2014年は、第一次世界大戦開戦から、ちょうど100年目にあたる。冷戦の終結からは約四半世紀が経過した。冷戦の終わりにともない、世界は、「世界戦争」からは次第に遠ざかっているように思われた。ついこの間までは、そう考え、また、そう信じようとしてきたのだ。
しかし、ここにきて、ウクライナが内戦状態に陥り、「イスラム国」が台頭し、イスラエルがガザを空爆するなど、世界を揺るがす出来事が立て続けに起こっている。そこには、アメリカとロシアの対立(というか、アメリカによるロシアへの言いがかり)があり、アメリカによる介入や爆撃がある。
しかし、アメリカによるあらゆる地域への介入や爆撃は、今に始まったことではない。我々は認識を根本的に改める必要がありそうだ。冷戦の終わりによって、平和の配当は行われたか? 言うまでもなく、答えは「ノー」だ。あるいは、こう問いなおすべきなのかもしれない。そもそも「冷戦」の「終わり」は現実に起こったのか、と。
ピーター・カズニック氏は、「冷戦は終わっていない」と強調する。アメリカによる、第三世界への戦争はいまなお継続中なのだというのだ。
たしかに、戦後のアメリカ、あるいは冷戦後のアメリカによる継続的な軍事行動がなかったとしたら、現在の状況はまるで違ったものになっていたはずである。アメリカの誰が、何を求めているのか? アメリカとともにある世界はどこに向かっているのか?
他方、今やアメリカの「一部」、従属物のようになりはててしまった、日本の政治の急激に加速する右傾化は、何を意味しているのだろうか? 我々は、望むと望まないとにかかわらず、つねに世界の情勢に巻き込まれている。現内閣が好き勝手に決めてしまった「集団的自衛権の行使容認」は私たちに重大な影響を及ぼすことになるだろう。
世界の情勢をマクロ的視点で的確にとらえることで、私たち自身がミクロなレベルで何ができるのか、何をなすべきかが見えてくるのではないか。
原爆投下から69年目を迎えた長崎の地で、8月8日、アメリカン大学教授のピーター・カズニック氏と「ピース・フィロソフィー・センター」の乗松聡子氏にインタビューを行った。
核兵器の脅威と通常兵器の脅威
▲ピーター・カズニック氏(右)と乗松聡子氏(左)
岩上安身「ジャーナリストの岩上安身です。私はいま、長崎に来ております。原爆が投下された記念日が近づいている、このタイミングで、今日は大事なお客様をお迎えしています。 ピーター・カズニック教授は、オリバー・ストーン監督とともに、『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』(※1)という全3冊の本をお書きになられました。
さらに、『広島・長崎への原爆投下再考』(※2)という本を、鹿児島大学の木村朗教授と、ピース・フィロソフィー・センターの乗松聡子さんとお書きになっていらっしゃいます。訳は乗松さんです。
今日、この長崎の地にふたたびピーター・カズニックさんがいらっしゃいました。そして乗松さんもいらっしゃっています。今日はよろしくお願いします」 乗松「よろしくお願いします」
岩上「一年前にピーター・カズニック教授のインタビュー(※3)のときに、乗松さんに通訳をしていただきました。そして、さらに、乗松さんの単独インタビュー(※4)もさせていただきました。本日は、乗松さんにピーターさんの通訳をしていただきながら、コメントもしていただきたいと思います」
ピーター・カズニック「もう一冊紹介したい本があります。重要な本です」
乗松「オーストラリアのガバン・マコーマックという人と書いた『Resistant Islands(抵抗する島々)』(※5)です。沖縄の普天間移設問題と称される新基地建設問題について、歴史的、地理的、いろんな背景も含めて批判する本です。日本語では『沖縄の<怒>』という本で、法律文化社から出ています」
岩上「今年になってますます読む価値が高まっている本ばかりですね。
一年前に、ピーターさんにお話をうかがった時に、非常に印象的だった言葉がいくつもありました。そのうちの一つとして、『みなさんは核の脅威にだけとらわれている。もちろん、核は危険だが、通常兵器のレベルが上がっている。特に、サイバー、スペース、ドローン、アメリカはこの通常兵器を駆使して、より好戦的に世界を支配していくだろう。それに気をつけなくてはいけない』ということをおっしゃいました。
(★)ピーター・カズニック氏は、2013年8月11日に岩上安身のインタビューに応じ、以下のように語った。
「アメリカは、かなり、核兵器を手放しても大丈夫な状態にきています。サイバー、スペース、ドローンの分野において、総合的な覇権を発揮するわけで、核兵器に頼る必要はありません。通常兵器が、非常に強力になっていますので。そういう意味でも、アメリカは、日本に核武装をしてもらう必要はないのではないでしょうか」 (「沖縄の米軍基地が拡大される可能性」 核兵器に代わる米国の新戦略とは ~岩上安身によるインタビュー 第329回 ゲスト アメリカン大学・ピーター・カズニック教授 2013.8.11)
