昨年11月末に「ウクライナ危機」が表面化してから、約1年が経った。
当時のヤヌコヴィッチ大統領がEUとの連合協定締結を見送ったことをきっかけとして始まった「市民」による大規模なデモは、政権転覆の「革命」へと至った。クリミアはウクライナから離れ、今年9月に停戦合意が結ばれて以降も東部地域では内戦状態が続き、今も人々は不安定な状況に置かれている。
一連の「ウクライナ危機」を、ひとつの国における「親EU派・親米派」と「親ロシア派」という対立軸で語るだけでは十分ではない。また、何の証拠もなしに「ロシアの策略」として語られ得るものでもない。
アメリカで生まれ育ち、ブリンストン大学を卒業し、現在はドイツのヴィスバーデンに在住しているF.ウィリアム・イングドール氏は、この「ウクライナ危機」のルーツは、ソ連崩壊の時期にあると指摘する。ソ連崩壊以降、NATOは東方に拡大し、じわじわとロシアに迫っていった。その動きが爆発的に表出したのが、「ウクライナ危機」なのである。この問題の背景には、アメリカによるユーラシア分断のもくろみがあるとイングドール氏は喝破する。
▲岩上安身のインタビューに応じるF.ウィリアム・イングドール氏
この問題は、日本も無関係ではない。アメリカが分断しようとしている「ユーラシア」には日本も含まれるからだ。
9月の停戦以降、日本ではすっかり報道量が減ってしまったウクライナ情勢だが、昨今の「原油価格下落」「(ロシアの)ルーブル通貨下落」とは、地続きでつながっている。その背景にあるアメリカの軍事戦略を読み解くとき、日本もその駒の一つであるということを思い知らされる。
アメリカの「ユーラシア分断」戦略の先にあるもの
12月4日、アメリカ議会はロシアへの経済制裁強化を可能にする、ロシアへの宣戦布告というのに等しい法案「第758法案」を通過させた。これは重大な転機である。アメリカ政府は16日、この法案に基づき、ロシアの防衛、エネルギー、金融業界に狙いを定めた、さらなる経済的圧力の可能性に言及した。また、3億5000万ドルの武器、軍装備を親ロシア派と戦うウクライナ軍に供与することも検討している。
この法案は、「ロシアによるウクライナへの侵攻」というものに対応するための法である。だが、「ロシアによるウクライナへの侵攻」があったのかどうかも分からない状況において、この法は、単にアメリカの今後の行動の事前の言い訳であり正当化である。この正当化を盾にして、アメリカはどこへ向かおうとしているのだろうか?
アメリカはユーラシアを支配したいと望んではいるが、この「帝国」は表向きの強硬さとは裏腹に、覇権を失いつつある。覇権を失いつつもそれに固執する「アメリカ帝国」の今日のあり方は、100年前の大英帝国に似ていると、イングドール氏は分析する。100年前の大英帝国の凋落の時期における混乱は、最終的に第一次世界大戦というかたちを取ることになった。もし、現在、かつての大英帝国と同じように「アメリカ帝国」がユーラシアの「分断と統治」へと動いているとすれば、これから先、何が起こるのだろうか?
そして、米国が目論むNATOの東方拡大、「ユーラシアの分断」戦略に、武器輸出緩和、そして集団的自衛権で応える安倍政権。NATOの対ロシア戦線の隊列に加わる可能性も出てきた日本に、これから何が起き、何に巻き込まれるのか?
9月12日と17日の2度にわたり、孤高の地政学者にしてエコノミスト、F.ウィリアム・イングドール氏のヴィスバーデンのご自宅にうかがい、インタビューを行った。インタビューから3カ月が経過しているが、その中身は決して古びていない。むしろアメリカが「ロシア攻略」にかける自らの戦略的意志を隠そうとしなくなった今、改めてこのインタビューを振り返ると、同氏の洞察の鋭さがいっそう際立つ。
特報を拝読しました。ユーラシアという巨視的な見方にふれるのは、フィクションの「1984年」以来ですので、大変面白く読みました。インタビューはお互いの知識により内容が全然違ってきます。海外からみた日本の政治及び経済の指針を示す現実が日本人ジャーナリストにより具体的に紹介されていることが貴重です。