「静かにやろうや」ナチスの手口から学ぼうとしたこと~「法の番人」内閣法制局長官の首すげ替えと裏口からの解釈改憲【IWJウィークリー第13号 岩上安身の「ニュースのトリセツ」より】 2013.8.9

記事公開日:2013.8.9 テキスト
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特集 憲法改正

麻生副総理、「ナチス発言」を謝罪せず

 「いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていったんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口、学んだらどうかね」――。

 これは、7月29日、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が代表を務める、民間のシンクタンク・国家基本問題研究所が開催したシンポジウムの場で飛び出した、麻生太郎副総理の発言です。

 この講演には、当然、大手メディア各社から、麻生副総理の「番記者」が入っていたと思われます。しかし、当初、各紙の報じ方はバラバラでした。上記の「ナチス」発言について、記事のなかで触れたのは、読売新聞のみ。それも、見出しに「ナチス」の文字はなく、小さなベタ記事扱いでした。

※改憲「狂騒、狂乱の中で決めるな」麻生副総理(読売新聞7月29日/リンク切れ)

 同じ講演を聞いていたはずの朝日新聞にいたっては、麻生副総理がナチスやワイマール憲法について語ったくだりにはまったく触れず、「改憲は単なる手段なのです。狂騒・狂乱の騒々しい中で決めてほしくない。落ち着いて、我々を取り巻く環境は何なのか、状況をよく見た世論の上に憲法改正は成し遂げるべきなんです」と述べた、と報じるにとどまりました。

※「護憲と叫べば平和が来るなんて大間違い」麻生副総理(朝日新聞7月29日/リンク切れ)

 日本のメディアが、麻生副総理の「ナチス発言」をめぐり、今になって大騒ぎをしているのは、海外からの反応が、彼らの予想を大きく超えるものだったためです。

 まず、韓国政府は、麻生副総理の講演が行われた翌日の30日、外務省のチョ・テヨン報道官が「改憲問題はさておき、ナチス政権が日本帝国主義の侵略を受けた周辺国や国民にとってどんな意味を持つかは明らかだ。日本の政治家は言動を慎まなければならない」と記者会見で発言し、麻生氏に厳重に抗議しました(サーチナ7月31日)。

 中国外務省も31日、「日本の主要な指導者がナチスを見習い、憲法改正を押し進める必要があると公然と述べたことは、日本がどこに進むかに関してアジアの近隣や国際社会の懸念と警戒を起こさざるを得ない」と抗議声明を発表しました。

 しかし、安倍政権の主要閣僚による発言をめぐり、中国や韓国が抗議声明を出したことはこれまでしばしばありました。今回、メディアがこれほどまでに大騒ぎとなったのは、米国のユダヤ人ロビー団体「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」が声明を発表したからです。

 「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」は30日、副代表で宗教指導者エイブラハム・クーパー氏の署名で、「ナチス政権のどの『やり方』──民主主義をひそかに無能にするやり方──が学ぶ価値があるのか」と麻生副総理に説明を求める声明を発表しました(ウォール・ストリート・ジャーナル7月31日)。

※「サイモン・ヴィーゼンタル・センター」のホームページに掲載された声明文” Simon Wiesenthal Center to Japanese Vice Prime Minister: Which ‘Techniques’ of the Nazis Can We ‘Learn From'”?”

 上記の「サイモン・ヴィーゼンタル・センター」のホームページには次のように記載されています。

“What ‘techniques’ from the Nazis’ governance are worth learning—how to stealthily cripple democracy?” asked Rabbi Abraham Cooper, associate dean of the Simon Wiesenthal Center, a leading Human Rights NGO, adding, “Has Vice Prime Minister Aso forgotten that Nazi Germany’s ascendancy to power quickly brought the world to the abyss and engulfed humanity in the untold horrors of World War II?