一年経って、こんなふうになるとは、と驚いています。ひとつは東ウクライナで起こっていることです(※6)。これは、その地域だけの問題ではありません。もし、ひどくなれば、世界戦争にでもなりかねないような大変な問題です。そして、もうひとつは、ガザでのイスラエル軍の侵攻です(※7)。このような暴虐が許されているのも、アメリカが背景にいるからですね。
そして日本は、集団的自衛権行使容認をしてしまいました。アメリカや、アメリカの同盟国、つまりイスラエルとかNATOにくっついて戦争をしていくという準備が整いつつあるわけです。大変なことだと思います。この問題について、カズニックさんや乗松さんはどのように考えていらっしゃいますか」
カズニック「この一年は大変良くない年となりました。坂道を転げ落ちるような年となりました。世の中の暴力は増えて非常に混沌として、爆撃も増えたし、テロも増えたし、貧困も増えました。何一つ良くなったことはないかのように見えます。
もちろん、もっと悪くなり得たかもしれません。アメリカがシリアを空爆する可能性がありましたし、イラクに増兵するという選択肢もありえましたが、実際にはやりませんでした。ですから、最悪の事態にならなかったこともいくつかはありました。ですが、全体的には非常に悪い一年であって、今なお、そうですね。
おっしゃるとおり、アメリカは通常兵器の拡散を行っています。アメリカやいくつかの国は核兵器の戦略を縮小していて、核ではない兵器の性能を高めようとしていますが、この二つは密接に絡み合っているのです。例えば、現在、ロシアとアメリカはそれぞれ8,000ずつぐらい核兵器を持っています。 他の国々も合わせると、もう2,000ぐらいあります。
多くの人が核兵器の縮小をしなければいけないと言いますが、ロシアは、今、核軍縮できない状況にあります。核兵器を持ち続けるということは費用がかかりますが、核軍縮ができない。なぜなら、アメリカが、通常兵器で非常に優位性を持っているからです。
ロシアは、アメリカが通常兵器で優位性を保ち続けている限り、核軍縮してしまうと力関係が弱くなってしまいますから、ロシアとしては核兵器にしがみつかざるを得ない状況になっているわけですね。
アメリカが核兵器を減らすと、それは逆にロシアに取っては非常に大きな脅威になるわけです。
核兵器を使うことはタブーだと思われています。アメリカがヒロシマとナガサキに原爆を落とし、ここはすべて破壊されてしまいました。それ以来、核兵器を使うことは、国際的に、倫理的に抵抗感があります。アメリカは、核兵器は問題ないということを世界に説得しようとしてきました。
例えば、アイゼンハワー大統領は、『平和のための核』(Atoms for Peace)ということを言いました。これは、通常兵器と核兵器の境目をなくすことでした。核兵器も普通の銃もアイゼンハワーにとっては同じことだったのです。アイゼンハワーは、一番最初の国際的な原子炉を広島に建てたかったのです。なぜなら、どれだけ日本の人々が核エネルギーや核兵器に反対するか、知りたかったからです」
乗松「付け加えますと、広島市立大学平和研究所の田中利幸さんとピーター・カズニックが共著で、岩波ブックレットで2011年に『原発とヒロシマ——「原子力平和利用」の真相』(※8)という本を出しています。
そこで、日本にとって必要のなかった原発をどうやって、アイゼンハワーの『平和のための核』政策の一環として日本に導入したかを書いています。アメリカの情報局、CIAや、正力松太郎などが絡んでいました。日米の共謀で心理作戦を行いました。全国で何十万人も動員して、広島で原子力博覧会をやって、日本人の核アレルギーをなくそうとしたという歴史がありました。
この本に、ピーターのアイゼンハワーの核政策についての論文と、田中利幸先生の論文がありますので、詳しく知りたい方は読んでください」
カズニック「アイゼンハワーは世界を説得することはできませんでした。世界は原子力実験に反対しました。アイゼンハワーとケネディは国際的な圧力に応えるかたちで、1963年にアメリカ、ソ連間で部分的核実験禁止条約(※9)を結びました。
核兵器と通常兵器とのあいだの境界線を再び積極的に取り去ろうとしたのがジョージ・W・ブッシュです。2002年にアメリカで核体制の見直しが発表されました(※10)。
ブッシュは、100メガトンもあるような強力な核兵器はなかなか使えないから、もっと小規模の戦術的核兵器などを推進しようとしました。それは、ニューヨーク・タイムズなどによって非常に非難されています。アメリカは核における最大のならず者国家であり、人類の道義的基準を超えて世界で優越性を保とうとしているのだと非難されたのです。
核兵器はいまだに人類にとって、地球上の生物にとって、大きな脅威です。ですが、私の学生などを見ていると、核の脅威をそれほど身近に感じている人はいません。昔のアメリカでは、人々は眠れなくなるほど核戦争に対する恐怖を持っていましたが。核兵器がなくなったわけでもないのに、その恐怖感は、なぜかなくなってしまったのです。
今、核兵器と同じくらいの破壊力を持つ通常兵器が開発されています。
