水道の「民営化リスク」巡り意見続出 ~5時間集会、登壇者からは「市民の議論不足」憂う発言も 2014.8.24

記事公開日:2014.8.29取材地: 動画
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(IWJテキストスタッフ・富田)

 2015年度中の水道民営化を目指す大阪市は、民間会社へ2300億円以上で運営事業を売却する方針を示している。運営会社は、当初は市が100パーセント株主となるが、その後、外資を含めた民間企業の出資比率を広げていく。将来的に民間企業が100パーセント株主となるのか、ある程度市が株を保持し続けるのは、現時点では不明だ。

 市が8月12日に発表した「パブリックコメント」の集計結果では、「英国の水道民営化で起きたような、民間株主による高配当要求に根差した料金値上げ」や、「不十分な品質管理の可能性」など、多くの懸念の声が寄せられた。

 2014年8月24日、大阪市東淀川区で行われた、水をテーマにしたイベント「みんなの水の文化祭~民営・公営なにがええの?~」のシンポジウムでも、水事情に詳しい有識者から、大阪市水道の民営化に「待った」をかける発言が相次いだ。

 海外の水道事情に詳しい、オランダにある環境NGO・トランスナショナル研究所に所属する岸本聡子氏は、大阪市が選ぶ民営化の形態は決して固定的なものではないとし、海外には「民営化失敗の歴史」があることを強調。民営化された水道事業を、再び「公営化」する動きが目立つことを重視してほしいと訴えた。

 また、岐阜在住の市民活動家・神田浩史氏は、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉の行方次第では、日本の水道市場が長きにわたって外資メジャーに握られる可能性が出てくると指摘し、そういう時に日本の首長が「民営化」に色気を見せる必要はない、と力を込め、「民営化してみてダメだったら、元に戻せばいい」という橋下徹大阪市長の姿勢を批判した。

■Ustream録画 ※Ustream動画サービスは終了しました。現在、他の配信方法に変更中です。今しばらくお待ち下さい。
・1/6(10:16~ 1時間5分) 森山氏講演「水循環基本法ができるまで〜そして、これから〜」

・2/6(11:21~ 1時間15分) 岸本氏講演「水道再公営化の潮流〜英・独ほか世界の水道〜」

10分~ 開始

・3/6(12:43~ 1時間0分) 橋本氏講演「漢字で読み解く水問題〜本当は怖いサンズイの漢字〜」

・4/6(再配信映像 57分間) 神田氏講演「川の流れでつながるイノチ〜流域よもやま噺〜」

・5/6(再配信映像 4分間)

・6/6(15:02~ 1時間15分) シンポジウム

3分~ 開始
  • 講演
    森山浩行氏(前衆議院議員)「水循環基本法ができるまで〜そして、これから〜」
    岸本聡子氏(トランスナショナル研究所、オランダ)「水道再公営化の潮流〜英・独ほか世界の水道〜」
    橋本淳司氏(水ジャーナリスト)「漢字で読み解く水問題〜本当は怖いサンズイの漢字〜」
    神田浩史氏(泉京・垂井)「川の流れでつながるイノチ〜流域よもやま噺〜」
  • シンポジウム
    コーディネーター 橋本淳司氏  パネリスト 森山浩行氏/岸本聡子氏/神田浩史氏

「地下水」が国の管理の対象に

 トップバッターの森山浩行氏(前衆議院議員)が取り上げた「水循環基本法」は、今年の3月27日の衆院本会議で、全会一致で可決、成立した。この法律は国内の水資源の保全を図るもので、これまでの、国土交通省や厚生労働省など、7つの省が縦割りで河川や上下水道、農業用水などを管理してきた体制を見直す。

 「各省が縦割りでやってきただけに、今までは一体化した会議を開くことすら難しかった」。こう指摘した森山氏は、新法ができたことによって、日本の水関連制度の一元管理が実現し、複数省庁による縦割り管理ゆえの、管理の重複といった弊害が解消される、との見方を示した。