訳:「ナチス統治の『手口』、すなわち、いかに秘密裏に民主主義を損なわせるかという点の、どこに学ぶべき価値があるのか」と、有数の人権NGOであるサイモン・ヴィーゼンタール・センターの副代表であるエイブラハム・クーパー師は問いかけた。「麻生副総理は、ナチスドイツが権力の座についたことが、間もなくして世界をどん底に陥れ、人類を第二次世界大戦の計り知れない恐怖に巻き込んだことを忘れたのか」とも加えた。

 さらに、エイブラハム・クーパー氏は、朝日新聞の電話取材に答え、「21世紀の民主主義にナチスの手口をもたらし、憧れを呼び起こそうというのはまったく理解できなかった。ナチスがいかに民主主義のプロセスを巧みに操ってきたかについても読み誤った」としたうえで、「謝罪が必要なのはユダヤ人に対してのみではない。日本人や、ナチズムの犠牲となった世界のすべての人々に対してだ」と語り、麻生副総理に対し、「世界のすべての人々」への謝罪を要求しました。

※ナチス発言「世界に謝罪を」米ユダヤ人人権団体副代表(朝日新聞8月1日/リンク切れ)

「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」と聞けば、30代後半から40代以上の方の中には、ピンとくる方もいるのではないでしょうか。

 阪神・淡路大震災が発生した1995年1月17日。この日発売された、(株)文藝春秋の月刊誌「マルコポーロ」に掲載された、内科医の西岡昌紀氏の論文「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」が唱えたホロコースト(ユダヤ人虐殺)の否定説に対し、(株)文藝春秋を糾弾、日米の財界に働きかけて、同社への広告の出稿を引き上げさせるなどして、「マルコポーロ」を廃刊に追い込んだのが、この「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」でした。

 当時、「マルコポーロ」の編集長だった花田紀凱(かずよし)氏の言動や去就にマスコミの注目が集まるなか、私は西岡昌紀氏へ行なったインタビューをもとに、高等教育を受けた人間が、ホロコーストを否定する歴史修正主義者のプロパガンダに飛びついてしまう「無邪気なホロコースト・リビジョニスト」というルポを「宝島30」誌に執筆しました。今号の「IWJウィークリー」では、この論考を再掲しましたので、ご一読いただければと思います。

 さて、大手メディアは「マルコポーロ事件の再来か」と考えたのでしょうか、「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」の反応を受けて、麻生副総理の「ナチス発言」を大きく取り上げるようになりました。当初、ナチスについて触れたくだりに言及していなかった朝日新聞は、第一報から3日後、一転して、講演での麻生副総理の講演を全文掲載するなど、麻生副総理に批判的な論調の記事を掲載するようになりました。

※麻生副総理の憲法改正をめぐる発言の詳細(朝日新聞8月1日/リンク切れ)

 IWJはこの「ナチス発言」が飛び出した翌日の30日、麻生太郎事務所と、シンポジウムを主催した国家基本問題研究所への取材を敢行。麻生事務所は「特に対応は考えていない」と答え、国家基本問題研究所も「特にコメントをすることはない」と応じました。

 国家基本問題研究所には、当日の動画アーカイブと議事録の公開を要請しましたが、「ホームページで1ヶ月後をめどに会員向けに公開することになっています」との回答。「麻生氏の発言については、ご本人に直接お聞きになるのがよいのではないのでしょうか」という返答でした。

 しかし、「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」含め、国内外からの厳しい反応を受けてか、麻生副総理は8月1日、「ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい」というコメントを発表します。しかし、「撤回」にとどまり、「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」や中国、韓国が求める「謝罪」は行いませんでした。

※麻生氏が発表したコメント全文(朝日新聞8月1日/リンク切れ)

 IWJはこの翌日、8月2日の閣議後定例会見において、麻生副総理に、「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」をはじめ、国外からの批判に対し、謝罪する意図があるかどうか質問。財務省記者クラブの記者が、麻生副総理の顔色をうかがってか、この話題に触れなかったのに対し、IWJが「周囲の空気を読まずに」この問題に対して追及をしたので、麻生副総理は憮然とした表情を浮かべながら、以下のように答えました。

IWJ芹沢記者「副総理は昨日、ナチスを引き合いに出した発言を撤回されましたが、一方、中国や韓国、さらには米国のユダヤ人ロビー団体『サイモン・ヴィーゼンタール・センター』から謝罪を求める声明が発表されています。昨日の撤回コメントとは別途、これらの謝罪要求に対し、何らかの声明を出されるおつもりはあるのでしょうか」

麻生副総理「ありません」

IWJ芹沢記者「ではもう一点。社民党の又市征治幹事長をはじめ、野党から謝罪と閣僚の辞任を求める声があがっています。副総理に辞任するご意向があるのかどうか、確認させてください」

