楽しく歴史や政治を学べる選挙の街頭演説を、これまで見たことがあっただろうか?
山本太郎参議院議員が代表の政治団体「れいわ新選組」から参議院選挙に立候補(比例区)した安冨あゆみ教授(東京大学東洋文化研究所)が7月9日、中野セントラルパークおよび井の頭恩賜公園(吉祥寺)で街宣を行った。
1時半ごろからの中野駅前での街宣で安冨氏は、「国民国家システムの機能不全」と、政治の原則である「子どもを守ろう」とが、どのように関係しているのかについて、歴史を紐解いた。
安冨氏はマイクを握って、こう述べた。「私たちの社会は、そもそも子どもを守るためにあります。アリの社会もハチの社会も、その目的は子どもを守ることです。もし人類社会の目的が子どもを守ることが目的でなければ、人類はとっくの昔に滅んでいたはずです。
でも19世紀に成立した国民国家システムの中で、その目的は富国強兵にすり替わってしまいました。経済を豊かにし、その力で兵隊を強くする、軍を強くする、それが国民国家システムの指導原理であり、表立って人びとは言いませんが、今もそれが私たちの社会の、政治の指導原理です。言葉は『経済発展』とか『GDPの成長率』と言い換えられていますが、今も私たちの原理は富国強兵であり、そればかりか現在の自民党政権は、その富国強兵を露骨に推進しつつあります」
「しかし、国民国家システムはすでに機能しなくなっているんです」と指摘した安冨氏は、その上で、「国民国家システム」の代案となったヨーロッパ統合の問題点にふれていく。
「そもそも第一次世界大戦の発生の原因が、国民国家システムの作動不良だと、広く歴史家の間で認識されています。そのためにヨーロッパではEU(欧州連合)をつくると言った長い努力が行われ、国民国家システムに代わる新しい原理をつくる努力をしてきました。
しかし、それは残念ながら、なかなか機能していません。なぜなら、国民国家システムをより大きなシステムに取り換えようとするのが、EUだったからです。私はこのような方針・方法は機能しないのではないかと思っています」
※国民国家システムの機能不全には、うまく機能しないことだけでなく、いったん暴走したら止まらない、という重大な欠陥も含まれている。1914年から1918年にかけての第一次世界大戦は、ヨーロッパの国民国家同士の大戦争となった。「富国」同士の戦争は、これまでに蓄えた兵器だけではなく、戦争中に兵器を生産・開発するという戦いに発展し、大規模かつ長期の戦争を招いた。兵士もすでに訓練されていた者とは限られなかった。国民教育制度が確立されていたため、集団行動に慣れ、読み書きができる国中の若者も戦時中に徴兵されて戦場に送り込まれた。これが「強兵」の帰結であった。このように国民国家システムがフル活用されたことで、「軍隊や政府だけではなく、国民ばかりか大地や草木まで、 すべてを包括してしまう、 恐ろしい戦争」が発生したのである。この点については、安冨歩『満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦 (角川新書、2015年) (https://amzn.to/2S8Rq2t)を参照されたい。
「そうではなく」、と安冨氏は続けた。「人類に限らずあらゆる生命の基本の原理である、『子どもを守る』ということを政治の原理にする。そのことが私たちの抱えている問題を解決する最も合理的な方法なのではないかと考えています。子どもを守りましょう」
午後3時半より、中野セントラルパークで街宣が再開された。ここでは、安冨氏と音楽家の片岡祐介氏が披露した、「立場主義ラップ」を取り上げる。その歌詞は次の通り。
「立場でできている、立場でできている、この国はどこもかしこも立場でできている。み~んなみんな立場上のご発言! 私の立場ではそのようなことはできませ~ん、ばっかり♪
立場でできている、(いわば)立場の詰め物に(いわゆる、いわゆる)、首相の立場だよ~ん(内閣総理大臣)♪
立場でできている、立場でできている、この国は、立場でできている。基本的人権は、(いわば、まさに)立場を認めること? 違うって、人間の権利なんだけど~♪(なので、あります)
この国では、すべての立場は平等だけど、人間は平等じゃ~ねぇ~♪
立場主義、日本立場主義人民共和国です!(いわば、まさに)
やかましい日本立場主義人民共和国の総理大臣!(いわば、まさに、たしかにやかましい、ですね、しかし、しかしですよ)
トランプ大統領と会談したんだろ? 何でも一致しま~す♪ 何でも一致する、何でもトランプ大統領と一致する(たしかに、一致しました)、たしかに一致する、ほい、また電話で一致する、ほい、何でもかんでも一致する、一致する(これだけは申し上げておきたい)
イッポンをトレモロす!(※) イッポンをトレモロす! (トトトト)イッポンをトレモロす(トレモロす)、イッポンって何だよ! トレモロすって何だよ! イッポン、イッポン、トレモロす♪(この道しかないのであります)
(※)2012年の衆院選の自民党のCMで、安倍晋三自民党総裁が、「日本を取り戻す」と言っているはずのところが、「イッポンをトレモロす」と聞こえる。これについては、「トレモロされた日本」とは何か 田中角栄の遺産を「トレモロす」安倍政権 安冨歩・平智之のモーレツ!政治経済教室 2013.12.12 をご覧いただきたい。
立場しかない、立場しかない、日本人が守るのは、立場しか~ありません♪ そんなことをしたら私の立場はどうなるんだ~~~
立場を取り戻す、立場を取り戻す、立場を返して、私に立場を頂戴!
