【IWJブログ・特別寄稿】都知事選の隠された争点―国家戦略特区とTPPについて 高士太郎 (たねと食とひと@フォーラム運営委員) 2014.1.27

記事公開日:2014.1.27 テキスト
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(高士太郎・たねと食とひと@フォーラム運営委員)

 まず、はじめに執筆者の立場を申し上げておきたい。私は茨城県民であり、東京都知事選には投票権がない。また、どの政党の党員やサポーターにも所属しておらず、政治的立場はいわゆる無党派である。

 今回、この緊急投稿の依頼があった時に、少し迷ったが、①国家戦略特区が真っ先に東京に設置された場合、全国に拡大される可能性が高い②TPPとの関係性についてじゅうぶんに認識されているとは言い難い―などから、投稿することにした次第である。特定の都知事候補を推したり、批判する意図はないことを了解頂きたい。

 また、この稿では取り急ぎ危険性について注意を喚起するものであるから、国家戦略特区やTPPの全体像については割愛する。

安倍政権が推進する国家戦略特区

 23日に前大田区議の奈須りえさん(この人は国家戦略特区について詳しい)が自身のブログで記事を書いていらっしゃる。「たとえ、TPPに批准しなくとも、国家戦略特区のしくみなら、ISD条項などを除けば、TPPに批准したのとほぼ同じ状況を作ることは可能になる」と述べておられる。まず、この記事をご覧頂きたい。

 多国間交渉であるTPP交渉は、この先合意に至るかどうか不明である。マスメディアの報道だと4月には合意に至るとなっているが、合意に至らず漂流する可能性も高い。TPPをアベノミクスの第3の矢、成長戦略の柱として位置づけている安倍内閣にとって、もし合意できなければ困るわけである。そういうときに備えたのか、昨年、政府の産業競争力会議の議論で浮上したのが、この国家戦略特区なのである。次のpdf.に「考え方」が載っている。

 ここには、混合診療の拡大など医療や雇用、農業など6分野の規制緩和案が載っている。ぜひご覧戴きたい。

 また、上記奈須りえさんのブログ記事に「国家戦略特区の区域の指定や方針の策定などは、内閣総理大臣はじめとした大臣に加え、国家戦略特区を提案した竹中平蔵氏など民間有識者等で占める国家戦略特区諮問会議や区域会議にゆだねられる」とあるが、東京に特区を設置した場合、都知事は昨年12月に根拠法として成立した国家戦略特区法の定めるところにより、区域会議に出席することになる。

 東京都知事の関与と影響の幅は非常に大きい。都知事選に際して、この特区の問題が論じられないのは不自然である。

国家戦略特区と東京都知事選

 さて、この国家戦略特区については、細川都知事候補の政策公約に懸念されることがらが書かれている。

 「国家戦略特区を活用し、同一労働同一賃金の実現を目指すとともに、ハローワークは、国から都へ移管し、民間の職業紹介とも合わせてきめ細かな就業支援を実現します。また医療、介護、保育、教育などの都民生活に密接に関係する既得権のしがらみを断ち、国ができなかった思い切った改革を進めます。それぞれの分野で、新しいサービスの創出と産業としての発展につなげます」

 これに対して、ツイッターで、ささきりょう弁護士が22日に、次のようにツィートしている。

 この指摘は正しい。国家戦略特区は規制緩和なのであるから、当然にも労働規制緩和も含まれる。したがってともすれば低賃金労働の強制につながっていく。上記に引用した細川候補の政策公約には、労働以外にも「医療、介護、保育、教育などの都民生活に密接に関係する既得権のしがらみを断ち」とある。これは少なくとも医療、教育については国家戦略特区WG案と重なる。別の部分では、

 「国家戦略特区を活用し、羽田空港の国際化、都心拠点の拡充、先端的な医療環境や教育環境の整備に努め、住みやすさとビジネス機能性を両立させた都市作りを進めます」ともある。

 かなり構造改革を意識した公約と言わざるを得ない。

TPPにより国家戦略特区は「治外法権特区」に

 ここで言及したいのは、この国家戦略特区とTPPの関係について、あまり認識されていないことがらについてである。

 さきほど安倍内閣がTPPを成長戦略の柱にしているからTPP交渉が合意されないと安倍内閣は困ると書いた。それでは、国家戦略特区が実施され、なおかつTPP交渉が合意に至り、批准され発効した場合には、国家戦略特区はどうなるのであろうか。TPPが発効すれば不要になるのだろうか。

 TPP交渉は、条文も交渉内容も秘密の交渉である。したがって米国パブリックシチズンなどの市民団体やウィキリークスが暴露したもの以外は、何が検討されているのかは不明だ。しかし、過去何度となく来日した米国の交渉担当であるウェンディ・カトラー通商代表補(当時)は「日本に混合診療の拡大を求めない」と発言したと報道されたことがあった。

 その真偽はともかく、カトラー氏の言葉が仮に真実だったとしよう。するとTPPでは、混合診療の拡大は求められない、ということになる。ところが、国家戦略特区には、混合診療の拡大が規制緩和の項目として入っている。つまりTPP協定にすら入っていない、過激な規制緩和を、国家戦略特区では行うということになる。

 TPPが合意、批准、発効しても、あるいはしなくても、国家戦略特区はそのまま続行される。

 さて、ここから、重要な点に移る。

 TPP交渉では米韓FTA交渉などと同様、「ネガティブリスト」方式が採用されている。これは何かというと、たとえば各国があらかじめ関税撤廃や規制緩和したくない項目をあげておき、それ以外の部分では完全自由化を目指して交渉するという形式である。つまり、絶対譲れないものは自由化しないが、それ以外は自由化、つまり関税撤廃や規制緩和しますよ、という意味である。

