「日本は70年間、憲法9条の下で平和を守ってきた。しかし、たかが内閣、たかが閣議決定によって、立憲主義の枠を越えてしまう愚かな権力者が生まれてしまった」──。
三重県松阪市長の山中光茂氏は、安倍内閣による集団的自衛権行使容認の閣議決定について、市民が連帯して闘っていくことが重要だと呼びかけた。
12月6日、名古屋市中村区のウインクあいち(愛知県産業労働センター)にて、ピースウイング主催による「緊急対談 伊藤真・弁護士×山中光茂・松阪市長 ~たかが一内閣の閣議決定ごときで~」が開催された。
伊藤塾塾長として司法試験生を指導する弁護士の伊藤真氏は、憲法の役割と意味を解きほぐして解説し、山中氏とともに、自民党の改憲草案や、安倍内閣の集団的自衛権の容認プロセスをめぐる根本的問題について論じた。
伊藤氏は、「立憲主義は、憲法で国家権力を拘束するのが基本。縛られる側が、自分たちにとって不都合だからと縛りを緩めてしまうならば、立憲主義だけでなく、法自体が意味を失う。それを、この国のトップがやってしまった」と厳しく断じた。
また、法テラス(日本司法支援センター)元理事長の寺井一弘氏が急遽登壇し、戦争体験者として、戦争のできる国家作りを進める安倍政権への危機感を訴えた。
- 講演 山中光茂氏(三重県松阪市長、医師)/伊藤真氏(弁護士、伊藤塾塾長)
- 話 寺井一弘氏(弁護士、元日本弁護士連合会事務総長、元日本司法支援センター〔法テラス〕理事長)
- 対談 伊藤真氏×山中光茂氏/質疑応答
- 日時 2014年12月6日(土)19:00〜
- 場所 ウインクあいち(愛知県産業労働センター)(名古屋市中村区)
- 主催 ピースウイング
安倍総理の言う『みっともない憲法』で日本は名誉を回復した
海外の紛争地帯などで、医師として医療活動をした経験のある山中氏は、「日本という国では、平和が当たり前すぎる。その弊害は、今回の衆院選で、平和や集団的自衛権が話題にならないことに表れている」と語る。平和を望むことは、世界中の国家にとっての命題であり、市民が夢見る理想であるはずなのに、日本人は危機感が薄いという指摘である。
その上で、「中には、理想主義では世の中は進まない、平和を訴えるだけでは平和は守れない、と言う人たちもいる。だが、70年前には侵略国家のレッテルを貼られていた日本が、先人の反省と努力の結果、当たり前に平和の中で生きられる権利を守ってこられたのではないか」と強調した。
山中氏は「安倍さんは、憲法の下での一権力機関に過ぎない内閣の総理大臣であるが、自分を抑制している憲法に対して、『みっともない憲法』と発言した。しかし、日本という国は、国連憲章では敵国条項の対象にもかかわらず、多くのNPO団体の努力や、さまざまな人権的な活動で、70年間、憲法9条の下で権力組織をしっかりとコントロールしてきたのだ」と、安倍総理の発言に異を唱えた。
そして、日本の武力放棄、国際紛争に対して武力解決をしないという方針は、国家としての大いなる反省に立った中で、国民意思に基づく憲法に準拠するものだとし、「それによって、国際社会の中で、日本が名誉ある地位を占めてきたのである」と力を込めた。
アメリカやイギリスの価値観によって、日本は軍事行動に巻き込まれる
山中氏は「これまで日本が国際紛争に関わる際、明確な基準を持ってきたかどうかは怪しい」とし、湾岸戦争には関わらなかったがイラク戦争では違ったこと、そして、これからの日本の立場について、次のような懸念を述べた。
「大量破壊兵器があるかもしれない、というアメリカの価値観でイラクに仕掛けた戦争を、小泉総理は『アメリカの軍事行動を承認して支援する』と明言した。当時の日本は、海外における武力行使や、集団的自衛権を認めない立場だったから、自衛隊は後方支援だけで済んだ。
しかし、集団的自衛権の行使が認められる今、結果としてイラクに大量破壊兵器がなくても、国際社会全体の承認がなかったとしても、アメリカやイギリスの価値観だけで、日本は軍事行動に巻き込まれる可能性がある。これが、集団的自衛権だ」
さらに、日本はアメリカと軍事同盟は結んできたものの、国際社会の中では、武力では戦争にかかわらない立場だったとし、「2014年の4月までは、武器の輸出もしない平和国家として、安全保障の面ではすべての国に対して中立だった」と振り返る。
山中氏は、韓国やドイツが集団的自衛権で関わっている地域では、韓国人やドイツ人のボランティアは危険にさらされ、思うように活動ができない、と話す。