麻生副総理「又市先生がそんなこと言ってるんですか? 辞任する意向はありません」

▲IWJからの質問に対し、憮然とした表情で答える麻生太郎副総理――8月2日、財務省会見室

 
 この日の会見で、「ナチス発言」について、財務省記者クラブに属する他の記者たちは、麻生副総理に対しまったく質問をしませんでした。しかし、各社、IWJからの質問に対する麻生副総理の発言を、会見後、一斉に速報ニュースとして配信しました。

※閣僚辞任・議員辞職を否定=「謝罪の意思ない」―麻生副総理兼財務省(時事通信 8月2日/リンク切れ)
※麻生副総理:「辞職するつもりはありません」ナチス発言(毎日新聞 8月2日/リンク切れ)
※麻生氏 ナチス発言で辞職の考えなし(NHK 8月2日/リンク切れ)
※麻生氏「真意、理解してもらえた」辞職を否定(朝日新聞 8月2日/リンク切れ)

 IWJの記者の質問に答えての、麻生副総理の発言については、海外メディアも大きく報じました。ワシントン・ポストは「麻生太郎財務大臣は、自国の憲法を秘密裏に、公の議論なく改正するのに、ナチの例に従うべきだと示唆発言をめぐって、辞職や謝罪することを拒んだ」と報道。ウォール・ストリート・ジャーナルも「麻生氏は、発言が誤解されたことや、発言を撤回されたすることは再度繰り返したが、謝罪はしないと述べた」という記事を配信しました。

 フランスのAFP通信も「反発している中国、韓国など周辺国や、米国のユダヤ系団体などに謝罪する考えはないと述べたうえで、前日の発言撤回にとどまると再度強調した」と報じています。

※Washington Post:Japanse minister refuses to step down over remarks seen as praising Nazis(リンク切れ)
THE WALL STREET JOURNAL:Japan Finance Minister W`ont Resign After Nazi Remarks

“Japan’s finance minister said Friday that he won’t step down in response to the widespread criticism he received for his remarks referring to Nazi Germany.”
訳:日本の財務大臣は、金曜日、ナチスに言及した彼の発言に対して受けた世界的批判に対し、謝罪することを拒否した。

※AFP BB News:麻生副総理「ナチス発言」での辞職を否定

 そしてやはり、敏感に反応したのは中国と韓国のメディアです。中国の新華社通信は、「日本国民は一流のはずなのに…麻生氏がナチス発言撤回、謝罪も辞任もせず」と、皮肉めいた見出しで報じました。

 新華社通信は、以下のように報じています。

 「日本の麻生太郎副総理兼財務相は1日、憲法改正にからんでドイツのナチス政権を引き合いに、『あの手口を学んだらどうか』と講演で述べたことについて『誤解を招く結果となった』として撤回した。ただ、間違いは認めず、謝罪もせず、辞職もしないという」。

 朝鮮日報も「このような発言を平気で行うのが、安倍内閣と日本の極右政治家のレベルだ」と社説で厳しく断じています。(リンク切れ)

 「日本の麻生太郎副総理兼財務相は1日『ナチスによる憲法改正の手口を学ぶべき』とする自らの発言について『誤解を招いたことは遺憾に思う。ナチス政権の例を挙げたことは撤回する』と弁解したが、その一方で『ユダヤ人への謝罪や副総理を辞任する意向はない』と明言した。麻生氏は先月29日、『ドイツのヒトラーは当時、欧州で最も先進的だったとされるワイマール憲法に基づく選挙で当選した。(ところが)ワイマール憲法はいつの間にか、誰も分からないうちにナチス憲法に変った。この手口を学ぶのはどうか』と発言した。

 麻生氏が『ヒトラーに学ぶ』と語ったその意味は、国民が問題の深刻さを理解する前に、民主主義憲法を一気に無力化するという手口であり、これは、どのような手口を使ってでも日本の平和憲法を見直し、軍事大国に突き進む道を一気に切り開きたいとする考えがにじみでている。『ナチスの手口を学ぶ』という発言など、人権と民主主義を尊重する世界各国では絶対に口にすることはできない。ナチスはワイマール憲法を無力化することで周辺国を侵略し、世界大戦を引き起こしただけでなく、ユダヤ人大虐殺という悲劇を招いた歴史的背景があるからだ。このような発言を平気で行うのが、安倍内閣と日本の極右政治家のレベルだ」。

