【岩上安身のツイ録】PC遠隔操作事件、片山祐輔被告の自白を受けて 2014.5.21

記事公開日:2014.5.21 テキスト
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(岩上安身)

特集 PC遠隔操作事件
※5月21日2時の岩上安身の連投ツイートを再掲し加筆しました。

 PC遠隔操作事件。週末からの二転、三転、さらに四転の展開に、ほとんど眠らず、取材し、報じ続けてきた。今朝のモーニングバードの出演後、片山祐輔被告の全面的自供とそれを受けての佐藤博史弁護士の記者会見をIWJとして中継しつつ、ベッドに倒れこんだ。起きたのは夜10時。昏睡だった。

 夜10時に起きて、10時半にはもう事務所に着いて仕事を始めていたのだから、我ながらワーカホリックだと思う。1年前、佐藤弁護士から電話がかかってきて、この事件のことを話したい、と言われた。3時間を超える単独インタビューで見せた佐藤弁護士の情熱と、片山さんを信じる気持ちは本物だった。

 被告人の立場に立って、全力で弁護するのが弁護士の仕事であり、使命である。被告人の「無実です、信じてください」という言葉が嘘であるリスクはつきものだ。そのリスクを背負って、何が嘘で、何が真実かを見極めながら、弁護を行わなくてはならない。月並みな表現だが、大変な仕事である。

 もとより、佐藤弁護士は、並の弁護士ではない。足利事件を無罪に導いた辣腕弁護士である。真贋を見極める鋭い眼力と頭脳の持ち主である。その佐藤弁護士をして、片山氏の嘘は見抜けなかった。捜査当局も決めてを欠いており、犯罪の立証ができず、佐藤弁護士らに次々と突き崩されてきた。

 「裁判はこれまでのところ、片山被告に有利に進んでいた」と佐藤弁護士は語っていたが、それは決して我田引水の評価ではない。そうでなければ、裁判所も保釈を認めなかっただろう。

 検察は保釈に徹底的に抵抗したが、もし保釈をしていなかったら、片山被告は真犯人メールを送る工作もできず、警察は尾行してこれを突き止めることもできず、もしかしたら裁判で無罪になっていたかもしれない。

 そうなると、「逃亡や証拠隠滅の恐れなし」として保釈の判断を下した裁判所の判断も、甘いといえば甘かったことにはなるが、しかしそのおかげで事件の解決につながったことを考えると、皮肉なことだが、結果オーライだった、というしかないだろう。

 佐藤弁護士をはじめ、多くの人が騙された。いや、騙されなかったぞ、片山被告が真犯人だとかねてから思っていたぞ、という人々、とりわけ捜査当局は、保釈になるまでに、片山氏の犯行を自力では立証できなかった。片山氏に、ものの見事に翻弄されてきた点ではかわりはない。

 私は、片山氏と4時間もインタビューをした。佐藤弁護士が同席していたとはいえ、ほぼ一対一である。事実経過やその時々の心の動きなどを一つ一つ細かく聞いていったが、言い分に破綻は見当たらなかった。

 隠し事をしている人間特有の様子、たとえば、痛いところを突かれそうになると苛立って怒るなど、感情が波立つ様子も見られず、質問をはぐらかしたりすることなく、辻褄があわない話もなかった。捜査当局の長期にわたる勾留と取り調べにも綻びを見せなかったのだから、当然のことだろうが。

 つまり、今回の事件において、片山氏は見事に人を翻弄し、欺き続け、最後に自爆するに至って、自己完結したわけである。彼が自爆しなければ、ゲームのウィナーは彼だった可能性がきわめて高い。捜査当局は完全勝利を誇るわけにはいかないだろう。

 特に身柄を長期拘束し、自白を迫る人質司法の勝利ではない、という点は、強く念を押しておきたい。保釈をしたからこそ、被告はボロを出したのだ。人質司法は、人権上問題があるだけでなく、事件の解決の妨げともなりうることが、皮肉にも今回明らかになったのである。