 TPPの条文案は、約1000頁にもわたる項目が列記されているとのことだ。しかし項目にない規制についてはどうなるのであろうか。もしTPPが発効してからTPPの条文に記載されていない規制を強化した場合(=再規制)、どういう扱いになるだろうか。

 TPPにはISDS条項というのが組み込まれているとされる。これは投資家(企業)が国家相手に国際紛争解決機関に提訴できるというものである。国家による再規制などで投資家(企業)が損害を被ったり(収用という)、被る可能性がある場合(間接収用)、一審制の裁判で国家に賠償を命じることができる。あくまで判断基準は投資家の(将来をも含む)損害の有無である。

 これは、TPPのみならず世界に3千ほど張り巡らされた投資協定(BIT・IIA)や自由貿易協定(FTA)・経済連携協定(EPA)の投資章のほとんどに組み込まれている。自由化水準が高い協定ほど威力が発揮される。

 さて、核心に入る。

 TPPが合意に至り、批准され発効されると、国家戦略特区で行われる規制緩和は二度と後戻り(=再規制)できなくなる懸念がある。

 つまり、そこで行われる規制緩和が、たとえTPPの条文に書かれていない項目であっても(例として挙げられるのは混合診療の拡大)、再規制できなくなるのである。というのはTPPは交渉自体がネガティブリスト方式であり、例外にした項目以外は完全自由化する協定だからである。もし再規制するとISDS条項の提訴の対象になってしまう。

 実際、国際紛争解決機関の仲裁例では、賠償金だけでなく、国家の再規制を撤廃させられている。また、多額の賠償金をおそれて、国家が再規制を躊躇することも多い。

 もうおわかりだろう。TPPが発効してしまえば、国家戦略特区はまさしく完全自由化特区になってしまうのである。言い換えると、国家が手出しできなくなる「治外法権特区」となるのである。

「治外法権」で得をするのは多国籍企業

 ところで、ISDS条項にある「投資家」とはどういう存在なのだろうか。よくTPP論の中には、TPP発効後にアメリカの企業が日本に進出して好き放題やるかのイメージで語られることが多いが、実際にはそんな単純な構図は少ないと思われる。

 企業はいまや多国籍化している。わかりやすい例を挙げるなら、西武鉄道を乗っ取って切り売りしようとしたサーベラスの件は記憶に新しいだろう。つまり、TPP発効後にもしアメリカの企業が日本に進出して、国の再規制に遭って日本政府を訴えた場合、そのアメリカ企業の経営陣の一角に日本の株主がいることも容易に想定できるのである。ということはその企業の日本人株主にしてみれば、ISDS条項を使って、祖国の政府から賠償金をせしめるということになるのだ。

 これと国家戦略特区とは、どう関係するか。国家戦略特区で政府が想定している進出企業は、紛れもなく多国籍企業である。当然日本資本も経営に参画していることはじゅうぶんに考えられる。その資本にとっては自国で「治外法権」を獲得する大チャンスでもあるのだ。

そもそも国家戦略特区に海外の企業は進出するのか?

 24日の時事通信の配信で、政府が外国人労働者の拡大を検討しているとの記事があった。

 実は現在、建設労働者の不足で労賃コストが上昇し、全国各地で公共工事の入札が成立しない(入札不調という)例が続出している。先日も毎日新聞に、東京での工賃が上昇しているため福島第一原発の廃炉作業の労働者が続々と福島から東京に流出しているとの記事もあった。

 つまり政府としては、国土強靭化という財政出動策をしようにも、東京オリンピックの工事をしようにも、外国人労働者の受け入れ、即ち労働市場を開放せざるを得ない状況に追い込まれているのである。これも国家戦略特区に直結する。

 さらに、困った事態が起きている。

 実際に国家戦略特区を実行したとして、税制を優遇しても、はたして海外の企業が特区に進出してくるだろうか。

 「海外直接投資」というコトバがある。これは、たとえば日本の企業がアメリカの企業に投資して、経営陣に参画したり買収したりすることだ。以下に日米間の直接投資残高の推移を記しておく。

       A日⇒米  B米⇒日  A/B (A、Bは単位百万㌦)※出所=ジェトロ
 2009年末 230,948  75,003  3.1
 2010年末 251,805  72,497  3.5
 2011年末 275,504  70,908  3.9
 2012年末 286,529  61,756  4.6

 Aの日⇒米とは日本の対米直接投資残高であり、Bの米⇒日とは米国の対日直接投資残高である。この件について詳しくはここでは述べないが、要するに、米国の対日直接投資残高は年々減少していることがわかる。2012年末までに140億㌦(1㌦=100円として1.4兆円)ほど減っているのである。このことはアベノミクスで円安に誘導する(=日本企業を買収しやすくする)一因にもなったわけであるが、明らかに米国は日本への投資を避けてきているのである。

 だから国家戦略特区で税制を優遇するとしても、海外の企業が進出してくるとは限らないのである。

 もしかすると、特区に進出する企業は国内大手、労働者はオリンピック建設工事目当ての外国人単純労働者ということになりかねず、特区構想で謳われているものとは似ても似つかわしくなくなるかもしれない。

最後に

 この文は国家戦略特区を活用するとした細川都知事候補を決して批判するために書いたのではない。また他にも国家戦略特区を推進する候補も存在する。当然、国家戦略特区や規制緩和、TPPを支持する方もいらっしゃるであろう。ただ一般に国家戦略特区とTPPの関係について重要な点が認識されていないようなので、注意を喚起する目的で書いておいた。投票先を決定する一助になれば幸いである。(1月26日 執筆)

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