【IWJブログ・特別寄稿】東京都はブラック企業対策をせよ!~特区とブラック企業問題の討論を回避している都知事選(NPO法人POSSE代表 今野晴貴) 2014.2.7

記事公開日:2014.2.7 テキスト
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(今野晴貴)

都は、労働相談窓口の拡充を

 私が都政に求めることは、はっきりしている。それはブラック企業問題への対応だ。

 後述するが、ブラック企業は若い人材を使い潰す企業を指しており、その増加は、日本社会全体に弊害をもたらす「社会問題」であると認識されている。

 これを受け、政府も相談窓口の拡充などの対策を打つに至っている。

 一方、東京都は都内に6カ所の労働相談窓口を設け、年間5万件を超える労働相談を受け付けており、労働行政の中心的役割を担っている。

 しかし現都政は相談窓口を次々に縮小。最近でも窓口は2カ所削減された。しかも、削減されたのは利用者の多い新宿と渋谷の窓口。さらに今後、 八王子と国分寺の窓口も廃止するとしている。

 新都政では、ぜひ方向を転換し、窓口の拡充に転じてほしい。

ブラック企業問題とは何か

 ブラック企業問題は、かつて「都市伝説」のように語られていた。どこかに「ひどい企業がある」、という悪い企業の噂話である。だが、今や、ただの噂話ではすまなくなった。

 大メディアも、政治家も、無視できないほどの大問題になっているのである。一例を挙げよう。

 朝日新聞系列(朝日新聞・アエラ・週刊朝日)でブラック企業についての記事を検索してみると、この1、2年で急激に増加していることがわかる(読売新聞や産経新聞でも同じ傾向である。ここでは系列雑誌まで同時に検索できるため、朝日を例に挙げている)。

記事数(2013年10月現在)
2009年 1件
2010年 4件(朝日新聞・アエラ)
2011年 7件(朝日新聞)
2012年 23件(朝日新聞)
2013年 172件(朝日新聞・アエラ・週刊朝日)

 この一年で激増しているのは、昨年の参院選の争点になったことや、厚生労働省が対策を打ち出したことに原因がある。

 もはや、ブラック企業問題は「噂話」から「政策の問題」にまでなったのだ。

ブラック企業では人材の「使い潰し」が行われている

 若者が「ブラック企業」を恐れるのは、それらの企業で「使い潰し」が行われるからだ。長時間労働やパワーハラスメントの結果、精神疾患が蔓延し、自殺に至る場合もある。

 「ブラック企業」は若者を正社員として採用しながら、入社半年や一年で「使えない」と判断すれば、組織ぐるみでいじめて退職に追い込む。

 また、毎日長時間の残業、休日出勤など、無限の労働を強いて、自殺や鬱病にかかるまで働かせる。社員が鬱病にかかれば容赦なく首を切り、代わりの者を雇う。

 要するに「使い捨て」なのだ。

 ただ「きつい」だけではなく、鬱病にかかるまで心身を酷使することがブラック企業の特徴である。まじめに働いていても長期雇用や昇進の期待は裏切られ、体を壊すまで働かせるような企業が、「ブラック企業」なのだ。

国もブラック企業対策をはじめた!

 今や、政府もブラック企業問題は「国家的問題」だと認めている。田村厚生労働大臣の記者会見での発言には、危機感が表れている。

 「若者の「使い捨て」が疑われる企業ということで社会において今大きな問題となっております」。「この若者が使い捨てにされているというような問題を野放しにしておいたのでは…日本の国の将来は無いわけであります」。

 そして実際に厚生労働省は昨年8月、「若者の「使い捨て」が疑われる企業」に対する一斉検査を行った。その結果、8割以上で違法行為が発覚し、今後是正の指導をしていくところだ。
 もちろんこれは「氷山の一角」に過ぎない。

