【IWJブログ・特別寄稿】国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護体系を批判する ~人格権破壊と反科学(琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬) 2015.3.13

記事公開日:2015.3.13 テキスト
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(琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬)

 ICRPが歴史的に果たした役割を図解したものが図1である。 

 ICRPは「知られざる核戦争」の実戦部隊である。「知られざる核戦争」は爆弾を投下するという物理的破壊である核戦争に対して、裏側の「放射線の犠牲者隠し」という内容である「核戦争」を矢ヶ崎が命名したものである。

 核戦略遂行や原子力発電により命と環境が被害を受ける。これを見えなくするためにICRPという組織が編成され、いわゆるIAEAをはじめとする「国際原子力ムラ」を実施機関とし、人格権破壊の思想と反科学を専制的抑圧的に遂行する。

図1 ICRPのはたしてきた役割。ICRPの政治的役割は人格権を破壊する「功利主義・放射線被害の受忍強要」と反科学である。

 放射線は環境を汚染し命に係わる被害をもたらす。この被害を押し隠すために、ICRPが設立され、思想的には人格権を否定する論理を立て「功利主義・受忍強要」を政治的枠組みとし、片や放射線科学としては、ICRPは「放射線防護体系」として、内部被曝を隠し続け、放射線被害を見えなくする体系を構築した。それは科学を科学たらしめる諸原理に反する体系であり、そのゆえに真実の放射線被害が見えなくなる結果を生む体系であった。

 その似非「科学」体系は政治的支配力(国際原子力ムラ)と結合することによって今日まで生き延びた。倫理的手段と非科学体系を築くことで自然と命に対するありのままの姿を明るみにさらすことを阻止し続けた。

人道の目でICRP体系を批判する:人格権を否定する「ICRP放射線防護3原則」

 ICRPは、人格権を真っ向から否定する考え方と科学的原理に反する体系を持つ。図3に「放射線防護」の哲学の変化の歴史を示す。人道的・科学的基準から経済的基準に原則が置き換えられる歴史であり、人道に反する考え方が支配する防護基準の達成される過程である。

図2 ICRPの哲学の歴史、科学的基準を放棄し経済的社会的要因重視への変換の歴史

 ICRP2007勧告「緒言」には以下のように紹介されている。

 委員会の1954年勧告は「すべてのタイプの電離放射線に対する被ばくを可能な限り低いレベルに低減するため、あらゆる努力をすべきである」と助言した(ICRP,1955)。

 このことは、引き続いて被曝を「実際的に可能な限り低く維持する」(ICRP,1959)、「容易に達成可能な限り低く維持する」(ICRP,1966)、またその後「経済的及び社会的な考慮を行った上で合理的に達成可能な限り低く維持する」(ICRP,1973)という勧告として定式化された。

 人格権をないがしろにするICRPの反人道的主張は、例えば1977年勧告において、放射線防護の三つの基本原則として、(1)行為の正当化、(2)防護の最適化及び(3)個人の線量限度が導入された。その後の勧告においてもこの基本原則に基づいて放射線防護の具体的指針が示されている。

(1)行為の正当化

 ICRP2007勧告「用語解説」によると以下のとおりである。

(1)放射線に関係する計画された活動が、総合的に見て有益であるかどうか、すなわち、その活動の導入又は継続が、活動の結果生じる害(放射線による損害を含む)よりも大きな便益を個人と社会にもたらすかどうか、あるいは(2)緊急時被ばく状況又は現存被ばく状況において提案されている救済措置が総合的に見て有益でありそうかどうか、すなわち、その救済措置の導入や継続によって個人及び社会にもたらさせる便益が、その費用及びその措置に起因する何らかの害又は損傷を上回るかどうかを決定するプロセス。

 人が放射線に被曝する行為は、それにより、個人あるいは社会全体に利益がもたらされる場合でないと行うことはできないとするものである。行為の正当化を判断するには、被曝させる行為が健康被害(死亡も含む)などの害に比べて利益(公益)が大きいか、また経済的に適性であるかなどについて検討される。この表現の真実の意味は、害すなわち発がんによる死亡などが生じることを認知しながら、「害に比べて公益が大きい」あるいは「経済的に適正である」等と一発電産業等の営業行為による経済的利益とその行為による人の死亡等の価値判断を対等物として天秤にかけて論じるというものである。