 そして、これまで法規制が及ばなかった「地下水」も管理の対象にされる。背景には、外資によって土地が広く買われ、その下に走る地下水脈を好き勝手に開発されたら困る、という思惑もあるようだ。外資による森林の買収は地下水脈の開発が狙いとみられ、近年は中国資本による、北海道を中心とした買収が勢いづいていることに、警鐘を鳴らす報道もある。

 森山氏は「地震で地下水の流れが変わった時の権利関係をどうするか、という点も問題になっていた」とも語った。

 現在、掲げられている水循環基本法の骨子は、1. 水を国民共有の貴重な財産に位置づける、2. 政府は水循環基本計画を定め5年単位で見直す、3. 内閣に水循環政策本部(本部長は首相)を設置する、4. 政府と自治体は森林、河川、農地、都市施設などを整備する、5. 政府は水循環に関する研究開発を推進する──などだ。

いったん「民営化」すると後戻りは難しい

 2番手の岸本聡子氏(トランスナショナル研究所)は、スピーチ冒頭で、水道事業の民営化に踏み切った海外の国々に「失敗」が多数発生していることを強調した。

 そして、「日本に暮らしていると、公営水道が機能しないということは想像しにくいが、海外に目を向けると、それは決して当然のことではない」と続けた岸本氏は、日本の水道事業は世界でも稀なほど「公営」の形態で上手く運営されており、わざわざそれを「民営化」する必要はない、と主張。その上で、「水道民営化を断行した諸外国には『再公営化』の傾向が見られる」とし、まず、フランスのパリの事例を紹介した。

 2008年11月にパリ市議会は、水道事業を委託してきた仏民間水道メジャーのスエズとヴェオリアの2社との契約更新を行わないことを決め、今後のパリの水道事業は、市が直接監督する公営事業体が運営していくことを発表した。

 コストの削減や品質管理などの面で、目論見通りの民営化効果が得られなかったのだ。岸本氏は「いったん民営化してしまうと、公営に戻すのは難しい。職員の雇用や、市民との契約の面などに面倒なことが生じる」と指摘。さらには、「世界規模での事業展開を狙っている海外の水道メジャーの場合、投資先国での『再公営化』を許したくないため(=市場を失いたくないため)、その国の政府を国際的な法的手段(ISD条項)で訴える可能性も出てくる」とも述べた。

 米アジュリ社に水道事業を委託してきたアルゼンチン(ブエノスアイレス)が「再公営化」に舵を切った際、まさに、その「ISD条項」による訴訟が起きた。2006年7月には、アルゼンチン政府は1億6500万ドルの賠償金をアジュリ社に支払った模様。

 その後、話が英国(イングランドとウェールズ、以下同)の事例に及ぶと、岸本氏は「サッチャー政権の終盤である1989年に、英水道事業は民営化されたが、それから25年が経過した今、悲惨な状態になっている。世論調査では英国人の約7割が再公営化に賛成している」と口調を強めた。

英国の実態に目を向けよ

 現在、英国の水道事業は民間10社によって営まれているが、岸本氏はそのうちの最大手「英テムズ・ウォーター社」の名前を挙げ、批判を展開した。

 「株主配当に重きを置くことに加え、事業内容が見えにくい中間会社を設置することで、税金納付を回避している。同社の2011年の納付額はゼロだった」。

 配当金圧力が異常に強いため、水事業の品質維持・向上に欠かせない「設備投資」が脇に追いやられる、と岸本氏は言う。テムズを含む英民間水道会社が、国から過剰な借り入れを行っていることにも触れ、「自己資金の4倍ほどの借り入れが行われている。これにより意図的に負債を膨張させ、税金逃れをしている」と指摘した。

 民間会社のこうした姿勢は、市民が支払う水道料金に跳ね返ってくる。岸本氏は「英国では水道料金の改定が5年ごとに実施されるが、値上げに踏み切るのは、手続き的にはさほど難しくない状態が続いていた。やる気のない投資計画でも、オフワット(民営化後の水道事業監督機関)が裏付けとして認めてきたためだ」と語った。