日本立場主義人民共和国憲法第1条、役を果たすためには何でもしないといけない。第2条、立場を守るためなら何をやってもいい~。第3条、人の立場を脅かしてはならない。以上、日本立場主義人民共和国憲法、3条しかありませ~ん♪
立場を、守るには、役を果たす、立場を、守るには、役を果たす、役を、果たせない、お前は、役立たず~~~
…私の立場はどうなるんだぁ(‘Д’)」
その後「音楽家の立場」からピアニストのウォン・ウィンツァン氏より、お話があった。ウォン氏は、「自分の音を出すことと、音楽をやることとが違うとわかった時に、やっと自分の音楽に出会えました」と切り出し、アメイジング・グレイスを演奏した。この演奏は、立場主義克服の一助になり得る、素晴らしいものに思われる。
9日の3回目の会場となったのは、吉祥寺駅が最寄りの井の頭恩賜公園だった。18時半ごろより、木の下で演奏しつつ安冨氏は、聴衆の方に質問を求めた。
聴衆の方より、民主党の故石井紘基議員についての質問があった。石井議員が2002年10月25日に刺殺されたのは、世田谷区の自宅駐車場。この井の頭恩賜公園の近くでもある。安冨氏は、石井議員を知った経緯について、次にように語った。
「石井紘基さんは、私最初知らなくて、『経済学の船出』(NTT出版、2010年)(https://amzn.to/2xQIs0R)という本を書いているときに、日本の財政構造についていろいろ本を読んだんだけれど、財政学の本とか全然役に立たなくて、現実が全く見えない感じだったんですね。
調べていくうちに、石井紘基さんについて、『日本が自滅する日』という本を見つけて、その本を読んで、あーなるほど、こうなっているんだ、とわかって、すごい学者だなと思って奥付を見たら殺された国会議員だったので、ものすごくびっくりして」
質問された方は、石井議員が殺された次の日が、石井議員本人の国会質問の日であったことを指摘した。この点について安冨氏は「そんなのは大したことではなかったと思うんですよ。存在そのものが脅威だったんですね。彼が殺されずに民主党が政権交代していたら、おそらく副首相か財務とか重要な大臣になったと思いますが、そこで彼が鉈をふるっていたら、けっこうな衝撃が『官僚システム』にあったと思うんですね。小沢一郎首相、石井紘基副首相の民主党政権だったら、かなり強かったでしょうが、小沢さんは引っかけられ、石井さんは殺されて」と答えた。
続けて安冨氏は、当選したら、石井議員のように、現代日本の財政構造、官僚システムの構造を解明する仕事がしたいと述べ、片岡氏はそれを「研究の引継ぎ」と評した。
また、ツイッターなどで騒がれている「馬選挙」に対する動物愛護の「立場」(!)からの批判について、安冨氏は次のように応答した。
「動物虐待とか言っている人がいて笑うんですけど、馬はどうなっているかというと、阿佐ヶ谷に住んでいます。奇跡的に土地を提供してくださった方がおられて、ジャングルみたいになっていたんだけれども、牧場関係の人が必死で開墾して、北海道開拓民みたいに開墾して、馬の安全を確保するために必死で働いてですね、島根から連れてきた馬はそこに暮らしています。馬のスペシャリスト2人が付きっきりで面倒を見ています。全部でスペシャリストの方は3人来ていて、体調とか、馬の状態に合わせて、これは無理だなと思ったらやらない、これはいけるなと思ったらやる。私はそれに従っています」
さらに比較の観点で、「乗馬クラブにいる馬よりははるかに恵まれています。競馬馬よりも恵まれていると私は思いますが、あれで虐待だったら、すべての乗馬クラブと競馬はやめてください」と安冨氏は述べた。
「競馬馬はものすごい高い馬だから優遇されているんですけど、冷暖房完備の部屋の中に閉じ込められている子ども、みたいな感じ。優遇されてめっちゃうまいもの食ってる。冷暖房完備の豪邸に閉じ込められている子どもなんですよ。ときどき庭で全力疾走させられる。それよりもひどいのが、生産調整を日本はしないんですね。むちゃくちゃ馬をつくって、ちょっと走らせて、走れないと殺すんですね。何千頭と殺しているんです」と続けた。
さらに深刻なのが乗馬クラブだという。乗馬クラブの現状について安冨氏は、「日本みたいな国で黒字にしようと思ったら、どんなに善良にやってもかなりの負担を馬にかけないと、黒字にならないんですよ。賃金払って、家賃払って、電気水道代払って、いろんなものを払って利益だそうと思ったら、そうとう乗ってもらわないと黒字にできないんで、大変です。乗馬クラブの方も苦労されていて、一生懸命馬を守ろうとしているんだけれども、日本の労働者ぐらいには酷使されています」と述べた。
その上で、「やっている人たちのせいではなくて、そういう仕組みになっちゃっていて、解除できない。そういう馬に比べたら、私の選挙に来てくれている馬は、日本の労働者より恵まれていると思いますよ」と、ここでも、一人ひとりは善良に仕事をしているのに、結果として問題のあるシステムが動き続けていることが問題なのだと、安冨氏は説明した。