2003年にアメリカがイラクに侵攻したとき、最初の戦略は『Shock and Awe(衝撃と畏怖)』と呼ばれていました。 ハーラン・ウルマン(Harlan K. Ullman)が考案したのですが、アメリカがかつてヒロシマに対して与えたのと同じような効果を、核兵器を使わずにバグダッドに与えようとする戦略でした。
侵攻が始まった日の朝のことを憶えています。ある学生が電話してきて、CNNの映像に バグダッドの空にキノコ雲のような雲が出ていたと言ったのです。核兵器を使わずに、生活と街を一瞬にして破壊したのです。通常兵器は、非常に効果的で、正確で、非常に強い力を持っていたのです」
(※1)『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』オリバー・ストーン、ピーター・カズニック著、早川書房、2013年。 「歴史上、ファシストや全体主義者を打倒したアメリカには、『自由世界の擁護者』というイメージがある。しかし、それは真の姿だろうか? 2度のアカデミー賞に輝く、過激な政治的発言でも知られるオリバー・ストーンによれば、それは嘘だ。じつはアメリカはかつてのローマ帝国や大英帝国と同じ、人民を抑圧・搾取した実績にことかかない、ドス黒い側面をもつ「帝国」なのだ。その真実の歴史は、この帝国に翳りの見えてきた今こそ暴かれねばならない。最新資料の裏付けをもって明かすさまざまな事実によって、全米を論争の渦に巻き込んだ歴史大作(全3巻)」(紹介文より)
(※2)『広島・長崎への原爆投下再考』木村朗、ピーター・カズニック著、法律文化社、2010年。 「史実に基づく多数の研究成果をふまえ、広島・長崎への原爆投下を批判的に再考。『原爆神話』や原爆投下決定過程を日米双方から分析する試みは、「核兵器のない世界」へ向け多くの示唆を与える」
(※3)「「沖縄の米軍基地が拡大される可能性」 核兵器に代わる米国の新戦略とは ~岩上安身によるインタビュー 第329回 ゲスト アメリカン大学・ピーター・カズニック教授 2013.8.11」 この中で、カズニック氏は、サイバー、スペース、ドローンの威力について、「アメリカは、かなり、核兵器を手放しても大丈夫な状態にきています。サイバー、スペース、ドローンの分野において、総合的な覇権を発揮するわけで、核兵器に頼る必要はありません」と警告。それが、今回のインタビューの布石となっている。
(※4)「「歴史は文明の糸のようなもの」 オリバー・ストーン監督とピーター・カズニック教授が日本人に伝えたかった本当のこと ~岩上安身によるインタビュー 第334回 ゲスト乗松聡子氏 2013.8.19」
(※5)『沖縄の〈怒〉』ガバン・マコーマック、乗松聡子著、法律文化社、2013年。「沖縄問題の核心を通史の展開をふまえ実証的に追究した沖縄研究にとって必読の書。沖縄に正義と平和をもたらす責務がある日本の私たちに重い問いを投げかけるべく、原書を加筆修正」
(※6)2014年4月に、ウクライナ東部のドネツク、ルガンスク、ハリコフで親ロシア派のデモ隊が州庁舎などを占拠し、その後「ドネツク人民共和国」「ハリコフ人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の創設宣言がなされた。これに対してキエフ政府は「反テロ作戦」と称して軍事行動を行い、現在に至るまで政府軍と親ロシア派武装勢力の戦闘が続けられている。
(※7)2014年7月8日からイスラエル軍がパレスチナ空爆を始めた。8月中旬までで2000人を超える死者が出ている。(参照:【第157-158号】岩上安身のIWJ特報!イスラエル>アメリカ>日本、倒錯した偏愛の同盟 ~「価値観を共有する」 虐殺に加担する日本 2014.7.21)
(※8)『原発とヒロシマ——「原子力平和利用」の真相』田中利幸、ピーター・カズニック著、岩波書店、2011年。「原爆の惨劇を経験した日本は,なぜ戦後,核の危険性に目をつむり,原発政策に邁進していったのか.その背景には,1950年代,アメリカが自らの核戦略を推進するために生み出した「原子力平和利用」政策がある.そして被爆地・広島をその戦略のために利用したのだった――.歴史の真相を紐解き,日本の原発政策の「原点」を問う」
(※9)「部分的核実験禁止条約」は、正式名称「大気圏内,宇宙空間および水中における核兵器実験を禁止する条約」。1963年にアメリカ、イギリス、ソ連のあいだで発効された条約である。地下を除く、大気圏内や宇宙空間や水中における核爆発を伴う実験が禁止された。(大辞林第三版より)
(※10)「核戦略の見直し(Nuclear Posture Review: NPR)とは、今後 5 年から 10 年間のアメリカの核抑止政策、戦略や態勢を包括的に見直すもの。1994年と2002年に公表され、さらに2010年にオバマ政権によって発表された。(国立国会図書館調査及び立法考査局「【アメリカ】 核戦略の見直し(NPR)公表」
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