 朝鮮日報の社説は、さらに次のように続けます。

 「安倍内閣は麻生氏の発言が外部に知られ、韓国や中国がその没歴史性を指摘したにもかかわらず、何もなかったかのように振る舞い、しかも反省の一言さえない。ところが欧米のメディア各社や、ナチス戦犯の追跡で知られるユダヤ人団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC、本部・米国)などが強く反発すると、麻生氏は直ちに自らの発言を撤回し、日本政府も遺憾の意を表明した。これは日本のいつもの行動パターンだ。米国や欧州などが騒ぎ立てればすぐに頭を下げる一方、かつて日本の侵略により直接の被害を受けた韓国や中国などアジア諸国に対しては心から謝罪していない」。

 「韓国や中国がその没歴史性を指摘したにもかかわらず、何もなかったかのように振る舞い、しかも反省の一言さえない」。ところが、「米国や欧州などが騒ぎ立てればすぐに頭を下げる」。これが「日本のいつもの行動パターンだ」という朝鮮日報の指摘は、的を得たものだと言えます。

 第一次安倍政権時、従軍慰安婦問題について、安倍総理は、中国や韓国に対してではなく、2007年4月28日に行われた日米首脳共同会見の場で、米国のブッシュ大統領に対して、「謝罪する」と述べました。そしてそれを、ブッシュ大統領が「受け入れる」と応じたことを、私はこれまで、「IWJウィークリー」でお伝えしてきました。

※2007年4月28日 日米首脳共同会見(動画

 IWJは現在、麻生副総理の発言について、「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」に取材しています。先方からコメントが返ってき次第、メルマガやIWJのホームページで公開いたします。

「法の番人」のクビをすげ替えて、そっと「静かに」解釈改憲を

 さて、麻生副総理が「ナチス」を引き合いに出したことはもちろん問題ですが、より重要な問題点を指摘しておかなければなりません。それは、麻生副総理が、憲法改正を「静かにやろうや」と語ったことです。このくだりは、単なる「失言」では片づけられない、自民党と政府の「本音」が語られています。

 どういうことか。安倍政権は、憲法改正を掲げ、実際に改正の発議が可能な議席を獲得した政権ですが、正面から国民的な議論に問うのではなく、現行憲法の解釈では認められていない「集団的自衛権行使容認」を、「解釈改憲」によって可能にしようと目論んでいるのです。

 麻生副総理の「静かにやろうや」という発言の前後に、内閣法制局長官の「異例」の人事異動がありました。安倍総理は8月2日までに、山本庸吉・内閣法制局長官を退任させ、後任の長官として、小松一郎駐仏大使をあてる人事案を固めました。8日にも、閣議で正式決定される見通しです。

※法制局長に小松一郎駐仏大使 (共同通信8月2日/リンク切れ)

 内閣法制局とは、「法の番人」とも呼ばれる部署です。政府提出の法案や政令案について、憲法や他の法令と矛盾がないかを事前に審査するほか、憲法や法令の解釈で政府の統一見解を示す役割をはたします。これまで、歴代総理の政治判断に対して、憲法との整合性をチェックし、縛りをかけてきた歴史があります。米国が、日本に対して強く求める集団的自衛権行使の容認を、憲法9条との関連で認められないとストップをかけてきたのも、この内閣法制局でした。

 その内閣法制局長官に、安倍総理の肝いりで就任することになった小松一郎氏とは、どのような人物なのか。それを論じるためには、第一次安倍政権の時代にまでさかのぼる必要があります。

 2007年5月、第一次安倍政権時、安倍総理の私的諮問機関として、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」という有識者会議が立ちあげられました。略称は、安保法制懇、座長は柳井俊二元駐米大使。この「安保法制懇」は、集団的自衛権に関して、政府がこれまでの憲法解釈上禁じてきた、以下の「4類型」に関して、憲法との整合性を問い、議論を深めるために立ちあげられたものでした。その「4類型」とは、