 個の尊厳として位置づけられる人格権の否定、基本的人権を否定する暴論である。民主主義が基本となる近代的社会において民主主義の基本理念を真っ向から否定する考え方であり、民主主義社会としては受け入れてはならない倫理違反である。

(2)防護の最適化

 同じくICRP2007勧告「用語解説」によると以下のとおりである。

いかなるレベルの防護と安全が、被ばく及び潜在被ばくの確率と大きさを、経済的・社会的要因を考慮の上、合理的に達成可能な限り低くできるかを決めるプロセス。

 放射線防護においては、集団の被曝線量を経済的及び社会的な要因を考慮して、合理的に達成可能な限り低く(ALARA:As Low As Reasonably Achieve)保つようにすることをいう。「最大限住民を保護するために力を尽くせ」というのではなく、国の予算や企業の営業活動に支障が来ない範囲で無理しないで防護したらよい、というものである。これは企業や国家の都合を考えてその都合のつく範囲で人々の防護を考えるべし、というものである。

 例えば、東電の爆発があった直後政府が防護量を、今まで年間1mSvだった公衆の被曝限度を20倍に引き上げた。これはICRPの勧告に従って、政府が学問的検討など何もせずに決めたものである。法律的に「防護」という以上20倍まで被曝許容限度を上げる乱暴な方法である。事故により日本在住者の放射線防護力が20倍になるのではない以上、住民防護である法律を変更するのは住民切り捨てそのものである。ICRPの功利主義は民主主義社会では受け入れるべきではない。

(3)線量限度

 同じくICRP2007勧告「用語解説」によると以下のとおりである。

計画被ばく状況から個人が受ける、超えてはならない実効線量又は等価線量の値

 放射線被曝の制限値としての個人に対する線量の限度で、ICRPの線量制限体系の一つの要件である。線量限度は、確定的影響に対する線量に対してはしきい値以下で、癌などの確率的影響に対しては、しきい値がなく、そのリスクが線量に比例するという仮定の下に、容認可能な上限値として設定されている。線量限度には、自然放射線と医療による被曝は含まない。実効線量と等価線量の限度が、職業人と一般公衆の当初は線量当量限度と表記されていたが、2013年に国際放射線防護委員会(ICRP Pub.60)勧告の取り入れにより、「線量限度」に改正された。組織線量当量も同様に「等価線量」に改正された。

 福一爆発時に設定された年間20mSv等の限度引き上げは典型的に住民の健康切り捨てである。

 原発などでは法律に定められた線量限度以下の濃度で放射性物質を常時放出しているが、法定濃度限度以下でがんや白血病の多発を裏付ける証拠が各地で報告されている。その一つがドイツにおけるKiKK研究である。その結果を次表に掲げる。

表1 KiKK研究における5㎞圏のオッズ比。オッズ比が1より大の時、その事象が起こりやすい。原発に近い圏内で小児白血病小児がんが多発していることが示されている。

表2 5㎞、10㎞圏の小児白血病オッズ比。5㎞だけでなく10㎞圏内でも明らかに白血病が多発している。

 注意すべきは、これらはICRPの「正当化、最適化、線量限度」の範囲内で生じている被害なのである。しかし東電福島原発事故に際しては「…ベクレル以下は安全である」と宣伝し、本来毒物であり安全値はありえない放射性物質をの内部被曝させることを市民に強制している。

  1. ICRPは民主主義の土台である「個の尊厳」を破壊する思想体系である。
  2. それはICRP勧告の放射線防護の三つの基本原則として、(1)行為の正当化、(2)防護の最適化及び(3)個人の線量限度として主張される。
  3. その主張はALARA精神と呼ばれる。(ALARA:As Low As Reasonably Achieve)

科学の目で見るICRP体系:科学以前の構築物

 ICRPの被曝評価体系の問題点は「具体性の捨象」である。具体性の捨象とは、被曝という現象を科学の本質である探究の目で解明していないことである。この具体的把握のプロセスを欠いて、それが故にICRPの見解を教条的に結論化しているのである。

 この手法は科学を科学であらしめている諸原則を踏みにじっているのであり、ICRP体系を非科学と呼ばざるを得ない。それらの実態をここに箇条書き的に列挙する。

(…会員ページにつづく)

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