関東軍・戦争のリアル「満蒙開拓青少年義勇軍」体験者が激白 ~国策触手は10代半ばに「担任教師が入隊を勧めた」 2015.10.15

記事公開日:2016.1.13取材地: テキスト動画
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(取材:沼沢純矢、文:IWJテキストスタッフ・富田充)

※1月13日テキストを追加しました!

 安倍晋三政権は「一億総活躍社会」を作るのだという。「国民すべて」という意味で「一億総」なのであり、そこには、女性、老人、子どもも含むだろう。政府は、2016年6月をメドに「一億総活躍」政策によって成長率と税収などの経済効果がどの程度出るかを試算する新しい経済モデルを作成するというが、成長と財政再建につながるのか、はなはだ疑問である。

 「一億」という形容は、戦前、戦中にしばしば用いられた。

 「進め一億火の玉だ」は、大政翼賛会が掲げたスローガンであり、軍歌をともなった。国民精神総動員という政策、運動もまた、国民が国家のために自己を犠牲にして尽くす、滅私奉公を鼓吹するもので、数々のスローガンを掲げた。この「精神」は大政翼賛会に明記されていたが、この政策運動が第一近衛内閣によって掲げられたのは1937(昭和12年)のことだった。

 まさに、その1937年に一億の国民の一人として「少年」たちが駆り出されていった。

 昭和の高度成長時代を象徴する「一億総中流社会」になぞらえた経済政策重視の強調。安倍政権が国民へのポジティブな効果を、「一億総……」との言い回しで創出しようとしていることは間違いない。しかしこれは、戦争期の日本でたびたび使われた、今となっては負のイメージだけが残る表現でもある。

 第一次近衛文麿内閣が1937(昭和12)年に始めた政策「国民精神総動員」は、日中戦争の拡大を受け、国民が国家のために自己を犠牲にして尽くす滅私奉公の精神を広めることにあり、その折に、「進め一億火の玉だ」とのスローガンが掲げられている。これは軍歌にもなった。

 そして当時は、その「一億火の玉」の一集団として、10代半ばの男子らが戦争に駆り出されているのだが、今の日本で、この事実はさほど知られていない。

 中国東北部(旧満州)に、全国から約8万6000人もの少年を送り出した「満蒙開拓青少年義勇軍」は、1937年11月に「同軍編成に関する建白書」が出たのを機に本格化した制度である。そのうち約2万人が若くして命を落とすことになった。

 この制度は、国を挙げて国策として推進されたものだった。ことに長野県の場合は、教員団体(教育会)が若者らの送り出しに熱心に取り組んだ。

■ハイライト

  • 上田小県地域における青少年義勇軍送出の特徴
  • 青少年義勇軍体験者の証言
  • 質疑・参加者からの発言
  • タイトル 第6回「満蒙開拓青少年義勇軍」シンポジウム「上田小県地域における青少年義勇軍」
  • 日時 2015年10月10日(土)13:30〜
  • 場所 上田市中央公民館(長野県上田市)
  • 主催 「満蒙開拓青少年義勇軍」シンポジウム実行委員会

学校がターゲットにしたのは、農家の二男や三男、殺し文句は「広大な土地が手に入る」

 2015年10月10日に長野県上田市で開かれた「第6回『満蒙開拓青少年義勇軍』シンポジウム」で、主催者代表の中沢盛雄氏は、「長野は約7000人もの、全国でもっとも多い少年たちを義勇軍に送り出している」と指摘した。長野出身の元義勇軍隊員として登壇した小林氏(95歳)氏ら3人は、「学校の担任教師から強い勧めがあった」と口をそろえた。

 学校がターゲットにしたのは、農家の二男や三男であり、3人は「現地で3年間訓練を積めば、10町歩(約10ヘクタール)の土地が手に入る、が殺し文句だった」「先生が募集の締切り直前に家まで来て、参加を求めたため、最後まで反対していた父親が折れた」などと話した。

 当時の日本は家父長制で、土地などの財産は長子相続が原則だった。土地の分け前にあずかれない二男、三男らは広大な土地を求めて、大陸への進出に夢を馳せた。

 だが当時、若者らを大陸へと送り出した長野の教師らは、敗戦後、無知故に犯した自分の「罪」に苦しむことになる。この日の集会で元隊員は、「あとになってから、あれ(義勇軍に入れば土地が手に入る)は架空の話だったことがよくわかった」と無念さをにじませた。

隠された「募集意図」〜「実はソ連軍との戦いに駆り出される計画が練られていた」!

 義勇軍に参加した少年たちは、茨城県の内原訓練所に入り、そこで3ヵ月間、基礎訓練を受け、そののちに満州(中国東北部)へ渡った。

(…会員ページにつづく)

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「関東軍・戦争のリアル「満蒙開拓青少年義勇軍」体験者が激白 ~国策触手は10代半ばに「担任教師が入隊を勧めた」」への1件のフィードバック

  1. あのねあのね より:

     満蒙開拓団などへの参加から引き上げの苦労については、『平和の礎』(海外引揚者が語り継ぐ労苦)という一連の単行本が参考になります。発行は平和祈念財団です。引き上げ途中に多くの人が亡くなりました。亡くなったのは幼い子供が多く、子供を生きさせるためにあえて子供を現地の中国人に託した人も沢山居た。それが残留孤児となった方々です。
     引き上げした中には赤塚不二夫さんや五木寛之さん、中西礼さん、赤木春江さんなどの芸能関係の方も多くおられます。坂東英二さんも引揚者ですが、引き上げの話が当局の逆燐に触れたようです。事実が嫌いなのがデマで票を獲得し政策を実行する安倍政権だ。

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