1.日米共同訓練などの際、公海上で米軍艦船が攻撃を受けた場合、自衛隊艦船がそれを防護することは可能かどうか

2.米国に向かう可能性のある弾道ミサイルを、日本のミサイル防護システムが迎撃することは可能かどうか

3.PKO(国連平和維持活動)などに参加している他国軍隊が攻撃を受けた際、救援のため駆けつけて武器を使用し、警護することは可能かどうか

4.海外で、武力行使と一体化するかたちで、他国軍隊に対する補給、輸送、医療などの後方支援を行うことは可能かどうか

の4つを指します。

 これまでの集団的自衛権に関する政府見解は、「保有すれども行使はできない」というものでした。

 集団的自衛権は、国連憲章第51条「国際慣習法上、国家が本来保有する、国家の自然権」として、国連加盟各国にその保有が認められています。しかし、日本の場合、憲法9条2項に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と定められています。

 そのため、内閣法制局の解釈により、「わが国は、主権国家である以上、国際法上、当然に集団的自衛権を有しているが、これを行使して、わが国が直接攻撃されていないにもかかわらず他国に加えられた他国に加えられた武力攻撃を実力で阻止することは、憲法第9条のもとで許容される実力の行使の範囲を超えるものであり、許されないと考えている」との政府見解を一貫して維持してきました。(外務省HP

 「安保法制懇」は、この政府見解を変更し、2007年6月、上述の「4類型」を集団的自衛権の範囲内で行使可能である、とする報告書をまとめ、安倍総理に提出しました。しかし、2007年9月の安倍総理の退陣により、同報告書は閣議決定には至らず、その後、たなざらしの状態になっていました。

※2007年6月24日「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書

 しかし、安倍総理は日米首脳会談に出発する直前の2月8日、官邸に、第1次安倍政権時と同様のメンバーを招集、「安保法制懇」の再度の立ちあげと、議論の再開を命じました。

 この「安保法制懇」に、第1次安倍政権時から事務方として関わり、報告書の取りまとめに奔走した人物が、この小松一郎氏なのです。小松氏は、筋金入りの「集団的自衛権行使容認派」として知られています。

 小松一郎氏が内閣法制局長に就任することは、安倍総理が主張してきた「集団的自衛権の行使容認」を、憲法との整合性を検証することなく、素通りさせてしまうことを意味します。今回の人事は、時の政権から距離を置き、客観的な法解釈の視点から、政権の政治判断をチェックしてきた内閣法制局の機能が、有名無実化してしまったことを意味するのです。

 「安保法制懇」も、安倍総理の指示により、8月下旬には議論を再開する見込みです。年内には報告書をまとめ、「4類型」に関する集団的自衛権行使容認をまとめた報告書を作成し、年末に策定される「防衛大綱」に盛り込む見通しだとされています。

※集団的自衛権行使、下旬に議論再開へ (北海道新聞 8月5日/リンク切れ)

 「憲法改正は静かにやろうや」――。

 麻生副総理の、この発言が意味するのは、政権、「安保法制懇」という有識者会議、そして政権のチェック機能であるべき内閣法制局が、互いのチェック機能をはたさないまま、三位一体となって、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認に突き進むことであり、その際、なるべく国会でも議論にならず、マスコミにも騒がれず、大多数の国民が気づかないうちに、実質的な「改憲」を果たしてしまおう、ということなのです。

「リバランシング」という名の米国の国防費の「肩代わり」

 水面下で一気に進むこの集団的自衛権行使容認の動きの背後には、米国の意向が働いていることは明らかです。

 6月24日に行われた「日米安保研究会」発足記者会見において、いわゆる「ジャパン・ハンドラー」の筆頭格だとされるリチャード・アーミテージ氏は、次のように発言しています。

 アーミテージ「日本の集団的自衛権に関しては、米国は日本が決定すべきだという立場をずっと取っています。日本がどんな決定を下そうとも、日米関係は保持していくつもりです。それが第一点です。第二に、度々申し上げてきたことですが、集団的自衛権の禁止は、同盟協力の障害となっているということです」――。

▲記者会見するリチャード・アーミテージ氏――6月24日、笹川平和財団

「日米同盟関係をより強固に」 リチャード・アーミテージ氏、マイケル・グリーン氏、ジョセフ・ナイ氏ら「ジャパンハンドラー」と加藤良三元駐米大使、岡本行夫氏らが「日米安保研究会」を発足 2013.6.24

