【国会ハイライト】「『戦争で亡くなった方々へ心を捧げる』はその程度か」歴代防衛相として史上初・戦没者追悼式を欠席した稲田防衛相が民進・辻元氏の追及に涙目!「日本の核保有」発言は意地でも撤回せず! 2016.10.2

記事公開日:2016.10.2取材地: テキスト
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(文:原佑介)

 「いつも『命を捧げた方に感謝の心を表すことができない国家ではなりません』と言っているにも関わらず、全国戦没者追悼式を欠席した。言行不一致ではないか」

 2016年9月30日の衆議院予算委員会で、民進党・辻元清美議員の追及を受けた稲田朋美議員が、涙をこらえて答弁に窮する場面があった。

 辻元議員は、稲田防衛相がジブチ視察の影響で、終戦記念日の「全国戦没者追悼式」に欠席したことを指摘し、「閣議決定されてから今まで、防衛大臣で欠席したのは、あなただけ」と批判を展開。「『戦争で亡くなった方々への心を捧げる』というのは、その程度だったのかと思われかねない」と迫った。

 稲田防衛相は、言葉を詰まらせながら、「今回、追悼…国立…戦没者追悼式へ出席しなかったというご指摘ですけれども、それは誠にその通りでございます」と認め、ジブチ視察の理由については、一日も早く自らの目で現場を確認したかったと説明。「部隊の日程を調整してきた結果」の日程だったと釈明した。

 稲田防衛相は05年に初当選して以来、毎年欠かさず8月15日に靖国神社を参拝していたことで知られている。しかし、現役の防衛相が靖国参拝をすれば海外から強い反発をくることは必至。稲田防衛相の靖国参拝を警戒した官邸が、急遽、ジブチ視察を画策したとの報道も飛び交っている。15日に日本にいなかった稲田防衛相は、結果的に靖国神社にも戦没者追悼式にも行けなかった。

 質疑で辻元議員は、稲田防衛相の核保有に関する認識にも言及した。

 稲田氏は自民党が野党時代の2011年発刊の『正論』3月号で、「長期的には日本独自の核保有を単なる議論や精神論ではなく、国家戦略として検討すべきではないでしょうか」と述べている。

 他方で、防衛相に就任して以降は立場を考え、持論の主張を控えた様子で、8月3日の大臣就任会見では、「必要最小限度の自衛権の行使を考えた場合、現時点で核保有を検討すべきではない」と述べている。

 では、核保有の検討をすべき、という主張は、この際きっぱりと撤回したのだろうか。

 辻元議員の追及に対し、稲田防衛相は「今、日本が核保有をすべきではないと思っております」「非核三原則、しっかりと守っていくべきだと思っております」と述べるにとどめ、再三の質問に対しても、最後まで持論の「撤回」は断固として認めずに終わった。

 やはり「今は核保有しない」と言いつつ、将来的な核保有は見据えているのか。稲田防衛相がかたくなに持論を撤回を拒否する姿勢からは、そんな野心が滲んでいた。

 以下、辻元議員と稲田防衛相の当該質疑を文字起こしにして掲載する。

記事目次

逐条ごとにも検証した「憲法審査会17年の歴史」!改憲点が見つからなかったことこそ国民が改憲を望んでいないことの証左!

▲民進党・辻元清美議員(衆議院インターネット審議中継よりキャプチャー)

▲民進党・辻元清美議員(衆議院インターネット審議中継よりキャプチャー)

民進党・辻元清美議員「民進党の辻元清美です。先ほどの細野委員の憲法の議論を聞いておりまして、まず冒頭一点、確認させていただきたいことがございます。

 『最後は国民が決める』――その通りなんですが、この『憲法改正』というのは、どういうときに議論が始まるのか。

 ひとつはですね、国民の皆さんが、主権在民ですから、ここは憲法を変えてもらわないと、人権が蹂躙されるとか、侵害されるとか、本当に困るという声が、あっちからもこっちからも出てきています。『憲法改正してほしい』という、非常に多くの国民の声が出てきたら、それを立法府で受け取って、『それでは変えましょうか、議論しましょうか』というのが、主権在民の国の、立憲主義の国の憲法改正のプロセスだと思います。

 もうひとつはですね、今日は全大臣いらっしゃいますのでちょっとお聞きしたいんですが、それぞれの所管、日本の国民の暮らしや様々な社会を守っていくうえで、ほぼ森羅万象、今日おそろいの全大臣が所管されていると思いますが、皆さんご所管の政策で、憲法のここを変えないと、今所管されているこの政策が遂行することができないということをお感じになっている、お持ちの大臣がいらっしゃいましたら、挙手をして答弁してほしいんです。いかがでしょうか?

 (議場ざわめく)

 といいますのは、先ほどから憲法審査会の話が出ているんですが、実は憲法調査会が、2000年にできました。そして17年間、調査会、それから調査特別委員会、審査会で議論してきたんです。私は2000年の最初からのメンバーでした。この約17年間に235回、国会で、憲法の調査、審査をしてまいりました。逐条審査もしてきているんです。

 実は、例えば個別テーマごとの各論調査、それから各条や各章の点検も、例えば181国会から183国会まで、3国会にわたってしてまいりました。しかし、17年間議論してまいりましたけども、『ここが』というところがなかなか出てこなかったのは、やはり国民の中から、ここを変えてもらわないと本当に自分たちの生活や人権が制約されて困る、という声がなかったことの証左だと思うんですよ。

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