ジェーン・ケルシー教授 仙台講演会 2011.7.12

記事公開日:2011.7.12取材地: テキスト動画
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 2011年7月12日(火)に、TPPを考える国民会議主催、オークランド大学ジェーン・ケルシー教授の講演会が仙台市で行われた。

 講演会では、ケルシー教授がTPPの成り立ちを説明、その影響や問題点、考えられる日本政府の参加理由を挙げた。

 特に、日本政府の一番大きな参加理由について「政治的に実現が難しい国内再編を、TPPを通して秘密裏に推し進め、政策として固めるため」と分析、「(本来国内の再編は)自国の民主主義、また主権に鑑み、日本の国民が決定することだと考えている」と、日本の民主主義の現状に警鐘を鳴らした。

■全編動画



  • 日時 2011年7月12日(火)
  • 場所 宮城県仙台市
  • 主催 国民会議

1.開会の挨拶

斉藤議員、TPPの裏側について理解してもらいたい

 はじめに、斉藤やすのり衆議院議員(民主党)が開会挨拶を行った。挨拶では、TPP(環太平洋戦力的経済連携協定)について、国民的議論を起こすため、山田正彦衆議院議員(民主党)を会長に国民会議を設立したと述べた。

 また、4月にウィキリークス(内部告発サイト)にて、ニュージーランドのTPP交渉官と米国の国務副大臣が、「TPPの交渉、8カ国でゴールドスタンダードに合意できれば、日本をつぶすことができる」と外交文書でやりとりしていたという情報が出たことについて言及。「つまり、米国中心の自由経済に日本を巻き込んでやれば、日本経済を、日本の様々なものをすべて、米国を中心とした資本主義社会に吸収できるなんて怖いことを話し合っているんです」と述べ、警戒感を示した。そして、これがTPPの裏側であり、参加者には、講演を通して理解・勉強していただきたいと語った。

2.ジェーン・ケルシー教授の講演

TPPとは

 ケルシー教授は、TPPの基本的な考え方は、「発行後10年以内に例外なく、すべての関税をゼロにする」ことだと述べた。

 そして、TPP交渉官たちは、TPPは通常の自由貿易協定と一線を画していることを強調しており、国境の中に踏み込む従来の枠組みを超えたものになるということを強調しているという。「国境の枠組みを越える」という表現の意味として、「過去の貿易協定などでカバーできない政策、規制に関して、政府が決定できる選択肢を狭めるものになる」と述べた。つまり、あらゆる分野において、国の法律や決定より、TPPにより定められた権利が優先してしまうということだ。

 また、既存のTPPというものは存在せず、そこには新しい特徴(条項)を含むことになり、アメリカがすでにTPP交渉国と締結した、既存のFTAに影響を受けるという。

 交渉については、「交渉内容が決定し、最終的に署名されるまで、秘密裏に、非公開で、交渉が行われる」という。有意義な議論をすることが難しいため、「情報を集めて努力をしなければならない」と述べた。

 脱退については、国家間でTPPの権利が行使されるだけでなく、参加国の投資家が政府を、非公開裁判で訴えることができ、「脱退するというオプションがあるかもしれませんが、それさえも容易ではない」と述べた。

TPPの交渉参加国

 現在、TPPを交渉しているのは、オーストラリア、ブルネイ、チリ、マレーシア、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、アメリカ、ベトナムの9カ国で、いずれの国もアジア太平洋経済協力機構(APEC)加盟国。特に、アメリカが突出しており、最大の経済大国であると述べた。そして、それのみならず、最も強い政治的な影響力を持っているという。これは、TPPの中身が、アメリカ議会で承認されなければならず、国民の利益にならないものは、議会で承認されることがないからであると述べた。

TPPの経緯

 TPPは、元々、ニュージーランドとシンガポール間で締結された協定が基礎となり、ニュージーランド、シンガポール、チリとブルネイが参加した。それがP4と呼ばれている(2006年)。この協定には投資・金融サービスに関する規定は含まれていなかったという。

 しかし、ブッシュ政権下のアメリカが、投資・金融サービスに関して参加表明を行い、その後、協定全体に関しての表明に変更した。さらに、オーストラリア、ベトナム、ペルーが交渉参加した。これらの国は、P4に参加する流れになっているが、ケルシー教授によると、「実際には、新たな協定を協議する」という。

 アメリカはオバマ政権になり、1年間の考慮期間を経たが、再び参加。その後、7回にわたり交渉が行われ、マレーシアの参加も決まる。

TPPの目的

 ケルシー教授は、参加国の間で様々な自由貿易協定1)がすでに存在していることから、「TPPを通して撤廃しなければならない貿易障壁はほとんどなかった」と述べた。また、「残っている障壁というのは、ほとんどアメリカ側にある」とし、「農業という非常に機微な分野においてのみ残っていた」とも述べた。

 つまり、従来型の自由貿易協定では、商業的な見返りは大きく期待できないため、アメリカは議会の承認を得ることが難しい状況であることから、ケルシー教授は、「商業的な意味合いよりも、投資協定としての意味合いの方が非常に大きい」と述べ、その理由を、「TPPの加盟国に投資をしている外国の企業、投資家というのは、権利を国際的な裁判所に対して、訴え、主張することができるから」と結論付けた。