 

「集団的自衛権の禁止」が「同盟協力の障害」となっている、アーミテージ氏はあからさまにそう語りました。要するに、米国の要望を、あくまで日本が「自己決定」したという形でかなえよ、ということなのです。

 しかし、「安保法制懇」が提言する集団的自衛権に関する「4類型」、特に、米国の軍事行動と密接に関わる最初の2点については、アーミテージ氏が言うような「同盟協力」どころか、米国の軍事行動に日本の自衛隊が巻き込まれ、その下請けとしての役割を担わされる、ということを意味します。

 「4類型」が提示する1点目「公海上における米艦の防護」は、公海上で米軍が攻撃された場合、自衛隊艦艇が防護する必要があるのではないか、という問題提起です。しかし、公海で米艦が攻撃されることがあれば、米軍自らが圧倒的な戦力で応戦し、奇襲を受けても何十倍もの報復を行うでしょう。世界最強の軍隊であり、実戦経験も圧倒的に豊富な米軍が、なぜ日本の自衛隊の援護を受けなければいけないのか、理解に苦しみます。

 現実には、米軍に対して攻撃を試みようとする無謀な国家は、現在、地球上には存在しません。米軍が行なっている戦争は、第2次大戦以降すべて、米国が相手の国に乗り込んで行なっている戦争ばかりです。朝鮮戦争しかり、ベトナム戦争しかり、現代のアフガン戦争、イラク戦争は言うまでもありません。

 百歩譲って、米軍の艦船に対して攻撃を仕掛ける無謀な国家が存在すると仮定しましょう。その際、憲法解釈が現状の通りならば、本当に自衛隊は指を加えて黙って見ているしかないのか。そんなことはない、個別的自衛権でも対処できる、と断言するのは、元防衛官僚の柳澤協二氏です。

 小泉政権、第一次安倍政権、福田政権、麻生政権において、官邸内で安全保障政策を取り仕切った元内閣官房副長官補の柳澤協二氏は、私のインタビューに応え、次のように証言しました。

柳澤氏「集団的自衛権に関して、第一次安倍政権の時、安倍さんご本人に申し上げたんです。北朝鮮からアメリカに向かうミサイルは、北極付近を通過しますので、日本のMDやPAC3では撃墜はできません、と」

岩上「そうなんですか」

柳澤氏「それから、米艦が自衛隊艦隊の隣にいるときに攻撃されても、個別的自衛権でできると、そこまで申し上げました。それでも、総理がどうしてもやりたいとおっしゃるので、事務レベルの協議には参加しましたけれども」

▲安倍政権が突き進む「集団的自衛権行使容認」に疑問を呈する柳澤協二氏――2月13日、都内IWJ事務所

岩上安身によるインタビュー 第273回 ゲスト 柳澤協二氏 2013.2.13

 

 柳澤氏も指摘するように、「個別的自衛権」で対処可能な事案を、あえて「集団的自衛権」へと拡大することは、米国の要求に必死に応じようとする「おもねり」に他なりません。

 「4類型」の2点目、「米国に向かう可能性のあるミサイルの迎撃」に関しては、元外務省国際情報局局長の孫崎享氏が、IWJの緊急特番に出演した際に、次のように批判しています。

 「集団的自衛権の行使容認は、先日発表された『防衛白書』に盛り込まれた『敵基地攻撃論』と連動して考えた場合、非常に危険なことです。

 北朝鮮がテポドンを打ち上げる際、まだ打ち上げていない段階でも、『アメリカ本土に飛んで行くかもしれない』という理屈で、日本が『集団的自衛権の行使』として、先制攻撃したとします。そうすると、もちろん、北朝鮮は日本に反撃するでしょう。

 北朝鮮は、日本を射程範囲に収めるノドンミサイルを、200~300発保有しています。つまり、米国の防衛のために、日本が火の海になるということなのです。『防衛白書』の責任者は防衛大臣です。防衛大臣は、基本的に日本の国を守るためにいる。他国のために、自国を危険に晒す防衛大臣を持つ国なんて、どこにもいませんよ」。

