参院選を目前に全国で「野党共闘」が叫ばれる中、一般市民によるある動きが目を引く。
弁護士や憲法研究者らによって結成された「安保関連法賛成議員の落選運動を支援する・弁護士・研究者の会」(略称 落選運動を支援する会)による、国会議員の「落選運動」である。
「落選運動支援の会」による落選運動の対象は、主にこの7月の参院選で改選を迎える自民党・参議院議員たちに的を絞る。
同会による「落選運動」は、国会議員の「政治資金」を精査して不正を見つけ出し、「政治資金規正法」や「公職選挙法」に照らし合わせ問題があると判断すれば、刑事告発する方法である。
同会はこれまでに、計10人の自民党・参議院議員と、5人の衆議院議員、そして東京都知事を刑事告発してきた。告発された議員の中には、島尻安伊子内閣府特命担当大臣、高市早苗総務大臣、甘利明元経済再生担当大臣、萩生田光一官房副長官ら、安倍政権を支える閣僚らが含まれる。
ある特定の候補を「落選させよう」と一般市民に呼びかける「落選運動」は、公職選挙法の制限を受ける「選挙運動」とは異なる。「選挙運動」とは、特定の候補の当選を目的とした運動のことであり、選挙の公示・告示日から選挙期日の前日までしか行うことができない。
一方で落選運動は、公職選挙法に定められた選挙運動とは異なり、選挙の公示・告示日より前の期間から行うことができる。議員としてふさわしくないと思われる候補を落選させることを目的として行う運動のことである。今まで、一般に広く知られていななかったが、合法的な国民の権利行使のひとつであう。
上脇教授は著書『追及!民主主義の蹂躙者たち 戦争法廃止と立憲主義復活のために』(日本機関紙出版センター)の中で、「落選運動を支援する会」による落選運動を紹介している。その中で、次のように述べている。
「『お任せ民主主義』に陥るな」
黙っていれば、お偉い先生方が良いようにしてくれる――。現実がそんなに都合の良いようにできていないことは、2011年3月11日の東日本大震災にともなう福島原発事故によって明らかにされた。
今、参院選を7月に控え、国民は岐路に立たされている。自民・公明・おおさか維新、その他の改憲勢力が3分の2議席以上を確保すれば、間違いなく、改憲の発議が行われる。自民党改憲草案に定められた「緊急事態条項」の創設が国民投票にかけられるだろう。
政府は、「緊急事態条項」を「災害時の人命救助をスムーズに行うため」に必要だとしている。しかし、同条項が、災害を口実に時の内閣総理大臣に強大な権限を集約し、国民の基本的人権を無期限に制約することを可能とするものであることは、十分に知らされていない。
国民にその危険性が十分知らされていない中で国民投票にかけられれば、低投票率で推移した場合、自公の組織票がものを言い、投票数の過半数を得て、同条項は憲法に書き加えられ、国民の基本的人権はあっけなく奪われかねない。メディアの批判機能が正常に作動していれば、こんな危険な条項が憲法に加えられる心配をしなくてもすむ。しかし、安倍政権にひたすら追従する現在のマスメディアの体たらくを見ていると、到底、安心することはできない。
IWJでは、上脇教授の許諾を得て、『追及!民主主義の蹂躙者たち 戦争法廃止と立憲主義復活のために』の中から、一部を抜粋し、「落選運動」紹介編として、掲載することにした。6月1日に国会が閉会し、各候補者が街へ繰り出し始めたいま、ぜひお読みいただき、主権者の国民の政治参加の一手法としてお役立ていただきたい。
いま国民・主権者がすべきことは何か
9条改悪の明文改憲を阻止し、戦争法の廃止を実現するためには、世論が反映する政治を実現しなければなりません。それをどのようにしてつくるかが、いまの政治の最大の課題です。
そのためには、民意を正確かつ公正に反映する選挙制度に改めさせるべきです。企業・団体献金は、企業や労働組合の政治資金パーティー券購入とともに全面禁止すべきですし、政党助成は廃止すべきです。
しかし、そうしたことを目ざしつつも、今まさに重大なことは、第1に、平和主義、立憲主義、民主主義に敵対する安倍政権への国民の怒りを今後も持ち続け、広がったさまざまな運動とその共同の輪を維持し続けることです。今度の運動には、「専守防衛」のための自衛隊や日米安保条約を肯定する人々、従来の集会やデモ・パレードに参加したことのない市民も、自発的に参加するという新しい動きがありました。「集会、デモ・パレードをやっても、今の政治は変わらない」と思っている若者が少なくない中、集会、デモ・パレードをやって、「民主主義とは何だ?」「これだ!」と叫んだ若者が出現したのです。このような若者・市民が今後も主催しやすい、あるいは参加しやすい状況や運動を維持することが必要です。
▲神戸学院大学教授・上脇博之氏
第2は、戦争法制を廃止する運動へと発展させることです。戦争法案の反対運動においては、同法案に賛成した議員を落選させようとコールする人々がありました。
「自民党議員や公明党議員は、主権者国民のために国会で議論する代表者ではなく、アメリカのために採決要員のロボットになってしまった」「採決の詳細がわからない議事録内容になってしまうほど、ポンコツロボットになってしまったようだ。有害だから廃棄処分すべきだ!」
これは、国民に広がる共通の思いでしょう。その思いは、戦争法賛成議員を次の選挙で落選させ、戦争法を廃止する国会づくりの運動へと向かう高い可能性をもっています。
