2011年3月11日の東日本大震災によって、福島第一原発はメルトダウンし、放射性物質の放出を伴ったレベル7という深刻な事故を起こした。状況がわからず、さまざまな推測が飛び交う中、ツイッターで「原子力安全神話」に沿った情報発信を行っていたのが東京大学大学院教授(当時。現在は東大名誉教授)の早野龍五氏である。一時はフォロワーが15万人を超えていた。
早野氏は当初、メルトダウンは起きておらず、格納容器も壊れていないと言い切っており、「東大の学者がそう言うのなら大丈夫だろう」と受け止めた人も多かったはずだ。2014年には「ほぼ日刊イトイ新聞」の糸井重里氏との共著『知ろうとすること。』(新潮社)を出版。放射能の影響を懸念する人々に安心を与える科学者として、「3.11後の安全神話」の旗振り役となっている。
その早野氏が、福島県立医科大学講師の宮崎真氏と共同で発表し、英国の放射線防護専門誌「Journal of Radiological Protection」(JRP誌)に掲載された2本の研究論文が問題視されている。これは、福島県伊達市が市民に配布したガラスバッジと呼ばれる線量計のデータを利用したもので、住民の生涯被曝線量を見積もり、除染の効果にも言及している。しかし、データの半数近くが本人の同意なしに提供されたものと判明。また、データ自体が過小評価されており、被曝線量が実際の3分の1になっていたこともわかっている。
この論文について、以前から数々の問題点を指摘してきたのが、物理学者の黒川眞一氏(高エネルギー加速器研究機構 名誉教授)だ。2019年2月22日、黒川氏は福島市の福島県政記者クラブで記者会見を行い、宮崎・早野論文は倫理指針に反していると厳しく糾弾し、以下のように述べた。
「早野氏が伊達市民のデータを使うなら、感謝して、きちんとした論文を書くのが学者の義務。研究計画書に『伊達市民に研究内容を教えて、この研究にデータを提供したくない人は言ってください』と書いてあるのに研究内容を知らせない。やってることがめちゃくちゃ。伊達市民の人権や尊厳を一切無視している。それが許せない」
また、黒川氏は「研究計画書の承認前にデータが使われ、伊達市に第1論文の主要な結果が提供されている。これは重大な研究倫理指針違反。伊達市長が宮崎氏に論文作成を依頼した手紙の日付もおかしい」と述べ、データを提供した伊達市には、個人情報保護条例違反と公文書偽造違反の疑惑があるとした。
黒川氏は宮崎・早野論文の間違いを指摘する批判論文をJRP誌に送っており、編集部は昨年11月、早野氏に批判論文を読んだ上での対応を求めていた。すると年が明けて2019年1月8日、早野氏は「間違いに初めて気づいた。意図的ではなかった」とする見解を文科省記者クラブに貼り出したが、黒川氏への回答はいまだにないという。
「株式会社ほぼ日」サイエンスフェローとして、1日約150万ページビューの人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に登場して科学の大切さを説いている早野氏の、科学に不誠実な対応が浮き彫りになった今回の論文。黒川氏は、「私も(早野氏と同じ)東大の物理学科を出ているが、こんな後輩を持ちたくない。まじめにやってほしい。原理に忠実であることが大事。早野氏には、それが全然ない!」と断じた。