▲「防衛白書」に盛り込まれた「敵基地攻撃論」に警鐘を鳴らす孫崎享氏――7月21日、都内IWJ事務所

隠された争点「原発・経済とくらし・TPP・憲法改正・安全保障・歴史認識」の問題を徹底討論 ~IWJ選挙報道プロジェクト 参議院選挙投票日スペシャル 2013.7.21

 

 孫崎氏が指摘するように、集団的自衛権の行使を容認するということは、米国が世界各地で続けている不必要な戦争に日本が巻き込まれるリスクと同時に、米国の都合で日本本土が戦場と化すリスクをも高めてしまうのです。

 「日米安保研究会」発足の記者会見の場で、アーミテージ氏は次のようにも発言していました。

 「日本ができる最も重要なことは、防衛大綱にしてもそうですが、米国のリバランシングをサポートすることに関して、近隣諸国に適切に十分に説明をすることです」――。

 「リバランシング」とは、直訳すると「軍事力の再均衡」を意味します。オバマ大統領は2011年11月のオーストラリア訪問時に、東アジアへ戦略の重点を移すことを明言するとともに、この「リバランシング」を最優先事項としてあげました。

 具体的には、日本・韓国・オーストラリアとの同盟関係を再強化することで、米国の軍事関係の支出を削減するという方針を指します。要するに、「リバランシング」なるものは、米国の国防費を、同盟国が「肩代わりせよ」、という意味なのです。

 オバマ大統領は、今年3月の第2次オバマ政権発足時に、国防費を10年間で5000億ドル削減する方針を打ち出しました。

 これをうけ、7月31日、ヘーゲル国防総省長官が、米国の国防費削減の具体的プランを発表しました。ヘーゲル長官が示したプランとは、陸軍を現有の49万人から38万人へ5分の4に削減、海兵隊を最大で3万3000人削減、空母を2隻削減するという、非常に大規模なものでした。

※米国防総省、国防省の強制削減で選択肢提示―陸軍兵力38万人に(ウォール・ストリート・ジャーナル 7月31日

 注目すべきは、ヘーゲル長官が国防費支出削減の具体的プランを発表する直前の7月26日、日本政府が「防衛大綱」の中間報告を発表したことです。この「防衛大綱」中間報告には、「敵基地攻撃能力の検討」、「自衛隊の海兵隊機能の強化」の他に、「武器輸出3原則の緩和」も盛り込まれました。

※防衛大綱中間報告の要旨(時事通信 7月26日/リンク切れ)

 「武器輸出3原則」とは、(1)共産圏諸国向けの場合(2)国連決議により武器輸出等の輸出が禁止されている国向けの場合(3)国際紛争の当事国又はその恐れのある国向けの場合、日本国内から海外への武器輸出を認めない、という原則のことです。(外務省HP

 この「武器輸出3原則」の「緩和」が、具体的に何を意味するかは現在のところ明らかにされていません。しかし、シリア、イエメン、パキスタンなど、世界各地の紛争に介入している米国との武器の共同開発を、容易にするための措置であることは明らかです。

 日本のメディアは一切報じていませんが、この「防衛大綱」の中間報告をうけ、米国防総省の軍事関係のバイヤーであるフランケン・ケンドール氏が早速、外務省、経産省、防衛省を訪問しました。ロイターの英語版、そしてイランラジオのみがこの事実を報じています。

※REUTERS:Exclusive: Pentagon’s chief weapons buyer builds Japan ties as it eyes arms exports
※米国防総省の兵器購買担当者が日本を訪問(イランラジオ

 こうした米国側の動きは、明らかに、「リバランシング」の一環です。日米の軍事的一体化、すなわち自衛権の米軍下請け化が進むと同時に、日米の防衛産業の一体化も進んでいるのです。これは日本の産業構造に大きな変化をもたらす可能性があります。民生品製造中心の経済体制から、軍需産業に重心移動し、結果として、日本は弾薬やミサイルを大量消費する戦争を、必要とする国に変わってしまうかもしれません。

 集団的自衛権の行使容認、「リバランシング」の一環としての米国の軍事費の肩代わり。日本の、米国との軍事的一体化、下請け化は、麻生副総理が図らずも口にしたように、「静かに」、しかし着々と進行しています。「ナチス」を口に出したことはもちろん問題ですが、それがどのような文脈で、どのような意図をもってなされた発言なのか、注意深く読み取る必要があります。