国会で戦争法案に反対した野党共闘は、この運動に応えるために、選挙での野党共闘に発展する可能性があります。そうすれば、国民の声が反映する政治を確実に実現するための、国民と政党との共同もスタートすることになります。共産党の志位和夫委員長は9月19日の記者会見で「戦争法廃止で一致する政党・団体・個人が共同して国民連合政府をつくろう」「『戦争法廃止の国民連合政府』で一致する野党が、国政選挙で選挙協力を行おう」と提案しました。民主党など他の野党がこれに同調するのか注目されます。若者の自発的な運動が大きく芽生えるなか、来年参議院通常選挙から18歳選挙が始まりますから、選挙での野党共闘が実現すれば、若者にも大いに注目されることでしょう。
若者を含め主権者国民に求められるのは、「お任せ民主主義」に陥らないよう、これまでの安倍政権・与党批判の抗議行動を今後も続けること、そして戦争法廃止が次の衆参の国政選挙の重大な争点になるように運動を続けることです。
安倍政権、自公与党が一番期待し続けているのは、戦争法の成立に反対していた国民の一人でも多くがそれを忘れ、戦争法の是非を次の国政選挙の争点にしないことです。逆に、恐れていることは、戦争法の成立に反対していた国民の一人でも多くが反対の声を出し続け、戦争法の廃止が次の国政選挙の争点になることです。
落選運動の具体的動き
私も戦争法を違憲と叫び続けます。今後も、主権者の一人として安倍暴走政治を批判する憲法運動・市民運動を粘り強く続けます。そして新たに、落選運動にも取り組んでいきます。その運動はすでに具体化して進めています。
9月には弁護士の有志の方々が、「安保関運法賛成議員を落選させよう」と全国の弁護士に呼びかけられました。10月には、私を含め7名の憲法研究者も同様の呼びかけを行い、20人を超える全国の憲法研究者の賛同を得ました。
▲上脇博之氏著『追及!民主主義の蹂躙者たち 戦争法廃止と立憲主義復活のために』
弁護士の有志の方々と憲法研究者の有志は、一緒に活動をすることになりました。今後は憲法研究者以外の研究者の賛同もありそうです。それゆえ、「安保関連法賛成議員の落選運動を支援する・弁護士・研究者の会」(略称 落選運動を支援する会)を結成し、ホームページもつくりました。政治資金オンブズマンが追及してきた「政治とカネ」間題の分析力を活用して、個々の議員の落選運動を展開することにしました。
「安保関連法賛成議員の落選運動を支援する・弁護士・研究者の会」(略称 落選運動を支援する会)
2015年11月
呼びかけ人 阪口徳雄(大阪弁護士会)
沢藤統一郎・梓澤和幸・(以上東京弁護士会)
郷路征記(札幌弁護士会)
上脇博之(神戸学院大学法学部教授)
2015年9月19日、安倍内閣は安保関連2法を強行採決により「成立」させました。日本国憲法の平和主義を直接に蹂躙するだけでなく、立憲主義や民主主義をも破壊する立法であります。
この法案に反対する国民運動は大きな高揚と広がりを見せましたが、結局のところ国会議員の数の力で衆参両院において賛成多数で「可決」されました。この運動の中から、安保法制賛成議員を落選させようとの声がおこりました。
私たちも、立憲主義、民主主義に違反した議員はそれ自体で国会議員としても失格であると同時に今後の国政に関与することは有害であると考えます。
そこで、この法律に賛成票を投じた議員を次の選挙では、この議員達への落選運動を支援するために「安保関連法賛成議員の落選運動を支援する・弁護士・研究者の会」(略称 落選運動を支援する会)を立ち上げます。
この会の具体的な当面の活動は、
- 落選対象議員の収支報告書などが総務省や都道府県の選管で公開されているのを一元管理するサイトを立ち上げ、広く有権者が閲覧できるHPを立ち上げることにあります。当面は2016年7月参議院選挙の「選挙区」議員の42名に絞っています。比例区の安保法制賛成議員についても順次公開していきたいと思います。
- 上記の落選対象議員の収支報告書の調査の過程で、不透明な収入や支出があれば、その情報をHPに公開していきます。もし法に違反する場合は刑事告発等の法的手続を会のメンバーや市民と共同で行うこともあり得ます。
- 落選対象議員の情報の提供を広く市民に呼びかけ、調査の上で問題事例があれば、HPに公表するとか、公開質問状を出すとか、又は市民が告発などを行うことを支援したりします。
- 市民の落選運動の中で具体的な問題が生じたときには法的なアドバイスやサポートをすることも検討中です。
- この会は安保法制に賛成議員の落選運動のみに関与し、特定の政党、特定の候補者などの支援、選挙活動を行うことは一切ありません。
私たちが落選運動の対象第1号にしたのは、現在、大臣である島尻安伊子参議院議員です。島尻氏には、沖縄県選挙区内の者にカレンダーを無償料配布し、それを自身が代表を務める政党支部の政治資金収支報告書に記載していなかった問題と、島尻氏がその政党支部に合計1050万円を貸付けていたのに、それが消えてしまった問題があることが判明しました。そこで「政治資金オンブズマン」共同代表である私を含む全国の研究者30人は、島尻大臣らを公職選挙法違反・政治資金規正法違反の容疑で刑事告発するために、11月24日に代理人(弁護士)を通じて告発状を那覇地検に送付しました。
落選運動には幾通りかのやり方が考えられますが、落選運動そのものは、「特定の候補者の当選を目的」とするものではありませんので、選挙運動ではありません。最後に、この点について詳しく解説しておきます。