして国中に分散して保管することができる。したがって、製造施設や保管施設をすべて特定し、ピンポイント爆撃で完全に破壊するというのは不可能に近い。

 また、もし仮に空爆して保管施設などに命中したら、化学兵器のガスがあたり一帯に飛散することになる。そうなると、民間人の被害も避けられないだろう。罪のない一般市民の被害を多数出した場合、米国を筆頭とする多国籍軍の武力介入の正当性は雲散霧消し、世界から非難を浴びることになるのは避けられない。

 また、事件直後に「武力で対応すべき」と主張したフランスのファビウス外相は、そう語る一方で、「しかし、地上軍は派遣しない」とも述べた。これは、本当にシリア政府軍が化学兵器を大量に保有していたら、空爆ですべてを破壊できないため、地上軍を派兵した時に使われる可能性があり、自軍の将兵が被害を受けるのを恐れての発言である。地上軍を派兵できなければ、国土全域を制圧することはできない。それでは、真の勝利はおぼつかない。

 裏返せば、イラク戦争の時のように、空爆が行われ、地上軍が派兵されて戦闘が行われた場合には、逆説的な話だが、シリア政府軍は化学兵器をほとんど保有していないか、保有していても使う意志がないと欧米諸国が確信したときである、ということになる。あるいは、毒ガスが飛び散って、シリアの民間人に被害が出ても意に介さない、自軍の将兵の犠牲もいとわない、という冷酷な決断が下せる場合であるが、これは現実には考えにくい。

シリア内戦は「工作」されたのか

 5点目は、CIAによる「工作」の可能性である。

 この点について、聞き流すことのできない重要な証言が存在する。

 カーター政権で安全保障補佐官を務めたアメリカの大物戦略家ズビグニュー・ブレジンスキーは、6月29日、「サウジアラビア、カタールと欧米同盟諸国が、シリア危機を工作している」と発言した。CIAがこの2カ国を介し、大規模な工作活動を行っているというのである(※14)。

 シリア国内でアサド政権側と最前線で戦っているのは、「アル=ヌスラ戦線」という、イラク経由でシリア入りしたアルカイダ組織である。そして、この「アル=ヌスラ戦線」に武器供与を行っているのが、欧米諸国と親しい、サウジアラビア、カタール、トルコの三カ国だ。シリアと敵対している彼らは、皮肉を込めて「シリアの友」と呼ばれている。

 情報工作と言えば、アメリカには多くの前科がある。1953年のイラン・クーデターでは、CIAが主導してモサデク政権の転覆を図ったということが、8月22日に正式に公開された公文書によって明らかとなったばかりだ(※15)。

 他にも、米国がベトナム戦争へ介入するきっかけとなったトンキン湾事件も、米国による自作自演だったことが明らかとなっている。1964年8月、トンキン湾で北ベトナム軍の哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射したとして、米国はベトナム戦争に本格的に介入、北爆を開始した。しかし、1971年6月にニューヨーク・タイムズが、国防総省の極秘文書「ペンタゴン・ペーパーズ」を入手。トンキン湾事件が、米国により仕組まれたものだったことをスクープした。

 1990年8月に始まった湾岸戦争でも、米国によるイメージ戦略が行われたと言われている。雑誌「TIME」に、油にまみれた水鳥の写真が掲載され、イラクのサダム・フセイン大統領が原油を意図的に海洋放出していると報じられた。しかし、後の検証により、原油が海に流出したのは、米軍が湾岸戦争時に、イラクの石油備蓄基地を爆撃したためであったことが明らかとなっている。

 2003年のイラク戦争でも、アメリカが軍事介入を行う根拠となった大量破壊兵器がイラク国内に存在しなかったことは、記憶に新しい。

 米国は、イラクをはじめとする中東各国への軍事介入を、あらかじめ決めていたのではないか、という見方がある。米国の元陸軍大将であるウェスリー・クラーク氏は、「デモクラシー・ナウ」の番組内で、2001年9月11日の同時多発テロが発生した直後、国防総省で次のような会話があったと証言している。

 「私はペンタゴンに行ったときに、ラムズフェルド国防長官たちに出くわした。そこにいた軍の上官のひとりが『我々は決定しました。イラクを攻めに行きます』と言った。私がこの言葉を聞いたのは、9月20日のことだ。

 私は聞いたよ、『なぜイラクと戦争をするのか。アルカイダとサダム・フセインとのつながりを見つけたのか』って。彼は言う『見つけてません。ただイラクと戦うという決定をしたんですよ』。