「怪物」を探し求めて外国へ行く「怪物」

 米国の第6代大統領のジョン・クインシー・アダムズは、1821年7月4日、独立記念日に有名なスピーチを行いました。

 「米国は、退治すべき怪物を探し求めて外国の外国へ行くようなことはしない」――。

 これは、他国に武力介入しない、時に「孤立主義」とも言われるモンロー主義の外交理念を、端的に述べたものとして知られます。このアダムズのスピーチを、映画監督のオリバー・ストーンが、大著「もうひとつのアメリカ史」の中で引用しています。

 「アダムズはイギリスの植民地主義を厳しく非難し、アメリカは『退治すべき怪物を探し求めて外国に行くようなことはしない』と宣言した。さもないと、『解放者としての一線を越えて、利権と策謀が絡む戦争や、個人の貪欲や羨望や野心が起こす戦争にことごとく関わることになる。そうした戦争は自由の名を騙り、自由のうわべを塗っているにすぎない。アメリカの政策の基本原理がいつのまにか解放から抑圧へと変わってしまう』。そうなればアメリカは『世界の独裁者となっても、もはや建国の精神に忠実な国家とは言えなくなる』とアダムズは警鐘を鳴らした」(「オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1 ~2つの世界大戦と原爆投下」より)

 アダムズの警告を忘れたかのように、「怪物」を探して世界中をうろつき回り、宣戦布告もなしに他国の領土に土足で踏み込んで、無人攻撃機で勝手気ままに爆撃を続けている米国。誰よりも米国自身が侵略を正当化する「怪物」と化してしまっているのですが、その米国と日本が軍事的に一体化するということは、日本もまた「介入主義」の米国を真似て「怪物」を探し求めて外国へ出て行く「小怪物」になってしまうことを予感させます。

 「国のかたち」を「静かに」変えられてしまう前に、引き返すように声をあげる猶予は、わずかながらまだ残っていると信じています。

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「「静かにやろうや」ナチスの手口から学ぼうとしたこと~「法の番人」内閣法制局長官の首すげ替えと裏口からの解釈改憲【IWJウィークリー第13号 岩上安身の「ニュースのトリセツ」より】」への3件のフィードバック

  1. ヤマト より:

    麻生発言問題について考えたとき、いろんな立場からの批判や擁護があるのは、当然であり健康なことと思っています。岩上さんの言われるとおり、この背景として、外国での報道に日本メデイアが後追いしたと言うことです。さてそれでは欧米の反応は何を源にしているのかというと、岩上さんが引用した多くの(あるいは全ての)新聞記事にあるように、麻生さんはナチス政権の [Technique]に学ぶと述べたとなっているところだと思います。朝日新聞によると「(ナチスの)手口に学んだらいい」と述べたことになっています。当たり前ですが、「手口を学ぶ」と「手口に学ぶ」とは一次の違いですがかなりの大きな違いがあります。レトリックとして違うと言うことです。その上でですが、「手口に学ぶ」をlearn the Nazi`s techniqueと翻訳するか、learn from the Nazi`s crime(あるいはmodus operandi)と翻訳するかで大いなる違いとなります。手口を英語にすると、crimeとかtrickとかあるいはmodus operandiということで、techniqueというのはさすがに違うと言うところでしょう。正しい翻訳をしない結果、戦争になったりすることもあります。今回はそのたぐいの問題が最初というのが私の認識です。もちろんそれとは別に麻生さんを批判することはあっていいことです。例えば、憲法遵守の地位にいる政府の人間が憲法改正を述べるのは如何かなと言うのがいつも引っかかることです。一般国会議員が議論するべきものだと思います。

  2. hiroshi yamaguchi より:

    麻生さんは反面教師という意味で「ナチス」の例を出しただけだと思います。最近のマスコミは本来の使命を忘れ、ウケ狙いの報道ばかり。発言の全文を読めば全然違うことを掲載しているのは明白。報道倫理はどこにいってしまったのでしょう?

  3. AS より:

    法制局長官交代は、自民の憲法第96条改定手法と全く同じですね。
    “ルールが自分達に不利なら、有利になるよう改めてしまえばいいんだ”。

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