 厚生労働省はさらに、夜間の労働相談対応ができるように、今年度の概算要求で18億円を計上している。

 ブラック企業に働く若者は、労働時間が長く、なかなか行政の相談までたどり着けないからだ。こうした対応は極めて合理的な施策だといえる。

 こうした点からすれば、相談窓口を減らすという東京都の方針が、いかに社会全体に逆行したものかがわかるだろう。国が窓口を増やす、逆に、都は減らす。完全にアベコベである。

国の対策が抱える課題

 しかし、国の対策も万全ではない。労働基準監督官は司法警察員であるために、パワーハラスメントや解雇といった民事領域には立ち入ることができない。これらを担当する国の機関である労働局も、行政が取り締まる法令上の根拠が希薄であるために、解決能力に限界がある。

 また、労働局の労働相談は、社会保険労務士などのアルバイトの職員が担っているケースも珍しくはなく、相談員の「質」は必ずしも担保されていない。社会保険労務士は、経営側のコンサルタントであることが一般的で、違法労働について相談に来た労働者に対し、「あなたが甘い」などといって追い返してしまうこともめずらしくはないのだ(もちろん、すべての社労士がそうだというわけではない)。

 私たちNPO法人POSSEに寄せられる相談も、何割かは、労働局で粗雑な対応をされ、半ば「追い返される」経験をした方からのもの。

 今後拡充される夜間の相談対応にしても、民間の業者に入札を通じて委託されることになり、社会保険労務士や人事系の企業・団体が受託するものと見込まれている。

 こうしたことから、国のブラック企業対策の課題は、第一に、相談を、民間のサポート機関に接続させることである。具体的には、弁護士や労働組合など、民間の機関に相談者を接続させ、労基法違反以外の民事上の権利の主張を手助けできる体制を整える必要がある。

 第二に、窓口を担う相談員の質を確保することも、大きな課題である。

都の相談窓口の良さ

 では、これに対し、都の労働相談窓口はどうだろうか。

 都の相談窓口は、東京都の職員によって担われている。労働局の場合と同じように、強い法令に支えられているわけではないので、民間への接続は同じく課題を抱えている。

 ただ、都の場合には、地域の労組等の情報収集も事業の一部になっており、相談者の案件が裁判や団体交渉などでなければ解決しないと考える場合には、地域の労働組合や弁護士に積極的に紹介するケースもある。

 実際、現役の職員たちの話を聞いていると、地域の資源を生かした解決策を模索している実態がうかがえる。

 また、職員の質についても、労働局と課題は共通している。都の場合にも、都職員の持ち回りであるため、必ずしも専門性を有していないのが現実だ。

 ただ、この点に関しても、民間業者への委託などとは異なり、都の場合には継続的に職員を配置したり、教育・訓練制度を充実させることで、相談内容の充実が可能になっている点に注目する必要がある。

 都の労働相談事業の歴史は古く、何十年もの積み重ねがある。国の相談事業はつい最近はじまったもので、委託形式も多く、ノウハウの確立や育成制度、継続性という意味では、都の窓口の方がまだまだずっと優位にあるのが実情なのだ。

 しかも、今回の統合によって、民間財団に業務を委託する方向も示されている。

 以上のように、国もブラック企業対策を強化しようとしているが、都に比べれば、ノウハウの蓄積も、人材の育成も、遅れをとっている。むしろ、都の相談窓口の機能を拡大することが、国のブラック企業対策を加速・補完する上でも、カギになるかもしれないのである。

 以上から、私は都知事選の候補者には、ぜひブラック企業対策のための相談窓口拡充と、職員の増員、教育制度の充実を、実現してほしい。

国家戦略特区の活用はきわめて危険

 次に、ブラック企業問題と連関して、もう一つの争点が、国家戦略特区についての各候補者の認識である。主要候補で特区政策に賛成しているのは、舛添氏と細川氏であり、宇都宮氏は反対を表明している。