 水道事業の場合、参入後は独占状態になるため、民営化しても電話業界のような競争原理は働かず、それゆえに値上げがしやすい一面もある。民営化後の、英国水道料金の高騰については、英国紙ガーディアンが分析的なレポートを発表し、水道各社の、利用者である市民を軽視した経営姿勢を見事にあぶり出すことに成功している。

 集会では、「民営化された方が、設備投資向けの資金は集まりやすいと思う」といった意見が飛び出した。だが、それにより投資家からの配当圧力がさらに強まれば、市民が享受するメリットは少なくなる。

 イングランドとウェールズの水道各社がオフワットに提出した、2010年から5年間の支出・料金設定計画でも、水道料金の軒並み値上げが示されており、テムズ・ウォーターはインフレ率を上回る3パーセントの値上げを予定している。

 水道民営化の計画が浮上中の大阪市の住民に対し、岸本氏は「英国の事例から教訓を得てほしい」と呼びかけた。

討議でも「民営化」がテーマに

 民営化に向けた現時点の大阪市の方針では、当初は市が水道事業を担う民間会社の100パーセント株主になる。岸本氏は、この点について「会社が暴走することは考えにくい」としつつも、民営化の形態は将来どうなるかわからず、、「海外で『再公営化』の動きが顕著であることが持つ意味は大きい」と訴えた。

 集会はその後、橋本淳司氏(水ジャーナリスト)による、さんずいの漢字をキーワードにした、今の日本が抱える水問題に関する講話風のスピーチを挟み、神田浩史氏(泉京・垂井)が登壇。「今夏、京都や兵庫で起こった水害は(豪雨が珍しくなくなっている今の日本では)決して他人事ではない」とし、河川を軸に自然災害の発生可能性を読む力が、現代人には欠けていることに警鐘を鳴らした。「扇状地(山すそ)の宅地開発は一般的に行われているが、洪水発生のリスクがある」。

 神田氏は「昔の日本人なら、河川との付き合い方を知っているが、今の日本人はそうではない。ことに、都市部で長く暮らしてきた人は、勉強することなしに『どこに住んだら危険か』を判断することが難しい」と言葉を重ねた。

 5時間もの長丁場となった集会の最後には、登壇者全員による討議が行われ、そこでも「水道事業民営化」がテーマになった。

 岸本氏は「公営事業の民営化に関する議論では、推進側の基本的な論調は『官でも民でも、いい仕事をすればいい』だが、途上国を含め、水道事業の民間運営には失敗の事例は枚挙にいとまがなく、今や世界銀行も、民営化を推奨していない」と重ねて強調した

大阪市水道を「TPP」の餌食にしていいのか

 岸本氏は、公益事業の民営化の功罪については「民主主義」の観点から論じることが肝要との立場。「その国の大勢の市民が、民主的な議論を重ねた上で民営化を選択したのなら、私はとやかく言わない」としつつも、そのためには個々の市民が勉強しなければならないと力を込め、情報開示が足りない部分は、役所に対し開示を求める姿勢が肝要だ、と付け足した。

 これに橋本氏が「情報開示が不十分な中で、民営化の政策決定が進められていくのが悪しきパターンだ」と応じると、森山氏は「事業の決定権は、あくまでも役所が握りつつ、委託できる部分を民間企業に任せるやり方に留めるべきだ」との考えを示した。

 TPP交渉の行方が不透明な中で、水道民営化の基本方針を表明した大阪市を批判したのは、神田氏だ。「橋下市長は『民営化してみて、ダメだったら元に戻せばいい』と話しているが、(TPP交渉の行方次第では)それはとても難しくなる」と力説した。TPPによって日本の水道市場がこじ開けられた場合、外資の水道メジャーによって日本の水道が、長期間乗っ取られる恐れがあり、元に戻そうとしたら、ISD条項で日本政府が訴えられる可能性が出てくる、との見立てである。

 また、神田氏は、日本を含む48ヵ国・地域が交渉に参加するTiSA(新サービス協定)もTPPと似た性格だ、とも指摘した。TISAは、関税以外のあらゆる非関税分野を対象とした経済連携協定とされており、交渉もすでに行われている。しかし、TPPと同じくその交渉内容は隠され、協定の内容もほとんど明らかにされていない。

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