2023年2月23日、故安倍晋三元総理の政治を総括した映画『妖怪の孫』試写会と、関係者のトークセッションが、東京都渋谷区の「さくらホール」で行われた。
映画『妖怪の孫』は、日本アカデミー賞作品『新聞記者』等を制作・配給したスターサンズと、史上初の現役総理大臣のドキュメンタリー『パンケーキを毒見する』の内山雄人監督・スタッフがタッグを組んだ作品。企画は2022年6月に死去したスターサンズの河村光庸社長で、元経産官僚の古賀茂明氏が企画プロデューサーを務めた。
本作品では冒頭の、2017年都議選応援演説で「帰れコール」に安倍総理(当時)が「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫ぶ場面など、IWJが収録した貴重な映像が複数使われている。制作スタッフによれば、テレビ局からは映像使用を軒並み断られたという。
映画は、安倍政治の問題を、アベノミクスや、官僚人事の掌握、安保関連法、森友・加計問題、桜を見る会、虚偽答弁、財界との癒着等、枚挙に暇がないほどのトピックごとに、多数の資料映像と新たな取材映像で、風刺アニメ等を挟みながらテンポよく紹介。疑問や批判を浴びせていく。強引に推し進めたメディア戦略は、社会学、政策・メディア研究を専門とする西田亮介東京工業大学准教授が詳細に解説する。
一方、安倍元総理銃撃事件の13日前に撮影された、地元・山口県での「弟分」江島きよし参議院議員の応援演説の様子から、山口の公共事業の癒着疑惑を辿るとともに、地元の安倍晋三宅火炎瓶投擲事件の本質を、アクセスジャーナル・山岡俊介氏が指摘する。
登場する識者のコメントはいずれも印象深い。例えば元ニューヨークタイムズ東京支局長、マーティン・ファクラー氏は「今の日本のメディアは戦時中と同じ」と厳しく指摘。また、安倍元総理周辺を長く取材した元共同通信・野上忠興氏が明かす、安倍元総理が自らの政策について漏らした言葉には驚くほかない。ぜひ映画で確認いただきたい。匿名官僚達の「上司からは、政権に反する言動をするなと言われた」との生々しい言葉等も含め、いずれも安倍政治の本質を端的に示す。
その他、憲法学の小林節慶応大名誉教授、民族派右翼の一水会代表・木村三浩氏等、様々な方々が取材に答えて貴重な証言をする。
そもそも『妖怪の孫』のタイトルは、「昭和の妖怪」と呼ばれた安倍元総理の祖父・岸信介元総理にちなみ、故河村氏が生前に決めていたという。映画では、安倍元総理の政治姿勢を形作ったものとして、父・安倍晋太郎元外相と母・洋子氏への反発から、心酔する祖父・岸信介を超えるべく、改憲へと突き進んだ事情が腑分けされる。
そして、岸信介元総理に起源をもつ統一教会と自民党との癒着の実態を、鈴木エイト氏等が追及する。
試写会終了後のトークショーでは、内山監督と古賀氏、東京新聞の望月衣塑子記者が登壇した。
内山監督は、菅義偉総理を追った『パンケーキ~』公開後、某議員や河村氏らから「次は本丸(安倍元総理)に行け」と言われたという。内山監督は「安倍さんだから、怖いことも起きるのでは」「実態のある映像が揃わない」等と躊躇しながら、制作に着手。
その河村氏は制作中に亡くなる。古賀氏は「河村氏は電話で『これをやらないと死んでも死にきれない』と話した翌日に亡くなった。遺言を聞いたと思った」と語った。
内山監督によれば「安倍さんが亡くなった時は、安倍さんをテーマにするのは無理ではないかとなった」、古賀氏も「死者に鞭打つなとの通念のもと、野党議員でさえ出演を嫌がった」という。しかし、統一教会問題が広がるにつれ、「今一度、安倍さんを見つめ直す必要があるのでないか」という声が聞こえ出し、「やろう」と制作陣も一変したという。
望月氏は「岸田政権を動かす原動力が岸さんであり安倍さん」と指摘。古賀氏は「軽武装・国民生活優先から重武装・軍事優先に、憲法改正に等しいことが起きている」と危機感を露わにした。今、まさに危険領域に突入する日本政治。その根本を形作った安倍政治を検証するのが本作品である。
3月17日(金)より、新宿ピカデリー他で全国公開。
※『妖怪の孫』公式サイト https://youkai-mago.com/