 まず、それぞれの候補の姿勢を確認しておこう。

 舛添氏は演説で、「東京全部を特区にして、霞が関が邪魔をしても、知事と議会のみなさん、区議会の皆さんの力をあわせてまず変えていく」と述べている。

 また、細川氏は「国家戦略特区を活用し、同一労働同一賃金の実現を目指すとともに、ハローワークは、国から都へ移管し、民間の職業紹介とも合わせてきめ細かな就業支援を実現します。また医療、介護、保育、教育などの都民生活に密接に関係する既得権のしがらみを断ち、国ができなかった思い切った改革を進めます」と提案している。

 これらを見ると、彼らは「雇用改革」には意見を言っていないようにも見える。「特区政策は、雇用や福祉とは無関係だ」とか、「細川さんの主張する特区は、いい特区」などという意見もみられる。

 しかし、これらの論者は、特区制度そのものをまったく理解していない。

 1月30日の国家戦略特区諮問会議に示された「国家戦略特別区域基本方針(案)の概要」によれば、「区域計画は、国家戦略特区担当大臣、地方公共団体の長及び民間事業者が、相互に密接な連携の下に協議した上で、三者の合意により作成」となっている。

 国家戦略特区制度が適用されると、その内容は国や財界が入って決めることになるのだ。そして、国や財界は解雇自由化や残業無料化を主張している。だから、特区政策と雇用改革は不可分なのである。

 国家戦略特区を受け入れるということは、雇用制度、金融制度、福祉制度、医療制度など、あらゆる分野の制度改革を、国・財界・自治体が連帯して行うということ。そして、どの分野がどれだけ改革されるかは、都だけでは決められず、国や財界の委員にも左右されることになるのである。

 私の眼には、特区適用後に「国が主張していることは、私の責任ではありません」などと言い逃れする候補者の姿が浮かんで見える。

 特区適用後は、都の意図を超えて政府からあらゆる分野について、注文がでることになるだろう。それは、従来の都政の範囲を大きく超えたものとなる。特区政策が、国家政策の特別区での試行のためのものであれば、これは当然のことである。

 だからこそ、政策についての詳細な討論、議論が、今回ほど求められている選挙はないのである。

特区はブラック企業を促進する

 では、特区政策はブラック企業問題とどう連関するのか。先ほども述べたように、国家戦略特区法を制定させるまでの国の審議会では、解雇自由化や残業代を無料にすることなどが、国や財界の委員たちによって真剣に議論されていた。

 厚生労働相が強く反発したことから、いったんはひっこめる形になっているものの、都が特区を適用した際には、当然区域計画を策定する「国家戦略特区担当大臣、地方公共団体の長及び民間事業者」の会議で再燃することだろう。

 ブラック企業では、現行法の下でも「いつでもクビする」という圧力のもとに、鬱病にかかるまで、あるいは死んでしまうまで、過酷労働に従事させる。実際に、大企業の正社員で、入社後に「予選がある」といわれ、自殺にまで追いやられた事件も起きている。

 解雇特区が実現すれば、若者の使い潰しを間違いなく加速させる。

 特区政策に賛成している、舛添氏、細川氏は、雇用政策についてどのような考えであるのか、立場を明確にしてほしい。

 もし、細川氏や舛添氏が解雇特区に賛成、ないし曖昧な態度をとるようであれば、ブラック企業に懸念を持つ都民は彼らに投票すべきではない。

政策論争をしていない

 これに関連し、非常に強い疑問を持っているのが、今回の各候補者の選挙戦術の問題である。

 告示前の討論会はすべて中止、告示後も「選挙戦術」としてテレビ討論などが徹底的に回避されている。

 原発以外の政策については、細部がよくわからない。都民の4割が、投票先が未定なのもうなずけるというものだ。

 このままでは、特区に賛成することが、何を意味しているのかを、有権者はわからないままに投票日に至ってしまうのではないか。

 討論が行われれば、宇都宮氏は特区の真意について問いただすだろうから、その時に細川氏や舛添氏の「真意」が明確になるはずである。逆に、あえて討論をしないという戦術は、結局のところ、重要な「争点」そのものを覆い隠すのである。