 真犯人メールの文面のえげつなさと、落ち着いて冷静に話す片山氏の像とは、私の中ではうまく結びつかない。凡庸な表現で申し訳ないが、人の心の中はわからない、とつくづく痛感させられた、としか言いようがない。

 人の心が読める超能力者のマンガが昔あった。羨ましいと思い、心を読み取れる能力があったらいいなと思ってきた。若いうちは未熟だから無理だが、成長し、人生の経験を積むうち、超能力によらなくても、人の心をわかるようになるのではないかと期待もした。だが、どうもそういうものでもないらしい。

 長生きすればするほど、人の心は他人からはわからないものだ、という思いが深まっていく。サイコパスや解離性人格障害など、言葉は新しいが、昔からそうしたパーソナリティーの人々はいたのだろう。心というものの奥行きが発見されているだけに過ぎないのではないか。

 50歳を過ぎて、もういい歳になっているのに、人の心はわからない、という出来事に出くわし続けている。自分は人の心、人の正体を見抜ける、と少しでもうぬぼれをもつのは戒めるようにしている。自分は他人を見抜けない、とあえて口にしている。

 実際、人は人をそう簡単に見抜けない。その確信は年々強まっている。今回、さらに一段と深まった気がする。人の正体は見抜ける、人に騙されるほど間抜けじゃないなどと、去勢を張るのではなく、人はそうそう見抜けない、人の心はわからない、自分は人には騙されることがありうる、そういう前提で、だからこそ自惚れず気をつけて生きるのが正解なのではないかと思うようになってきた。自分は騙されないと過剰な自信を持っていると、騙された時には深傷になる。

 人間は誰しも不完全な存在なので、騙されることもありうると思っていれば、騙されても腐らずにすむ。人は人を信じないと生きていけない。人を信じるのは罪ではない。佐藤弁護士が片山氏を信じたことも、片山氏の母親が息子を信じて保釈費用を工面したことも、罪であるはずがない。

 他方、遠隔操作プログラムのようなものを、片山氏のような一介のプログラマーが簡単に作り出し、他人になりすまして、不正行為を行うことが可能なのだということ。この点については徹底した検証が必要である。パソコンやスマホとまったく無縁、無関係な生活を送るのは、現代人には困難だ。

 ということは、ありとあらゆる人に、こうした犯罪に巻き込まれ、被害を被ったり、加害者の濡れ衣を着せられたりする可能性があるのだ、ということでもある。そのための対策はあらゆるレベルで立てられなくてはならない。事件から学ぶための検証が必要である。

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「【岩上安身のツイ録】PC遠隔操作事件、片山祐輔被告の自白を受けて」への3件のフィードバック

  1. 上原弘子 より:

    まずは、岩上さんはじめIWJの皆さん、特異な事件の取材、お疲れさまでございました。
    今回のめまぐるしい展開の中で、先日、蔵出しアーカイブで「上村静氏のインタビュー」をリクエストした時に書かせていただいた、映画『プリズナーズ』を思い出しました。

    人間の心理の奥底に潜む様々な感情は、自分自身だからこそコントロールが難しいものです。
    特に「愛情」が絡むとき、人は「愛」故に自分を正当化しようと必死になります。
    しかし、愛は理性では無いので理屈抜きで暴走します。
    「正しい愛情」などというものは存在せず、「愛」の暴走を止め、それをコントロールするものは「理性」でしかないのでしょう。