それに対して日本人は、世界のどこの国でも、アメリカが武力行使をしている地域でも、殺されることなく、人道的支援や国家的支援などの貢献ができたと語り、「それが今回、集団的自衛権の行使という形で、一部の同盟国と連携する。NATOやアメリカは、当然、喜ぶ。自国の兵士の代わりに、日本が派兵してくれるのだから。国際紛争の解決に、日本のお金を使えるのだから。でも、それ以外の、ロシア、北朝鮮、中国など、さまざまな国家からは、日本国民全体が恨みを持たれるかもしれない」と警鐘を鳴らした。
たかが閣議決定で、憲法の域を超えてしまう愚かな権力者
戦争は常に、平和な国家を作るために自衛する、という理屈で起きてきたと山中氏は述べ、「だから私たちは、自衛を拡張した集団的自衛権を認めるべきではない。私たちの日本は、単なる理想主義で『平和』と言っているわけではなく、70年間、憲法9条の下で平和を保つことを実践してきた国家なのである」と力説し、こう訴えた。
「日本は戦争の反省を生かして、国民意思である憲法によって、戦争を二度とせず、平和の中に生きる理念を持った国家として、世界の新たなモデルケースとして、70年間平和を守ってきた。愚かな権力者が戦争の方向に向かわないようにしてきた」
そのような平和憲法の基軸を、ひとりの愚かな権力者が「みっともない憲法」と言い捨てた、と口調を強めた山中氏は、「たかが内閣、たかが閣議決定によって、立憲主義の枠を越えてしまう愚かな権力者が生まれてしまった」と安倍政権を痛烈に批判した。
その上で、「だから今こそ、平和に対する思いを次の世代に伝えるため、たかが内閣の閣議決定に対して、一緒に闘っていこう」と呼びかけた。
個人の尊重のために、憲法は権力を縛る
次にマイクを握った伊藤氏は、何のために憲法があるのかを、このように語った。
「憲法が、権力を縛る。一人ひとりを大切にするために。最近やっと、憲法は法律と違い、国家権力を縛るための道具だという考え方、つまり立憲主義が市民に伝わり、メディアも取り上げるようになってきた。でも、『何のため』という部分はまだ伝わっていない。それは、一人ひとりを個人として尊重するためである」
個人の尊重とは、他者との違いを認め合い、自分と同じように他者を大切にすることで、「これが、立憲主義の根本の価値」だと伊藤氏は続け、「それを目指して、私たちは憲法を守ってきた。しかし、残念ながらこの国では、『人と違うことは素晴らしい。だから、自分と違う他者の存在を認めよう』という寛容の精神が根付いていない」と主張した。
「憲法9条があるから、この国は戦争をしないでこられたのは確かだ」と言う伊藤氏は、それが国是として機能していくためには、国民が自分と違う他者を認めて、共存していく考え方が広まり、それを実践できる市民社会が必要だという主張を展開。「それが国家レベルまで高まることが、憲法9条の理想だ」と話した。
また、憲法にある人権保障、戦争放棄、国民主権の3つについて、「これらは決して横並びではない。人権と平和が目的であり、そのための手段として国民主権がある。国民が主権者として主体的に行動することでしか、この2つの目的を達成することはできない」とし、こう言い継いだ。
「だから、私たちは必要な時に声を上げて行動するのだ。そうしなければ目的は達成できないことを、憲法は冒頭で掲げている」
「1票の格差が2倍未満ならいい? ふざけるな」
現在の選挙制度の中では、地域によって1票の価値が不平等になることが起きている。このような事態をなくすために発足したのが、各地で「1人1票裁判」の訴訟を展開している、「1人1票実現国民会議」だ。伊藤氏はその呼びかけ人としても活動している。
伊藤氏は「2014年11月26日、昨年の参院選について、最高裁判所が、憲法に違反する状態で行われた選挙だという違憲判決を出した。その選挙制度のままで、今回、安倍政権は解散総選挙を平気でやる。国民に信を問う、と言うが、問うための手続きは整っていない」と憤る。
「1票の格差が2倍未満ならいい、という政治家もいる。ふざけるなと言いたい。それでは民主主義にならない。どこに住んでいようが同じ1票でなければ、一人ひとりを尊重したことにはならない。それを正してから、国民に信を問う、と言うべきではないか。これは今の政権が、最高裁判所を軽視し、民主主義における平等や人権という価値を軽視する態度の表れだ」
このように述べた伊藤氏は、「政治家は憲法に従う、という立憲主義の考え方を、この国ではできていない。私たちが主権者として何を行動し、発言し、続けることができるのか。今まさに、私たち自身が問われている」と訴えた。
安倍総理の信念は「日本を戦争できる国にする」こと