 2、3週間後、再び彼と会ったんだが、そのときにはすでにアフガンの空爆が始まっていた。そのとき彼は資料を見せて言った。

 『イラクから始めて、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランという順番だ』」

ウェスリー・クラーク氏の証言と現実が食い違っているのは、今のところ、リビアがシリアより先に転覆されたことくらいである。

 シリア情勢に詳しい東京外国語大学の青山弘之教授は、「シリア政府軍が戦っているのは、自国内の反体制派ではなく、外から侵入してきた外国勢力だ」と指摘した。アルカイダ系の「アル=ヌスラ戦線」は、先述した「シリアの友」こと、トルコ、カタール、サウジアラビアの三カ国に支援されている。そしてその背後には英米を中心とする欧米諸国が控えており、彼らがシリアの内戦を激化させているというのである。

 「2011年9月、西側がなぜかシリアに経済制裁をかけました。平和的なデモを一方的に弾圧したときは、人道上の観点から制裁をかけることができます。しかし、西側は、弾圧があった当初、非難はしたものの実力行使はしませんでした。

 西側は、反政府勢力の『民主化運動』が頓挫し、アサド政権側が体制を立て直したタイミングで介入しています。民主化を支援することが目的であれば、最初から介入していたはずです。しかし、西側はそうしませんでした」

 つまり、欧米諸国による介入は、民主化のためではなく、事態を悪化させ、民主化運動が弾圧されて、暴力が横行し、内戦にまで転化してゆくプロセスを傍観し、結果的に助長してきたのであり、あえていえば、内戦の継続にこそ貢献してきたと理解することができる、というのである。血なまぐさい混乱が広がり、「武力介入やむなし」というきっかけを探していたかのように見える。21日に発生した虐殺事件は、各国のこのような思惑を前提としたうえで把握する必要がある。

(※14)6月29日 PressTV
(※15)8月22日 CNN

集団的自衛権行使容認に突き進む安倍政権

 最後の6点目。それは、このような国際情勢のなか、日本が大急ぎで集団的自衛権の行使容認に突き進んでいる、ということだ。

 安倍総理は8月8日、「行使容認派」の小松一郎元駐仏大使を内閣法制局長官に任命した。また、「防衛出動」に加え、首相の指示にもとづく「集団的自衛出動」を新たに規定する新法「集団的自衛隊法」の整備も検討されている(※17)。

 安倍総理は第一次政権の当時から、有識者会議「安全保障の法的基板の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)を官邸で開催し、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認を検討してきた。「安保法制懇」は、第二次安倍政権の発足にともない議論を再開。年内にも集団的自衛権の行使容認を提言する報告書を、安倍総理に提出する見込みだという。

 しかし、集団的自衛権の行使を容認するということは、米国の要請がありさえすれば、化学兵器の使用が横行するかもしれないシリアのような「戦場」に、自動的に自衛隊を送り込むことを意味する。そこに主権国家としての主体的判断は、どこにも見当たらない。事の是非を判断する自前の脳味噌も、道義はどこにあるのか見きわめる自前の心も魂も失われている。「暴走するジャイアン」である米国に、盲目的に従属してゆく「悲しいスネ夫」的属国の姿があるだけである。

 世界中のすべての国々が、あるいは人々が、理性や勇気や良心を失ってしまったわけではない。イタリアとポーランドは、シリア攻撃に参加しないことを明らかにした。政府が暴走気味の英米でも、国民はまともである。米国では、武力行使を支援する国民は、わずか9%しかいない。60%は、開戦に反対している。

 イギリスでは、シリアへの武力攻撃に反対する、市民による抗議行動が起こった(※19)。このような声をうけ、28日午後に、野党労働党から武力行使に反対する意思表明が出され、反対285、賛成272の反対多数で、イギリス議会は、軍事攻撃を容認する動議を否決した。そして、ついに日本時間29日未明の時点で、攻撃に前のめりだった英政府は、武力行使を延期すると発表した(※20)。

 嵐の直撃は、もしかしたら回避できるかもしれない。暗雲の隙間から、わずかに光が見えてきた。8月30日の朝現在の状況は、そんなところではないか。

 罪があるのは誰か、罰のための鉄槌は、それが見きわめられてから下すべきものである。

(※17)8月25日 共同通信(リンク切れ)
(※18)8月26日 ワシントンポスト
(※19)YouTube
(※20)8月29日 毎日新聞

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