    今回の事件は、そういう意味では「愛」に溢れていた事件だったのかもしれません。
    被告、検察、警察、弁護団、被告の家族や知人、ジャーナリズム、それを受け止め見守る一般の人々…それぞれが自らの「愛」の為に冷静さを欠いていました。
    「法」とは人間の「愛」を理性でコントロールする1つの手段なのだと思います。
    今後は「法」の元でこの事件に関わった人々が理性を持って何を罪とし、その償いをどう判断するのか、それぞれの役割をしっかりと果たして行かなくてはなりません。この事件が起こった「日本」という国の国民である私たちも、それらをきちんと見守る義務があるのでしょう。
    しかし、その一方で「愛」が先攻した事件ではありましたが、やはり愛情が無ければ人は救われないのだな…と、深く思い知らされた事件でもありました。追いつめられた片山被告が最後に自らの罪を正直に述べ、救いを求めたのが弁護士であった事は、罪を犯した者であるからこそ彼らを守る弁護人という存在が本当に必要である事を広く知らしめた事件でもあった様に思います。

    今回の事件は片山被告という特異な精神状態の人物が起こした事件であった事が、様々な混乱を招いた原因であったかもしれません。しかし、無実の人々に罪を背負わせ、それを撤回する方法すら難しい現在の「法体系」もまた「変」である事も事実です。「理性」であるはずの「法」もまた、「愛」に翻弄される人間達が扱っている訳ですね。
    尚、片山氏が精神の障害を持っているのならば、それに対するきちんとした対応がもっと前から必要だったのでは無いでしょうか。その事を重要なファクターだと皆が認識していれば、事件の解決はもっと早かったのかもしれません。
    本当に、色々と深く考えさせられる事件でありました。

    映画『プリズナーズ』はオススメですので、お忙しいとは思いますが、是非、IWJの皆さんも一度映画館へ足を運んでみて下さい。何をして「正義の判断」とするのか、大変興味深い作品となっています。
    また、「上村静氏のインタビュー」の蔵出しもお願いいたします。
    日本人は「愛」に対して無自覚すぎますね。自らの持つ暴走をどう扱うべきか、上村氏のインタビューも今の日本人には必見だと思います。

    以上

  2. Satoshi Kashima より:

    いや結構岩上さんはいろんな人を見破ってました。でも今回は相手が悪かった。これほど完璧に論理の破綻もなく話されちゃほとんど見破ることはほとんど不可能です。

    ただ初期の頃気になったのは、C#プログラム生成のために必要なVisual StudioがPCから見つからないという話が出ていた時に、「Visual Sdudioがなくてもマイクロソフトのウェブサイトからダウンロードできる.NET FrameworkというソフトウェアがあればC#プログラムは生成可能」という事をツイートなどで書いていたんですが、.NET Frameworkが片山氏の使用PCにインストールされていたのか誰も検証しませんでしたね。.NET FrameworkにはバージョンがあってWindows XPにはバージョン4.0までしかインストールできなくて、バージョン4.5はVista以降のOSでしかインストールできない。同じソースコードで生成してもどのバーションの.NET Frameworkで生成したのかによってバイナリーが若干異なるのでそのバージョンの.NET Frameworkを使ったのかまではわかると思いましたよ。私は.NET Frameworkの4.0を使って実際にC#で書かれたソースコードから実行ファイルを生成できました。バージョンの違いによるバイナリーの違いまでは検証できませんでしたけど。

    そもそも「Visual Studioによってiesys.exeは作られた物だ」と言い出したのは検察側の方でしたけど、結局Visual Studioは見つかりませんでしたね。それがひとつの片山冤罪説の根拠の一つになっていきましたね。「Visual Studioによって作られた」というのは専門家が言い出した事のようですがC#で実際にプログラムを作っていた人達は「そんな物なくても.NET Frameworkだけでできる」と思っていた人も多いのではないでしょうか。原発放射能問題もそうですが専門家の言うことを鵜呑みにしていると真実から遠ざかってしまう事がしばしばありますね。

  3. 自分を騙すことの限界 より:

    岩上さん、お疲れ様です。
    片山被告は人だけでなく自分をも騙した。その騙し自体を完全に忘れられればあのままだったかもしれません。
    そこは人の子なのでしょうか限界が現れ打開策にでた。その後、最初に正直に打ち明けたのが佐藤弁護士であったのは幸いなことと思います。

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