醍醐聰東大名誉教授他 「TPP影響試算作業チーム」による北海道現地調査密着取材 3日目 2013.5.15

記事公開日:2013.5.15取材地: テキスト動画
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 2013年5月15日(水)、北海道士幌町、芽室町他で、醍醐聰東大名誉教授他「TPP影響試算作業チーム」による北海道現地調査密着取材3日目が行われた。(本取材の詳細はメルマガ「IWJウィークリー」第3号でレポートしています。定額会員の皆さまには無料で配信しています。「まぐまぐ」でのご購読はこちらから)

■士幌町 澱粉工場視察/食用馬鈴薯施設視察

■士幌町 西上加納農場(酪農・肉牛)視察

■JAめむろでの意見交換

■めむろ町畑作農家視察

■日本甜菜製糖株式会社での意見交換

■醍醐聰氏によるまとめ

  • 日時 2013年5月15日(水)
  • 場所 北海道士幌町、芽室町など(北海道)

――今回、政府が発表したTPP試算に対する検証を行うということで、札幌、帯広、十勝を3日にわたり現地調査をした。その際、先生は試算における『跳ね返り効果』という言葉を使われていた。まず、この用語について解説をいただければ。

醍醐氏「政府が発表した試算は、片道通行になっている。しかし、私たちが実際に試算を行うと、TPPにより生産額が減るということは、農業収入の減少につながる。そして、農業収入が減れば、当然、農業所得も減る。所得が減ると、雇用者所得も減ることになる。さらに、農業に紐付いて成立している関連事業者の所得も減ることになる。

 そうなると、それが家計に跳ね返り、家庭の消費支出、さらには企業の設備投資も減少している。消費が縮小すると、そのぶんまた生産が減る。こうした悪循環が起こる。

 政府が言うような片道通行ではなく、生産者と消費者の両方から矢印が双方向的に向かう。そういう循環的な波及効果が起こるということが、今回の現地調査であらためて確認できた。このことを、現在計算中の試算に組み込もうと思う」

――この”循環”ということでポイントの確認を。視察2日目、帯広のトラック協会を訪問した。協会の専務理事の方は、トラック運搬業も農業の関連産業のひとつなので、TPPで影響が出るとのことだったが

醍醐氏「普通、トラック運搬業といえば、多種多様なものを運ぶと考えられている。ところが、この帯広・十勝では、重要品目としてTPPで大きな打撃を受けると言われている生乳(せいにゅう)を運ぶトラックは、タンクローリーのような、生乳の運搬に特有な車輌になっている。なので、生乳がなくなれば、運ぶものがなくなってしまう。帯広市役所で『代わりに何か運ぶものがありますか?』と聞いたら、市役所の方は『水くらいしかないでしょう』とのことだった。

 では、そういったなかでトラック業界がどういう対応があり得るかということを聞いたところ、『公共事業がある』ということをおっしゃっていた。それを聞いて、はじめはピンとこなかった。ところが今日、めむろ町の畑作農家に行くと、排水がよくないということで、排水管をひいていた。あの排水管を自前で設置すると、1千万円はかかると、農家の方はおっしゃていた。そこで、地元の公共事業というかたちで発注しているということだった。

 すると、結局のところ、公共事業というものは、畑作あっての公共事業、農業関連の公共事業だということになる。そうなると、TPPで畑作が駄目になるということは、発注がなくなり、公共事業もなくなるということだ」

――今回取材してみて、TPPの非関税障壁が、実は農業にも当てはまるということが印象的だったと感じたが

醍醐氏「その点に関して、帯広・十勝の生産の現場に来て、非常にリアリティを持った。BSEの問題を教訓にして、生産者が、自分たちの生産物の安全性を守るために、大変な努力をしていることが分かった。

 言葉だけで『食品の安全』ということが一般に言われるが、そんな簡単なものではないということが、あらためて分かった。農家の方々は、生産物の履歴、データーベースの作成を、法律ができたからではなく、自発的に行っていた。

 その履歴も、単に生産者の名前を書き残すだけではなく、どういう肥料を使ったか、それを何時、何回撒布したか、そういう細かいことまですべて記録されていることが分かった。

 そういったデータが、農協ですべてコンピューターに入力されて残っていた。もし何か作物に問題があっても、どこの、誰の、どの工程が悪かったのか、すぐに分かるような仕組みになっているということだった。

 ところが、こういったルールが、アメリカには存在しない。アメリカは、生産履歴を具体的にチェックするということはまったくやっていない。

 そうすると、日本側が、法律による規定ではなく、自己管理として率先して行なっている安全への取り組みが、米国企業にとって競争上不利になる”非関税障壁”だとして、訴えられてしまう可能性がある。

 この非関税障壁の問題が、士幌町でもめむろ町でも意見交換の際に異口同音に出た。非関税障壁は知財や医療の分野で議論されがちだが、実は農業にも当てはまる、ということが、深く印象に残った。

 士幌町で、ポテトチップ用のじゃがいもの貯蔵庫を見学した。そこにひとつひとつバーコードが付いていて、それをチェックして検索すれば、こと細かな履歴が分かることが分かった。こうした安全性に対する自発的な取り組みが、海外からのクレームの対象になってしまう。そして、この仕組が崩れてしまう。現場の方々は、TPPにより、自分たちの安全性への努力が水泡に帰してしまうことを心配していた。

 士幌町で生産者の方々と話した際、今の日本ではマスコミが、価格の面だけで国産か輸入品かの比較をして報じている、ということだった。そして、安い輸入品が入ってくるのは消費者にとってよいことだ、と。

 しかし、食の安全に対しては、今回実際に見ることができたように、非常に細かな手間ひまがかかっている。そういう安全のためのコストを、価格の面だけから見るのは、近視眼的だと思う」

――今回、唯一カメラが入ることが出来なかった、札幌JA北海道中央会との意見交換について、お聞かせいただけることがあれば

醍醐氏「政府が喧伝している『攻めの農業』『六次化』について、JAの受け止めを聞きたいと思っていた。すると、先方からは『まやかしだ』という声が出た。現在ですら自給率が40%で、関税を撤廃したらそれが10%程度に下がるという試算がある。国内の自給率ですら先進国で最低クラスなのに、海外に輸出するなんてデタラメだ、という意見が出た。

 『六字化』については、『何を今さら言っているのか』という意見が出た。農業が、流通から販売、加工まで担うという『六次化』は、これまで自分たちが既にやってきたことだ、ということだった。

 帯広の方々は、農場経営を、個人で大規模にやっている方がほとんど。それを軽々に、バリューチェーンと言っても、イメージが湧かないと思う。JAでも、加工や流通よりもまず、基幹である農業を守らなければいけない、という意見が出た」

――TPPに関し、今後、メディアはどう報じていくべきだと考えているか

醍醐氏「地元の方々は、農業にも非関税分野があるということをなかなか分かってもらえないと、もどかしさを感じているようだった。そこで、私たちのような大学教員への期待を感じることができ、大変嬉しく感じた。

 その際、既存のメディアだけではなく、インターネットのような新しいツールが有効なのではないか」

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