 また、既存の政策や規制は、それぞれの社会、環境、食料、安全保障という観点で導入されているが、TPP交渉では、それら既存の政策や規制が、企業が政府に求める規制撤廃・緩和と、さらには市民団体と対立が起きると述べた。

 そして、TPPはAPEC全域に及ぶ自由貿易協定に拡大しようという構想があり、中国、インド、韓国、日本も含まれるという。ヒラリー・クリントン米国務長官もTPPは中国をけん制するものだと主張しているという。しかしながら、ケルシー教授は、「アメリカのひな形で作られた、アジア太平洋地域においての、その自由貿易圏の構想というのは、他の国によって受け入れられるかどうか不確実と言える」と述べた。

考えうる日本への影響

 公共投資の分野において、TPPのもとでは、加盟国の企業が、日本の企業と同様に政府調達案件2)に対し、入札する権利を要求するという。つまり、日本人の雇用が不安定になる可能性がある。

 農業分野では、輸入食品の関税を引き下げたり、撤廃する要求がある。そして、輸入、農産物を扱う貿易会社に解体が求められ、農地への外資の参入に関する規制緩和が求められるという。さらに、食品表示や食品検疫の規制緩和も求められ、特にアメリカは、遺伝子組み換え作物について、強い要求をしてくるという。

 医療分野においては、私立病院を経営する際の外資の規制緩和と、官民パートナーシップのような仕組みの中で、事業に参加する権利の確保が求められる。そしてアメリカは、問題があったときには、国際的な非公開の裁判所に訴える権利を確保したいと考えていると述べた。

 さらに、アメリカの企業が、オンラインで国境を越えた保険サービスを、日本において展開したいと考えているという。医薬品や医療機器も、アメリカが求めるような料金で、自由に、日本で販売したいと考えていると述べた。

なぜ日本政府が参加しようとするのか

 ケルシー教授は、様々な問題点や影響がある状況で、なぜ日本政府が交渉参加をしようとするのか、考えられる4つの理由を挙げた。

 1つは、TPPを通して日本の投資家・企業が他国の市場にアクセスしたいから。しかし、日本と、いまTPP交渉をしている国の多くとは、FTAをすでに締結している。そして、アメリカは日本に対して、有利な条件をのむことはしないという。

 2つめは、TPPがより大きな自由貿易協定に発展することが期待できるから。しかし、「日本はすでに、ASEAN+3、あるいはASEAN+6、ならびに東アジア首脳会議という枠組みを享受している」と述べた。

 3つめは、「経済や貿易とは全く関係なく、対中国へのけん制の手段として、日米間の戦略的関係を強化したいという思いがあるのかもしれない」とし、経済ではなく、「外交上の判断」になると述べた。

 4つめは、政治的に実現が難しいと思われる国内再編を、TPPを通して秘密裏に推し進め、政策として固めるということ。ケルシー教授はこれが一番大きな理由ではないかと指摘した。

3.質疑応答の内容

アジア太平洋での影響力

 ケルシー教授によると、APECの中では、アングロアメリカ側が、ASEAN+3の台頭によって、アジア太平洋地域への影響力が弱まることを懸念しているという。アメリカは東アジア首脳会議に参加していないため、TPPを重要視し、日本に参加させたいと思っていると述べた。日本が参加することが、アジア太平洋地域の諸国の参加につながると述べた。

 かつて、そのAPEC全域においてのFTAという構想も出てきたことはあったが、アメリカ主導色が強く、失敗に終わっているという。今回のTPPに関しても、「アジアのサポートというのは、取り付けることが難しいのではないか」と述べ、TPPの成否が、「日本の判断にかかっている」と、日本の重要性に言及した。

ニュージーランドにおける、TPPの影響

 ニュージーランドでは、医薬品、たばこ、土地ならびに天然資源に関する外資規制を廃止、鉱業に影響があるという。さらに、空港や電力会社の民営化も検討されており、外資が所有権を持つことを制御できるか懸念されているという。また、もし民営化に失敗した時に、再度国有化できるのか懸念されているという。そして、それらの事業が、「自ら国内で決定することが、不可能になるのではないか懸念されている」と述べた。

4.閉会の挨拶

 石山敬貴衆議院議員(民主党)が閉会の挨拶を行った。ケルシー教授の講演を聞き、「金融や経済、新自由主義といった美名のもとに行われる、お互いの土地や、持っているお金の取り合い、すなわち財産を奪い合う、形を変えた戦争ではないかと、強く感じた」と危機感をあらわにした。

※注一覧
 (1)例えば、アメリカはペルー、オーストラリア、チリ、シンガポールと自由貿易協定を締結している。また、オーストラリアとニュージーランドは、ASEANと自由貿易協定を締結している。

 (2)ケルシー教授は、アメリカが日本に対し問題視しているのは、建設工事、道路整備、港湾整備、官民パートナーシップ事業であるとした。また、「とりわけ、被災地の復興事業において、重要な意味を持つと思う」と述べた。

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