 こうした選挙戦術によって、民主主義制度はまったく機能しなくなる。私は、このやり方そのものに、強い危機感を覚えている。

知識人の問題

 こうした討論回避の傾向に拍車をかけているのが、一部の知識人の動きである。私は、議論を避ける候補者を、安易に支持すべきではないと考えている。

 特に細川氏は、戦略的に討論を避けているように見受けられるところもあるにも関わらず、一部の知識人が「全面支持」を表明した。

 彼らは細川氏の特区支持の内容についてきちんと確認できているのだろうか。

 もし彼らが政策をすべて把握できているのだとしても、一般人には公開されていないのだから、判断のしようがない。こういうやり方では、秘密主義的な政治、エリート主義的な政治行動、ととられてもしかないのではないか。

 さらにいえば、討論や政策論争軽視の候補者を安易に担ぐことによって、「人気投票政治」を知識人自らが促進してしまっているようにも見える。

 舛添氏にしても、特区には賛成している。そんな中で細川氏の「討論回避戦略」を実質的に支援する形になり、舛添氏の政策を問いただす機会も逸してしまった。

 もし舛添氏が解雇特区に賛成で、ブラック企業の促進を是としていたとしよう。討論が行われないために、多くの都民はその事実も知らないままに、投票しなければならなくなるのである。

 また、もし討論が行われることで、舛添氏が「解雇特区には反対だ、絶対にやらない」と公約する場面がつくれれば、政治的にはとても重要な一歩になる。

 討論そのもの回避は、そうした議論や政策妥協の可能性、すなわち「政治」の余地をことごとく破壊する方向に、進めてしまうのだ。

 さらに言えば、舛添氏や細川氏が雇用改革に反対していたとしても、特区を設定することで国・民間事業者の意向が通り、雇用改革が押しとおるかもしれない。「人気投票」が加速されることで、こうした懸念を「争点」から遠ざけてしまったことも、大きな問題である。

 知識人には、最後まで候補者に「討論」を求めてほしかった。そして、討論の結果が見えてくる中で、特定候補に支援表明をしてほしかった。

改めて、討論を要望する

 実は、私は「ブラック企業対策プロジェクト」の共同代表として、都知事候補たちに政策討論会を申し込んでいる。(参照)

 告示前に応諾してくれたのは宇都宮候補のみで、同候補とは政策討論を行うことができた。

 告示後も、改めてブラック企業対策についての公開質問状を各候補に送付すると同時に、政策討論会の呼びかけを行った。しかし、舛添氏も、細川氏も、公開質問状についての検討する時間がないと、返答してくれなかった。

 昨年の参議院選挙の前後には、私はブラック企業問題について、公明党の国会議員団に講演をしたし、前厚生労働事務次官にもレクチャーした。民主党の前幹事長ともテレビ討論をした。その後、自民党の関係議員とも何度かインタビューなどをする機会をいただいている。

 これに比べ、今回の都知事選の異様さは際立っている。私は、ぜひ、労働や福祉の分野それぞれの候補がどのような政策を行うのかを、公の場で披露してほしいと思う。

 政策討論は、政策内容以前の最低限の民主主義の手続きであり、ひいては、そうした討論を経ることで、本当に都民が望む都政へと、政治家を誘導できるのである。

 残り時間はわずかとなってしまったが、私は最後まで討論を求めたい。

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「【IWJブログ・特別寄稿】東京都はブラック企業対策をせよ!~特区とブラック企業問題の討論を回避している都知事選(NPO法人POSSE代表 今野晴貴)」への1件のフィードバック

  1. テツにゃん より:

    うちの会社はブラック企業以下です。残業はすべてサービス残業だし、ブラックでも残業代が出ればやる気にもつながるが、残業代が出ないのに働く気なんて起こらない。

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