「河井夫妻は、捕まるとは思っていなかったんじゃないですか」。
前法務大臣の逮捕、という日本司法史上初のこの事件について、元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士は、2020年7月1日、東京都港区の郷原総合コンプライアンス法律事務所で岩上安身のインタビューに応じ、このように語った。
前法相の河井克行衆議院議員と妻の河井案里参議院議員が、2020年6月18日、公職選挙法違反(買収)容疑で逮捕された。克行氏は、昨年7月の参院選で案里氏を当選させるために、約2570万円の現金を地元の首長や議員ら94人に渡した容疑で逮捕。案里氏もこのうち5人に170万円を渡したとされている。
克行氏は安倍晋三総理の熱心な信奉者で、2012年の自民党総裁選挙では安倍氏の推薦人に名を連ね、第2次安倍政権発足後は首相補佐官や党総裁外交特別補佐を務めた総理の側近中の側近だ。案里氏が初当選した2ヵ月後には、論功行賞のように法務大臣に任命されている。
自民党本部は河井陣営に対して、同じ選挙区の自民党候補の10倍にあたる1億5000万円の資金を提供しており、それが買収資金になった可能性がある。このような巨額の資金提供を党総裁や幹事長の承認なしで行ったとは考えにくい。
買収された側からは「安倍さんから、と現金を渡されて、断れなかった」との証言も出ており、安倍総理や党幹部の関与が強く疑われる事態となっている。
郷原氏は、「この事件は、従来の選挙違反の買収罪とは違う」と明言する。
選挙運動とは別に、選挙で当選させるために事前に地盤を固める「地盤培養行為」があり、これまでは、その金銭の動きを政治資金収支報告書に記載すれば政治活動とみなされ、公職選挙法の解釈では摘発対象にはならなかった。
河井夫妻もそれを心得ており、逮捕されるとは思っていなかったのではないか、ということだ。
しかし、検察は1月に河井事務所を捜索して領収書などを押収。あえて、地盤培養行為的なものに関する金銭のやり取りを摘発対象にして、現職の国会議員を逮捕した。こうしたことから郷原氏は、「検察が、かなり思い切った判断をした」と説明する。
その上で、資金を出した自民党本部が、案里氏陣営と同じ目的(地盤培養的金銭供与)を持っていたのなら両者は一体であり、自民党本部には交付罪が適用されるのではないか、との見解を語った。
郷原氏は、これらの見解を自身のブログなどで公開しているが、それに対して弁護士の橋下徹氏が、テレビ番組の中で一方的に批判するということが、このインタビューの直前、6月29日に起きている。
郷原氏は、「橋下さんは、私が言っていないことを言っている。人と議論するなら正確な引用は大前提。言論に対する扱い方として、どうなのか」と苦言を呈し、この件ではテレビ局を通して橋下事務所の対応を待っているとした。
また、東京地検特捜部が菅原一秀前経済産業大臣の買収疑惑を不起訴(起訴猶予)にした件では、「当然、起訴すべき。大臣を辞任して謝罪をしたから起訴猶予など、あり得ない。菅原氏は犯罪事実を認めず、『週刊文春と秘書が自分を嵌めた』と言い続けてきたのだから。ここをちゃんとやらないと、河井夫妻の事件もきちんと立証できない。検察、大丈夫なのか」と、検察を評価するだけでなく、同時に不信感と懸念をも示した。のちにこの懸念は「適中」することになる。